第151話 その十三
「おお、一気に見晴らしが良くなったな!」
第四階層での隠しイベントを終えた後、メイハマーレたちと若干腑に落ちない会話を交わしながらも、コアは第五階層に辿り着いていた。
開放感あふれる平原になだらかな丘陵、点在するいくつかの森。太陽の光の下、青々とした大自然は外と何ら変わらない。
違う点があるとすれば植生ぐらいだろうか。ダンジョンの外にある森は生い茂るような広葉樹が中心だったのに対し、この階層の森は背の高い針葉樹で構成されているようだ。
見渡す限り一つも人工建築物が無い景色は、コアにとってはまだまだ新鮮に映る。あまり遮蔽物が無い影響か、それとも白熱しているせいか。今いる場所からは実際に目にすることはできないが、遠くから戦闘音が聞こえた。
それを耳にしたコアは独り言を呟く。
「この階層のモンスターはオークと……トロールか」
モンスターのことを頭に思い浮かべると、この階層での思い出もまた強いのか、レインとしての記憶が想起される。『約束の旗』とアテンが初めて出会った場所であり、運命の分岐点ともなった場所。
レインの記憶も併せ持つコアは、レインが当時抱いていた気持ちにしばし思いを馳せる……ことはなかった。
(オークとかトロールとか、ファンタジーでは定番だけどさ。いざ敵対する立場になってみると、迫力凄いな…………。絶対戦おうとは思わないわ)
レインの記憶を無視してコアが考えていたのは純粋にこの階層のモンスターたちのことだった。
デカイ。力強い。凶悪。
前世ではナイフ一本持ってウロウロしている、少し頭のおかしい人間相手ですら近づきたくなかったと言うのに、どうしてこんなのと戦おうと思えるのか。
今はレインに備わっている戦うための各種スキルや強い肉体を持ち合わせているが、それとこれとは話が別。必要に駆られて戦う選択肢しか残されていないならやるしかないが、間違っても好き好んで自分から戦いを挑もうという考えにはならないコアだった。
(まあ、たとえ相手のモンスターが何であれ、この状態で戦うって言う選択肢は無いけどね。剣術の『け』の字も知らない俺が剣を振ってみろ。アテンたちに「真面目にやってください」と言われるのがオチだ。わざわざ自分から評価を落とすような真似はしない!)
コアは元々運動音痴と言うわけではなかったが、どうしたって比較対象が超一流の体捌きをするアテンなどになるとあって、暢気に戦闘行為をする気が起きなかった。
それに、万が一この身体に何かあっては事だ。感覚的にはレインの身体が死ぬことがあってもコア自体が死ぬことはないだろうが、それでも何かしらのペナルティーは考えられる。
単純に手札を失うのが勿体ないと言うこともあり、行動には慎重を期していた。
それでは引き続き先導を頼もうとコアが口を開こうとすると、そのタイミングでメイハマーレから声をかけられる。今回も自分が言い出す前に率先して申し出てくれたのかと思ったのだが、しかして、その内容はコアが思っていたものではなかった。
「……御方、申し訳ございません。少しの間だけ、おそばを離れてもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、いいぞ?」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので」
メイハマーレはそう言うとどこかへ消える。
あれだけコアのそばにいることに固執していたメイハマーレのことを考えれば意外な申し出だったので、つい小さな声が漏れた。
「花でも摘みに行ったか」
言ってからデリカシーに欠けるなと思ったが、別にそれを咎める者はいない。コアの小さな独り言に返ってきたのはしっかりとその声を拾っていたアテンの説明だった。
「花とは斬新な表現ですね。レイン様のご想像の通り、エネルギーの補充にでも行ったのでしょう。この階層にはメイハマーレの好物であるオークがいますから。ダンジョンから離れエネルギーを得られない上に、ダンジョンに異常が無いか常に能力を発動しているので消耗が激しいのだと思われます。メイハマーレはこうしたつまみ食いの際にレイン様のダンジョンへのエネルギー補充も行っておりますが、それは本来ならば私がやるべき事でした。なので、護衛の役目も担っておきながらレイン様のおそばを離れると言う無礼をお許し下さいますよう、私からもお願い申し上げます」
「……そうか。いや、よい。護衛ならお前がいれば万が一も無いし、お前たちに必要な事はめぐりめぐって俺にとっても必要なことになる。だから頭を上げろ、アテンよ」
アテンの言葉は説明に見せかけた謝罪だった。コアから許しの言葉を得て頭を上げるアテンを見ながら、コアは前々から感じていた違和感を解消するに至る。
(摘みに行ったのは花じゃなくて命だったか。成る程ねー……。それにしても、前々からおかしいとは思ってたんだよな。ダンジョンエネルギーがいつまでも十分な量を保っていたからさ。それもこれも、メイハマーレが裏で補充していてくれたからか。感謝しかないな、マジで!)
