第66話 厄介/曲解
――打ち上げを全力で楽しんでいる参加者達のことを、城のテラスから眺めながら、ヴォルフは目を細める。
よくあんなに動いた後に騒ぐだけの体力があるな、と内心失礼なことを考えながら、ヴォルフは椅子に深く腰掛けた。
他意はない。ただの純粋な感想である。まぁ、少し棘のある感想だったことは認めるけれど。
――あるいは、人並み以上の体力がある彼らのことが羨ましかったのかもしれない。
……あれだけ周りの人に『虚弱すぎる』と言われ続ければ、いくらヴォルフだって少しは気にする。
そもそも、ヴォルフがこうして一人でお祭り騒ぎを遠くから眺めているのは、その虚弱さが原因だった。
――今あの場に出て行ったら、確実に大人組に絡まれる。
それは、超直感を使わずとも分かることだった。
自分自身は悪いことをしたとはまったく思ってはいないが、参加者を手ひどく煽ったのは事実だ。ある程度の反感は覚悟していた。
だがヴォルフのあの言動の真意は、恐らく正しい意味で理解されていると思うし、その辺りのことはあまり心配してはいない。
それに絡まれるといっても、ネチネチと突き刺すようなものではなく「どうだ、見直したかコノヤロー」というあっさりしたもののはずだ。
まぁ、マリィベルのようなこちらに対抗意識をもっている頭脳派は、また別だろうけども。
舌戦であれば負けるつもりはないが、それ以外の、そう、体育会系のノリだけはヴォルフにはどうすることもできない。確実に手が出るに決まっている。
彼らにとっては軽く叩いたつもりでも、ヴォルフにとっては軽くではすまないのだ。もやしの呼び名は伊達ではない。
あんなに大勢に言葉を掛けられるたび、頭や背中を叩かれたら、次の日打撲で動けなくなる危険性があった。いや、打撲だけですめばまだいい方だろう。
……自慢じゃないが、ヴォルフの強度は並み以下だ。下手をすれば骨にヒビが入りかねない。
フランシスカは「魔王様に強化魔術でもかけてもらいましょうか?」と言っていたが、流石にそれは情けない。
……それでも、このまま顔を出さないでいるわけにはいかないので、終盤には少し顔を出すつもりではいた。
それは、時間をおけば彼らのテンションも少しは落ち着くだろう、との判断だったが、終盤の方こそ、酒が入って手加減ができなくなっている奴らが多いだろうということに、彼はまだ気づいていない。ヴォルフだってたまには判断を誤る時もある。
ヴォルフは、ふぅ、と小さく息を吐いて天上を仰いだ。
――たいして自分自身は動いてはいないけれど、気が抜けたら今までの疲れがどっと襲ってきた気がする。
徹夜の日も多く、準備も大変だった。少なくとも、今日はきっとゆっくり眠れるだろう。
そんなことを考えながら、ヴォルフは今日の結果のことを思い浮かべる。
――ゲームの結果は上々。最低限の目的は達成されたし、移民も含め、彼らの基本的な能力も把握できた。
――まぁ、いい
もしもの時の逃走経路を把握し、その場に最適な動き方も模索できた。これで敵が攻めてきたとしても、皆で協力し合えばある程度は凌げるだろう。
ただし、この構想を知っているのはヴォルフ一人であり、情報の共有はしていない。近いうちに資料として提出する予定ではあるが、今すぐに話すつもりはなかった。
……先日、魔王に相談しろと叱責されたばかりであるが、この事を魔王に伝えるのは何となく嫌だった。
市街地での防衛戦を見据えた布陣。
――それは魔王が動けないレベルの有事を意味する。それは、国の上に立つものであれば当然のそなえなのだから、責められるいわれはない。むしろ、あの魔王ならば手放しで推奨することだろう。
それでも、ヴォルフがこの事を魔王に黙っているのは、ただ。――ただ
らしくない自分の思考に、ヴォルフは歯噛みする。
――ヴォルフは一応、この国では『王佐』という立場をとっている。
それは、別に権力を有しているという意味ではなく、ただ『魔王から信頼されている』と周りに分かりやすく示しているだけに過ぎない。
まぁそれでも、それなりの実権はあるのだが。
――ただし、彼女の『信頼』は常に裏切りと隣り合わせだ。あくまでも彼女が信じるのは、信じると決めた自分自身であり、その対象ではない。
だからこそ、彼女はこちらが彼女の意に反する行動をとっても、被害がなければ咎めることはない。
信じたから。信じているから。――それで裏切られたなら、『信じた自分が悪い』。
彼女の思考はそれで完結してしまっている。
……そんな考えは、こちら側からしてみれば疑われるよりも残酷だというのに。
だがそれは無意識下で作った壁であり、きっと彼女自身はそのことに気づきすらしていないだろう。いや、気づきたくないだけなのかもしれない。
彼女はよく「私は普通の人間だ」と口にするが、普通に扱ってほしいとは、決して言わない。
本当は彼女だって分かっているはずだ。自分がいくら普通だと思おうとも、周りからはそうは見えないことを。
例えば、あの少女があとほんの少しだけ猫を被るのが上手だったら。たったそれだけで、この世界の歴史は変わっていただろう。
――でもそうはならなかった。どこまで行っても、彼女は彼女のままであり続けた。
それ故に彼女は魔王を名乗る。他と明確な線引きをするために。――私と『貴方達』は
