第123話 ガトー、ゼルロンド
ガトーとゼルロンドの全身全霊を込めた一撃。それが齎した結果に二人は目を見張った。
ブゴーは両腕を左右に伸ばして二人の一撃を受け止めていた。だがさすがのブゴーと言えど、この攻撃を食らってはただでは済まない。
ガトーの一撃を止めた左手は指が全て変な方向に曲がっており、ゼルロンドの一撃を受け止めた右腕に至っては骨が折れて肉を突き破り、かなりの量の血がボタボタと流れ出ていた。
もはや使い物にならないのは明白。それを確認した二人は、強力なスキルの反動でこれ以上追撃できないことも相まって素早く飛び退いた。
結果は上々だ。腕だけとは言え相当なダメージを与えたのは間違いない。腕さえ封じてしまえば今後の戦いを優位に運べる。まだブゴーの力の全貌が分かっておらず油断はできないが確実に戦闘力は落ちただろう。二人は確かな成果に手ごたえを感じていた。
しかしそれと同時に不気味だった。両腕にかなりのダメージを負ったと言うのにブゴーの顔には苦痛も焦りも現れていなかったからだ。
淡々としたいつも通りの表情。その表情の訳を二人はすぐに知ることになる。
「<
再び身体を金属化させるスキルを唱えたブゴーの両腕に、生身には有り得ない質感と照りが宿っていく。まさかその状態のまま戦い続ける気かと身構えるガトーとゼルロンドだったが、事態は二人が考えるよりも悪い方向に進んだ。
金属の音が鳴る。
それは叩いたり、割れたり、擦り合わせたり、削ったりする音。何人もの鍛冶師を抱える加工場がそこにあるかの如く、音が響く。そしてその音と共にブゴーの腕に変化が起きた。
戻っていく。
元の形に戻っていく。
飛び出した骨の部分が腕の中に引っ込み、潰れたはずの肉は力強さを感じさせる流線形を取り戻す。変な方向を向いていた指や関節も正常な形を取り戻し、金属化した時点で出血も止まっていた。
あっという間だった。二人が何もできないうちに、ブゴーの両腕は何事もなかったかのように元通りになってしまった。
悪夢。目の前の出来事を表すのにこれ以上似合う言葉を二人は知らなかった。
そして治るものがあれば、壊れるものも存在した。ゼルロンドの耳にピシリ、と嫌な音が聞こえる。
黒ずんでいて分かりにくいがその左腕には長い亀裂が走っていた。そうなれば崩壊は早い。ボロボロと破片が地面に落ちては塵となって消滅した。
「なんだよ……そりゃ……」
力のこもっていないガトーの独り言はやけにはっきりと聞こえた。
「どうやらオデの力を勘違いしていたようだな。オデの力は身体をただ金属に変えるだけじゃない。身体を戦いに最適な形に変えて、その上で金属化する能力だ。こんな風にな」
言いながらブゴーの手が鉤爪のようになったり腕が菱形に変化する。二人は無言でそれを見つめた。
「限度はあるが肉体を操れるため、オデの腕が欲しければ切り飛ばすか消し飛ばすしかない。間違った思い込みで力をただ無駄にしたな、人間」
それは初めから勝つのは不可能だったと言うこと。ガトーはともかく、ゼルロンドはブゴーの金属化を解いて、全力の攻撃を仕掛けてアレだったのだ。
潰すしか方法の無い二人にはどうやってもその腕を取ることはできない。作戦の前提自体が間違っていたのだ。それを、取り返しのつかない事態になってから教えられてしまった。
もう勝てない。それを知った二人は…………笑った。
「ふっ、はは。おいおいおい、そんなのありかよ! まさかここまで力の差があるとはな。参ったぜ」
「本当ですね。嫌になってしまいます。マジックウェポンも壊してしまって、ヘクター様に何とお詫びすればいいか」
ガトーは大の字に寝転がり、ゼルロンドは肩を竦めて空を見上げた。
「……」
その反応を少し意外に思うブゴー。
圧倒的力の差を見せつけたのだ。もう少し愕然としたものになるかと思っていたが、どうやら見くびっていたらしい。この二人もまた、メイハマーレの方へ行った人間と同様きちんと覚悟を決めて戦っていたようだ。
いくら人間とは言え、その芯たる気持ちに罪は無い。誰もが目的があって戦っている。ブゴーはその想いまで否定しようとは思わない。
