第10話あぁやっぱりめんどくさい事になった
「えっマジ?」
「マジ」
俺の問い掛けに即答するネル。
マジか…。
まぁ言葉は通じるし、宿を探す位ならどうって事ないだろうが、今後の事を考えると文字は読める様になっておきたい。
そうしないと買い物もまともに出来なくなる。
そうなったら極端な話、餓死してしまう。
「まぁ良い。それは死活問題だか宿くらいなら探せるだろう。町の人に聞いてみよう」
「うん。そうだね」
そう思い、行き交う人々の中から優しそうな人を選ぶ。
「よし、あの人に聞いてみよう」
それは右手に杖を持ったおばあさんだった。
俺達はおばあさんに近づき、宿の場所を尋ねる。
「すみません。宿屋って何処にありますか?」
俺が聞くと、「あ?あんだって?」と返してきた。
耳が遠いのだろうか。
俺はもう一度聞いてみる。
「宿屋の場所って分かりますか?」
「ん?なんだって?もっと大きい声で言ってくれんかのう」
声を大きくして再挑戦。
「宿屋の場所って分かりますか!」
「へ?あんだって?」
このおばあさんに聞いた俺が馬鹿だった。
ーー宿屋。
あの後、通りすがりの別の人に宿屋の場所を教えて貰った。
『……』
俺達は今、宿屋に入ろうかやめようか迷っている所である。
その理由は、宿屋の中からギャーギャーと、女の人の様な叫び声が聞こえるからである。
別に助けを求めている様な叫び声じゃない。
なんかこう俺の本能が(その声に近づくとめんどくさい事になるぞ!)と、忠告している気がする。そんな様な声だ。
そして俺達は宿屋の扉を少し開け、ひょこっと顔だけ出し、中を覗いてみる。
そこには、受付の人と揉めている一人の男が居た。
青い瞳に金色の髪。顔も中々いい方だ。
男は何故か、狐の面を顔の横に付けていて、青系の色で出来た生地を、所々継ぎ接いだ様な、まるで和服みたいな服を着ていた。
その服を見て俺は、「祭りでもするのかよ」と思ったし、口でも言った。
と、その男の服装に興味があるのか、ネルがじーっと見ている。
「なんだネル。お前もアレが着てみたいのか?」
「いや、そうじゃなくて。あの服装…多分あの人、踊り舞踏の人だよ。」
年頃のネルだから、あの派手な服を見て、オシャレでもしたくなったのかと思ったが、違うようだ。
「踊り舞踏?」
なんだそりゃ。
「職業の1つだよ。踊り舞踏の人は踊るように戦うの。踊りながら繰り出される攻撃を避けるのは相当の実力者じゃないと無理とか、そんな話聞いたことあるよ」
「へーそんなのがあるのか。」
それであんなに派手な格好をしているのか。
「って言うかその職業強いのか?」
「強いよ。多分物理攻撃系の職業の中では一番目位に強い」
マジか…。
なら止めに行っても返り討ちにされそうだな。
「…ほっとくか」
「ほっとくの?」
えっ、何ですかその期待の目は。
そんなキラキラした目で見られたらほっとけません!!
「わ、分かった。助けるか」
そう決意し、中に入ろうとすると、男と受付の女の人が揉めている声が聞こえてきた。
「おい!何で1泊するのに500ガリスをするんだよ!俺は今手持ちが100しかねーんだぞ!」
「そう言われましても…。これでもこの町の宿の中では安い方なのですよ?」
「うるせぇーな!俺は今100ガリスしか持ってないって言ってるだろ!良いから100ガリスで泊まらせろ!」
「そんな事言われましても無理なものは無理ですよ…」
押し付けの交渉では無理と判断した男は、突然しんみりとした口調で話し始めた。
「お嬢さん聞いてくれよ…。俺には病気の母
親が居るんだ。だから酒もタバコも女ーーいや、酒とタバコだ。酒とタバコをやめて出稼ぎの為にこの町に来たんだ。だが、まだ仕事が見つからずに居る。だから今夜泊まる所がない。頼む!金は必ず返すから1泊だけ泊めてくれ!」
「まぁ!なんて可哀想なんでしょう!分かりました!どうぞ無料で泊まってください!」
嘘でしょ?!
何であのお姉さん信じてんの?!
と俺が思っていると、宿屋の待合室に居た一人の女の人から声が上がった。
「お姉さん騙されちゃいけないわ!そいつ昨日キャバクラから出てくるの見たわよ!」
異世界にもキャバクラなんてあるのかよ…
そう思っていると、ネルが俺の服の袖をツンツンと引っ張って来た。
「ん?」
「きゃばくらって何?」
え、それ聞いちゃう?
「男の人が女の人に愚痴を聞いて貰ったり、女の人の際どい所を触ったりする所だ。」
俺は正直に教えてあげた。
「…」
かぁぁぁぁ
ネルは少しの間を置いて、顔を赤くする。
そして俺にこんな事を聞いてきた。
「……タクヤも行くの?」
「行く訳無いだろ俺にはネルが居るじゃないか☆」
イケボで言う。
俺の言葉に安心した様にネルが、「そっか良かった…」と、言って、例の男に向き直る。
俺もつられて男に視線をむけると、先程嘘をあっさりと見抜かれて、グチグチ言っている男の姿が目に入った。
「えっ嘘だったんですか?!」
受付の女の人が驚いたように言う。
あのお姉さん鈍すぎる。
「チッあぁそうだよ!昨日キャバクラに行ってきゃわいい女の子とイチャイチャして来たよ!でもな!」
開き直った様に俺が言う。
「俺だって頑張って来たんだよ!昨日なんて俺のバイト先の先輩から、(お前はもう働かなくていい)って言われたんだぞ!俺の体を心配して…っ!うぅ先輩ありがとうございます!!」
それはただの戦力外通告だろう。
なんてめでたい奴だ。
「タクヤ。この宿は止めよう」
「そうだな。」
俺達は呆れた様に言いながら、去ろうとする。
すると俺達の横をさっきの男が転がってきた。
「金持ってないならとっととどきな!他のお客さんの迷惑だろ!」
と言いながら、大柄のおばさんが、宿屋の扉から顔を出した。
恐らくここの宿屋のお偉いさんだろう。
つーかあのおばさん強いって言われてる踊り舞踏の人を吹き飛ばしたのか…。
もしかしてあの人が最強?
そんな事を考えながら、俺達は横にある物を無視して行こうとする。
「おい!待ってくれよそこのカップル!」
あぁやっぱりめんどくさい事になった。
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