第13話 神様とは、いついかなる時も尊き存在である

「……説明は、無理だ。諦めよう」


 使い方くらいならば、誰でも覚えられる。むしろ固定概念が少ない半魔族ハーフブラッドの方が上手く扱えるかもしれない。

 

 だがしかし、その原理の説明まではどう考えても無理だと判断した。 

 そもそも、その原理に対する「何故、何、どうして?」が私にすら理解できていないからだ。

 べス君にもサラッと説明を受けたが、正直何を言っているのか解らなかった。私の頭が残念なだけかもしれないが。


 便利な事は素晴らしい。だが、得体のしれない物を嬉々として使い続ける事が出来るほど、人は鈍くはない。

 

 なら、どうやって彼らの不安を解消するのか?


 ――一つだけ、名案があった。


「全て女神様レイチェルに任せようと思う」


「あの、意味が解らないのですが……」


 私が言った台詞の意味を理解できないのか、レイチェルは困り顔でそう言った。


「大した話じゃないんだよ。……そもそも原理や理論なんて説明する必要はないんだ。今説明しなくても何時か疑問に思った人がべス君に聞きに来ればいいし。では、それまでどうやってあの設備の概念を彼らに受け入れさせるのか?答えは簡単。――そう、宗教だよ」


「しゅ、宗教?」


「そう。何時だって人が人を纏めるのには、宗教という概念を用いるのが一番だ。私の世界でもそうやって国を纏めていた実例がある。『神の恩恵』、『神の慈悲』、言い方はいくらでもあるだろう? それにその方法ならば、私が半魔族ハーフブラッドをこの国に集めた理由も説明しやすい。

 『これら全ての物は、女神レイチェルの加護によってもたらされた』

 『半魔族ハーフブラッドを哀れに思った女神様が私にお告げをなされた』

とか言っておけば皆納得するよ。――救済の女神であるレイチェルなら打って付けでしょう?」


 熱心に信仰する人が増えれば、力の回復も早まるしね。一石二鳥だ。

 

 何より、私はもうこの世界に呼ばれたことを恨んでなんかいない。


 それにレイチェルはきちんと女神として扱われるべきだ。

 だって、レイチェルがいなければこの世界はきっと滅んでいた。だからこそ、もっと尊重されてもいい筈なのに。


 でもレイチェルは私を呼んだ事で力を失い、それどころか危険分子を呼び寄せたと王家から倦厭されてしまった。

 ……元々いた神殿も、近いうちに人員を大幅に減らす予定があったらしい。今となっては関係ないけど。


「……でも、私は何もしていないのに。まるで私だけが良い所取りをするような形になっていませんか?――本当は貴方が賞賛されるべきなのに」


レイチェルが悲痛な面持ちで言う。


「私じゃ、駄目なんだよ」


「え?」


「レイチェルでなければ駄目なんだ。――この世界を悪の魔の手から救い、人の身でありながら神の位まで上り詰め、神の一角を担っていた救済の化身。そしてまた、人類の危機を救う為に、神々の制止を振り切って立ち上がってみせた。そんなレイチェルが、何故非難されなくてはならない?……そんなのおかしいだろ。私という魔王を倒しうる存在を見出した事により、その膨大な力を失ってしまったけど、その行動の尊さは評価されるべきだと思う。――貴方がそんな優しい女神だったから、私は自棄にならずにきちんと役目を全う出来たんだよ」


「……そんな、」


「レーヴェンにあった神殿を捨てて、私と一緒に来てくれた時は本当に嬉しかった。――レイチェルの今の一番の信徒はこの私だ。だからこそ、私の功績は全てレイチェルの物だ。胸を張ってよ、私の女神。――少しくらいは報われてもいいはずだ」


