二章 4
翌日、文化祭の後片付けをしている時の事であった。新は担任の先生に呼び出され、少し不安になりながらも職員室を訪れていた。
「金待。お前、文化祭で何かやってただろ?」
「あの、紙芝居の事ですか?」
「そう、それだ。その紙芝居を幼稚園の先生が見ていたらしくな。近所の公園で是非やって欲しい、って話が学校に来たんだ。まあ、ボランティア活動みたいなもんだ。ただ、やるやらないはお前らのじゆ――」
「やります! やらせて下さい!」
担任の声を遮るように新が声を出した。
「そうか、随分とやる気だな。良かったよ。じゃあ、そう伝えておくから。頑張れよ!」
先生からの応援を受け、俄然やる気が湧いてきた。
(やった……! 思ってもみなかったチャンスだ!)
それはまさに僥倖と呼ぶべき話であり、今後の予定を決めていなかった新にとってまたとない機会であった。
「なぁーに、ニヤニヤしてんだ。新」
教室に戻り、片づけを手伝っていた時に竜司から声を掛けられる。
「え? あ、いや聞いてくれよ竜司!」
事の成り行きを説明すると、竜司の方も二つ返事で了承してくれた。あまりにも上手くいきすぎている様な気もするが、きっとここは夢の世界。自分が望むように周りが動いてくるのだろう。いや、皆が自分のことを認めてくれる自画自賛の世界なのかもしれない。でも、そんな世界でも自分のしたい事、出来る事を全部やってみたい。だから新は、動かずにはいられなかった。
後日、幼稚園の先生と電話で打ち合わせた日に、文化祭で使った道具の一式を持って公園へとやってきた。一つの作品を作り上げた者として呼ばれたということもあり、新は心の高鳴りが止まらなかった。その興奮と共に公園で待っていると、幼稚園の先生が園児を連れてやってきた。先生はこちらに気付くと、挨拶をしにやってきてくれた。
「ご足労いただきありがとうございます。たまたま、あの高校の文化祭で見かけたあなた方の紙芝居を見て、是非ウチの子たちにも見せてあげたいって思ったんです」
「そこまで言っていただけるなんて……こちらこそ、貴重な機会をありがとうございます!」
新は、少し緊張したような照れた笑みをこぼしながら言った。
「今回も任せて下さい。全員、楽しませて見せますから」
対する竜司は歯を見せて笑い、ガッツポーズをしてみせる。そんな竜司を心強く思いつつ、幼稚園児達が座って待機している前で、簡易的な折り畳みのできる台を広げて紙芝居を置いて準備を始めた。いざ始めようと周りを見渡すと幼稚園児たち以外にも、公園の利用者であろう人達が集まってきていた。割合的には、おじいさんおばあさんが多く、何故だかすごく温かい目で見守ってきている。他には、若い人もおり散歩をする人や子供連れの家族もいた。
そんな時であった。少し離れたベンチで生気の無い目で遠くを見つめる、高校生である今の新よりも少し年上と思わしき少女の姿が目に入った。長めの髪、整った眉、鼻は小さくそれでいて筋は綺麗に通った全体的にバランスの良い顔。恐らく、世の中の多くの人は美人な人だと口を揃えて言うだろう。だというのに、その目だけは今にも死んでしまいそうな絶望の色を浮かべていた。
(何だろう、あの子? でも、あの目は……)
「おい、新、ぼーっとするなよ、もう始めるぞ。気合い入れろ、アンコール公演だ!」
竜司は文化祭の時と同様に声を出して芝居を開始した。
(そうだ、今は集中しなくちゃ)
前と同じようにアドリブをこなしながら劇を進めていくが、時折さっきの少女の事が頭を過ぎってしまう。その雑念を振り払いながら、何とか物語は終盤に差し掛かっていた。
