第4話 日本人のポーカーフェイスって他の国の人には理解し難いらしい
「――まだあの
「申し訳ありません陛下っ、
「くそっ!!この事が近隣諸国にしられたらどんな非難を受けるのかお前は分かっているのか!?いいから事実が広まらないうちに探し出せ!!」
「はっ、はい!!」
王の剣幕に委縮した兵士は、一目散に背を向けて駆け出して行った。
一方、兵を怒鳴りつけた王の表情は暗い。余裕もなくグシャグシャと頭をかきむしると、机に両肘をついて頭を抱えてしまった。
――まさか、アレが逃げ出すとは。
レーヴェンの王――ローランド・ヴィ・レーヴェンは、二年前に己が国が呼び出した
長年この大陸全土を恐怖に陥れていた『魔王』を駆逐するために異界より呼び出した『勇者』、それがあの女だった。
魔王領から遠く離れたこの地、『レーヴェン』で召喚が行われたのには、いくつか意味がある。
一つ目は、この国は大陸屈指の魔術大国だという事。異界からの召喚の儀が行えるほどの術者はこの国にしか存在しないからだ。
二つ目は、この国がかつて『聖女レイチェル』を生み出した歴史を持つ国であるという事。要は、験担ぎというやつだ。
救国の乙女と謳われた聖女の加護がある地ならば、魔王を打ち倒すほどの武勇の持ち主を呼ぶことも不可能ではないかもしれない、といった所だろう。その目論見は、良くも悪くも成功してしまったわけだが。
もしも、あの化け物が普通の少女で、人懐っこく笑顔が絶えない娘だったとしたら、きっとローランドの評価も変わっていた事だろう。
だが魔法陣から現れたのは、魔族を指す黒い髪と黒い瞳を持つ少女だった。――処分を検討するには、十分な理由だった。
それだけならまだしも、その少女は友好的な態度を取る事すらおろか、必要以上に話しかける事すらなかった。こちらが態々善意で話しかけてやっても、困ったように眉を顰めて、当たり障りのない返答をするだけ。そんなもの、好意を持てという方が難しい。
念の為召喚の際に特殊な魔法陣の上で『真名』を奪い行動に制限を加えていた為、こちらに逆らう事は無かったが、何かの拍子にその枷が外れないとは限らない。
最初は魔王の眷属達を少しでも減らすことができれば御の字、としか思っていなかったのだが我々の予想に反し、あの『勇者』は規格外すぎた。
魔王の眷属の魔族ですら、一騎当千の実力を持つというのに、アレはまるで虫でも払うかのような単調さで奴らを消して行った。
本命の魔王ですら、単騎で挑み、大した怪我もなくその首を持ち帰ってきたのだ。
返り血を体中に浴び、生首を片手に無表情で歩いてくるその姿はまさに『化け物』と呼んで相違なかった。
何も知らない民衆どもはあの化け物を褒め称えたが、それを近くで見ていた各国の上層部が抱いた感情は、――恐怖だけだ。
諸外国の面々からも、あの化け物を殺すべきだという意見が出ていたが、今後また魔王の様な存在が現れたら、我々では成す術がない。戦力は出来うる限り保持しておいた方がいい。そう、彼らは結論付けた。
各国との話し合いの後、アレの召喚国であるレーヴェンが責任をもって監視をすることになった。
何も知らない民衆共からは異常に人気が高いので、使わぬままに捨て置くのも些か惜しい。なので、非常に不本意であるがお飾りの王妃として城に幽閉した。
それから約一年が経過し、特に何の問題もなく今までやってこれた。だが、あの化け物は何の前触れもなく姿を消した。
誰も居なくなった質素な部屋の中には一枚の手紙が残されていた。
【親愛なる陛下へ
この様に手紙を送るのは初めてですね。あ、安心して下さい。多分これが最後ですから。
突然の事ではございますが、私、此処からお暇させていただきます。
故郷から誘拐まがいで此処に召喚され、粛々と『勇者』としての役割を全うしたと自分では思っていたのですが、その報酬がこの仕打ちでは納得出来るわけがありません。理由はそれで十分でしょう?
別に報復をするつもりは無いのでご安心ください。私に好き好んで人を殺す趣味はありませんので。女神レイチェルに誓いましょう。
あぁ、それと。貴方がたは私から『真名』を奪ったと思っていらっしゃるようですが、よく考えてみてください。
いくら混乱していたとはいえ、――誘拐犯に素直に本名を告げる馬鹿が居ますか?
嵌めてもいない首輪の存在を拠り所にする貴方がたは、それはそれは滑稽ではございましたが、そんな方達に態々教えてあげる事もないでしょう?
ですが、咄嗟に考えたにしては気に入っているのでこれからもアンリと名乗っていこうかと考えております。別に何時もの様に化け物と呼んでくれても構いませんが。
……話が長くなってしまいましたね。
王妃の位は只今を持ちまして返上いたしますので、どうぞ存分にあの魔術師の女性とお幸せに。
あ、くれぐれも私の事は探さないでくださいね。
元勇者 アンリより】
――まったくもって馬鹿にしている。
ローランドは手紙の内容を思い返し、舌打ちをした。
従順な振りをして、心の中では我々の事を馬鹿にしていたのだ、あの化け物は。
だがアンリが復讐を考えているのならば、態々こんな事をせず、既に国を滅ぼしていてもおかしくはない。アンリにはそれだけの力があるからだ。
疑わしいが、人に手を出さないという一点だけは信じてもいいだろう。
そうとはいえ、諸外国がそんな説明で納得してくれる筈も無い。
彼等にとっては己が近くに、危険な猛獣が拘束具も無しに解き放たれているのと同じような感覚なのだ。手綱を放してしまったレーヴェンが非難されるのは確実だろう。
それに、今ならまだ話し合いで解決できるかもしれない。そうローランドは考えていた。
待遇が不満ならば、口惜しいが譲歩してやらなくもない。その辺りは話し合いになってくるが、あんな小娘一人丸め込むのは容易なはずだ。
――くそ、あの時魔王と共に相打って死ねばよかったものを。この私に手間をかけさせるとは何様だ。
イライラと、机を叩く。そんなことをしても事態が好転しない事はローランドもわかっていたが、行き場のない怒りのぶつけ所がほかにない。
「陛下!!陛下はいらっしゃいますか!!」
「――なんだ、騒々しい」
先程彼が怒鳴りつけたのとは違う兵が、ノックも無しに部屋に駆け込んできた。
その顔には焦りが見て取れる。
「た、大変なのです!!――急いで空をご覧ください!!」
「……は?」
その後彼に待ち受けていたのは、思いもよらない事態だった。
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