第6話 残念ですがそれも一つの現実です

 宣戦布告から三ヶ月。他の国から何かしらのアクションがあるとばかり思っていたのだが、予想に反し誰からの接触も無かった。

 

 良い事だ、と言ってしまえばそれまでなのだが、これでは誰にも相手にされていないみたいじゃないか。何だか腑に落ちない。


 レイチェルを斥候代わりにして隣国の様子を探ってもらったのだが、国境付近に巡回兵が数人いるくらいで、大した動きは無かった様だ。

 国の中枢に行けば詳しい状況が分かるかもしれないが、流石にそれはちょっとめんど……、いや、国際的な良心に基づいて止めておくことにする。

 

 それに三ヶ月ともなれば、流石に単調な日々に飽きが出てくる、――と思いきや意外にもそんな事は無かった。


 実際問題、趣味で始めた農業は試行錯誤の末、何とかまともな物を収穫出来るまでに至ったし、何より国内視察を兼ねたピクニックも意外と楽しかったりする。 まぁ、話し相手はレイチェルしかいないけど。


 城に帰ればベヒモス、――通称べス君が至れり尽くせりの対応をしてくれるし、正直文句を言う場面が無い。十分に順調な新生活だと言えた。


 だがこの平穏こそが、これから巻き起こる騒動の前触れだったとは、今の私には知る由も無かった。




◆ ◆ ◆




「ん?」


「どうかしました?」


 日課の水やりを終え、私は城でまったりとしたティータイムを楽しんでいた。茶葉は自家作成のハーブで、ミントの爽やかさが心地よい。


 一応緑茶や紅茶も作れなくはないのだが、魔力での急成長で作った結果、どうにも味の質が悪かった。やはりああいった高級な嗜好品は、手間暇を掛けなければ美味しくならないようだ。


 それはともかくとして、そんなささやかな時間を邪魔するかのように、結界に反応があった。害獣対策で耕作地に仕掛けていたものだ。

 場所は、……比較的国境線に近いトマトの畑か。あの辺りは森が近いからなぁ。


 詳細は分かりにくいが、小さなイノシシ程の大きさの生き物だ。反応はそこに留まって動こうとしない。


「そろそろ収穫期だっていうのに……。許さん」


 私は静かなる怒りを胸に立ち上がった。よし、今日の夕飯は猪鍋だ。魔王様頑張っちゃうぞー。


 そんなわけで、ヤル気満々で畑まで転移した私であったが、現場での光景に思わず唖然としてしまった。


 収穫直前のトマトを貪り喰っていたのはイノシシではなく、――犬の様な耳の生えた人間だった。


「……ちょっと」


「――――っ、ぁ」


 その人間、――年の頃はまだ十歳くらいだろうか。薄汚れた貧相な服を着て、手足や頬は可哀想な程に肉が無くガリガリだった。


 ……なるほど、国境線の結界は最低でも大人ほどの大きさじゃなければ反応しないようになっている。これくらいの子供一人ならば見落としたとしても仕方がないか。

 

 私が声を掛けた事により、少年は手に持っていたトマトを落し、大きな目を見開いてガタガタと震えはじめた。

 わぁ、魔王様ってばめっちゃ怖がられてる。見た目は普通の女の子なのになぁ。……傷つく。


 それにしても、


「その耳、もしかして『半魔族ハーフブラッド』?」


「う、あう」


 『半魔族ハーフブラッド』はその名の通り、両親、もしくは曾祖父母のどちらかが魔族の血を引いている者の事を指す。


 前魔王の侵略が百年近くも続いていたのだから、そんな者達がいても可笑しくはない。

 魔族が人間の事を食料としてしか見ていなかったとはいえ、中には人間を囲って奴隷にしたり、近隣の国を襲って女を略奪したという話も少なくはなかった。


 そんな中で生まれたが彼ら『半魔族ハーフブラッド』だ。


 彼等は通常の人間よりは力が強く、中には親の特性を引き継いだ特殊能力者もいたりする。その多くは身体に人とは異なる特徴を持って生まれてくる。

 だが、その地位は決して高くはない。魔族からは出来損ない扱いをされ、人間からは化け物扱いをされる。……彼等には居場所がないのだ。


 それでも人間より力があるんだから反逆すればいいと思うのだが、現実はそう上手くいかないらしい。

 半魔族同士で徒党を組もうにも、絶対数が少なすぎるのだ。比率で言ってしまうと大きな国の王都に一人か二人いれば十分多い方だろう。

 この大陸全土で考えたとしても、恐らくは五百人にも満たない。そんな有様では人間達の数の暴力に負けるのは必然だろう。


 そんな中でも集まった者達が、隠れ里を作り暮らしているという話を聞いた事がある。だが、この少年の有様を見るに隠れ里の住人という線は薄い。


 だとすると、逃亡奴隷か。


 半魔族の大半は力の弱い幼少期に拘束され、奴隷として売られる事も少なくはない。


 よくよく見てみれば手足に擦れたような痕が見える。


 私の問いに答えない少年をじっと見つめていると、少年はハッとした様に慌て始めた。


「ご、ごめんなさい!!」


 少年はそう叫ぶと、その場に平伏し、地面に頭を擦り付けるかの勢いで謝り始めた。


「ぼ、ぼくお腹がすいてて。ここまで声に従って歩いてきたら、美味しそうな赤い実があったからついっ。――此処が魔王様の土地だなんて思ってなかったんです、だから、……こ、殺さないで下さい」


