二章 3
「……ごめん。全く思いつかないないや」
「俺もだよ。喫茶店の中で出来る事だからなぁ」
二人で窓の外を眺めながら頭を抱えて唸りながら考えた。しかし、両者ともに中々思いつかず、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。その音に二人は身を震わせて驚いて、各々焦りを口に出して急いで美術室から出て小走りで教室へと向かっていった。
午後の授業は通常通りで、何も問題が無く進んでいった。ただ一人頭を抱えている生徒はいたが、それ以外は至って平和ないつもの光景であった。そして、帰りのホームルームで竜司は前に出て声を上げた。
「さっき皆からもらったメニューの案をまとめてみた。結構、たくさんの案を出してもらって助かった、ありがとう。それと、湯川が言ってた出し物の件だけど……新と俺で何か考えとくから、期待しててな!」
その言葉でクラスメイト達は新の方に顔を向けた。その状況に困った新は、ふい。と竜司に視線を送った。すると竜司が、とりあえず何か喋れ。と言うので、椅子から立ち上がり、皆に向けて言葉を発した。
「で、出来るだけのことはしてみたいと思います……あ、あまり、期待はしないで下さい。いや、でも竜司も一緒なんで、そこは期待してくれても大丈夫ですので……」
緊張しながらもそう言い終えると、今までは貰うことの無かった周りからの拍手を聴きながら席に座り直した。
「はい、じゃあ、ある程度話がまとまったということで明日からも準備頑張って下さい。さようならー」
担任が帰りのホームルームを終わらせ、足早に教室を去っていく。その様子を見たクラスの生徒達も教室を後にした。
「おっしゃ。じゃあ、何すっか、本格的に決めていくか」
教室に残った新と竜司は、さっそく会議を始めた。
「どうせなら、みんなが楽しめるものがいいよね?」
「みんなを笑顔できるもの、か。漫才でもやってみるか?」
「それだと、竜司がボケってことになるけど。いや、案外ありかも?」
「……冗談だから、乗ってこないでくれ」
マジックショー、マグロの解体ショー、落語、バンド演奏、カラオケなどいくつか案は出るものの、日が落ち始めてきているというのにまともな意見は出ず、一向に決まる気配がしなかった。
「……そういえば、さっき竜司は夢の為って言ってたよね? じゃあ、芝居をやったらいいんじゃないかな」
「そりゃあ……俺はいいけど、お前はどうすんだ?」
新は我ながら名案だと思ったが、確かに演技など出来る気はしない。
「じゃあ、背景を描く……とか?」
「教室でやるんだから、そんなに広いスペースは取れないぞ」
「そうだよね。小さいスペースで、背景と芝居……そうか! 出来るよ、竜司!」
新が急に大きな声を上げ、竜司は一瞬驚いた表情をしたがすぐに向き直り、次の言葉を待っていた。
「紙芝居だよ、絵はこっちで描くから。主役を竜司が演じるんだ」
「主役を演じる、って? 紙芝居なのにか?」
「うん。背景が舞台の設定と進行になってて、そこに演者が居る……みたいな?」
「なるほどな……要は、即興劇みたいなもんか。いいね、面白そうだ。それで、題材はどうすんだ?」
「やってみたいものがあるんだ。それに、これなら一週間で出来る、ってやつが」
新の中には、既にある程度のイメージが出来上がっていた。自分が今まで擦り切れるほどに読み込んでいるもので、構成や台詞、背景に至るまで詳細に思い描くことのできるもの。
「絵本。あの本なら、きっとピッタリだよ」
「絵本ね……よし、じゃあそれでいくか! 新、早速で悪いんだけどその絵本貸してもらえるか? イメージを掴みたいんだ」
竜司の方も乗り気になってくれたようで、二人で家へと戻るとすぐに打ち合わせを始めて、意見を交わし合った。やるべき事が決まってから本番までの一週間は早く、気が付けばあっという間に時が過ぎていった。竜司がみんなに指示を出し、準備をしてくれていたおかげで、新の方は紙芝居の作成に集中することが出来た。その途中、今まであまり会話をしたことがなかったクラスメイトも、時折こちらを気にして声を掛けてくれたり、楽しみにしていると言ってくれた事が嬉しく、より一層作業に熱が入った。これもきっと、竜司の人望のおかげだろうと心の中で感謝をしながら、何とか完成まで漕ぎつけた。