この二人にまだ戦士としての伸びしろがあるかどうかは分からない。ブゴーとしてはまだまだ改善の余地があるとは思うが、それをこの人間たちが乗り越えていけるかは分からないからだ。
だがブゴーとて、ホブゴブリンの時は地に這いつくばって藻掻いていた身。そこから今の自分になれた。
モンスターのように進化の無い人間にその成長余地がどこまであるかは分からないが、死を受け入れられるだけの覚悟があるなら一つ試してみてもいいかと思える。
これで死んだらそれまでの者たちだったと言うこと。ブゴーは最後の一撃を何にするのか決めた。
しかし試す前にその覚悟に揺るぎが無いかもう一度探る。一時的な英雄願望で舞い上がっているだけなら試す価値は無い。
「どうする、まだ抗うか。それとも死ぬか。選ばせてやる」
「ああ? っとぉ、やるに決まってんだろ? まだまだ酒の肴が足りねえんだよ!」
「一度決めたことは最後までやり遂げる主義でしてね。私は、プロなので」
ガトーが脚の反動を使って飛び起きると、ゼルロンドは口を使って『穢れなき白』をしっかりはめ直す。
一周回って気楽になった二人の士気はむしろ高い。ブゴーはそれを崩しにかかる。
「言っておくが今回の戦い、お前たち人間がどれだけ足掻こうとも勝利は無い。アテンがメイハマーレに勝つことを期待しているようだが、そんな結末は有り得ない」
「あん? それは、お前たちがアテンの強さを知らないから……」
「忘れたか。メイハマーレには空間能力がある。不味いと思えばいつでも味方の移動が可能だ。アテンはメイハマーレに加えて、オデたちを含めた全員よりも強いのか?」
「ッ……!? そ、それは……」
「少なくともお前たちがオデを倒せなかった以上、オデが戦いに加わるのは確実だ。他の場所で戦っている奴らも似たような状況だろう。多勢に無勢。だからお前たちに勝利は無い」
メイハマーレならばアテンとの戦いに援軍を呼ぶぐらいなら死を選ぶだろうが、そんなことはこの人間たちには分からない。充分な揺さぶりになったはずだ。
頼みの綱であるアテンに勝ち目が無いと知ってもまだ強がれるか。ブゴーは精神的なトドメを刺しに行く。
「お前たちのやっていることは何もかもが無駄だ。見苦しく足掻かずに死ね。すぐにアテンもあの世に送ってやる」
心が闇に閉ざされるのは未来に希望が無いと分かった時だ。アテンに縋っているだけの寄生虫ならこれで間違いなく折れる。
これでもまた立ち上がってこれるなら、それは己自身の確たる信念がある証拠。困難があろうとも乗り越えて強くなれる可能性があるだろう。
このブゴーの試練、ガトーとゼルロンドは、それでも自分たちが誇りに満ちた戦士たるを示した。
「……ブゴーつったな。聞こえなかったのか? こちとら、この後飲み会が控えてんだよ。大人しく死ねだ? やることもやんねーで、しょぼくれた顔して酒飲むなんて、そんな勿体ないことできるか! 俺は! この日のために自分にできることは全部やった! 胸を張って堂々とそう言い切れるッ! だから最後の最期まで、見苦しく足掻く!! それでも出来なかったらもうしょうがねぇってもんだ。とっくに腹括ってんだよ! それにアテンが勝てないだあ? 教えてくれてありがとよ! あいつが負けるなんて微塵も考えてなかったからな。これであらかじめ席の予約もしておいてやれるぜ!」
「フフ、お酒のことばかりですね。しかし私も久しぶりに楽しそうな酒盛りに高揚しています。……たとえ無駄だと思っても、全てはやってみないと分からないものです。何もしなければ何も起きないのは当然ですが、足搔き続ければもしかしたら奇跡が起きるかもしれない。所詮、一人でできることなど限られていますが、それが積み重なれば良いことが起きるかもしれない。私たちは仲間のために、未来のために、勝手に諦めるわけにはいかないのですよ。ブゴー様、私たちの悪足搔きに、お付き合い願います」
「……いいだろう」
合格だ。ブゴーは魔力を練りこみ始める。
立ち上る黒いオーラを見てガトーたちも再び戦闘態勢に移行した。場の空気が張り詰めていく中、ふとガトーの口が綻びこんなことを口にする。
