第10話 相手の言葉はしっかり確認しましょう


「『半魔族ハーフブラッド』?そんなモノ一体どうするつもりだ?」


 皇帝は怪訝そうに問いかけた。


 それもその筈。『半魔族ハーフブラッド』など、鎖に繋いでおかなければ何の役にも立たない屑だ。精々人よりも頑丈という事くらいしか取り柄が無い。


 この国も百匹ほど奴隷として飼っているが、実際の所大した役には立っていない。単純な肉体労働がいい所だ。


「我が国の慈善事業の一環ですよ。――あんな反乱分子一歩手前の化け物なんて、置いておいても不安になるだけでしょう? それなら私が責任をもって管理してあげようかと思いまして。貴方達は不穏分子を取り除いた上、この私に恩を売れる。私は頑丈な労働力を手に入れられる。そんなに悪い話じゃないはずですけど」


「あんなモノ、我等ならどうとでもなるがな。 だが、主に恩を売れるというのは大きい。――いいだろう。好きにするといい」


 皇帝のその言葉に魔王は目を輝かせたかと思うと、子供の様に無邪気な様子で喜んでみせた。


「わぁ!!ありがとうございます!!」


「そうか。それはよかったな」


「ええ本当に。この大陸の盟主・・・・・・・といっても過言ではない陛下に相談して、本当に良かったです!!」


 その言葉に、男は何故か引っ掛かりを覚えた。残念なことに皇帝はその違和感に気が付いていない。


 ……今ここで発言しては処罰されるかもしれない、と男は考えたが、どうしても見逃すことは出来なかった。


「待て、」


「はい?」


「お前が今話していたのは、この国に居る『半魔族ハーフブラッド』の事で相違ないな?」


 魔王はその言葉を聞き、わざとらしく顎に手をあてると、きょとんとした顔でこう言った。


「何を言ってるの? 違うに決まってる・・・・・・・・でしょう・・・・。私が言っていたのは、この大陸全土・・・・の『半魔族ハーフブラッド』の事だよ?」


 ――最悪の形で予感が当たってしまった。

 

大人しい少女の姿をしているからとはいえ、気を緩めるべきではなかったのだ。


「――貴様っ、陛下を謀ったのか!!」


「それはこっちの台詞だよ。勝手に勘違いしたのはそっちでしょ? ――心外だね」


 魔王は拗ねたかのような表情で男を詰る。


……くそっ、白々しいにも程がある。


 一方、皇帝の表情は硬い。

 この国の『半魔族ハーフブラッド』だけならともかく、他の国に居る奴らまで集めなければならないとなると、一匹の額は大した事が無いとはいえ、数百にも上れば莫大な金額が掛かってくる。

