第59話 開幕/拘束
「第一回、
フランシスカの高らかな宣言とともに、空にパンパンっと、号砲花火の音が響きわたった。
街の広間から、ワアァァァという歓声が上がり、そこからは彼らのやる気が十分な事が見て取れる。一週間前のあのテンションの低さが嘘のようだ。
再度のルール説明を終えたフランシスカが、こちらに確認を取るかのように、ちらりと目線をよこした。それに対し、私は小さく頷く。
「それでは今回の主催者から、一言ご挨拶をお願いいたします。――魔王様、どうぞ」
そう言って、フランシスカは私に立ち位置を譲った。
今更だけど、私って主催者の扱いでいいのだろうか?
国のイベントなんだからそれも当然かもしれないけど、別に他の人だっていいだろうに。建前って本当に難しいな。
マイクの様な形をした拡声器を受け取りつつ、私はゆっくりと広場を見渡した。千を超える瞳が、ジッと私を見つめてくる。
衆人環視にさらされるのは流石にもう慣れたけど、やっぱり少しは緊張しないでもない。
……言ってしまえば、今日はこいつ等みんな敵だもんなぁ。国民として見たら頼もしいけど、今日だけに限ればものすごい脅威だ。
――ま、やるしかないけど。
私は心底楽しそうに見える様な笑みを浮かべ、一歩前に出る。
期待の籠った多くの瞳に気圧されながらも、コホン、と仰々しく咳払いをして私は話し出した。
「みんな、一週間でしっかり準備は整えられたかな? ま、何があろうと最後に勝つのは私だけどね!!!!」
腰に手を当て、左手の甲で口元を隠し、高笑いをする。いわゆる悪女のポーズである。あ、これ、やってみると案外楽しい。
そんな私を見て、広間からは軽いブーイングが上がった。ははっ、可愛い奴らめ。
どうどう、と宥めるような仕草をしながら、私は余裕の笑みで言葉を続ける。
「あははっ、その意気でがんばってね。折角のお遊びなんだから楽しまなくちゃ損だよ? 思う存分、全身全霊でかかってくるといい。――私が飽きないように、ね」
私はそう締めくくり、フランシスカを見やる。黙って頷く様子を見るに、こんな感じのあいさつで正解だったようだ。安心した。
「さあ、皆様方。魔王様もこう言っておられる事ですし、全力で潰しにかかりましょう!!」
フランシスカは拡声器を受け取ると、そんな不穏な事を言い出した。
うおおおおッ!!とフランシスカの言葉に同意するかのように、広場から大きな歓声が上がった。
――え、私潰されるの? 何だこの異常な殺意の高さは……。
内心冷や汗を流しながらも、私は笑みを崩さないように頑張った。
前回のヴォルフの演説である程度は覚悟していたが、どうやら本当に、今回は皆『打倒魔王!!』のスタンス全開で挑んでくるらしい。ハードモードにも程があるだろう。
「今日はまさに無礼講。どんなえげつない策でも魔王様は笑って許して下さいますわ!! この一週間、考えに考え抜いた作戦とその努力を、実らせようではありませんか!!」
フランシスカがそう締めくくり、大きな歓声と拍手の爆音がその場を支配した。耳が痛い。
ひくり、と頬が引き攣る。
こ、これは本格的に手強そうだな。――私も覚悟を決めなくちゃ。
「それでは、魔王様の両手を拘束した後、魔王様がこの場を去った一分後からゲームスタートになります。さ、魔王様あちらへどうぞ」
フランシスカの言葉に従い、彼女が手で示した方向――トーリが待機している場所へ向かう。
私の拘束部位は両腕だ。
ヴォルフとも話し合ったのだが、手錠をかけるだけでは、咄嗟に使いかねないとの事だったので、私は今回上半身のみ拘束衣を着用している。白い服に赤いベルトとか、何だかちょっとアレだよね。
因みに下は迷彩のカーゴパンツに、ひざ下まである編み上げブーツを履いている。全体でみるとちょっとした軍人みたいだな。
「それじゃ、ベルト閉めますね。……んー、きつくないですか?」
「いや、これくらいでちょうどいいよ。緩かったら逆に困るし」
ギシギシ、と体を動かしてみるも、拘束が緩む気配はない。このゲームの間くらいならば、外れたりはしないだろう。
「僕ずっと魔王様の事見守ってますからっ!! 頑張ってくださいね!!」
「それ、文字通りの『監視』って意味だよね……」
どう好意的にみても、監視の宣言だった。まぁ、わかってたけど。
たとえば各チームがミニゲームをクリアすると、トーリへの質問権を得る事ができる。つまり私の居場所は簡単に割れてしまうという訳だ。