何日かが経ち、ついにまほうつかいが、また旅に出てしまう日になりました。
王さまは、まほうつかいがいなくなってしまうのが嫌でした。
そんな王さまに、まほうつかいはいつものように話しはじめました。
「さいごに、こんな話をしましょう」
まほうつかいが、指をさしたのは、大きな雲とその近くではぐれている小さな雲でした。
しかし、いつものように形が変わる様子がありません。
「ある国は、とても元気があり、みんなが仲良く幸せに暮らしていました。でも、小さなはぐれ雲に気が付きませんでした」
王さまは、少し悲しくなりました。
「小さなはぐれ雲も、どこに行けばいいのかわからず、困っていました」
まほうつかいは、優しい声で王さまに言いました。
「こわがらないで、どこにあるかわからなくても。幸せは、きっとすぐ近くにあるから。同じものを、同じ気持ちで向き合ってみて。そうすれば、空に浮かぶ雲のように、形がなくてもきっと見えてくるから」
王さまは、目になみだを浮かべながら、まほうつかいを見送りました。
きのう見た雲と、同じ雲には出会えません。
今、この時だけのおくりものです。
でも……もし、似た形の雲を見つけられたなら、また会えるかもしれません。
ここは、笑顔があふれる小さな国です。
空に浮かんだ、小さなはぐれ雲はなくなり、一つの大きな雲がうれしそうに広がっていました。
めでたし、めでたし
紙芝居は園児たちに大うけだった。コミカルに動いていた竜司は園児たちに大変気に入られて、終わった直後からじゃれあっていた。竜司が子供好きである事を感じ取った園児もますます懐いてしまい、もはやお祭り騒ぎになっていた。一方の新は、例の少女を探していた。始まる前に座っていたベンチに少女の姿はなかった。仕方ないかと諦めようとしたその時、冷たく強い風が吹きつけた。その風に顔を背けると、視線の先におぼつかない足取りで公園を歩くあの少女らしき姿が見えた。
「いた、あの子だ……!」
少女は池のほとりでしゃがみこみ、肩を震わせていた。近づいてみると時々しゃくりあげているのが分かる。泣いているのだろうか。新は、どうしてかそんな子を放ってはおけず、意を決して声を掛けた。もしかしたら、変な人だと思われるかもしれない。でも、何も言わないのはよくないのだと。
「あの……大丈夫ですか?」
その言葉を聞いた彼女はこちらに気が付いたようで顔を上げた。とても驚いた表情をして涙で溢れた瞳をこちらへと向けてきた。
「いや! 怪しいものじゃなくてですね、えっと……」
言葉に詰まり、目を泳がせながら声を掛ける新は、傍から見れば確実に変人そのものであった。一瞬だけ目が合うと、少女は顔を紅潮させ急に立ち上がり、公園の出口に向かって走り出した。肩まである黒い髪と涙を宙に舞わせながら、少女は園児たちの横を走り過ぎていった。その様子に竜司は目を点にして驚いていた。
(ヤバい、確実に変態だと思われた……そうだ、誤解を解かないと!)
そう思い立ち、少女に続いて新も走っていた。
「ごめん! 後は任せた!」
「おい! 任せたって、お前、どこに――」
新は、竜司が言い終わる前に公園から走り去り、一度見失ってしまった少女を探した。町中を走って探し回った。
「ハァ、ハァ……どこ行っちゃったんだろう」
肺はもうすでに限界を迎えていた。それでも、この足は止めては行けないと思った。この足を止めてしまったら、もう二度と彼女に会えないような気がした。そして気が付けば、自分の住む町と隣町をつなぐ小さな橋まで来てしまっていた。そして、そこには虚ろな目をした少女がいた。
(川を見てる……まさか!)
