第149話 その十一
レインが可哀想な奴だと判明した後、あれも『憑依』に繋げるための布石だったのですね、いやいやさすがにそんな先まで見通すことなんかできないよ、などとアテンやメイハマーレと一通りやりとりを交わす。
その話の中で、コアにはスタンピードの一件で気になることがあった。過去の記憶をいくらほじくり返してもアテンからのそれらしい報告は無い。
本来あるべきはずのモノが無いことについて、確認を取ることにした。
「アテン。スタンピードが終わった後、アントビーの巣を破壊しに行ったんだったな?」
「ハッ。仰る通りです」
「うむ。では、そこには何があった?」
「は……何が、ですか……?」
要領を得ていないような反応をするアテン。それは、アテンと関わりのある冒険者たちからすれば非常に珍しい姿だっただろう。だが、コアからしてみればこれは当然の質問だった。
コアが聞いているのは、所謂イベント終了後のご褒美アイテムのこと。
ゲームでは、特別な敵を倒した後や特別なものがあった場所に一定時間経過後に訪れると、そこに落とし物があったり、新しい階段や通路が出来ていたりするものだ。
これはもはやお約束であり、様式美。そしてコアはゲームの設定を大いに参考にすると言う考えを持っている。
そんなコアからすれば、アントビーの巣があった場所の近くに何かしら新しい発見がある可能性は高いと思っていた。
(普段、人が行かないような場所で、階層の隅っこであり、しかもイレギュラーで出来たモンスターの巣。こんなに要素てんこ盛りで、何も無いはずがない! ダンジョンのことに関してたとえアテンの目は誤魔化せても、俺の目は誤魔化せないぞ!)
ダンジョン側からしても貴重なアイテムを隠しておくには絶好の場所だ。そもそも実力がなければたどり着くことさえできないのだから。
相応の試練を乗り越えた者には相応の褒美が与えられる。ゲームは大体そんな感じにできているのだと、コアは自分理論を展開していた。
一方で、コアから問い掛けられたアテンはと言うと、絶賛混乱の極地にあった。
(何があった、とは、そこに『何か』があったという意味で合っているか!? 事象ではなく、物理的な何かがそこに存在していたと……!? 私が何かを見逃していたと言うのか。いや、御方がそう仰っているのだからそうなのだろう。しかし、それは一体なんだ……? あそこにはアントビーの巣以外は無かったはず。もしや、巣の中に何かがあったのか!? だが既に木っ端微塵にしてしまったし、とっくにダンジョンに吸収されているはずだ。御方がわざわざ確認を取ってくるほどの物を、私は確保し損ねたのか……? これは、不味い!!)
久しぶりの大失敗の予感に嫌な汗が滲む。何に進化しようとも、同じことを繰り返している自分にうんざりした。
しかしそんな事は後回しだ。今は御方からの質問に答えなければならない。とは言え、既に返答してしまっているようなものだった。
自分のパッとしない反応を見ても明らかだし、そもそもそんなものがなくとも御方はアテンのミスなどお見通しだろう。残念ながら、今からできることなど何も無い。アテンは苦々しく口を開いた。
「申し訳ございません、レイン様。私には、あの場にアントビーの巣以外の何かがあるようには思えませんでした。ご期待に沿えられなかった罰は、どうぞ如何ようにでも……」
「そうか。ま、一応確認しただけだ。無かったらなかったで、別に問題があるわけではない。だからそこまで気にするな」
「……はい」
(く……、またしてもご迷惑をお掛けしてしまった。ただ物を見つけて拾ってくると言う、お使いレベルのことすら満足にこなせないのかッ!? 私に存在価値はあるのだろうか……? 今、その脳内では計画の修正が……いや、織り込み済みだったな。ならばこのタイミングでご指摘してきた意味は? 慢心していたつもりはないが、どこかで調子に乗っていたのだろうか……。それとも他に見落としがあるぞと言う隠されたメッセージ? ……何はともあれ、気を引き締め直す必要がある!)
