第64話 作戦/混戦

 ――やっぱりおかしい。


 ヘイゼルからの奇襲を受けてから早数時間。時々ひやりとさせられることはあるものの、私を捕まえられるレベルには至っていない。


 ――当たり前の様に、何とかなって・・・・・・しまっている。

 それが、少し意外だった。拍子抜けと言ってもいい。

 

 私が想定していたよりも、ずっとぬるい・・・。後半になってきて皆疲れてきているのかも知れないが、それにしたってこのざまはないだろう。


「もうすぐ日が沈むのになぁ……」


 もうすぐ日没。時間でいうとあと十数分。つまりは私の勝ちでゲームが終了するということだ。


 まぁ、所詮はこの程度か。――などとは決して思わない。

 私は知っている。彼らがどれだけの力を持っているのかを。


 移民でここに来た子達のことはまだよく分からないが、半魔族のことは誰よりも理解している。


 確かに最近はヴォルフが言うように平和ボケしていたきらいがあるが、元々彼らのポテンシャルは極めて高い。

 それを的確に駆使されれば、力を制限された私なんてすぐに捕まえられるはずだ。

 もっとお前らは出来る子だろう、なんて親馬鹿なことを言うわけではないが、少なくとも私はそう評価していた。


 そう思っているからこそ、今の状況が腑に落ちない。

 手を抜かれている、というわけではなく、まるで何かを隠しているような――、そんな気さえした。


 ――ならば、彼らが仕掛けるならそろそろ・・・・か。


 追い詰められることを望んでいる、というと誤解されそうだが、ゲームというのは実力が拮抗している時が一番面白い。


 遊びに命を懸けるほど私は酔狂じゃないけど、多少のリスクは望むところだ。



 ――さぁて、ゲームの最後くらい大立ち回りがしたいものだな。







◆ ◆ ◆







 魔王の現在地が示された地図を見つめながら、マリィベルはいくつもの通信符を手にし、告げた。


「黒猫がB地点に到着したわぁ。――みんな、作戦を開始して」


 ふぅ、と通信相手に聞こえないように、マリィベルは小さく息をついた。

 通信符の継続時間はおよそ十五分。それまでにカタをつけなくてはならない。


 ――私達・・が勝つためにも。





◆ ◆ ◆




 いきなり右の路地から殴りこむかのような形で飛び出してきた一団を華麗にかわしながら、私は左の路地に逃げ込んだ。


 どうやら待ち伏せされていたらしい。さすがに私も疲れてきているのか反応が少し遅れてしまった。


 ――ただ、問題はその後からだった。


 大通りや路地に差し掛かるたび、図ったように誰かしらが現れ、私を追いかける。


 ……もしかして、居場所を把握されている?

 それも様々なチームが、尋常じゃない精度でだ。


 トーリのテコ入れでも入ったのか、と思ったがきっと違うだろう。

 ヴォルフも含め、今回の主催者側は、口は出すが決して直接手を貸したりはしない。そういうルールなのだ。

 おおかたミニゲームの報酬か何かにそういった効果の物があったのだろう、とあたりをつけたが、どうにも納得がいかない。


 確かに勝負を仕掛けるならば、終盤が一番適しているだろうけど、何故こんなにも足並みがそろっている・・・・・のだろう?


