第3話 実は本人が思うほど相手は気にしてなかったりする
「麦とー、お米とー、一般的な野菜とー、あ、果物も忘れたら駄目だな。甘い物は別腹だし」
「随分と楽しそうですね」
ノリノリで農作物を決定していると、レイチェルが呆れ顔で話かけてきた。
何を呆れる必要があると言うのか。失礼な。
「楽しいよ?今まで壊すばかりで何かを作る事なんて無かったし。凄く新鮮。まぁ実際やる事は全部魔力頼りだけど」
耕作地を作る。
そう言ったものの、農業はおろか家庭菜園の知識すら持ち合わせていないぞ、私は。何かを育てる事だって小学生の時に朝顔を育てた時以来だ。
……まあそれでも最後は魔術でなんとかなるだろう。たぶん。
「先ほどもこの辺りの地図を見ていたようですけど、この赤い印はなんですか?かなりの広さがあるようですけど」
レイチェルが床に放置してあった地図を手に取り、不思議そうにそう問いかける。
「ん?全部耕作地にする場所だけど?」
この旧魔王領は日本で言うと北海道の3分の1程の広さがあり、その内耕作地に出来るのは3割ほどだ。魔族が農業なんかするはずないが、侵略される前にかつて人が暮らしていた時の名残だろう。
因みに赤色でチェックを入れたのはその内の2割。場所自体は点々としていて統一感が無いが、実際は転移魔法を使うので距離なんて関係ない。
「貴女しか食べる人が居ないのに、こんなに作物を育成しても無駄になるのでは?」
「だって、暇だし。それに将来的には牧畜もしたいからさぁ。備蓄は必要だよ。動物って植物と違って魔力だけじゃ育てられないから、ある意味先行投資と思えばいいんじゃない?」
自分の為だけに働くのってやっぱり楽しい。何よりモチベーションが違う。
この世界に来て以来、今が一番テンションが高いかもしれない。うん、悪くないな。
「何だか、此処に来てからよく喋りますね」
「え?私は元からよく喋る方だよ? ――でもあの国に居た時は人の目もあったからね。誰にも見えないレイチェルと話すと頭のおかしい人って思われるし、そんなに話せてはいなかったかもね」
「いえ、そうではなく……」
腑に落ちないとでも言いたげな表情でレイチェルは私から目を逸らした。なんなんだ一体。
「あ、それとさぁ。宣戦布告の内容なんだけど――」
◆ ◆ ◆
楽しげに話し出した少女の声を聴きながら、
あの日、――私が祭られている神殿で大規模な召喚の儀が行われた。
『人類の敵を討ち滅ぼす為、勇者の召喚を』そう多くの人々に願われた。
……私はその期待に応えたかった。だって、私が神として司っていたのは『救済』なのだから。
でも私自身は女神の扱いを受けているとはいえ、元々は只の人間に過ぎなかった。
様々な巡り合わせの後、死後に女神として祭り上げられたが、たかだか数百年の歴史しかない神に大きな力は揮えない。
だからこそ、私はその召喚の儀を利用した。
やる事は簡単。儀式の途中に次元の狭間に紛れ込み、魔王を倒すだけの素質がある人間を探して、こちらに引きずり込む。それくらいならば今の私の低い神格でも可能だった。
――狭間の扉が開かれた刹那、那由多の時空の果てに私は彼女を見つけた。
手を引いた時の、目を丸くして驚いていた彼女の顔は今でも忘れられない。
彼女は自身の力の事を『借り物の力』だと評する。でもそれは違う。
私が彼女に与えたのは精々無駄のない体の動かし方と、私が持っている魔術の使い方だけ。
あの強大と言っていいほどの魔力は、それこそ彼女の自前のものだというのに。
……いや、この言い方には少し語弊がある。彼女自身の魔力の保有量は、普通の魔術師の少し上くらいしか持っていないのだ。
問題は、その魔力の純度。
魔術を火に例えて、普通の人間の魔力を只の木材だと仮定すると、――彼女の魔力はさながら爆薬のようなものだ。同じ量を用意したとすれば、どちらが強く燃え上がるかは一目瞭然だ。