私のその言葉に、レイチェルは目を見開いたかと思うと、困ったような顔で笑って見せた。


「貴方って人は、……本当に、馬鹿ですね」


「ば、馬鹿? 今結構いい事言ってたつもりなんだけど、え、なんで貶されてるの?」


 事実かもしれないが、心外である。撤回を要求する。


 憮然とした私を見てレイチェルはくすりと笑うと、彼女はそっと席を立ち、くるりと私に背を向けた。


「――本当に、大馬鹿者です」


「………………。」 


 私は何も言わなかった。――何も言えなかった。


 その声が、震えていたから。


「……詳しい話は、また明日にしよう。 おやすみ、レイチェル」


「ええ、――おやすみなさい」



 部屋に戻り、ベッドに倒れこむ。


 ――女神様を泣かせてしまった。


 でも、


「いつまでも空元気でいられると、悲しい」


 レイチェルは私やユーグの前では明るく、時折尊大に振る舞っている。そう、『女神様』らしく。本当は、力を失い不安で仕方ないはずなのに。


 だからちょうどいいと思った。皆がレイチェルの事を大切に思ってくれればきっと、力なんて直ぐに戻ってくる。

 そうすれば、心から笑ってくれると思ったから。


「……私の女神なんだから、もっと幸せになってもらわないと困る」


 上手く言えないけど、レイチェルが悲しそうだとなんだか落ち着かない。


 何故だろうか、と思い始めたが何だか急激に眠気が襲ってきた。まだ疲れが抜けていなかったらしい。


 ――明日、また詳しい話をしなくちゃ。


 そう考え、私はゆっくりと眠りに就いた。





 深夜、眠りに就いた魔王の部屋に、一つの影があった。


 その影の手が、そっと魔王の頬に触れる。――触れている様に見えた。


 窓から入ってきた月明かりが、影を照らす。


 美しい金糸の髪に、荘厳な神子服。――女神レイチェルだった。


 ――今なら言える。あの時感じた感情は、きっと『期待』だった。

 

 彼女こそ、私が求めていた『友』なのだ。

 

互いを尊重しあい、時には助け合い、信頼し、同じ道を歩む。そんな、尊い存在。


 私はずっと一人だった。聖女として祭り上げられた後も、女神になってからも。


 そもそも、私が『女神』だなんて、それこそが間違いなのだ。

レイチェル』の逸話はいくつも存在しているが、その中でも共通して語られるのは、『邪神討伐』の話だ。


 その討伐に私が選ばれたのは、汚れた神域に入ることが出来るのが私だけだったから。もしくは術師として優秀だったから。理由なんていくらでもあるけど、あの頃の私の地位はまだ下っ端の神官で、上の命令に逆らう事が出来なかったのが大きいと思う。

 それでも、誰かを救いたいという気持ちだけは本物だった。それだけは、嘘じゃない。


 話の中では、私が堕ちた神を救済したという事になっているが、実際私が行ったのは、ただの神殺しに過ぎない。


 人間への不信感から、人を喰らうようになった蛇神の元へ贄として赴いた私は、酒に毒を盛り、動けなくなった神の首を剣で刈り取った。あの時に浴びた血の生温さは、今でも忘れられない。


 その血のせいで、私は『神』になった。『神殺し』とは即ち、その神を超えるという事。今思うと、『成り替わり』の条件が満たされていたのだと思う。神代の頃にはよくあった話だからだ。 