 ここまでで遭遇した人数は、もうすでに三チーム分は超えている。


 ――そこから読み取れる答えは、


組みやがった・・・・・・な、あいつら!」



 ああくそ、恐れていたことがついに起こってしまった。


 このゲームのルールはシンプルに言うと『チームで協力して魔王わたしを捕まえる』ことに尽きる。

 そう、フランシスカは『他のチームと同盟を組んではいけない』なんて一言も言っていないのだ。


 ただ、捕まえた褒賞自体は最後に私を捕まえた者が属するチームにしか与えられないので、そうやすやすと手を組む奴らはいないと思っていたのに……。

 私が思っている以上に彼らはマジで狩りにきているらしい。


 ――でもそうでなくちゃ、面白くない。


 抑えきれず、笑みを浮かべた。


 路地から飛び込んできた追跡者達を避けつつ、追いつかれない程度の速度で駆ける。


 流石の私も、半日ずっと走りっぱなしで疲れてきた。

 回復魔術は禁止されてるから、痛んだ筋肉もそのままにするしかないし。壁走りも当分お預けだ。この状態で無理をすると肉離れを起こしかねない。


 平面上でしか逃げられなくなったのは少し痛いが、仕方がないだろう。ゲームで怪我をしたら元も子もないし。


 それにしても、何なんだこの異常なまでの連携は……。

 ミニゲームで獲得できる通信符を使っているのかもしれないが、同盟を組んでいるチーム全員に持たせるほどの数があったとは思えない。


 そう思った瞬間、首筋にちりりとした視線を感じた。思わず空を見上げる。


 ――夕焼けの赤い光に照らされ、翼を大きく広げた少女がはるか上空にいた。


 逆光で見えにくいが、あのシルエットは、恐らくはエリザだろう。


 彼女はこちらに向かってくる様子はなく、せわしなく両手を大きく動かしている。その両手には、旗のような物が握られていた。


 ――その動きには、何となく見覚えがあった。


「……て、手旗信号・・・・っ!?」


 なるほど、と思うのと同時に戦慄する。

 確かにあれは制空権を有するエリザならではの戦術だろう。


 でもいったい、――いったい・・・・何時からこんな作戦を?

 とてもじゃないが、彼女自身が思いついたとは思えない。


 対象の方向を示すだけの動きであれば、覚えるのはそう難しくはない。

 だが、それをこうも多くの人に落とし込むのには、それなりの時間が必要だったことだろう。


 今の今まで、チーム同士が協力している気配は全くと言っていいほど無かった。

 あえて言うなら、ヘイゼルの狙撃を受けた後くらいからは、少しだけそんな気配はあったが、気になるほどではなかった。それなのに。


 思考をめぐらせながら走り去った建物に、ふと違和感がよぎる。


 ――あれ? あんなところに壁があったっけ?


 そう思った瞬間、ざわり、と背筋に悪寒がよぎった。あ、やばいかも。あの壁、偽物フェイクだ。


 ――この状況は私にとって不利だ。確実に私はどこかに誘導・・されている。


 でも、気付いたところでどうにもできない。


 すでに日は落ちかけ薄暗くなってきているこの状況では、遠目での判断はしにくいし、何よりも常にまとわりつく追跡者のせいで、地図を正確に思い浮かべることもままならない。


 行く手を阻むように配置されている偽壁。前にある路地から出てくる追跡者達。中には妨害に煙玉を投げてくる奴もいる。


 だが、それでも逃げ道は残されている。そう、不自然なくらいに。


 ここで私が取れる手段は二つあった。一つは背後から迫る追跡者達を躱し、この道を引き返す事。もう一つは、罠を承知でこのまま誘導された先に向かうこと。


 普通であれば、前者を選択するのが正解だ。


 ――でも、ここまで本気で挑まれているのだから、正々堂々真っ向から迎え撃つのもまた王道だろう。

 というかむしろ、ここで逃げたら魔王の名が廃る。危険リスクを乗り越えてこそ、勝利という王冠は輝くのだ。


 と、かっこよく言ってみたものの、実際はスリルを味わいたいだけだったりする。人生に刺激は必要だよね。


「くくっ、」


 さぁさぁさぁ、何が来るかな。誰が来るかな。ああ、楽しみだ。楽しくて仕方がない。


 やっぱりゲームはこうでなくては!!