 それに、大量の『半魔族ハーフブラッド』の売買ともなれば軍事行動と取られかねない。

 たとえ民間の業者を動かしたとしても、調べればすぐに足がつくだろう。 他の国との関係を考えれば、この話は受けるわけにはいかなかった。


 ――しかし、魔王が直接交渉に来た時点で全ては手遅れだったのだ。


 せめて詳しい内容をもっと掘り下げて話していれば、皇帝も落としどころを見つけられたかもしれない。


 だが、既に皇帝は了承の意を伝えてしまっている。


 この魔王に狡猾に騙された形とはいえ、その事実は大きい。


 最初から拒否を示すのと、肯定から手のひらを返すのとでは受ける印象が違いすぎる。下手をすればその事を理由にこの魔王が帝国に攻撃を仕掛けることすら起こりえるのだ。

 その場合、他の国から見れば『魔王に攻められる理由を自分達で作った愚かな国』としか見られないだろう。……どう考えても手詰まりだ。


 誰もがその事実の大きさに声を出せずにいた。

 無理もない。この場での発言次第で自身の首はおろか、帝国そのものですら危うくなるのだ。下手に口出しできるはずがない。


 そんな彼等の様子を黙って見ていた魔王であったが、はぁ、と小さくため息を吐くと静かにその場に立ち上がった。


「うーん、そうですよね。やっぱりお願いだけじゃ駄目ですよね。――それじゃあ、これでいかがでしょうか?」


 魔王はそう言うと、右手を上にあげ、パチンと指を鳴らした。


 それと同時に円卓の中央に魔法陣が現れる。咄嗟に机から動こうとしたが、まだ拘束の魔術の効果が切れないのか、縫い付けられたかのように体が動かない。


 焦燥にかられ、魔法陣をただ見つめる事しかできない自分を、男は心の中で罵った。


 魔法陣は一度大きく金色に輝いたかと思うと、――気が付けば円卓の上に山となるようにして金銀財宝の類が無造作に詰まれていた。


 見た事もない意匠の金貨、首飾り、杖に宝剣。中には拳大ほどの宝石が付いているものさえある。これだけの量となると、国庫の半分には匹敵するだろう。


 誰もがその黄金から目を離せないでいた。


 ――思えば、既にこの時には勝敗が決していたのだと思う。



◆ ◆ ◆




 山積みにされた財宝を凝視する彼らの欲に塗れた眼を見て、私は賭けに勝った事を確信した。


 この帝国は簡単に説明すると、この大陸一の権力を持ち他の国を武力で牽制している典型的な侵略国家だ。だが、それ故に発言権は強い。

 しかし近年では政治の腐敗が進んでおり、金を積めば農民ですら貴族になれるといった噂話ですら流れる始末だった。


 そんな状況だからこそ、上級貴族や一部の官僚は逆に『話が分かる』と言ってもいい。

 頻繁に贈収賄が繰り返されれば、流石に騎士が動くことになるが、その辺りの見極めは各々の判断次第といった所だろう。


 この定例会議に参加している貴族や官僚等は半数以上が先程言った『話が分かる人』に分類される。

 だがしかし、流石の彼等も歴戦の王と名高い皇帝陛下の前ではその性根を晒す勇気はないようだ。財宝から目を離さないが、私の案に賛同する人は一人もいない。


 でも、絶対に拒否だけはしないと確信していた。


「私の城にある財宝の一部です。好きに使って下さい。 別に此処にいる皆様で山分けしてもいいと思いますよ? 何なら引き渡し時にこれと同じ量を依頼達成のお礼に渡しましょうか? 私はそれでも構わないですけど」


 今ある分の財宝を使い切るという事はまずない。

 隠れ住んでいる者達を除けば、他国に居るのは精々二百人に満たない数だろう。労働力がある男性が金貨三十枚前後なのだから、半魔族ハーフブラットはもっと安い。ここにある半分以上が手元に残る計算だ。


 さらに、これの倍。それだけの財源が手元に入る。殆どの人が断るのは惜しいと考えているはずだ。幸いにも彼らは見栄よりも実利を取れる人間だ。だからこそ、この方法は効果的だった。


 どうせこれは前魔王の遺産だし、例えこの十倍の量を渡したとしても、宝物庫の十分の一にも満たない。

 これでも足りないと言うのならば、さらに気前よく上乗せしてやろう。


 そして、山分けを仄めかす様な発言をしておけば、皇帝陛下もこれらを全て総取りという訳にはいかなくなる。そんな事をすれば多かれ少なかれ不満が出るからだ。

 もしかしたら、自分たちの帝王は魔王に金銭で買収された、等と言い出す輩が出てくるかもしれないしね。


「沈黙は了承ととってもよろしいですか? ――では色々準備もあると思うので、引き渡しは二か月後にしましょう。私の国と、帝国の属国である『アルフォンス』の国境の前に連れてきて下さいね。残りの報酬もその時にお渡しします」