そして、文化祭当日。新の出番は午後の一時からで、それまでは好きに回ってきても良いとの事であったが、当然そんな余裕は無いので、控室として割り当てられた教室で、竜司と共に何度も繰り返し練習をしていた。焦りや緊張で破裂してしまいそうだったが、それさえも心地良く感じられるほど夢中になっている。昔は、文化祭を楽しいものと感じた事などなかったが、今は心の底から楽しんでいると思えた。
「うん、いいんじゃないかな。これなら、本番でも失敗しないと思うよ」
「失敗も何も、お前はナレーションだけじゃねぇか」
「……いや、そうなんだけどさ。やっぱり緊張してきちゃって」
練習の休憩中、二人で談笑をしていたが竜司の方は全く緊張をしている様子が無かった。
「ところで、新。一つ思ってた事があんだけど、紙とペン持ってるか?」
「……? 一応、いつも持ち歩いてるスケッチブックならあるけど」
唐突に、竜司がそのようなことを聞いてきた。一体何をしようというのか、全くの検討が付かなかったが、竜司の不敵な笑みを見るに、碌な提案でないことを感じていたが、ものの見事にその予感は的中していた。
「いやー、やっぱり即興劇の要素を入れなきゃと思ってさ。それ、ちゃんと持って出ろよ? 途中で絵のリクエストをアドリブで振るから」
「ぃ!? いやいや無理だって! ただでさえ、こんなに緊張してるっていうのに!」
「あ、そういや。結構お客さん来てくれてるみたいだぜ。みんなに頼んでた宣伝の効果覿面だな! ま、気楽にやりましょう」
ワハハ。と笑いながら余計なプレッシャーを掛けてくる。本番開始十分前にこの男は何を言っているのか、新は理解を拒んでいたが、竜司は面白いと思った事をやると言ったら必ずやる。という事を失念していた。話によると、生徒だけではなく近所の一般の人も来ているらしい。
「あぁ、心臓が……」
「一つだけ言っておいてやる」
新はとてつもなく緊張して、自分の胸を手で押さえる。そんな様子を見かねた竜司が励ますように言葉を掛けた。
「本当に無理だと思ってたら、こんな事はしない。俺が信じるお前だからやるんだ」
「……ちょっ、それってどういう」
その言葉の意味を問い質す前に、二人の出番を呼びに来たクラスメイトが現れて教室まで連れて行かれることになった。
(また出たよ、竜司の言葉足らず……でも、自分を信じてくれるのなら……今度こそ、その期待に応えてみたい。これは、オレにとっての過去の清算なんだ)
決意を胸に、舞台となる教室の教壇に立つ。すると、教室が少しざわついた。それもそうだろう。衣装とはいえ、竜司は怪しげなローブに身を包み顔が見えにくくなっており、客はこれから何が始まるのか、心配そうにしていたからだ。だが、そんなことは意にも介さず、竜司は芝居がかった口調で教室全体に響き渡る澄んだ声で言う。
「皆様、ようこそお集まりいただきました。本日お送り致しますは、ただの紙芝居ではございません。果たして、何が起こるのか。演者は私、即興劇達人こと大石竜司と即興絵のスペシャリストである金待新の二人でございます! それでは、古今東西老若男女の皆さま、《雲のまほうつかい》をごゆっくりとお楽しみ下さい!」
前説を言い終えると、大袈裟に右手を振り上げ大きく一礼をする。すると集まった人達は暖かな拍手を送ってくれた。恐らく、客のざわめきも想像通りだったのであろう。少々ずるい手段ではあるが、確かに注目を集めていた。
「さ、楽しい楽しい舞台の時間だ」
新と竜司自身に言い聞かせるように、目配せをしながら言う。
そして、即興紙芝居劇が始まった。
朝を知らせる小鳥の鳴き声が広い空にひびきます。
空に浮かぶいくつかの雲はゆっくりと流れ、太陽がほほえみながら挨拶をしています。
ここは、笑顔があふれる小さな国です。
人々は、毎日楽しそうに暮らしていました。
けれども、お城にいる王さまだけは違うようです。
毎日が退屈でたまりませんでした。
なぜなら、王さまはお城の外に出たことがなかったからです!
