第150話 その十二

「ほうほう。これはこれは」


 御方が、如何にも今初めて中身を知ったという感じにそれを取り出す。


 それは宝箱の大きさに見合わない、一つの小ぶりな袋だった。


「マジックバッグですね。容量は……かなり大きいようです」


 メイハマーレは不覚にもその容量に少し驚く。アテンの持っている物よりもずっと大きい。


 このダンジョンから取れる可能性のある物の中では最高レベルだと思われた。御方はそのマジックバッグを手にお聞きになる。


「ふむ、マジックバッグか。どうするかな……。お前が見つけたのだ、使うか? メイハマーレ」


「ッ、…………大変、ありがたいお言葉なのですが、アタシは空間能力で同じようなことができますので、不要でございます。もっと、有意義にお使いになるのがよろしいかと……」


 この時、メイハマーレは涼しい顔を取り繕っていたが、その心の内は断腸の思いどころか腸が消し飛ぶ思いだった。


 突然舞い降りてきた福音。本音を言えば、喉からズルリと触手が出るほど欲しい。御方から下賜される物の価値は天井知らずであり、それがたとえ何であれ、メイハマーレたちにとっては一種のステータスになるからだ。


 だが、自分でも言ったようにメイハマーレがマジックバッグを持っていても宝の持ち腐れにしかならない。それに、これは戒めでもあった。


 今は反省して大人しくなったエルダーゴブリン。あれも、御方からグレートソードを賜った栄誉に浮かれすぎたからこそ、あそこまで調子に乗った経緯がある。


 エルダーゴブリンにとっては酷に思えることかもしれないが、それも結局のところは全て御方の計算通りであり、傲慢になることの愚かさを説いたありがたい教えだった。


 そんなこともあって、別に使いもしないものを考えもなくホイホイと受け取っていては、御方から何も学んでいないと見做される恐れがあるのだ。


 御方と共にいられる時間は至福のひと時ではあるが、誰であろうと平等に、油断したところをこうして試してくる抜け目のなさは、メイハマーレをして如何ともしがたいと言わざるを得なかった。


「そうか、これは愚問だったな。便利なマジックアイテムの代表でもあるマジックバッグが不要とは、さすがはメイハマーレだ。……では、アテンはどうだ? メイハマーレ曰く、これは容量が大きいらしい。きっとお前が持っている物よりも性能が良いだろう。取り替えて使うか?」


(難易度上げてきた!?)


 急に変わった矛先はアテンへと向けられた。まさか話を振られるとは思っていなかったのだろう、表情に僅かな変化が見られる。


 既に目の前でのやりとりを見せられて、御方の目的にアテンも気づいていることは、御方ならば重々承知のはずだ。今のアテンの気持ちを代弁するならば、『ここで自分に無駄だと分かっている話を振ってくることはないだろう。それは、考えようによっては馬鹿にしているとも捉えられるからな。慈悲深い御方がそんなことをするはずがない』と、言ったところか。


 それこそが、油断。


 相手の思考を逆手にとり絶妙な一撃を加える、まさに御方らしいやり口だった。


(さて、乱された心でお前はどう判断する? アタシと違ってアテンは実際にマジックバッグを使う。しかも、御方から下賜される大義名分をご本人の口から得ている状態。状況を考えれば、『今回のミスを忘れないためにお前が持っておけ』と言う、御方からのメッセージと受け取ることだってできる。……正直、どっちが正解か分からない。分からないけど…………間違えろ。間違えろ!)


