第63話 劣等/嫉妬

 ヘイゼルは城の展望台から街を眺め、眠そうに欠伸をした。


 待機中話し相手になってくれているセラスは、風の音がうるさくない少し離れた場所で、ヴォルフと通信符で話しをしている。


 セラスはヴォルフが何か打開策を提示してくれるだろう、と言ってはいたが、ヘイゼルは「そう簡単にはいかないだろうなぁ」とぼんやりと思っていた。

 『自分達で考えて動け』と、説明会であれだけの啖呵を切ってみせたのだ。いくら協力すると言っているとはいえ、素直に手を貸してくれるとは考えにくい。


 政治とかそんなものはヘイゼルには全く分からないが、今回のこの遊戯に限っては、ヴォルフにはヴォルフなりの考えをもって動いてることだけは何となくわかる。

でもそれが何を意図しているのかはさっぱりだった。


 頭脳労働は自分には向いていない。そういうのは、セラスのような頭のいい人に任せるに限る。たしか、こういうのを適材適所と言ったはずだ。


 そんなことを考えていると、背後から足音が聞こえてきた。


 ――話が終わったのかな。

 そう思いながら、ヘイゼルは振り返った。


「あ、おかえりー。どうだった?」


「……思っていたより、良くはないわね」


 ヘイゼルの漠然とした予感が当たったのか、セラスは少し落胆した様子で言った。


 セラスはヘイゼルの隣に来ると、ふぅ、と小さく息を吐き出して、展望台の柵の上で頬杖をついた。


「特にこれといって実のある話にはならなかったわ。私達のチームの足りない部分と、他のチームの有利な点を聞かされたくらいだし……、『後は自分で考えろ』とでも言われた気分よ」



 セラスがそう言うと、ヘイゼルは「やっぱり?」と眉を下げた。


 セラスとしても、そこまで期待をしていたつもりはないが、ヴォルフとの通信がこうも徒労に終わるとは思っていなかったのだ。自分の聞き方が悪かったのか、それとも初めから突き放すつもりでいたのか。それはセラスには分からない。


 チームの足りない所――魔王の居場所の把握と、足止が出来る人材がいないこと。そんなこと、言われなくても分かっていた。


 そもそも、十人やそこらの人数しかいないのに、そこまでの精度を求める方が間違っている。だからこそ自分達のできる精一杯のことをしているのに。


『フランシスが説明した《ルール》と、君たちの《勝利条件》とは何かを、もう一度よく考えてみるといい』


 通信の最後に、ヴォルフはセラスにそう言った。


 ――勝ち負けを決めるさい、勝つためには『敗北要素を排除する』か『勝利条件を満たす』ことが必要になってくる。

 ここでいう敗北要素とは他のチームの活躍のことだが、わざわざ楽しい催しに、妨害のような行動をとるのは馬鹿げている。あくまでもこれは交流会の一環であり、遺恨を残すための場ではないのだから。