ある日、いろいろな国を旅するまほうつかいが訪れました。
まほうつかいが泊まった宿の主人が、その事をパン屋に話し、今度はパン屋が広場に集まる人たちに話せば、あっという間にうわさは広がっていきました。
国中はたちまち大騒ぎです!
そのうわさを衛兵たちから聞いた王さまは、信じられないと思いながらも、まほうつかいをお城に呼ぶことにしました。
次の日、王さまの前に姿をあらわしたまほうつかいに、王さまはまほうを見せてくれと言いました。
そう聞かれたまほうつかいは、ほほえみながら答えました。
「その前に、わたしの大ぼうけんのお話を聞いてくれませんか?」
お城を出たことがなかった王さまは、その話にとても興味がありました。
でも、少しいじわるなまほうつかいは、王さまにある条件を出しました。
「少しだけでかまいません。お城の外に出てみましょう」
このお城の中しか知らない王さまは、不安な気持ちでいっぱいでした。
嫌がる王さまに、まほうつかいは、少し困った顔でこう言いました。
「では、お城の屋上にしましょうか。それならいいですよね?」
こうして王さまは、初めて空の下に出ることになりました。
「今日もいい天気ですね。こんな日が、わたしには都合がいいんです」
空を見つめるまほうつかいは、のんきな声でつぶやきました。
けれども、王さまは少しちがうようです。
窓からではなく、初めて自分の目で見る空の大きさにおびえているようでした。
まほうつかいは、こわがる王さまのために、話を始めました。
「あれは……そうですね、わたしが船で海をわたっていた時のことです」
そう言いながら、まほうつかいは空に浮かぶ大きな雲を指さしました。
「今の王さまみたいに、広い海がこわかったのです。でも、その時でした!」
まほうつかいの言葉に合わせるように、雲が形を作っていきます。
「見えますか? 船よりも大きいクジラがあらわれたのです!」
王さまは、自分の目を疑いました。
広い空に、まほうつかいが言ったように、大きなクジラが浮かんでいるではありませんか!
「そしてまるで、船をはこぶように、クジラがついてきてくれたのです。海をこわがる気持ちなど、どこかへ行ってしまいました」
クジラはゆっくりと流れていき、やがてその姿を消してしまいました。
王さまも、雲のクジラに先ほどまでの、空をこわがる気持ちを持っていかれたようでした。
「さて、次はどんなお話をしましょうか?」
まほうつかいのお話に、王さまは夢中になりました。
王さまが、形のない雲に指をさして、まほうつかいが命を吹き込む。
そうして毎日、まほうつかいと王さまは、空をながめて、話をしながらすごしました。
「それでは、王様。今日はどんなお話を、どんな雲をご覧になりたいですか?」
そう言うと、竜司は観ていた客の一人である子供に話を振った。
(来た……!)
