第11話 魔王とは必ず勇者に倒される運命にある

 もう薄々分かっているかもしれないが、一応レイチェルの出した条件をここで開示しようと思う。


 彼女の要望は極めてシンプル。


『この国で保護するならば、隠れ里の住人だけなんて小さい事を言わないで、大陸全土の半魔族ハーフブラッドを集めて下さい』との事だった。


 簡単に言ってくれるが、現実はそう簡単には上手くいかない。


 隠れ里くらいならば、私が直に動いたとしても国家問題には発展しないが、他国の奴隷になっている彼らを連れてくるとなると事が大きくなりすぎる。

 それに無理やり連れてくるとなれば、色々と問題が生じる。一人二人ならともかく、何百もの半魔族ハーフブラッドが人知れず浚われたともなれば、真っ先に疑われるは私だ。


 別に変装して各国から買い取りに回ってもいいが、私一人ではどれだけ時間が掛かるか……。


 だからこそ、私は帝国にその仕事を押し付けた。私が直接動くより、その方が角が立たないだろうと考えたからだ。


 あの国ならば半魔族ハーフブラッドを集め出してもそこまで騒がれないし、今回の場合、いざとなれば『魔王に脅されて仕方なく行った』と言い訳できる。


 そう思った私は、唯一切れる外交カード『魔王様の恫喝おねだり』を実行する事にした。いわば脅しだ。世の中はいつだって強い者が偉いのだ。


 幸いにも帝国は金を積めばそこそこ信用できるし、あちらの面子もあるので今回の件を必要以上に吹聴する事は無いだろう。


 ……代わりに莫大な恨みは買ったみたいだけど。悪いのはほぼ私なのだが、それでもいらないから返品したい。

 というよりもちゃんと見返りは渡したのだから、ある意味Win-Winだと思ってくれればいいのに。


 『魔王が半魔族ハーフブラッドを集めている』と発覚した場合の事を話そう。

 もしかしたら、頑強な軍団でも作るつもりか、と邪推されるかもしれないが、私自身が最強過ぎるため他の国はそこまで問題視しないと思う。だからこそ帝国も始めは簡単にOKを出した訳だし。

 彼等500人よりも私が戦った方が速いし強いのだから、正直軍を作る意味が無い。


「この際だから言っておくけど、昨日のアレはあんまり良い手段とは言えないんだよ」


「まぁそうですね。実際の所、脅して要望を通している訳ですから」


 確かに脅すのも確かに問題なのだが、真の問題点はそこではない。


 ――『魔王』という外交カードは本来切るべきではないのだ。


 今回はやむを得ないとはいえ、そのカードの多用はある意味私の命に関わる。


「それもあるけどさ。……魔王が力を振りかざしたら、誰だって怖いでしょ?今は比較的大人しくしてるから見逃されてるけど、やりすぎると私を倒すために新しい勇者を呼びだしかねない」


「それは、」


「無いとは言い切れない。『魔王』っていうカードは、私がこの世界で最強だから扱えるんだよ。誰も逆らえないからこそ、勝手な振る舞いが許される。――でも私より強い勇者が現れたら、もう死ぬしかないね。今のところはまだセーフみたいだけど、出来れば乱用はしたくないなぁ」


 目立ったらそれだけで死亡フラグの危険があるとかマジないわ。


 ……もうやっちゃった事に関してはどうしようもないよなぁ。でもまぁ、なるようになるさ。


「ですが、貴方より適性が高い人なんてそうは居ませんよ。ただでさえ次からは私の手助けは無いわけですし。そこまで心配しなくても大丈夫だと思いますよ?」


「そう祈っておくよ。まだ死ぬわけにはいかないしね」


 でも私のリアルラックって可哀想なほど低いからなぁ……。


「ええ、その意気です。――それに今度勇者を召喚するにしても、準備が必要ですからね。貴方を呼ぶ時にも五年くらい掛かったんですよ?それに、召喚の触媒も探さなくてはいけませんし」


「五年?随分掛かるんだね。それに触媒って何?私の時にも使ったの?」


 そこら辺の話は全然詳しく聞いた事がなかったので、ちょっと興味がある。

 触媒かー、何かかっこいいな。英霊召喚みたいで。


 私の興味深々な言葉に、レイチェルは自慢げな顔で答えた。


「貴方の時は私の遺髪を使いました」


「……ごめん。ちょっとガッカリした」


 レイチェルの髪かぁ……。別にダメって訳じゃないけど、何ていうかスケールが小さいっていうか……。

 正直ドラゴンの鱗とか、由緒ある聖剣とかそういうのを期待してたのに。


「何ですかもう!!いくら歴史が浅かろうと、歴とした聖遺物なんですよ!?それをよりにもよってガッカリだなんて……」


「だから、ごめんってば」


「……全く、貴方という人は。――そもそも、異界からの召喚には何らかの『神』の加護が必要なんです。だから触媒に使われる品は総じて聖遺物やその神の所縁の品になってきます。貴方の時は召喚の場所も相成って私の遺髪になったのですから、文句は言わないで下さい」


