その2・次に人を集めます

第14話 白き翼を持つ少女

 エリザはとある国で生まれ育った半魔族ハーフブラッドの孤児だ。


 彼女はこの世界に生まれ落ちてすぐに、教会に併設した孤児院の前に捨てられた。


 半魔族ハーフブラッドを受け入れている孤児院など存在している事の方が稀なのだが、彼女は運よく身体的には人間そのものであったため、特に問題もなく受け入れられた。


 このご時世に教会が孤児院を経営できたのには、いくつかの理由があった。


 この教会が作られたのはもう随分と昔の事で、幸いに信徒の数も決して少なくはなかったので、金銭的にはだいぶ余裕があったのだ。


 それに加え、この教会で祀っている神の加護であったのかはわからないが、何故かこの教会に寄り付く魔族は一人もいなかった。


 なので、魔王と魔族達が猛威を振るう中、慎ましいながらも生活が出来ていたのは本当に運が良かったとしか言いようがない。


 そんな平穏と言ってもいい生活の中で、教会の優しいシスターや同じ境遇の子供たちと一緒に彼女は成長していった。


 ――彼女自身、己が半魔族ハーフブラッドだなんて思いもしなかった。


 だからこそ、彼女に降りかかった『悲劇』は彼女の心に大きな傷跡を残すことになる。



 そう、あれは今から一年前。魔王討伐の報が大陸中に知れ渡った半年後の出来事だった。


 12歳の誕生日を迎えたエリザは、教会のシスター見習いとして働いていた。


「あら?――ねぇエリザ、背中にコブが出来てるけど大丈夫なの?それに二つも」


 そう同室の友人に指摘された事が始まりだった。


 鏡で確認してみると、肩甲骨の間にうずらの卵程の大きさのコブが二つ、確かに存在した。


 最初は、――何処かで知らない内にぶつけたのだろうと、そう考えていた。

 

 だが、そのコブは小さくなるどころか日に日に大きさを増していった。

 神父様や年長のシスターに言われ医者にも見てもらったのだが、このコブが何なのかはわからなかった。その時にはもう赤子の頭ほどの大きさになってしまっていたので、切り取ろうにも出血で死んでしまう可能性があった。