それ以外にもトーリの視界と同期した『観測符』なんて物があるらしいけど、私にはその詳細は聞かされていない。それ以外にも教えてもらえなかった事が沢山あるし。
ヴォルフは「ゲームバランスの保持の為」なんて言っていたけど、圧倒的に私の方が不利ではないだろうか。解せぬ。
まぁ、何にせよ警戒するに越したことはない。だが序盤はまだ大丈夫だろうけど、後半に貯めた魔術符ストックを解放されたらちょっと危ういな。
……考えれば考えるほどに無理ゲーである。何よりも、明日の筋肉痛が怖い。
「よっし、準備完了。――フランシスカー、用意できたよー」
私が振り向きながらそう声を掛けると、フランシスカは一度頷き、両手に何か筒の様な物を持ち、それを空に向けた。
「それでは皆様、しっかりと魔王様の動きを追って下さいまし。――では、開始!!」
パンッ、と大きな音と共に、筒の中から紙吹雪と何十羽もの白い鳩が空に向かって舞い上がった。
空を見上げながら、――随分と凝ってるなぁ、と思いつつも、スゥっと小さく息を吸い込み駆け出した。
私は紙吹雪が床に落ちるその前に、広間を後にしたのであった。
◆ ◆ ◆
「行ったか……」
あっという間に走り去った魔王の背中を見つめながら、ガルシアはそう呟いた。
この広い王都で、魔王を見つけ出し捕まえる。いや、捕まえなくてはいけない。
そう思うが、それがどれほど難しい事かは、ガルシアも理解していた。
様々な枷をつけ、こちらが有利になるように小道具を用意し、魔王が「これは無理。キツイって!!」と言い出すくらいのルールを作り上げても、それは変わらない。
――ガルシアを含め、この国の全ての者が、魔王の『底』を知らないのだから。
半魔族の中には、勇者時代の魔王に対峙した事がある者もいるが、その誰もが口をそろえて「手加減をされた」と言っていた。
以前の『魔王』を単騎で打ち倒すほどの武勇。それがどれほどのものかを、自分たちは知らない。
それだけならばまだいい。かつての自分たちは、普通に生きていれば『勇者』などという英雄なんて、一生関わり合いになるはずがなかったのだから。――そう思っていた。
様々な偶然が重なり、今の様な状況になってはいるが、その変化は決して悪いものではなかった。むしろ、手を差し伸べてくれた事を深く感謝している。
何だかんだと衝突はするが、ガルシアの魔王に対する忠誠心は本物だった。
それ故に、魔王を《倒す》とヴォルフに言われ、困惑したのも事実だった。いくら遊びとはいえ、抵抗がないわけではない。
そんなガルシアに、ヴォルフは言った。
『――だからこそ、勝たなければなりません』
続けてヴォルフはこうも言っていた。
魔王の一強。――それは
だが、それを当たり前だと思い続けることは、誰にとっても為にはならない。自立のできない民など、魔王の負担にしかならないのだから。
今のままだと、あの魔王はいざという時、きっと一人で動く。誰にも頼ろうともせずに。たった一人で。
……それが良い事だとは、ガルシアも思わない。
一から十まで魔王に助けてもらい、それを当然の事として生きていくのは、もはや罪悪に等しい。
――少なくとも自分たち上の人間だけは、そう思ってはいけない。
『だって俺たちは、彼女が決して『万能』ではないと、ちゃんと知っているのだから』
そのヴォルフの言葉が今も耳に残っている。
だからこそ示さねばならない。――自分たちは、守られるだけの存在ではないのだと。
たとえそれが限定された条件下での勝利であろうとも。
「――よし、お前ら行くぞ!! 気合いをいれろ!!」
そうガルシアは叫ぶ。それに合わせて、大きな声がいくつも上がった。
――これでいいと、ガルシアは思う。
全てがまだ手さぐりなのは、自分もこいつらも、魔王だっておんなじだ。だから今は、自分のやれる事を精一杯やるしかない。
それに、いくつかは魔王にも有効な当てがある。自分がダメならそちらの動きに期待しよう。
そうしてガルシアは、獰猛な笑みを浮かべ、言った。
「――さぁて、勝ちにいくか」
――かくして、前代未聞の『打倒魔王!!』をモットーとしたオリエンテーションの幕が上がったのであった。
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