◆ ◆ ◆





『黒猫はD-3を西に向かって疾走中よ。斜め右から追い立ててF地点まで追い込んで』


 ザザッ、とノイズが走る通信符の声を聴きながら、エリザは手に持った旗を振るった。


 魔王が予測した通り、この手旗信号はエリザが考えたものではない。そして、エリザのチームが考えたものでもなかった。


 そもそも、この作戦が組み立てられたのはほんの一時間程前であり、打ち合わせと呼べる話し合いなんて出来ていないようなものだった。


 それでもエリザが覚えるべきことを的確に覚え、誘導役の追跡者達が信号を読み取るまでに至ったのは、ひとえに『努力』としか言いようがない。


 きっと魔王はこれをいくつかのチームが集まった同盟と考えていることだろう。

 ――でもそうじゃない・・・・・・


 ――始まりはマリィベルからの連絡だった。


 マリィベルともう一人、確かセラスといったか、その女の子が今回の作戦の火付け役だ。

 彼らは残り時間で、可能な限りのチームにこう問いかけたのだ。


『確実に手に入る《魔王を捕えたという誉》と、決して手に入らない《最優秀チーム》の称号。――貴方はどちらがお望みかしらぁ?』


 そもそも話をしよう。確かに魔王を捕まえたチームには莫大な褒賞が手に入る。ただ、――本当にそれを目的として動いている者はいるのか? という話だ。


 はっきり言って、まだこの国では金銭の意味があまりない。

 大体の施設や店が国営なのだからそれも無理はないし、そう思っている半魔族が大半だった。


 ならば、移民の子達はどうだろうか? 確かに彼らにとって褒賞は魅力的な物なのかもしれない。

 だがそもそも、今回魔王を捕えられなければ、彼らの立場そのもの・・・・が危うくなる可能性がある。そうなってしまえば褒賞なんて元も子も無いのだ。


 だからこそ、マリィベルは提案したのだ。


 ――褒賞は諦めて、勝利という誉を選ぼう、と。


 確かにルール説明ではチーム同士協力してはいけないなんて、一言も言わなかった。

 一番大事なルールは『魔王を捕まえたら勝ち』という事だけ。


『――貴方達の協力が必要なの』


 そう言って彼女は、エリザのチームのリーダーに《作戦》の概要を話し始めた。


 いきなりそれを聞かされた側としては、荒唐無稽な話に戸惑う事しかできなかったが、それでもマリィベルはしっかりと説明をしてくれた。


 やることは単純明快。


 セラスという女の子が考えた作戦を元に、罠をはり、道を塞ぎ、誘導する。

 マリィベルが居場所探知の地図で魔王の居場所を知らせ、それをエリザが上空で追跡者達に示す。それを元に魔王を目的地にまで追い詰めて捕える。そんなシンプルな作戦。


 だが、それを物量戦に持ち込めば話は変わってくる。人数が多い。それだけで勝率は何倍にも跳ね上がるのだ。


 でも言うのは簡単だが、エリザとてそう容易く魔王が動かせるとは思っていない。


 マリィベルは言った。


『――残り時間がわずかの中で、それでもけなげ・・・に皆で協力して挑むのだからぁ、あのお優しい魔王様が応えてくれないわけないでしょ?』


 ……言ってしまえば、魔王の人の好さにつけ込んだえげつない誘導である。


 それでも、「ああ、魔王様なら乗ってくるだろうな」と不思議と納得してしまうのは致し方ないだろう。


 日が落ちるまで、あと数分も無い。


「……あ、魔王様笑ってる」


 遠く離れた上空からでも、それが分かった。エリザの目が良いというのもあるが、魔王の纏う空気が高揚しているのが何となくわかる。

 きっと疲れているはずなのに、まるで舞うようにして大地を駆けている。さながら、しなやかな黒猫のように。


 ――でも、それもこれでおしまい。私たちは、間に合った・・・・・


『黒猫が目標地点に接近。五秒前、四、三、二』


 通信符からマリィベルの声が聞こえる。


「後はよろしくね、みんな」


 そう言って、エリザはゆっくりと旗を下げた。




◆ ◆ ◆




「ああ、任された・・・・


 あの後、「ヴォルフさんは『みんなで協力しろ』って言ってるんだよ。だから他のチームの情報を君に流したんじゃないの?」とヘイゼルはセラスに告げた。


 その言葉にセラスはハッとすると、もの凄い勢いでガリガリとメモ用紙を埋めていき、「顔が広い方を急いで紹介してください!!」と叫んだ。


 それからなんやかんやでマリィベルと話をつけて、今に至る。

 まさかヘイゼルも、全チームを巻き込んだ大捕り物に発展するとまでは思っていなかったので、流石に驚いた。


 どうやら本当に、わがチームのリーダーは『当たり』だったらしい。


 ヘイゼルはマリィベルのカウントダウンの声を聞きながら、弦を引き絞る。


 魔王が誘導された場所――つまりは絶好の狙撃ポイントのことだ。

 しかも、この場所は完全に死角になっていて魔王から見えることは無い。


 ――ただその分、狙いをつけるのも難しい。


 針の穴とまでは言わないが、壁と壁の隙間を縫い、わずか数ミリのぶれさえも許されない狙撃をセラスに要求されたときは、流石のヘイゼルも目を見張った。


 それでも、きょとんとした顔で「貴方であればできるでしょう?」と当然のように言われてしまえば、断るにも断れなくなった。


 煽りでも何でもなく、セラスはヘイゼルにそれができると思っている。


 ――協力すると自分で言い出した手前、ここで断るのは少しだけ格好がつかない。


 でも、――誰かに乞われて矢を射るのも、そう悪い気分じゃなかった。


 暗くなってきているとはいえ、こちらの視界は良好。でも相手は建物の影にいてこちらは見えない。そして魔王の足止めは万全。矢の音を誤魔化すための爆竹だって完璧だ。



 狙いをつけ、ヒュパッ、と小さな音を立てて、魔術の加護を受けた矢が音速で魔王に向かってまっすぐ向かっていく。


「――これでチェック・・・・だ、魔王様」

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