新はすぐに少女の元へと駆け寄っていき、必死の形相で声を掛けた。
「じ、自殺だなんて、考えてないですよね!?」
少女が驚いた顔でこちらを振り返る。新の表情に若干引いているようだ。
「いえ、自殺をするなということじゃなくてですね。えっと、何て言うか……」
何とか警戒を解こうと思いつきで言葉を繋いでいくが、完全に空回りをしていた。だが、害は無いと判断をしてくれたのだろう、先ほどまでの硬い表情を少し崩しながら少女が口を開いてくれた。
「大丈夫ですよ。ただ……考え事をしていただけですから」
「え? そうなんですか……って、すごい恥ずかしい奴ですね、オレ」
ハハッ。と乾いた笑いがこだます。ただの勘違いだったようだ。しかし、依然として怪しい人間である事に変わりはなく、どうするべきかを考えていると。
「さっきの演劇、すごくよかったです」
今度は少女の方から話し始めてくれた。先ほどものを一応観ていてくれたらしく、それをこうして直接褒められた事が嬉しく、調子に乗って話し始める。
「実は、あの演劇って最近作ったやつなんです。題材は絵本から取ったんですけど、竜司の演技がすごい上手くて。あ、竜司っていうのは友達のことで……ソイツとは、一度縁が切れかかってたんですけど、でも今はこうしてお互いの将来の夢の為に頑張ってて……あ、オレは絵本の作家になりたくて、竜司の方は俳優っていう夢があって。いや、こんな話つまんないですよね、アハハ……」
一体、何の話をしているのだろうか。自分はこんなにも女の人との会話が苦手だったのかと落胆しつつも、何とか会話を広げていこうとする。恐らく年上、いや実年齢で見れば確実に年下ではあるのだが、その少女は笑顔のままこちらの話を聴いてくれていた。作り物ではない、まるで本物の人間の笑顔の様に感じられた。奥手なシャイボーイ加減にもほどがあるというものだ。
「ま、まぁ。それで――」
次の話を切り出そうとした時、新は自分のポケットに入っている携帯電話が震えているのに気が付いた。竜司からの着信だと分かると、慌てて電話に出た。
『おーい、新くん。今どこにいんだ? ナンパをするのは勝手だけど、こっちの事も忘れんなよ』
「ナ、ナンパじゃないから! 分かったよ、すぐに戻るから」
少し名残惜しかったが、さすがに竜司一人に荷物を持って帰らせるわけにもいかなかった。
「……ごめんなさい! オレ、戻らないといけなくて」
「いえ、こちらこそ引き留めてごめんなさい。だから、早く戻ってあげてください。お友達が待ってるんでしょ?」
残念ながらここまでのようだ。仕方なく竜司の待っている公園に戻ろうと一歩を踏み出し、また会えるかな、ではなくまた会いたいと考えていた時、新は重要なことを思い出した。
「あっ! 金待です! オレ、金待新って言います」
肝心の名前を聞くのを忘れていたのだ。そして、少女の方を振り向きながら唐突に自己紹介にもならない名前の紹介だけをすると、少女は面を食らった表情をして二人の間にしばしの沈黙が流れる。
「あの、迷惑じゃなければ、携帯の番号とか教えてもらっても……」
沈黙に耐えかねた新は、さらに厚かましいお願いをする。その必死さに根負けしてくれたのか、
「わたし、立花穂乃果。えっと、番号は――」
立花穂乃果という名の少女は、そう答えてくれた。
新が公園に戻ると、竜司はベンチで缶コーヒーを飲んで寛いでいた。そしてこちらに気が付くと、持っていたもう一つの缶コーヒーを投げつけられた。しっかりと缶コーヒーを体で受け止めて、竜司の隣に座った。
「それで、大事な大事なお客様を放ってどこに行ってたんだ?」
「ご、ごめんって……」
「いやー、別に構わないけどなー、俺はー」
竜司がにやけ面をしている。これはもう正直に白状するしかないと思い、女の子を追いかけ電話番号を聞き出してしまったという事の顛末を話した。
「世間ではな、それをナンパって言うんだよ」
「……はい。おっしゃる通りです」
「しっかしまぁ、浮いた話なんか一つも無かった新がナンパかぁ……それで、これからどうすんだ?」
「どうするって……?」
「かまととぶりやがって、コイツは。デートのお誘いでもすんのかって聞いてんだよ」
妙にオヤジくさい竜司の追求は止まらず、それからしばらく続いた。だが、その場の勢いに任せて電話番号まで聞いたというのに、今になって気持ちが失速してしまった。竜司の言うデートをしたいが為に彼女を追いかけたのか。いや、それは違う。結果としてナンパのようになってしまったが、元々は彼女の絶望に満ちた表情が、思い過ごしかもしれないけれど、かつての自分がしていたものと似ていたのだ。新にはそれが気掛かりだった。
「……立花さんは、今にも死んじゃいそうな、辛そうな顔してた。だから……デートとかいうことじゃなくて、何か助けられることがあるんじゃないかって、そう思って……」
「なるほどな……ま、それだけ気になる相手って事だろ?」
反論が出来ない新を尻目に竜司は立ち上がり、それ以上の追求はしてこなかった。
「ただし、覚悟はしておいた方がいいぞ、新。半端な気持ちのままで、他人を助けたいなんて思うな。それじゃあ、誰も幸せにならない。でもまぁお前なりの、余計な事は考えずにお前らしいやり方で頑張れよ」
「……うん」
そう返事をすると、竜司は嬉しそうにいつもの笑顔を浮かべ、二人は帰路に就いた。
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