 ――私は一体どうなってしまうのだろう。


 エリザは酷く怯えていた。


 そんなある日。礼拝堂にて祈りを捧げている最中、エリザの背中に鋭い痛みが走った。


 ――焼ける様な痛みの中、彼女は背中のコブが弾ける・・・のを感じた。


「――エ、エリザ、その背中は!?」


 エリザの悲鳴を聞き、駆け付けたシスターが見た物。

 それは、――エリザの背中から生えた、小さな白い一対の翼だった。


 シスターは意識を失ったエリザを教会の奥の部屋に連れて行き、鍵をかけ、神父様に助言を請うた。


 シスターと神父は、エリザが半魔族ハーフブラットである事を、言うまでもなく察していた。だからこそ、どうすればいいのか解らなかったのだ。


 今まで赤子の頃から一緒だった娘が化け物だったなんて、彼等には受け入れ難かったのだ。


 だからと言って、彼らはエリザを殺してしまえるほど非情な人間でも無かった。――その認識が悲劇を引き起こしたのだ。


「――エリザは、神の御使いだ」


「そうです。何よりもその背の白き翼が御使いの証なのです」


 彼等はエリザを『神の御使い』として祭り上げる事を選んだ。


 自己暗示。現実逃避。言い方はいくらでもあった。そうしなければ彼らは正常ではいられなかった。

 彼らは化け物と一緒に暮らしていけるほど寛大な精神を持っていなかったのだ。


 それからエリザは、教会の奥の部屋で監禁された。


 神父様もシスターも、『貴方は神の御使いだから、みだりに外に出すわけにはいかない』と申し訳なさそうに話したが、それが嘘だという事くらいエリザにも分かっていた。

 それでも彼女は何も言わず、大人しく指示に従った。


 自分が半魔族ハーフブラッドだという事は、背中の異形が証明していたし、何よりここを出たとしても行く当てなんて何処にもなかった。


 日に日に大きくなっていく翼は、ゆうに自身の身長を越しており、このまま羽ばたかせれば空だって飛べそうな気がした。


 ほんの出来心だったのだと思う。彼女はある新月の夜に、天窓の枠を外して外に散歩へ出かけた。


 ――何か月ぶりの外は、とても広く感じた。


 月が無い夜だからこそ、星は瞬いて美しく輝く。


 その光に、もう少しだけ近づいてみたいと彼女は考えてしまった。……間違えて、考えてしまった。


 翼をはためかせると、自分で思っていたよりも簡単に宙に浮くことが出来た。その勢いで空高くまで登っていく。


 ――空から見た街の景色は、何とも言えない絶景だった。


 その美しさと解放感が忘れられず、彼女はたびたび外へと抜け出すようになった。


 彼女は知らない。


 ――街で、化け物が夜に空を飛んでいると噂になっていた事を。


 この噂をシスター達が聞いていたとすれば、きっと彼女を厳しく叱りつけていたはずだ。

 運が悪かったのは、彼女の所属が俗世と離れた教会であった事だろう。


 ――だからこそ、悲劇は起こってしまった。



 ある満月の夜。彼女は幾度目かの空中散歩を楽しんでいた。


 ――さぁそろそろ帰ろうか。


 そう思い教会の方に向き直ったその時。――一本の矢が彼女の翼を射抜いた。


 当然の如く、彼女は落下した。

 彼女は翼から感じる凄まじい痛みに耐えながらも、何とか街の郊外にある森に逃げ込んだ。矢が放たれた方向には、大量の兵士たちの姿があったからだ。


 ――私がシスター達の言いつけを破ったからこんな事になったんだ。

 

 エリザは薄暗い森の中でそう考えていた。


 もう、外は怖い。教会に帰ったら二度と外になんか出たりしない。そう彼女は心に誓った。


 そのままエリザは夜の森で眠れぬ夜を過ごし、人がまだ起きていないであろう早朝にひっそりと教会に向かった。


 ――帰ったらシスターと神父様に謝ろう。もう二度としないってちゃんと言わなくちゃ。


 そうして帰りついた教会で見た物。それは――、


「……え?」


 轟々と燃え盛る炎。焼けた肉の臭い。崩れた建物から微かに見えた、誰かの右手。


 エリザはその場に呆然と立ち尽くした。


 ――教会が燃えている?何で?


「おい、居たぞ!!あいつが例の半魔族ハーフブラッドだ、捕まえろ!!」


 この時の事はよく覚えていない。

 ただ、兵士達が「あの教会の奴らは化け物を匿っていた」「あいつ等が死んだのはお前のせいだ」「お前は運がよかった。だってあの勅命が無ければその場で殺されていたんだからな」などと言っていた事だけは覚えていた。


 それからすぐに首と手足に枷をはめられ、エリザはアルフォンスという国に向けて輸送された。


 その荷馬車の中にはエリザの他に何人かの半魔族ハーフブラッドがいて、どの人も死人の様な目をしていた。きっとエリザもそんな感じだったのだろう。


 蹲り、膝を抱えて考え込む。


 ――私のせいで皆死んでしまった。


 本当は私の事なんて怖くて仕方なかった筈なのに、それでも教会においてくれた。優しい、人達だった。

 その恩を、私は仇で返したのだ。


 そう考えると、涙が止まらなかった。


「う、ううっ。ふぇ、ぇっ」


「……泣くな。泣いても何も変わらない」


 そう、同じ馬車に乗っていた青年が言った。


「だ、だって。私がいなければ誰も死ななかったっ!!私のせいで!!」


「なら安心しろ。お前には、……いや俺達・・にはこれからとんでもない罰が待ってるらしいぜ。それこそ、――生まれた事を後悔するくらい壮大な、とか兵士たちが言ってたな。……こんだけ甚振ってもまだ足りないらしいぜ、人間様は」


 青年は皮肉気にそう言った。


 彼も体中殴られたような痣だらけで、頭には血の滲んだ包帯を巻いていた。

 特筆すべきはその両手だろうか。肘から指先にかけて、蛇の様な鱗に覆われていた。


こんなにも至近距離で半魔族ハーフブラッドを見るのが初めてだったエリザは、反射的に肩を震わせた。その姿を見て、青年は舌打ちをする。


「――私達、これからどうなっちゃうの?」


「さあな。それこそ『地獄の様な場所』なんじゃねーの。まぁ、」


 ――どうせ碌な目にはあわねぇよ。


 彼はそう言うと、もう話は終わりだとでも言いたげに、エリザに背を向けた。


 エリザはまた、膝を抱えて涙を流した。

 

 ――どうしてこんな事になってしまったんだろう。


 ――誰か、たすけて。

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