現在のコアのダンジョンは、相変わらず出ていくエネルギーの方が多い状況だった。
アントビー関連の収入や不要な宝箱のリサイクル、訓練によって死亡したモンスターたちの還元などでいくらか足しにはなっているが、それでもクオリティーの高いモンスターたちの維持費の方が高い。
アテンはスタンピード前後で大量のお土産を持ってきてくれたがそれ以降は見かけていないし、一体どうなっているのだろうかと思っていたところだったのだ。
ダンジョンエネルギーが無ければダンジョン運営は成り立たない。それを知らないところで支えてくれていたメイハマーレには感謝してもしきれないコアだった。
(ていうか、そう考えるとメイハマーレは未だに働きすぎだな。ダンジョンエネルギーの補充のためだけに外に出てるわけではないだろうし、一体どれだけ頑張っているのだろうか……。メイハマーレやアテンが頑張るほどに、計画の全容とやらが掴めなくなっていくのがまた怖い。まあ、今更だけどね!!)
「メイハマーレが戻るまでここにいるのもなんだ。行くか」
「ハッ」
どうなるか分からない未来のことに頭を悩ませるくらいなら、今この瞬間、ダンジョン探索を楽しみたい。最近板についてきたスパッと切り替え術を用いて、コアは第五階層を進み始めた。
第五階層を進む最中、コアはこれまでの道中を振り返り、あることを確信していた。それは、このダンジョンにはコアのような、意図的にダンジョンを作り管理する者がいないと言うことだ。
それぞれの階層は、その在り方があまりにも自然で、相手を貶めようとする時に生じる特有の『悪辣さ』が見受けられない。この第五階層にしたって、高低差のある地形や高さのある植物を使えばもっと効率的に冒険者を狩れる。しかし、コアが見たところこの階層、ひいては紅蓮の洞自体がモンスターの強さ頼りの防衛をしている。
管理者が『自然らしさ』を何よりも大事にしていると言う線も考えられるが、それにしたって最下層まで侵入者にやって来られてのうのうと構えている者はいないだろう。
コアはずっと考えていた。自分以外にこの世界にやって来た者はいないのだろうかと。
自分と言うケースが存在するならば、他にも同様のことが起きる可能性は高い。自分だけが特別だと言う考えは往々にして勘違いのパターンがほとんどなのだから。
しかし反対に、この世界のダンジョンに対する認識を考えれば、やはり自分以外には転生した者がいないのでは、とも思うのだ。
だってそうだろう。
ダンジョンを愛する者が、ダンジョンを侮られて許せるはずがないのだから。
これは大前提として、ダンジョンコアとしてこの世界に呼ばれた者がダンジョンを愛していることが条件となるが、あながち間違いでも無いはずだ。
気の進まない者を無理やり転生させたところで何の効果や変化も期待できない。転生させるならば、やはりダンジョン運営の資質とダンジョンに対する情熱を有する者を選ぶのが妥当だ。
もしくは摩訶不思議な現象によって無作為に選ばれただけと言う可能性も無くはないが、ダンジョンに人生をかけていた自分が偶然選ばれるという、ゼロに限りなく近い天文学的な確率を信じる気にはならないだろう。
故にコアは自分が転生したのは何者かによる意図的なものだと推測していた。
そうした帰結に至ったコアからしてみれば、もし万が一、侮られて舐められて侮辱されて、それでも何もしないで安穏とダンジョン運営だけをしている者がいるなら、そいつはダンジョニストにあらず。
今の『ダンジョン侮り易し』の風潮に加担した、敵である。
ダンジョンに携わる資格などあるはずがないし、この世界に来た使命を放棄したものと見做し、必ず潰す。
それもまた、ダンジョンのあるべき正しい姿を維持するために必要な、コアに課せられた使命だった。
己に与えられた役割を再認識しながらアテンの後ろをついて歩く。オークとトロールも実際に見てみたいと言う注文を出し、森の中に案内されてしばらく動物園ならぬモンスター園を楽しんだ。
「そういえばアテン。その腰のやつは使わないのか? ずっと使わずにいると錆び付くと言うぞ」
トロール一体、オーク二体たちを前にして、コアは少し気になっていたことを聞く。アテンの腰には殺傷力がとても低そうな、原始的な剣をかたどった小さな武器があった。
果たして武器なのかどうかも疑わしいため、剣とは言わずに言葉を濁してしまうほどの一品だ。この質問に対しアテンは少し顔を顰めて答える。
