第12話 心の平穏を脅かす敵が身内の中にいた件について
「それじゃ、べス君後はよろしくね。最高の出来を期待してるからさ」
『わかった。最高のできでいいんだよね?――がんばる』
両手をパタパタと振りながら、べス君は答えた。かわいいかもしれない。
若干舌足らずな所があるものの、やはりこちらの方が意思疎通しやすい。何故か他の二人には不評だけど。可愛いじゃないか、あのテディベア。
さてと、城の窓から工事の様子でも見学しようかなぁ。
そう考え、窓の方に足を向けた瞬間。
――一瞬にして目の前が真っ暗になった。
◆ ◆ ◆
ハッと目を覚まし、起き上がる。
何ださっきの感覚は。まるで何かを根こそぎ奪われているかのような……、そんな感覚だった。
「……あれ?ここ私の部屋?」
おかしい。今まで私は大広間に居たはずなのに。
一瞬で此処に移動しただと?……べス君の仕業なのかな。
あのタイミングだと、魔力の枯渇しかありえない。……べス君加減間違えたのかなぁ。
とりあえずもう一度大広間に向かってみよう。そう思いベットから抜け出そうとしたその時、
「――っ、いった。か、関節が動かしづらい?」
本当に何だというんだ。これじゃあまるで、長い間寝ていたみたいじゃ――、
「……まさか、」
私は回復魔法を自分にかけた。取りあえず動けるようになるまでは回復したのだが、それでも体のずっしりとした怠さはとれなかった。あえて言うと疲労とかそういう感覚に近い。
何はともあれ、べス君に詳細を聞かなくてはならない。
「べス君? いる?」
『――なぁに?』
幼い声が聞こえたかと思うと、枕の横からにゅ、と私作のテディベアが出てきた。
……ノータイムでそれをされると、普通にビビる。
「う、うわっ。びっくりした。もっと普通に出てきてよ……。ああそうだ、べス君。――予定より大幅に魔力を使用したみたいだけど、一体何をしたの?頭がクラクラするんだけど?」
『?最高のできっていったよね?うまくできたよ』
「ああそう言う事か……。それで過剰に魔力を投資したと。なるほど。……でも次からは一言言ってね。流石に昏倒するほどだと、色んな意味で危ないからさ」
『うん、わかった。きをつける。――めがみ様のあんないのとちゅうだから、もういくね』
「案内?街の?」
『そう。ばいばい』
「ちょ、まっ!!何?それってもう完成してるって事?」
――それだと私は一体何日寝てた事になるんだよ!!
私の言葉を聞き終える前に、べス君は枕の下に沈んで消えてしまった。酷い。
……これは、もう一度詳しく話を聞く必要がありそうだ。
取りあえずは一度大広間に行ってみよう。もしかしたらユーグが居るかもしれないし。
「あ、魔王様!? やっと気が付いたんですね!?」
大広間につくと、私の存在を確認したユーグが目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。
「私は何日くらい眠っていた? それにレイチェルとべス君はどの辺に行くって言ってた?」
「だいたい二週間くらいです。全く起きる様子が無かったので女神様も心配していたんですよ!! ――ああ、それと女神様とベヒモスさんは西の居住地区に行くと言ってましたよ。僕も昨日ちょこっと見たんですけど、なんだか凄すぎてよく分からなかったです……」
――二週間。そんなに眠っていたのか。いや、魔力をギリギリまで吸い取られて昏倒していたと言うべきか。よく死ななかったな。
幸いなことに汗臭さは無いから、べス君が介護の様な事をしてくれたのだろう。
でもよく考えるとそれも私の魔力によって賄われているのだから、何というか複雑な気分だ。マッチポンプじゃん。
「……ユーグ、心配かけてごめんね。ちょっと言いたいことがあるから二人を探してくるよ。留守番よろしくね」
私はユーグの頭を撫でてそう言うと、外に通じる扉に足を向けた。
別に転移でも良かったのだが、折角だから街の外観も見ておこうと思ったからだ。
門に向かって進もうとしたその時、ユーグがきゅ、と服の端を掴んできた。
「ん?どうしたの?」
「――魔王様、本当に大丈夫ですか?また倒れたりなんてしませんよね?……そんなのもう嫌です」
そうユーグは俯いて言った。服の裾を握っている手は、微かに震えている。
「……ごめん、不安にさせちゃったかな。ちょっと魔力を吸われ過ぎて倒れただけだからすぐに良くなるよ」
確かに彼の視点から見れば、私が原因不明の何かによって目覚めないでいた訳だ。それは不安にもなるか。……可哀想な事をしてしまった。
その後何とかユーグを説得し、城の外へ出た。
「……何だこれ」
そこに広がっていたのは、――見渡す限りの豪奢な都だった。
◆ ◆ ◆
「――やっと見つけた」
二人はとある住宅の中に居た。どうやらべス君が部屋の設備の説明をしていたところらしい。
「あら?――あ、よかった。目が覚めたのですね!!皆心配していたんですよ?」
私の零した声に気が付いたのか、レイチェルが振り向いてそう言った。