その様子には本当に気にしたところがなく、言葉の通りおまけのような確認だったのだろうが、それでも自分の犯した失敗がなくなるわけではない。悲壮感の滲む決意を固めるアテンだったが、それに対してコアは実にお気楽に考えていた。
コアがその予想に反して、何も無かったと言うアテンの報告をあっさり承諾した理由。それは、あくまでも可能性でしかないという前提を弁えているからだ。
全部が全部、そのような隠しイベントがあるわけではない。このダンジョンが、『ウチはそういう方針じゃないから』と言えばそれまでなのだ。
メイハマーレも合流したことで時間はあるので自ら確認しに行くことはできる。しかしそうなるとアテンを信頼していないと言っているのと同じことになってしまう。ただ単純にダンジョンを見て回りたい気持ちもあるのだが、その辺を考慮すると第四階層での探索は悪手に思えた。
以上のことを踏まえ、引き続き第五階層に向かうのが最善だと気持ちを切り替えるコア。空気が少し微妙になってきてしまったこともあり、コアはここで計画に探りを入れる作戦を中断することにした。
第五階層までまだ距離はあるが、次は平原の階層かと想いを馳せていると、そのタイミングでメイハマーレが発言する。
「御方、私が確認を取って参ります。すぐに戻りますので」
メイハマーレはそれだけ言うとコアの返答を待たずして異空間を開いて消えてしまった。止める隙が無いほどの素早い行動に心遣いを台無しにされてしまったコアは唖然とするしかなかったのだが、メイハマーレの行いをコア以外はおかしいとは思わない。
経験則と独自の思考により判断を下したコアとは違い、配下たちからすればコアの言うことこそが正しい。コアがそこに何かがあったと言うのであれば、『ある』のだ。
だからこそ実際にその場所まで赴いたことがなかったメイハマーレはすぐに行けることもあり、自分も確認するべきだとすぐに行動を起こした。
そして言葉通り、さほど時間を掛けずに戻ってきた彼女の手には、一つの宝箱があったのだった。
「ッ……」
予想通りの結果に、音にならない悔しさの声を漏らすアテン。そんな彼をよそに、メイハマーレは恭しく宝箱をコアに献上する。
「どうぞ、御方。罠は既に解除してありますので、中をお確かめ下さい」
「ほぅ。どこにあった?」
「お言葉の通り、巣があった壁の向こう側、隠し部屋にこの宝箱がありました。……アテンがこれを見つけることができなかった理由は、<気配察知>は生き物しか感知することができず、また範囲攻撃スキルを持たないアテンは巣を破壊する際、その余波を壁まで伝えられなかったことが要因だと思われます」
「うむ、成る程。それならば見つけられなかったのも仕方ないと言うものよ。逆に、空間能力があるお前からすれば不自然なスペースを発見することなど造作もないと言うことだな。ご苦労だった、メイハマーレ。お手柄だぞ?」
「ハッ! ありがとうございます!」
メイハマーレは声を弾ませる。思わぬところで御方のポイント稼ぎができて彼女はご満悦だった。
若干、アテンをフォローするような発言をしてやったのも、気分が良かったからに他ならない。見落としをしていたアテンに対するささやかなお返しだった。
しかしそんな感情もすぐに鳴りを潜める。どこまでも慈しみ深い御方が、極々限られた者にしか分からないであろう、アテンが気落ちしている姿を案じてすぐさまフォローに回ったからだ。そのような状況下でいつまでも悦に浸っているわけにはいかなかった。
「……念のためにもう一度言っておくが、本当に気にするなよ、アテン? 誰にだってできること、できないことがある。欠点は補い合えばいいのだ。お前には、お前たちには、頼りになる仲間がいるのだからな。……俺だって一人じゃ何もできないのだ。だからお前も一人で背負い込もうとするんじゃないぞ?」
「お気遣いくださり、ありがとうございます! レイン様の慈悲深さを胸に、より一層精進して参ります!」
(上手い。後顧の憂いを露程も残さず消し去るような盤石なお声掛け。さすがです、御方)
メイハマーレはその念押しを聞いて感銘を受けていた。
メイハマーレから見て、アテンは亜神になってからと言うものの、逆に焦りが募っていたように思う。存在が御方に近づくにつれて、その差がより明確に分かるようになってしまったからだ。
おそらく今回の件でアテンの頭には同じミスをしないよう、何らかの対策スキルを習得すると言う考えが一瞬でも浮かんだはず。しかしそれは良い選択ではない。
アテンならば言わずともそんな道は選ばないだろうが、そんなことで一々寄り道をしていては中途半端な存在になってしまう。それではせっかく魔人を超えて亜神となった意味が無いのだ。
御方は、御方の目の前でミスをやってしまったと言うアテンの多大なる精神的プレッシャーを危惧した。だからこそ、『御方お一人では何もできない』などと言う、ご本人以外は決して口には出せないご冗談を仰ってまでアテンを気遣ったのだ。
(御方にここまで言われたらもう前を向いて進んでいくしかない。でも、生き物だけじゃなくて物を探知する能力は有用。この件から何を学びとるかはアテン次第だけど、コイツのことだから<気配察知>とかに物も探知できるような何かを見つけ出しそう、かな……?)
亜神に何ができて何ができないのかはまだ明らかになったわけじゃない。本人に直接聞くわけにもいかず、考察するしかないのが現状だった。
そんなライバルの更なる飛躍をメイハマーレが警戒していると、アテンへの完璧なフォローを終えた御方が宝箱を持つメイハマーレに向き直る。
すごく楽しみにしていらっしゃるのだろう、心からの笑顔を浮かべていた。ダンジョンコアを依代としているお姿も勿論良いのだが、こうして仮とは言えど御尊顔を拝謁できるのもまた良い。
永き時を生きた神としての貫禄と、時折お見せになる、この無邪気とも思えるギャップに魅了されて堪らないメイハマーレだった。
「よし、それでは開けるとしようか。フフフ、こうして自分で宝箱を開けるのは初めてだ。少し緊張してしまうな」
普通と何も変わらないそのお姿に、不敬にも微笑ましい気持ちになってしまう。自分の見つけた宝箱が御方を笑顔にさせているのだと思うと誇らしくなった。
しかし、メイハマーレには別の考えも浮かぶ。御方のことだ、宝箱の中身なんて当然分かっているだろうに、どうしてこれほどまでに純粋に楽しめるのかと。
『楽しめ』とは、急遽計画されたこの旅を通じてメイハマーレたちが言われていること。道中、ゴミ虫どもをおちょくることで少しばかり楽しんだ気になっていたが、御方のこのお姿を見るに、あの言葉の真意とは程遠い気がしてならない。
もしかするとこの宝箱の開封から何か得られるものがあるかもしれないと、固唾を飲んで見守った。
ちなみにメイハマーレは宝箱の中身を知らない。空間能力でモンスターの類でないことを確かめ、仕掛けてあった毒矢を取り除いただけだ。
御方がご指摘してまで取って来させた物。純粋に中身に興味が湧いた。
そして、宝箱が開けられる。
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