 誰も何も言わないならば、言い逃げしてしまえばいい。


 それと、もちろん財宝は机に放置したままだ。


 このまま財宝を着服され、取引自体『無かった事』にされる可能性が無くはないが、まともな神経をしているならばそんな選択をするはずがない。


 仮にも国の重鎮なのだ。彼等だって『魔王を敵にまわす』という事の意味が解らない訳ではあるまい。


「ああそれと、くれぐれも連れて来るときに暴行を加えるのはやめて下さいね? 年齢と外見は特に問いませんけど、わざと使い物にならなくした奴隷を寄こされると不愉快ですから。――それでは皆様、またいつかお会いしましょう」


 私はその言葉を最後に、恭しく頭を下げた。


 無防備に背中をさらして、ゆっくりとした足取りで扉に向かって歩く。この時出来るだけ余裕そうに見えるように努力した。


 後ろ手に扉を閉め、急いで近場の路地裏に座標を固定し転移の魔術を使う。追ってこられると面倒だからだ。


 帝国の城下町の薄暗い路地に着いた私は、辺りに人気が無い事を確認し、その場にずるずると座り込んだ。服が少し汚れたが、そんな事を構ってられる余裕は無かった。


 全身から嫌な汗がバッと吹き出す。――ああ、気分が悪い。


 両手で顔を覆い、大きくため息を吐く。


「あー、しんどい」



◆ ◆ ◆




「つらいもうやだなきたい」


「ど、どうしたんですか魔王様? ――はい、お水をどうぞ」


 城に帰ってきた私は、机に突っ伏して頭を抱えていた。


 そんな私の様子を尋常ではないと感じたのか、ユーグが心配そうに水を持ってきてくれた。心配して声を掛けてくるユーグの気遣いが今は心苦しい。


「で、首尾はどうでしたか」


 憔悴している私を気に掛ける様子もなく、レイチェルはそう聞いてきた。


 ……昔はもっと優しかったような気がするんだけどなぁ。

 そう思ったが、最近は私の気のせいだったのかもしれないと思い始めた。記憶は美化されるって言うし。


「上々だよ。全部予定通り。――出来れば財宝は使わずに済ませたかったけど、中々そう上手くはいかないね」


 私が凹んでいる理由はユーグに言ってもしょうがないよなぁ、とは思ったが、このまま一人で抱えてるのはあまりにも辛い。


 だってこの歳になって『僕の考えた最強にかっこいい魔王様』の演技をするという拷問を女神様に実行させられたのだから。


 ……でも仕方がないんだ!!だって魔王がなめられたら終わりなんだよ!?


 もしも御しやすいだなんて思われたら、絶対に此処に侵攻してくるに決まってる。

 その為にもあの演技はこれからも必要なんだけど、……ああ嫌だ。本気で嫌だ。引きこもりたい。死にたくなるほど恥ずかしい。


「いや、二度と使う事は無いだろうと思ってた『私が考えたくそ生意気で高圧的な馬鹿っぽい小悪魔的な魔王様』のキャラを演じなきゃいけなかったのが辛すぎて……。何あのガチ魔王。無駄に相手を煽り過ぎだろ。陛下の側に居たあのおっさんなんかマジギレしてたし。いくら演技とはいえ、あれはちょっと心が折れるよ……。」


そう呟いた私の言葉に、レイチェルは驚いた様に声をあげた。


「えっ、あれは素ではないのですか!?」


「えっ」


「えっ?」


 お互い無言になって見つめ合う。


 あ、あれ?冗談じゃなくてガチの反応なの?


 ……なんかもう、今日は疲れた。


「……今日はもう寝る!!レイチェルの馬鹿!!腹黒女神!!」


 私はクララのバカっ、もう知らない!!みたいなノリで部屋を駆け出した。


 私は泣いた。それはもうこの世界に来た時の比ではないくらいに。


 アレが素とかどんだけ痛い人なんだよ……。私はそこまで変人じゃない。

 そう思って眠りについたわけだが、根が単純な私は、次の日には割とどうでもよくなっていた。


 朝方にレイチェルが涙目で謝ってきたのだが、寝起きで何の事か思い出せなかったので、曖昧に笑って誤魔化しておいた。

 

 でも謝るくらいならもうちょっと自重してくれればいいのに。

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