 レイチェルが憮然とした様子で説明を続ける。……これは予想外に怒ってるな。


「……不甲斐ない事に、それしか用意できなかったという理由もあるんですけど。大きな神殿や国家はともかく、村や小さな教会などはまず所持している事すら誰にも言いませんから」


「何で?」


「奪い取られるからですよ。名のある神の聖遺物一つで小さな国が買えるくらいの価値がありますからね。知られてしまえば一巻の終わりです」


 国一つか。それはすごい。

 確かにそんなものを、たいして力もない集団が持っているなんて分ったら、普通の感覚だと皆殺しにしても奪い取るな。そりゃ公表出来ないわけだ。


「でも、世界の危機だったんでしょ?秘密裏に借りるとかは出来なかったわけ?」


 私のその疑問に、レイチェルはゆっくりと横に首を振った。


「いいえ。触媒はその成否に関わらず、召喚の儀の過程で消滅・・してしまうんですよ。成功するかどうかも分からない事に、大事な宝物を使ってもいいなんて誰も言いませんから」


 ……なるほど。その人たちは魔王の脅威より、聖遺物を取ったというわけか。


 でもそんな中で使う事を許可しちゃうレイチェルの神殿って一体……。


 呆れと同情を孕んだ目でレイチェルを見る。彼女も結構苦労してるんだな。


「な、何ですかその目は」


「いや、うん。何でもないよ」


 取って付けたように誤魔化す私を、疑わしそうな目で見ながらも、レイチェルは続けた。


「でも、神である私が精神体とはいえ現世に干渉出来るのも、触媒のおかげですからね。強ち悪い事だとも言えません」


「……つまり、触媒次第では此処にいるのはレイチェルじゃなかったかもしれないって事?」


「?ええ、そうですけど」


 その言葉に私は戦慄した。

 何て事だ。私は運が悪ければ筋肉隆々のおっさんにおはようからお休みまでを見守られていたのかもしれないのだ。いくら神とはいえ恐ろしすぎる。


「ここに居るのがレイチェルで本当に良かったっ……」


「ふふん。そうでしょうとも。――それで、不安は晴れましたか?」


 そう、レイチェルは微笑みながら言った。

 

 確かに先程よりかは心が軽くなっている気がする。……なるほど、そういう意図の会話だったのか。


「まぁね。とにかく後五年は安泰だって事は理解した」


「……どこまでも後ろ向きなんですね、貴方は」


 レイチェルが胡乱気な目で私を見た。

 

 失礼な。後ろ向きではなく慎重だと言ってもらいたい。


「でもさ、確かにそう考えると勇者が呼ばれる確率はかなり低いって事になるね」


「そうですよ。だから心配しなくても大丈夫だとさっきから言ってるじゃないですか!!」


「あははっ」


 そう言ってレイチェルが声を荒げる。その様子を見て、私は小さく笑った。


 ――本当に、杞憂だといいんだけどね。





◆ ◆ ◆





「第一回都市計画会議ー!!」


「………………。」


「えっと、」


 私のその言葉に、レイチェルは残念なものを見る目で無言を通し、ユーグはどうしたらいいのか分らないといった風におろおろしていた。


……私がちょっとふざけたらこれだよ!!


 何だよもう、もっと付き合ってくれてもいいのに。


「……はい。誰も乗ってくれませんでしたが、会議に入ろうと思います」


 この会議の最初のテーマは、『街』に必要な施設のリストアップだ。


 因みに街の規模に関しては、レイチェルとの事前の話し合いで決定している。

 将来を見越して、一万人は生活できる規模の都市を作成するつもりだ。


「ええと、居住区と商店街と公園と学校と病院は確定として、後は何があればいいのかな?」

 

 言うまでもなく教師や医者などいない。連れてこられる人達の中に、その専門スキル持ちがいる事を期待するのは止めた方がいい。理由は言うまでもないだろう。

 でも今後の為も考えて、そういった事に使える建物だけは準備しておこうと思う。いつかは使えるだろうし。


「大浴場と娯楽施設も欲しいですね。それと食料庫も。最初の方は農作業が主になってくると思いますから、可能ならば簡易の転移施設の作成も視野に入れた方がいいと思いますよ」


「転移施設ね、なるほど。ユーグは何か欲しい物とかある?言うなら今の内だよ?」


「ぼ、僕ですか?……えっと、」


 急に話を振られ、ユーグは慌てて考えだした。


 もしかしたら私たちの視点では思いつかない事があるかもしれない、と考えての質問だったが、「何か欲しいお菓子ある?」みたいなノリで聞かれても困るだけだろう。……悪い事をしたな。