その姿勢を高潔と呼ぶ人もいれば、臆病と呼ぶ人もいる。
生まれ持った能力故に周りから外れてしまうのは、はたして寂しいのだろうか。それとも悲しいのだろうか。
その本心がどこにあるのか、ヴォルフには分からないし、別に知りたくはない。 あちらが知られたくないと思っているのだから、詮索する方が無粋だろう。
「ヴォルフに任せておけば間違いはないね。――頼りにしてるよ」
そう言って彼女が笑うたび、胸が騒いだ。
彼女の『信用してる』という言葉自体は嘘ではないのだから、よりたちが悪い。
――初めて他人から与えられた『信頼』は、強くヴォルフの心を打った。
乾いた地面に雨雫が染み込むように、彼女の言葉がヴォルフの中に入ってくる。 その度に、むず痒いような、泣きたくなるような情動を、平然とした顔の下に押し込んだ。
……単純に、嬉しかったのだろう。いくら空虚だとはいえ、それは打算や汚いものが一切ない、まっすぐな称賛だったから。
だがそう感じてしまうことが、ヴォルフはたまらなく腹立たしかった。
――ヴォルフガング・フォン・ベルジュは魔王に揺るぎない忠誠を誓っている。
彼女の手を取ったあの日から『この人ならば』と心に決めていた。それは紛れもない事実であり、本心だ。
ヴォルフは自分のプライドと能力が無駄に高いこと、そして非常に扱いにくい人間であることも、ちゃんと自覚している。
――だがそんな自分が信じ、敬い、尽くしているのに、何故心からの信を置いてくれないのか。
確かに普段のヴォルフの様子からでは、そうは見えないかもしれない。
それでもヴォルフなりに、この気持ちは伝えてきたつもりだった。
――そう、ヴォルフは『伝わっていない』等とは考えもしていないのだ。
ましてや、
どちらが悪いと言われれば、はっきりとその事を口にしないヴォルフの方が悪いのだろうが、両方とも圧倒的に言葉が足りていないのは事実だ。
そういう所も含めて、トーリは二人を『似ている』と評するのだろう。
それ故に空回り、色々なすれ違いが生まれる。
だからこそヴォルフは彼女に理不尽な怒りを抱くし、彼女もまたヴォルフに対し一線をひく。どうしようもない悪循環だった。
だがそんなことを知らないヴォルフは、ただ悩むことしかできない。
――そんな複雑な心境を、ぽつりと掻い摘んで妹に呟いたことがある。
「お兄様は難しく考えすぎですわ」
妹は言った。
「そういうのは、『腹立たしい』ではなく、――『さみしい』というのですよ」
その言葉は、すとん、とヴォルフの胸に落ちた。
父と、散って行った彼らがそうであったように。自分は彼らのようになりたかったのだろうか?
何があっても信じ合い、助け合い、一緒に前へ進んでいけるような、そんな関係に。
それでも最近はぽつぽつと、過去のことを話してくれる。ほんの少しずつではあるが、こちらに気を許してくれいるのかもしれない。
――だがそれでも足りない。理想には程遠い。そう考えてしまう自分がいる。
……主と仰ぐものに対し、これが傲慢な要求であることは分かっている。
想いが等価なとど、子供のような駄々をこねるつもりもない。それでも、理解はしているが納得はできない。
そんな不満が態度に出るのか、彼女に対し言葉の当たりがキツくなってしまうのは少しだけ反省している。
でもヴォルフは彼女が平然と笑っているよりも、困り果てて半泣きの時の顔の方が好きだった。
歪んでいることは自覚している。でも、そんなのは今さらだ。
――だってその方が、必要とされているような気がしたから。
追い詰められて、一人ではどうすることもできなくなって、こちらに縋る事しかできなくなってしまえば。……それはそれで幸せなのかもしれない。
そこまで考えて、ゆるく首をふる。
――何を考えているんだ、馬鹿らしい。
――あくまでも、自分は国の利の為に動く。本来は、それを望まれてここに来たのだから。
ヴォルフは自分の立ち位置をきちんと自覚しているつもりだ。
魔王が出来ない案件をこなし、魔王の意に沿う様に物事を進め、魔王の代わりに泥を被り、時には真っ向から意見を交わし、彼女が誤った時にはそれを正す。
そして有事の際には、自分は
そう、魔王から、自分が簡単に御せる相手だと思われてはいけなかった。そのためには、近すぎない今の関係が一番最良だろう。
――そのはずなのに、このざまは一体なんだ。
自分の願望だけを押し通すなど、本来あってはならないというのに。
盲目的に誰かを慕い、その人に尽くし、一番に頼られるのは確かに幸せだろうけど。
――ヴォルフは彼女を
友人、と呼べるであろうトーリは、そんなヴォルフを見て「不器用で面倒くさいヤツ」と笑う。
彼がヴォルフに友好的なのは、きっとヴォルフが彼女に抱く想いが、愛でも恋でもないからだろう。
――たしかに愛ではない。恋ではない。トーリが彼女に望むような男女の甘い関係には、あまり興味がない。
でも、とヴォルフは思う。
「――一番でありたい、と思っているのは俺も同じなんだがな」
その『執着』とトーリのそれとでは、いったいどちらが重いのだろうか。
それはヴォルフにも分からなかった。
【後書き】
副題は『ヴォルフはリア従になりたい《誤字ではない》』
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