 そして、勝利条件。

 それはたった一つ。


 ――どんな手を使っても・・・・・・・・・ 魔王を捕まえる事。

 ……もちろんルールの範囲内でのことだが。


 そんな自分の考えも交えながら、セラスはヴォルフと話した内容をヘイゼルに伝えた。


 ヘイゼルはそれを黙って聞き、右手を顎に当て、考え込むような仕草をして、何か確信をえたかのように頷いた。


「どうしたの?」


「いや、つまり俺達は『魔王を捕まえたら勝ち』ってことでいいんでしょ?」


「ええ。そうだけど」


「なぁんだ。なら話は早いじゃん。――偉い人の考える事って、ほんっとややこしいよなぁ。あの人も最初からそう言えばいいのに」


 やれやれ、とでも言いたげにヘイゼルは肩を竦める。


「えっと、どういうことなの?」


 セラスは訳が分からず、首を傾げた。


 その問いにヘイゼルは、悪戯気に笑って答えた。


「――言葉のを読みましょう、ってこと!」







◆ ◆ ◆






「あ、例の件に気が付いた子達がいるみたい」


 ヴォルフに連絡しとかなきゃなー、と軽い様子で呟きながら、トーリは軽くこめかみをおさえて何度か瞬きをした。どうやら、能力を使って誰かを観察していたらしい。


 その呟きを聞いた少年――ユーグは、感心した様な声色でトーリに話しかけた。



「はぁ……。やっぱり頭がいい人ってすごいんですね。僕だったら絶対に思いつかないですもん」


「いや、最初に気づいたのはヘイゼルみたいだよ?」


「……えっ?」


 思いがけない人物の名前に、ユーグは少し戸惑った。


 ヘイゼル。ユーグにとってはわりと以前からの知り合いで、色々とお世話になったこともある。でも、こんなことを思うのは失礼だが、頭脳派と呼ぶには程遠い人物だった。

 あえて似ている人物を上げるのならば、魔王がそれに近い。つまるところ、天然の愉快犯なのだ。


「ま、彼は彼で周りの流れを把握するのが得意だからね。ヒントがあればこっちの意図が理解できるのは当然かな。ヴォルフの奴も、それを踏まえてあの配置にしたんだと思うし」


「……何だかみなさんって、まるで魔法使いみたいです。何でそこまで先のことが分かるんですか?」


 今回のオリエンテーションでは、主催者側にまわっているものの、ユーグが関わったのはほんのわずかだった。


 ヴォルフが考えている理想的な流れの概要は聞いているものの、それがどうしてそうなるのかまでは理解が追いついていない。無理もない。ユーグはまだ十を少し超えたくらいの子供なのだ。

 それでもなお焦りを抱いてしまうのは、ひとえに周りにいる人物たちが優秀すぎたせいかもしれない。


 そんなユーグを見やりながら、トーリはしゃがんでユーグと目線を合わせた。

猫の様な眼光が、ユーグを射ぬく。


「ある意味年の功と、今までの経験ってやつだよ。ま、その内分かるようになるって。簡単簡単。幸いにも見本になる腹黒い奴がここにはいっぱいいるしね。――あれ、もしかしてそれって幸いとは言わないのかな?」



 くすり、と笑ってトーリは立ち上がる。


 そうトーリは嘯くが、ユーグにはそうとは思えなかった。


 ――でも、この人は本気・・で『簡単なこと』だと思っている。


 ユーグはトーリのそういう所が苦手――いや、嫌いなのかもしれない。

 自分にできないことを簡単にこなし、尚且つそれをひけらかさない。それだけを聞くと、素晴らしいことの様に思える。でも、それができない者にとっては、下手をすると嫌味として受け取ってしまうこともあるだろう。


 だが、ユーグにとってはそんな難しい話ではなく、――ただ単純に羨ましかったのだ。

 生まれ持った能力と、努力によって培った技術で、魔王アンリの役に立つことが出来る彼の事が。


 ――そんな子供のような嫉妬は、彼にはとっくに見抜かれているんだろうけど。


「教えてもらったら、僕にもできるようになりますか?」


「できるだろうけど、そこまで気負いしなくてもいいって。それに神の声を聞く神官が、そんなにがっつり腹芸を覚えなくてもいいでしょ。せっかく女神様と会話できる『特別』なのに、神聖さが薄れるんじゃない?」


