第6話ネル

「ね、猫耳?!」

こっ、これは現実か?!

いや現実だ!

大きいトラモドキや異常に足が速いオオカミがいるんだから、猫耳少女が居てもおかしくないだろ!

「いや、そんな事はどうでもいい!今はクスリを飲ませないと!」

俺は錠剤を少女の口に含ませ、水と同時に入れる。

「飲め!」

ゴクッ

少女の喉を、俺が渡したクスリが通ってゆく。

ハァハァ

だいぶ衰弱しているようだ。

俺は少女をお姫様抱っこして、少し開けた場所まで運ぶ。

そしてタオルと水を出し、手のひらサイズたたみ、少女の額に乗せてやる。

スーハースーハー

ーー数分後、クスリが効いたのか、呼吸がゆっくりになった。

「もう大丈夫だな」

俺は一安心して、少女の横に腰を下ろす。

この子はなんでこんな所に居たのだろう。

そんな疑問が浮かぶ。

まぁ俺も、同じ問を聞かれてもおかしくない立場だけど…。

考える事に一区切りをつけ、俺はあたりを見渡す。

「…」

辺りに魔物の気配は無かった。

「死体とか血しぶきとかがあったダンジョンとは大違いだな…」

俺は再度少女に目線を落とす。

この子が倒れたのがダンジョン内じゃなくて良かった。

不幸中の幸いと言うやつか。

もしダンジョン内で倒れていたら、あの凶暴なオオカミに体の隅々までくちゃくちゃされていた事だろう。

…そう言えば、この子猫耳だったな…。

そんな事を思い出し、俺は少女の顔を覗き込む。

「…可愛い」

今まで理想が高いと言われてきた俺が言うのだから間違いない。

それに猫耳も加わるのだ。

もろタイプ。

おっと危ない。

超えてはイケない一線を超えてしまうところだったぜ。

我ながら酷い事を思いながら立ち直る。

他の人なら今頃ダンジョン内で絶望しているところだろうが、俺は案外、今の状況を楽しんでしまっている。

それもこの美少女のおかげだろう。

人間は元々群れで行動する生き物だから、誰か人に似た者が居ると、嬉しいものである。

「…もう日が暮れるな」

俺は空を見て言う。

なんだか草取りをしているおじいちゃんの様だ。(ちなみにソースは俺のじいちゃん)

俺はジト目でそう思ってから、ダンジョンから持ってきていた余りの肉を焼こうと思い、火を起こす為に、薪を用意する。

そしてそれに火を付ける。

「ーー」

俺は焚き火の火をしみじみと見ていた。

なんか焚き火の火って見てるとボーっと出来るよね。

と、ボーッとしていた時、「んん」と言う声が聞こえた。

どうやら少女が目を覚ました様だ。

「おう、大丈夫か?」

「…んん…!誰?!」

「あぁ俺は村上タクヤだ」

「…た く や?」

「そっ」

「なんで…ここは?!」

「君が倒れてたところの近くだよ」

「…」

「君、名前は?」

「……名前…無い」

「えっ、そうか…」

そもそもこの世界は名前なんて付けないのかな…

でも言葉が通じて良かった。

「なんであんな所で倒れてたの?」

「…っ逃げてきた」

「?何から?」

「悪い人達…」

?なんだろう、誘拐かな…。

「そっか辛かったな」

「…っっ?!あなたは、私を痛めつけないの?」

「?!」

急に何を言い出すんだ?

「い、痛めつける訳ないじゃん!何言ってんの?!」

「そっか…そっか…うぅあぁぁわあぁぁぁ!!」

「え、ちょ、どうしたの?!俺なんか言った?!」

急に泣き出してしまった。

ーー「泣き止んだ?」

「うん」

「詳しく、教えてくれないかな…君がここにいた理由を」

「……私は、猫族なの。それで、猫族の身体とか骨はクスリになる。だから、人間に捕まえられたの。そこで名前を取られた。それで、馬車の荷台に積まれて、でも、姉さんが逃がしてくれた。姉さんが囮になって、私を助けてくれたの。でも私、疲れきってて、それで、気を失って、それで、タクヤに助けられた。」

「そうか…大変だったな…」

「……なんで、タクヤは私を捕まえようとしないの?」

「それは、お前を捕まえても意味が無いからだ」

「…………っっ!そっか…うん、そうだね…」

彼女は今まで見たことが無い様な、綻ぶ様なやわらかい顔で言った。

「お前、コレからどうするんだ?」

「それは……私、タクヤのあ い ぼ ーになりたい」

「え?」

「ダメ?」

いいですとも!つーかそんなかわいい顔されたら断れません!!

「もちろん良いけど、なんで?」

「初めてだった…私を物じゃなくて、ちゃんと生物としてみてくれた…!それが…嬉しかった」

生物って…。

「そうか………分かった!コレからお前と俺は相棒だ!!」

「本当?!」

「あぁ」

「ありがとう」

おっ、やめろ!その神々し過ぎる笑顔はやめてくれ〜!

「おっ、おう」

「タクヤ…あの…」

突然ソワソワし始めた。

「名前!付けてくれない?」

「え、名前?」

「うん」

「親につけられた名前があるんじゃないの?」

「名前は、人間に取られた」

「思い出せばいいんじゃない?」

「ダメ。魔法で消されたから、思い出せない。」

魔法!やっぱりあるのかそういうの!

だが親のくれた名前を取るなんて、なんて酷いやつらだ。この子にこんな顔させた奴は1発ぶん殴ってやらんとな。

「…名前は、信頼の証なの。だからタクヤにつけて欲しい」

「…そうか。分かった!じゃあ今日から本当の名前が見つかるまで、お前の名前はネルだ!」

「うん!ありがとう」

そう、神々しい笑顔で言った。

そしてここから、俺たちのーーネルの本当の名前を探す旅が始まったのである。

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