 メイハマーレに話を振ったのはただの前フリに過ぎなかった。本命はこっち。


 もし自分がターゲットだったらと考えると、身の毛もよだつ難問だった。


 心の中でお茶目な願いを念じながら事の成り行きを見守るメイハマーレだったが、この質問に対し、アテンが口を開くのは思っていたよりも早かった。


「レイン様のお気遣いを無下にするようで大変申し訳ないのですが、やはり私にも必要ございません。今のマジックバッグでも充分間に合っておりますので」


「……ふむ、そうか」


 話を振られたこと自体は意外でも、失敗したばかりと言うこともあって気を引き締めていたのだろう。頭を下げながら迷いなく言い切っていた。


 頷きながら軽い調子で言う御方。その様子を見るに、どうやらアテンは正解を引き当てたようだ。その事を少し残念に思う。


(まあでも、冷静に考えればそうなるのも納得。アテンなら言えば充分だし、わざわざ性能の良いマジックバッグを持たせておく必要性は無い。気持ちの切り替えの早さに救われたか。……それにしても、緊迫の時間だった。もしかすると、御方があれほどまでに宝箱を開けるのが楽しそうだったのは、この展開を想定していたから? それなら中身が分かっていながら楽しめることにも説明がつく。普段からアタシたちに成長を促している御方のこと。アタシたちが頭を悩ませ、前に進んでいく姿を見たかったのかもしれない)


 この会話における御方の狙いを、メイハマーレはそう推測した。


「しかし、二人とも要らないとなるとどうするか。……外に出るし、冒険者を続けていると言うことでメルグリットにも聞いてみるか」


「「奴には必要ございません!」」


「そ、そうか」


 御方のご冗談にメイハマーレとアテンの声が重なる。


 アレなら必要ないにもかかわらず本当に受け取ってしまいそうだし、新参者に奪われるぐらいなら自分がもらう。二人の声には強い意志がこもっていた。


(御方には幾万通りもプランがあるから、面白がって本当に実行してしまうかもしれないから困りもの。こういう時の意思表示はしっかりする必要がある……!)


 御方のお戯れは心臓に悪いと、そんなことを考えるメイハマーレだったが御方は息を吐く隙を与えてくれない。これが真の狙いだったのだとはっきり分かる言葉を口にする。


「だが、せっかくのマジックバッグ。使わないのは勿体ないと言うものだ。ならば、そうだな……。くれてやる、か」


「ッ、それは素晴らしい考えです! さすがです、御方!」


 メイハマーレは気づけば反射的に賛辞を送っていた。


 これだけ言われれば別に全てを言われなくても理解できる。けれどお優しい御方はメイハマーレの言葉に頷くと丁寧に説明してくださった。


「商人ともなればさぞかし有用なアイテムだろう。謝罪の気持ちを表すものとしては、これ以上ないとは思わないか?」


「仰る通りにございます! 現状、これ以上の使い道はないでしょう!」


 あまりの素晴らしい発案に大きく頷いて応える。相変わらずユーモアあふれる言い回しも最高に決まっていた。


 横目に見れば、当然ながらアテンに異議があるようには見えず、その口元は笑っている。おそらく数日前の御方と連中のやり取りでも思い出しているのだろう。あれは傑作だったので、こんな時でも笑ってしまう気持ちがよく分かるメイハマーレだった。


 しかし、いつまでも聞いていたい御方の話だが、もう既にその狙いが分かっていながらいつまでも崇拝する主に説明させ続けるわけにはいかない。


 残念ながら御方のような面白い言い回しはできないが、ここから先は自分にお任せくださいとばかりに、メイハマーレが引き継いだ。


「奴らが従属した暁には、このマジックバッグが一杯になるほどの貢物を捧げさせましょう! 奴らの『店舗』規模に鑑みると、目安としては月に一度ぐらいでよろしいかと。……大変楽しみです。これを目の前に出された時の奴らの反応が! きっと血涙を流しながら喜んでくれることでしょう!」


「……そうか? もしそうであるなら、こちらとしても嬉しいな?」


「はい!」


 御方の浮かべる笑顔にメイハマーレも満面の笑みで答える。


 マジックバッグなど向こうはいくらでも持っているだろうが、こちらから渡すと言うことに意味があるのだ。格下だと思っている相手から『これに誠心誠意、心を込めて貢物を詰めてこい』とノルマを課すされたら一体どんな顔をするだろうか。


 しかも、このマジックバッグ以外の使用は認められないから、奴らは遠い距離を、貢ぎ物を捧げるためだけに往復しなければならないのだ。


 想像するだけで今からゾクゾクしてしまう。しかしそんなことではいけない。それではただの性悪女になってしまう。


 心なしか、御方の笑顔が若干固いのは、自分のせいではないと思いたいメイハマーレだった。

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