「錆び付く、ですか。言い得て妙ですね。確かにこのままだとへそを曲げそうな気配はします。しかし、今のところ使う必要性が見出せず……。ちっ、五月蠅いぞ、御方と会話中だ、黙ってろ」
後半部分の声が小さくてコアには聞き取れなかったが、アテンには珍しく、冗談のような言葉が飛び出たのでコアは笑顔を浮かべた。
「ははは。そうか、へそを曲げられては敵わないな。大事な時に力を貸してくれないようでは困るだろう。……どうだ、俺も実際にそれを使うところが見てみたい。お前さえよければ、見せてくれないか?」
「レイン様がそう仰るのであれば是非もありません。今すぐご覧に入れましょう。……ですが、申し訳ありません。少々お待ち下さい」
アテンはそう断りを入れると、コアから少し距離を置いた後、腰の武器を地面に叩きつけて強く殴りつけた。
アテンの突然の奇行にコアが驚いていると、またもやアテンがぼそぼそと呟く。
「……貴様、調子に乗るなよ。何が『アイツ、話が分かるじゃん! お前も見習えよな!』だ。今すぐ破壊されたいか? 私に対して気安く声をかけるのは構わんが、御方に対してそのような無礼な物言いは絶対に許さんぞ。分かったな?」
武器を拾いあげたアテンは戻ってくると澄ました顔で言う。
「それでは、大したものではございませんが、どうぞご覧ください」
目を点にして見ていることしかできないコアをよそにモンスターたちの前に出るアテン。それと同時に、手に持っている武器が黄金の光を放つロングソードに変化した。
「!?」
その変貌ぶりにコアが唖然としている間にアテンはオークの一体に舞うように光剣を振るう。しかし、剣を振ったと思った次の瞬間には、剣から槍へと変わっていた。
それを目にも止まらぬ速さで二体目のオークに繰り出す。槍の長さから考えて到底届く距離ではなかったのだが、光の槍は――伸びた。
見敵必殺が如く眉間を貫いた槍を引き抜いたアテンは、次にその槍を大きく振り回して身体の斜め後ろに構える。
そして、一閃。
下から上へ、斜めの軌道を描いて動きを止めたアテンの右手には、夜空に浮かぶ三日月を思い出させるような、馬鹿でかい大鎌が握られていた。
狙いはトロール。だが、その一撃は明らかに範囲が広すぎた。
アテンが武器を元に戻した時、それが証明される。
森が、開けた。
ズズッ、と、重くズレる音が森に木霊すると、次々に木々が倒れていく。周囲に地響きが鳴り、木の葉が舞い散った。
当然、トロールはおろかオークも攻撃範囲に含まれており体は真っ二つだ。その断面はあまりにも綺麗で、くっつけておけばそのうち元に戻るのではないかと思ってしまうほどだった。
(斬鉄剣かよ!?)
衝撃的な光景に、コアは心の中で技名にもなっているかの有名な刀の名前を叫ぶ。
凛とした様子で戻ってきたアテンは演武を終えた演者のように一礼した。
「お気に召して頂けたでしょうか。この通り、変形可能と言うだけの武器でございます。切れ味なども並の武器よりはよほど良いのですが、やかましく話しかけてくるので私から言わせてみれば総合的にマイナス評価ですね」
「そ、そうか……」
(ガチで生きてる武器になってる!?)
破壊力があって変形可能と言うのはどう考えても高い評価にしかならないと思うが、今のコアはそんなことよりも別のことに気を取られていた。
(生き武器っていうのはさ、成長するっていう意味合いで言っていたのであって、意思を持って所持者に話しかけてくるっていう意味じゃなかったんだけど……。はえー、そっかぁ。さすがファンタジー?)
この世界にも生きている武器が存在すると知った時の興奮を思い出す。まさかその上があるとは思わなかったが、何の因果か、今の状況はあの頃に酷似していた。
アテンは意思を持つ武器を軽視しているようだが、価値があることに間違いはない。このままではその辺に捨てかねない危うさを感じたので、コアは慌ててフォローした。
「いずれにせよ貴重なものだ。お前ならばいくらでも利用方法は思いつくだろう? お前の得意ではない範囲攻撃にも使えるようだし、いざと言う時のためにこれからも仲良くしておくと良いぞ」
「……ハッ、畏まりました」
「うむ。それでは少し寄り道をしながら進んでいくか。そのうちメイハマーレも戻ってくるだろう」
言質を取っておけばアテンは変なことはしない。
これでひとまずは安心だと胸を撫で下ろしながら、コアは次なる階層、このダンジョンの名前の由来ともなっている第六階層へと向かった。
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