「心配かけてごめんね。ちょっと怠い以外は割と良好だよ。――それで、これは一体……」
「聞いて下さいっ!!この部屋は凄いんですよ。そこの流しなんて、取っ手を捻ると綺麗な飲めるお水が出てくるんです! それに壁についているボタンを押すと、火も魔法も使ってないのに部屋が明るくなるんですよ。凄いでしょう?」
「……へぇ」
「私にはよく理解出来なかったのですが、『すいどう』と『でんき』と呼ばれる物らしいです。『でんき』とは雷の元だそうですよ。あの攻撃魔術がどうやったらこんな明かりになるのでしょうか……。不思議です」
レイチェルは興奮気味にそう語った。見た事も聞いた事も無い技術に触れたならばそれもおかしくはない。
――だがしかし、これを『良い事』として受け入れていいのだろうか。
私は少しだけ考え込み、べス君の方へと向き直った。
「べス君、あのさ」
『なぁに?』
「これはちょっと、――やりすぎだと思う」
此処に来るまで辺りを観察して、おかしいとは思ってた。壁とか石畳に刻んでいる装飾がいやに繊細だし、私が言った覚えのない建物が増えてるし。
何よりも、水道電気完備だなんて聞いてない。
そもそも彼にその概念があるとは正直思っていなかった。
よく考えてみれば、彼は私の世界ですら解明できない特異な存在なのだ。これぐらいの事ならば、むしろ出来ない方がおかしいのかもしれない。
……それにこれは、私のミスでもある。
ベス君に『私に遠慮せずに好きなようにやってくれ』、『最高の出来を期待してる』なんて言ったのが間違いなのだ。彼は忠実に私が言った事を守ってくれただけだ。だからべス君は悪くない。
『なら、作りなおす? また二週間はかかるけど』
「……いや、いいよ。でも、詳細はきちんと説明してね。そうじゃないと困る」
『うん、わかった』
そんな私たちの会話を聞いて、レイチェルが「何故作り直す必要があるのですか?こんなに便利なのに」と呟いたが、その便利な事が一番問題なのだ。
何も知らない人から見れば、純粋に賞賛の声しか上がらないだろう。それほどまでに、これらは日々の生活に利便性が高いものだからだ。
でもこれは、これから先この世界が順調に発展していって、その過程で出来る発明や概念を踏みにじるような行為ではないか?
何というか、『この世界で私の国だけが近代化する』その事自体に強い抵抗を感じるとでも言えばいいのか……。だって私が知識を持ちこんだわけでも無いし。
――なんだか凄く狡い事をしているような気分になるのだ。見えない誰かに責められているような気もする。
被害妄想なのだろうが、何だか嫌な気分だ。
いっその事その技術と概念を、大陸中の国に公開してしまえばいいのかもしれないが、結局今の段階では広めるのは不可能に近い。
そもそも他の国に技術提供をしようにも、その概念の基盤が出来ていないし、施設作成に伴う精密部品すら今の技術レベルでは製造出来ないだろう。
……どう考えてもこの国だけの秘匿扱いになるんですね。分かります。
「顔が青いですけど大丈夫ですか? 体調が悪いようならもう戻った方がいいのでは……」
「大丈夫。ちょっと何とも言えない罪悪感と戦ってるだけだから。そのうち良くなる。……と、思いたい」
そして何より、一般レベルの家の設備自体がかなり豪華だった。
ベットや鏡、台所にトイレ、もちろん風呂は当たり前。
なおかつ上下水道完備、電力における照明設備、そして魔力充填タイプのコンロまで。どれも基本的にスイッチ一つで動く代物だ。
……おいおい、貴族の家だって此処まで便利じゃなかったぞ。
だがしかし、そんなオーバーテクノロジーの物ではあったが、今の時代背景にあわせた外装をしているのでそこまで違和感はない。
何というか、そこはちゃんと忠実に守ってくれたんだな……。というよりも、あの一言が無ければ電子レンジや冷蔵庫が追加されていたかも知れない。危なかった。
だが、違和感はなくともこれらの道具をこれから此処に来る彼らが使いこなせるかどうかはまた別の問題である。
中世レベルの文明の人々に、どうやって説明するべきだろうか。正直気が遠くなりそうだ。
……最悪、魔術で頭に利用方法を叩きこむことも視野に入れておこう。
因みにこの街を支えられるレベルの水の浄化施設や発電施設は、当然の如くきちんと作られていた。時代を先取りし過ぎだ。具体的に言うと千年くらい。
太陽光発電と火力発電が主だが、この辺りの精度に関しては心配していない。べス君の仕事だしね。本当に、腹が立つくらいに最高の出来だよ。
「――施設の原動力が私の魔力じゃなければね!!」
残念なことに、施設を動かす動力には私の魔力が使われていた。道理で怠さが抜けないわけだ。
――私が死んだらどうするんだよこの国!!
どうやら問題はまだ山積みの様である。
【後書き】
べス君の三つの特徴
・合理主義
・いつも最善を尽くす
・融通がきかない
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