この事を本人に告げた事はあるが、「紙とニトロくらい差があるって事?」と首を傾げていた。ニトロが何なのかは分からないが、その後の言動からみてもよく分かってないのだと思う。単に興味がなかっただけかもしれないけれど。
元の世界に居たならば、一生発見できなかっただろう稀有な才能。その力量はすでに私を大きく超えていると言ってもいい。
それでも彼女が私の事を、ぞんざいな態度ではあるが『女神』として認識してくれているのは、ひとえに同情によるものだろうと思う。
彼女の召喚に割り込み、加護まで与えてしまった私には、もう殆ど力が残っていなかった。回復は優に数百年はかかると思われる。いや、大衆からの信仰が薄れている今となっては、数千年は掛かるかもしれない。
今の私に出来る事と言えば、精々彼女に話しかける事くらいだ。
――何が救済の神だ。
確かに彼女の御蔭でこの世界は大きな危機から救われたかもしれない。
でもその裏側で、何の関係も無い少女が一人笑顔を失ってしまった。私の、せいで。
「ねぇちょっと、レイチェル。ちゃんと聞いてる?」
そんな事を考えていると、反応が鈍い私を怪訝に思ったのか訝しげな表情で彼女がそう問いかけた。
――ああ駄目だ。彼女に無駄な心配をかけるわけにはいかない。何とかごまかさなくては。
「ええ、聞いてますよ。でも私、仮面にマントは止めた方がいいと思います。流石に時代遅れですし。あ、でも貴女がどうしてもと言うのならば止めはしませんけど」
「何の話!? そんな事一言も言って無かったよね!?」
「あれ? そうでしたっけ。でも貴方なら言い出しても可笑しくはないですし……」
「よーし、ちょっと冷静に話し合おう。まず最初の議題はレイチェルの中で私がどれだけ残念な事になっているかについてだ」
「え……、本当に聞きたいんですか?」
「何その含みのある言い方!?そんなに酷いの!?」
大仰な仕草で、女神の癖に腹黒っ!!と叫んだかと思えば、彼女は耐えきれなくなったかのようにクスクスと笑いだした。
彼女は笑いすぎて浮かんだ涙を指で拭うと、私に向かって微笑みかけた。
「あー、おかしい。いつもそんな風に話に乗ってくれれば退屈せずに済むのに」
「知らなかったんですか?私も結構お喋りな方なんですよ?」
「それはそれは、結構な事で。 ――なんていうか、その方がこっちも気が楽だよ。無理やり国から連れだしたようなものだしね。それにあの国に居た時、いつもレイチェルは情けない顔してたしさぁ、これからは私の女神様なんだからもっとどっしり構えてくれないと困るよ」
「困るんですか?」
「困るよ。私がいざという時頼れるのはレイチェルだけなんだから」
「………………。」
思わず言葉を失った。
こうなったのは全部私のせいなのに、それでも彼女は私を頼ってくれる。私しかいないと言う。
――胸の奥から込み上げる何かがあった。
この感情はなんだろう?
同情の憐憫をはらんだものではない。ましてや愛情とも友情とも呼べない。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
「ええ、そうでしょうとも。私は、貴方の女神なんですから」
それでも今は胸を張ろう。たとえ力が無くとも、彼女が信じてくれる限り私は女神でいられるのだから。
私のその言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「そう来なくっちゃ。――それで明日の予定なんだけど……、」
そうして時折相槌を打ちながら彼女の話を聞く。楽しげな『
かつて人知れず世界の危機を救った救済の女神は、今はたった一人の為に祈りを捧げる。
願わくば、――彼女の未来に幸多からんことを。
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