 そして、その事実は神殿によって隠匿された。――『聖女』にはふさわしくないからと。


 そんな私が今や救済の女神を名乗るだなんて、性質の悪い冗談だ。


 彼女の事は、可哀想だと思う。私なんかに選ばれたばかりに、こんなにも苦しむ事になってしまっている。


 でも、私は彼女が初めて魔族をその手に掛けた時、――――浅ましくも安堵してしまったのだ。


 ああ、ようやく私の所まで堕ちてくれたのだと。


 清涼な存在である『勇者』が、その手を血に染める。その事実に、自身の過去を重ねてしまう私がいた。


 私と対等になれる存在なんて、何処にも居なかった。


 ……彼女だけだ。彼女だけが私と同じ目線でいられる。


 あぁ、我が友よ。我が最愛なる王よ。貴方に死が訪れるまで、私は共に在りましょう。


「――我が王よ。力なき身とはいえ、私で宜しければ力になりましょう」


 そうして、――女神レイチェルはそっと、魔王の右手の甲に口づけた。



◆ ◆ ◆



 帝国からの大量移民まで一月と十日。やらなければいけない事は沢山あった。


 まず一つは隠れ里の住人の勧誘。


 大陸全土の隠れ里を探し出すのが少し手間だったが、意外にも私の提案は快く受け入れられた。

 共に説得に協力してくれたユーグの存在も大きい。子供の言う事は比較的信じてもらいやすいのもあるしね。


 それに幸いにも魔王である私の印象もそこまで悪いものではなかった。魔族達に苦しめられていたのは彼等も一緒だし、何より『魔王』として人類に拒絶の意を示したのが良かったらしい。敵の敵は味方という訳だ。


 責任者クラスの人に、移民達が来る十日前には街に入るように話を通しておく事にする。

 移動方法は渡しておいた転移魔方陣の上にのり、呪文を唱える。それだけでOKだ。

 さっそく街に備え付けた転移所が役に立つな。大き目に設定しておいて良かった。


 それと隠れ里では小規模な牧畜をやっている所も多く、交渉の末それらの動物を引き取る事に成功した。個体数が増えたら牧場を付けて返してあげよう。

 これでやっと牛乳を使った料理が食べられるな。今まではべス君が調合した『牛乳っぽい何か』を使ってたけど、やっぱり本物のほうがいい。ちょっと楽しみだった。


 話し合い自体が思っていたよりも短期間に済んでしまったので、第二の仕事を遂行しようと思う。

 

それはこの大陸に流通しているお金、――イリス硬貨の収集だ。


 因みに相場は、銅貨20枚=銀貨1枚。銀貨12枚=金貨1枚となっている。


 たしか労働者の賃金は銀貨12~181日くらい、パンの価格は銀貨43日分くらいだったはず。だいたい銀貨一枚が五百円玉に相当すると覚えておけば大丈夫だろう。


 何の為に、と思うかもしれないがこれはこれで必要な事なのだ。


 貨幣制度というのは国にとっても結構重要な物だったりする。まるで機能していない我が国もこれからは他人事では済まされない。


 大量移民の後、しばらくの間は食料を無料で供給して農作業と日用品の生産業務をしてもらう予定だが、それだけではきっと遠くない内に破綻する。

 なので計画としては彼らが城下街での生活に慣れるまでは、三食休憩付きで仕事をしてもらい、その成果を国に納めてもらう事にする。

 そして労働の対価として給料を払うというわけだ。その時の給金は彼らの今後の活動資金になる予定だ。


 でもまぁ食料だけはどうとでもなるので、皆で協力してゆっくり街を作っていけたらいいと思う。


 とにかく落ち着くまではその方式で行こう。


 仕組みが安定するまではどの仕事も国家経営の方式を取るつもりだけど、きちんと能力に応じて給金を出せば問題ないはず。


 この辺りになってくると私一人では対応できなくなってくるので、管理職や事務職も必要だ。

 ……しばらくはデータを全部べス君に記録させて、機械的に処理するしかなさそうだ。


 何だか考えただけで眩暈がする。どうしよう、なんかもう無理そうな気配がしてきた。


 ……これだから行き当たりばったりな行動は嫌なんだ。

 そもそも上に立ったことのない人間に人を纏める事自体が無茶だろう。

 ……早めに手伝ってくれる人材を探そう。今のままだと、これで正しいのかすら判断がつかないし。


「でも、頑張らなくちゃ」


 ここで折れてしまったら、きっと私は駄目になってしまう。ただでさえサボり癖があるというのに。


 ……せめて自分の人生くらいは胸を張れるものでありたい。誰かの為ではなく、自分自身の為に。


「――よし、やるか」


 そして時は流れ、ついに半魔族ハーフブラッドの受け渡しの日を迎えた。

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