 ユーグは暫く唸っていたかと思うと、急に何かを思いついたかのように顔を上げて言った。


「その、僕は教会が欲しいです。――女神様の教会が」


 女神様レイチェルの教会。……すっかり頭から抜けていた。


 ……最近全然女神らしく無かったからなぁ。忘れてても仕方がないかも。ってこんなこと言ったら流石に怒るか。


「ユーグっ、そんなにも私の事を考えてくれていたのですね!!」


 レイチェルは今にも踊りだしそうなほどに感激している。その証拠か、声がいつもより高い。


 そんなレイチェルの喜びように、ユーグも照れたかのように笑って見せた。……すっかり忘れていた身としては、その光景にちょっと罪悪感が芽生えなくもない。


「じゃあ教会の作成は決定っと、――ああそれと、ユーグ」


「?はい」


「ユーグにはその教会で巫子をしてもらうから。これから勉強もしっかりしなくちゃね、忙しくなるよ」


「……え、ぼ、僕がですか!?」


 私の言葉に、ユーグは見るからに慌てだした。


 何をそんなに驚くことがあるのか。ここの主神がレイチェルで、その女神と直接話すことが出来るのだから当然の結果だろう。


 何より、ユーグが引き続きこの城の中に住むつもりならば、他の半魔族ハーフブラッドに対し、明確な立ち位置を示さなければならない。だから教会の事はちょうどよかった。


「レイチェルもその方がいいでしょ?」


「ええ。私の声が聞こえる人は貴重ですから。ユーグが引き受けてくれると私も心強いです」


 そんなレイチェルの後押しもあってか、責任の重さに困惑していたユーグも恐る恐るといった風に頷いた。


 でも巫子ともなるとそれなりの教育が必要だな。基礎的な事はレイチェルに頑張ってもらおう。私はこれから忙しくなるし。


「あの、魔王様」


「ん?」


「気になったのですが、それだけの建物をたった二月でどうやって作るのですか?」


 ユーグが不安そうに聞いてくる。


 確かに地図に書き出した分だけでもかなりの広さと軒数がある。これをこの世界のレベルで作成するとなると、ゆうに十年は掛かる事だろう。まぁ、私だったら二か月もあれば余裕だけど。

 だが、私には他にもとっておきの秘策があるのだ。


「ああ、それは簡単だよ。――私には優秀なサポートが居るからね」


 最初は住宅のみで、千人程の規模に収め、全て魔法頼りで土地整備やら煉瓦の組み立てやらを、突貫工事で行おうと考えていたのだが、それに関してべス君から有難い申し入れがあった。


 城の増築権限を一時的に拡大し、私の魔力を使用してそれら全ての工程をべス君が代わりに行う。いわばべス君を私の魔術の外付け装置として扱うのだ。

 流石は異世界のハイテクノロジーの塊だ。やる事のスケールが違う。


 この方法ならば、私が二か月かけてようやく終わる仕事をたった一週間、それも何十倍もの規模で遂行する事が出来る。

 代わりに私がさらに一週間寝込む羽目になるけど。……ATMは辛いよね。


 でもべス君の力量ならば、私が一から行うよりも精密で繊細な街が出来上がる事間違いなしだ。


 べス君の判断で街にありそうな施設を追加してもいいと言っておいたので、後から作り直す様な事にはならずに済みそうだし。


 だが、景観だけはまともな物にしてもらうように何度も説明した。

申し訳ないが、彼のあのセンスだけは受け止められない。でもそれ以外の心配はほとんどしていない。きっと大地震が起きても持ちこたえられるくらいの立派なものが出来上がる事だろう。


 そんな事を掻い摘んで説明したのだが、ユーグはあまりのスケールの大きさに理解が追いつかないらしく、始終頭にはてなを浮かべている。

 ……いや、うん。これを普通だと思われても困るんだけどね。


 ――それにしても私とべス君の組み合わせってある意味最強だな。

 べス君がいれば大抵の事は実現可能になるし。実際結構いいコンビなんだと思う。たとえ相手には食料としか思われてなかろうとも。


 あ、そうだ。何時までも筆談するのも手間だし、今度人形でも持ってきてそれに話してもらおうかな。その方が楽だし。


「ねー、べス君。ビスクドールとぬいぐるみだったらどっちがいい?」


 特に意味もなく、空中に問いかける。すると、ひらりと一枚の紙が落ちてきた。


 てでぃべあがいい


 そう一言だけ書かれていた。……ていうかこれ以外は許さないって事か。


 その後、手作りでテディベアを作成して、ドヤ顔でレイチェルに見せたのだが、事もあろうにあの女神、鼻で笑いやがった。

 ユーグに至っては「魔王様の世界の邪神か何かですか?とっても神秘的ですね」と悪気なく言われた。


 わ、私の女子力って一体……。


 でもべス君は優しい子なので、喜んでそのぬいぐるみを自身の憑代として使用してくれた。

 嫌がっている様子もなく、贔屓目ではなくなんだかとても気に入っているように見える。ちょっと嬉しかった。



【後書き】

~アレンジと不器用と美意識の悲劇~


「アクセントにボタンを付けてみよう」→目の付近に赤いボタンが大量に縫い付けられている。

「あ、口の刺繍ちょっと失敗しちゃった」→シーサーの様な口の開き方に。

「縫い目が見えるけどこれくらいならセーフだよね」→とっても、ズタボロです……。


 結果→邪神の完成である。

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