 トーリの言っていることは、そこまで間違っていない。


 それにユーグ自身も、自分が周りからそういった役回りを求められていないのは自覚していた。

 きっとユーグがヴォルフの様なことを言い出したとしたら、きっと自分が仕える女神もいい顔をしないだろう。あの神様ひとは、とても純粋だから。


「それを言ったら、トーリさんだって女神様と会話できるのに。――僕知ってるんですよ、トーリさんが女神様のことちゃんと見えてるって」


 いつもははぐらかされてしまうけれど、この場に女神様がいないからこそ、答えてくれると思った。

 ユーグがそう言うと、トーリは不愉快そうに金の瞳を細めた。


「僕はいいんだよ。神職なんて就きたくもないし。それに、形とはいえアイツ・・・の下につくのは死んでもごめんだね」


 吐き捨てるようにトーリは言う。


 その言葉に、不敬だ、とは言わなかった。

 女神様自身が彼の態度を黙認しているのに、自分がそれを指摘するべきではないと思ったから。


 ユーグも薄々は気が付いていたが、彼はやはり女神様のことが嫌いらしい。それが分かっているからこそ、ユーグはトーリの事をあまり好意的に見れないのだ。


「なんでトーリさんは、女神様の事がそんなに嫌いなんですか?」


 ずっと疑問だった。何故彼はこんなにも女神様のことが嫌いなのだろうか。

 あの優しい人に嫌われる要素があるとは、ユーグにはどうしても思えなかった。


「……全部」


「え?」


「全部が嫌い。神様のくせに碌に役に立たないのが嫌い。偽善だってわかってるのに正論を言うのが嫌い。加害者のくせに被害者面してるのが嫌い。――それなのに、当然の顔をしてあの人の隣に居座る傲慢さが嫌い」


 ――それはつまり、


「半分は嫉妬だよ。――僕はどうやったってあの女神みたいにはなれないだろうから」


 同じ理由で君のこともそんなに好きじゃないんだ、とトーリは続ける。


「…………」


「羨ましいよ、君達のことが。本当に、妬ましい。――あは、こんなこと言ってたらまたあの人に避けられちゃうかなぁ」


 だから黙っててね、とトーリは微笑んで言った。


 ――そんなの、

 ――そんなの僕だって一緒なのに。


 ユーグだって、トーリの事が羨ましかった。

 自分には出来ないことができて、何だかんだで魔王に認められている彼のことが。


 ユーグは知っている。魔王が彼と接する時に、ユーグに対するそれとはまた違った態度をとることを。それは、ある意味特別扱いと言うのではないだろうか。


 トーリが何かをしでかす度に、『お前は本当に仕方がない奴だなぁ』と言って笑う魔王の顔に、呆れはあっても、嫌悪は無かった。


 それに対し、ユーグはトーリのようには魔王に踏み込めない。嫌われてしまうのが、怖いから。

 つないだ手を振り払われるのが怖くて、でもその温かさにすがる事しかできなくて。


 だから、自分から彼女の手を取りに行けるトーリのことが、本当はとてもうらやましかった。


 ――結局のところ、お互いに無い物ねだりをしているだけなのかもしれない。


「言わないです。魔王様、告げ口とか嫌いそうだから」


「そ、助かるよ」


 じゃ、ヴォルフに報告に行ってくるねー。と言いながら、ユーグを背にしてトーリは部屋を出て行った。


 よくわからない人だと思っていた。でも、もしかしたら根っこの部分は自分とそう変わらないのかもしれない。

 そう思い、ユーグは何だか微妙な気持ちになった。もちろん、悪い意味でだが。


 魔王はよくユーグの事を『弟のようだ』と称する。

 もしも、トーリと彼女が結ばれるようなことになったら、自分は彼のことを兄と思わなくてはならないのだろうか?

 それは少しだけ、遠慮したかった。素直に祝える気がしない。


 フランシスカが時折言うように、ヴォルフとの場合でも同様だった。

 いやむしろヴォルフの場合は、まず想像すらできないというのが本音なのだけれど。

 たしかにヴォルフにとっても、魔王は特別な存在なのだという事は、そういったことに疎いユーグでもなんとなく分かる。


 ――でもあの人は、なんていうかそういうの・・・・・じゃない。理由は無いけれど、漠然とそう思った。

 執着されているのは、間違いないだろうけど。


 今回のオリエンテーションが、その執着の最たるものだとユーグは思う。


 ヴォルフがトーリの報告を聞いたら、ヘイゼル達にさりげないヒントを提示して、自分の描いた道筋通りにことを進めようとするのだろう。


「魔王様、大丈夫かなぁ……」


 個人的には彼女には逃げ切ってほしいと思うけれど、中々それも難しそうだ。


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