先ほど言っていたアドリブに身構えた新は、耳を澄まし次の言葉を待ち受けた。
「えっと……うさぎさん!」
その瞬間に筆を走らせ、形を作っていく。
「ほほう、うさぎですか。うさぎと言えばですね……昔、耳を使って空を飛ぶ不思議なうさぎと会いまして――」
竜司の方もアドリブで間を繋ぎ、話を広げていた。絵が完成し、新は合図を出してから絵を見せると、子供の顔がほころび、凄い凄い。と喜んでくれた。このような下りを何度か繰り返している内に新の方も次第に楽しくなり、いつの間にか緊張そのものを忘れていた。こうして、事なきを得て、無事にエンディングを迎えた。そして芝居が終わると、クラスメイトや観客からは確かな賞賛の拍手が二人に贈られた。それは、初めて感じる確かな喜びを実感させてくれた。少しのミスはあったが、自分の中では十分に合格点を上げられる出来だったと思う。自分の努力を他人に認められたことが、今まで味わったことのない、何よりも気持ちのいい感覚であった。
あの時は投げ出してしまった事を、ここではやり抜く事が出来たのだ。続く二日目は、昨日よりも堂々と芝居をこなし、気が付けば文化祭が終わりを告げていた。結局、一つの目的であった審査員賞の受賞は出来なかったが、正直そんな事はどうでも良くなっていた。
「いやー、疲れた。まぁまぁいい出来だったぜ、新」
「まぁまぁ、って……随分厳しいんだね」
「当然だ。いいか、夢への道ってのはもっと険しいんだぞ」
「……言われなくても、分かってるってば」
その日の帰り道、竜司と歩きながらの反省会が始まった。だが、その厳しい言葉とは裏腹に笑顔は崩れておらず、やり切ったという感情が未だに残っているのだろう。
「ありがと、竜司。オレにチャンスをくれて……」
「どうしたんだよ急に、らしくもねぇ!」
「いや、何でもないよ。ただ、ほんとにそう思っただけだから」
この世界で再び親友に会えて良かったという、それは本心からの気持ちだった。それも、すべては竜司のおかげだと、過去の清算という言葉の答えは、きっとこれでいいのだと、新は一人で考えていた。
「……言っておくけどよ、これはお前の力で成し遂げた事なんだぞ?」
不意に告げられた竜司からの言葉に、新は呆気に取られた。自分の力で何かを成し遂げたとは微塵も思っていなかったからである。竜司の人望や提案があって、自分は流されるままにそれに乗っていただけだ。
「えっと……どういう事?」
「はぁ……らしくねぇついでに、俺からも言ってやる」
文化祭の熱が冷めきっていないのか、竜司はため息を一つ吐いてから話を続けた。
「俺よりも凄いお前って奴が、友達でいてくれて本当によかった」
はっきりと告げられたその言葉に、新は戸惑った。今まで、自分が一方的に竜司を尊敬していると思っていた。だが、少し気恥ずかしそうにしながら、そう述べた竜司の言葉は胸に突き刺さった。
「はっきり言って……俺は、割と何でも出来る。だから、人間関係に困ったりしてなかったし、それこそ、夢なんか叶わなくたって、どんな生き方をしても、それなりに充実して生きていくんだろうなって思ってた――お前に、はっきりと言われるまではな……それからは、悩んでるし、迷いもしてる。これだと思った事を、本気で貫き続ける人間だけが、本当の意味で夢を叶えられるんだ。お前に会って、初めてそう実感した……不器用で、人と関わるのが苦手で、思い込みが激しくて。傍から見れば、欠点だらけの人間に見えるかもしれない。それでも、いざとなると周りなんか気にせずに、自分らしく在り続けられる。今回の事だって、結局お前は自分のやりたい事を貫いてみせた。そんな恰好いい友達なんて、お前以外に居ねぇよ」
「それは……そうだね――だって、やっぱり、オレにはこれしか無いから」
自分の欠点ばかりな性格を、貶されているのか、それとも褒められているのかは分かりにくかったが、きっと竜司なりに新を認めてくれているのだろう。
「新は、他人の本気を馬鹿にしたりはしない。それどころか、自分の事みたく支えてくれる。忘れるなよ、元々夢を叶えるチャンスを貰ったのは俺の方なんだぜ? だからこれから先も、俺はお前を応援し続けるし、お前に負けねぇくらい夢に本気であり続けるさ」
「……うん。オレも、まだ頑張ってみせるよ!」
竜司の言葉に、新は笑顔で応えた。普段は何も言わない人間に、ここまで言われてしまうと、熱が入らないわけがない。忘れかけていた夢への道を、もう一度探し出す。例え、ここが現実でなくとも。新は、そう決心をした。
(残された時間は三週間。さて、何をしようか……)
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