 ガタガタと震えながら、ボロボロと大粒の涙をこぼしてそう懇願する。

チラリと見えた服の下の手足からは、痛々しい鞭の後が見えた。足も素足のままで、所々血が出ている。


 ……確かに私は魔王であり、そこそこ外道寄りであるという自覚があるが、この姿を見て何も思わない程私は人間を辞めてはいない。


「まだお腹はすいてる?」


「……え、」


「おいで。――久方ぶりの客人を持て成さない程、私は狭量じゃない」


 ぽかんとしている少年の手を掴み、了承も得ない内に転移で城へと連れ去る。着いた後に、べス君に風呂と彼の服と食事の準備を頼んだ。

 それと、念のため彼からは魔力を徴収しないように言いつけておく。私が来てから領地内からの無差別徴収は無くなったが、城の中までは確認していない。何も言わないでおくと、気が付いたら死んでたとかありそうで怖い。


 城に戻ると、レイチェルが慌てた顔をして駆け寄ってきた。

 何?治癒魔法をかけてやれ?……あぁ、怪我が酷いからね。了解。


 そんなやり取りを目線の動きだけでして、少年に治癒魔法をかける。


 幸いなことにそこまで深い傷はなかったようで、一度の魔術で完治まで持っていけた。

 よかった。魔力耐性のない人には、治癒魔術ですらアレルギーを起こす人が居ると聞くし、連続の使用は危険だからね。


 体が軽くなった事に気が付いた少年は、驚いたような様子で手足を確認していた。


 だが、少年は此処に来てからずっと困惑した顔のままだ。その瞳の奥には怯えが見て取れる。別に食べたりなんかしないのに。


「仕方がありません。いきなりこんな悪の巣窟の様な内装の城に連れて来たら誰だって怯えます」


 と、レイチェルが沈痛な面持ちで呟く。


 いや、この内装は私の趣味ってわけじゃないし。ある意味べス君の趣味だし。ていうか突っ込みどころ違くない?


 ジト目でレイチェルを見詰めていると、少年が恐る恐ると言った風に口を開いた。


「ま、魔王様。……あの、」


「何?」


「これから僕はどうなるんですか?」


「………………」


 うん、正直そこまでは深く考えてなかった。実際の所、どうしたものか。


 とりあえず風呂に入らせて、着替えさせ、食事を与えた後どこかの隠れ里の前にでも置いておくのがベターだろう。少しばかり食料を持たせておけばきっと受け入れてもらえるはず。多分。


 そう考えていたのだが、私の無言を悪い意味に受け取ったのか少年は目に見えて慌てだした。


 そうして、意を決したかのように私をしっかりと見つめた。


「あ、あの!!――出来れば、痛くしないで一瞬で終わらせて下さい」


「……いや、殺さないってば」


「じゃあ、太らせて食べるつもりですか?僕は半分魔族だからあんまりおいしくないと思います……」


「食べもしないよ。ちょっと落ち着いて」


「な、なら僕の身体が目的ですか!?――……いや、でも死ぬよりはずっとマシかも」


「人を勝手に性的倒錯者扱いするな!!」


 ……ていうか意外と余裕だなお前。さっきまでの吹けば飛ぶような儚さは何処へ行った。

 混乱のあまりおかしな言葉を口走っているだけだとしても、変な方向に思考が飛び過ぎだろう。大丈夫なのか?

 本人的には死活問題なんだろうけどさぁ……。でも何故だろうか、私が馬鹿にされているとしか思えない。


 まぁ私は心が広いからね!!笑って許してあげるけど!!……泣いてなんかないやい。


 それと、レイチェル。笑うなら隠れずに笑え。魔王様は激おこです。

 ていうかフォローを手伝え。子供の相手なんて碌にしたことが無いから、どうしたらいいのか分からない。


 むかし五歳くらいの従弟を数週間預かった事があったが、あの頃は私も中二病真っ盛りだったからなぁ。色々一緒に馬鹿をやったものだ。……性格歪んでないといいけど。


「本当に、殺さないんですか?」


「むしろ殺す方が面倒だし。……私は暇なんだよ。ちょうどいいから暫く話相手にでもなれ。それが此処に滞在する対価だ。――それなら納得がいくだろう?」


「は、はい」


「ならいい。――でも、とりあえず汚れを落とす方が先かな」


 ちょうどお風呂も沸いたみたいだしね。


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