「おう、ブゴーさんよ。せっかくだ、お前さんの席も予約しておいてやるよ」
「……何?」
ブゴーは何のことを言っているのか一瞬分からなかったが、酒の話かとすぐに思い至る。
ブゴーは当然酒など飲んだことはないが知識だけは一応ある。そこに自分を誘うとは何を考えているのか。ただの皮肉かと考えるブゴーにガトーは付け足した。
「ああ、誤解すんなよ? 別にお前さんを馬鹿にしてるわけじゃねーぜ。何せアテンはつえーからな。お前さんが死ぬことも充分にあり得る」
「……」
確かにガトーの言うようにアテンは強い。本気で殺し合いをすればそのような結果になるだろう。
しかしそれは酒に誘う理由になっていない。ブゴーは黙って続きを待つ。
「正直言うとよ、俺にはお前さんがそんな悪い奴には思えねーんだよな。何だかおっかねー感じはするけどよ。魔人みたいにムカつく性格もしてねーし、言っちゃ悪いがお前さん頭脳派じゃねーだろ? 俺と気が合いそうじゃねえか。このままだとメンツが頭良い奴らばっかりで肩身が狭いんだわ。一丁、俺を助けると思ってお前さんも参加してくれよ。な?」
「……おかしな人間だ」
笑いながら言ってくるガトー。その言葉は、ブゴーを油断させるためのものや同情を引くためのものではなく、本心からきている言葉だと何故か理解できた。
本人の言う通り単純で嘘が苦手なのだろう。気が合いそうだと言われれば確かにその可能性もあるのかもしれない。
だがブゴーの命は御方のものであり自分のものではない。ブゴーは死ぬわけにはいかないし、その予定も無い。ブゴーはその誘いをすげなく断る。
「オデは訓練以外、興味無い」
「そりゃ、残念だ!」
言葉の勢いのままに突っ込んで行きたいガトーだったが、ブゴーの際限なく高まっていくオーラに気圧され足を進めることができなかった。
今殴りに行けば一瞬で殺される。それが分かるからこそ身構えることしかできない。
そうしているとブゴーのオーラが右腕に集中しだす。今や尋常じゃない力を発しているその腕に、ガトーとゼルロンドは苦笑いを浮かべるしかない。
そんな二人に向けて、ブゴー最後の一撃が放たれた。
「……生き残って見せろ。――――<滅>」
誰にも聞こえない声で小さく呟いた後、滅びの爆発が巻き起こった。周囲を取り囲んでいた岩の壁を破壊しながら黒い波動がドーム状に拡がっていく。
オーラを威力に特化させているため、消滅することなく濛々と立ち昇る砂埃の中をブゴーはその結果を見届けずに立ち去っていった。
その爆発の余波は<フライ>を使いガトーたちの元まで急ぐゲーリィにも及んだ。前方に大規模な黒い爆発が起きたと思えば、その後すぐに衝撃と風圧がゲーリィを掻き乱す。
「こ、これは、一体何が起こって……。ッ、ガトー、ゼルロンド殿!」
すぐにあの黒いゴブリンの仕業だと分かったゲーリィは現場に急行した。あれほどの威力、間近で食らった二人のことが心配だった。
そして空からその有り様を見たゲーリィは顔を青くして絶句する。
「なんという……」
大規模なクレーター。それ以外、何も無かった。
破壊されすぎていて元がどんな地形だったのか、もはや推測することすら叶わない。そして黒いゴブリンの姿も無ければ二人の姿も見えないことに、ゲーリィは絶望した。
ふらふらと地面に降りていき膝をつく。最後の攻撃をしたのが黒いゴブリンだとすれば、今の状態が意味するところは……。
「いえ、まだですッ!」
ゲーリィは再び空に浮かぶと周囲を広く探し始める。まだ離れたところにいたゲーリィがあれほどの衝撃を受けたのだ。遠くまで吹き飛ばされていても何もおかしくはない。
クレーターの形から技が放たれたと思われる方向に向かって進んでいく。目を皿にして探し続けるゲーリィに、やがて倒れ伏す人の姿が見えてきた。
「ガトー! ゼルロンド殿! う、これは……酷い、ですね……」
近くに寄ったゲーリィはその惨状に呻く。そしてすぐに回復を開始した。
<ヒール>だけではどのぐらい魔力を消費することになるのか分からない状態だったのでポーションとの併用だ。飲むための口が無かったので使用法は一択。万遍なく掛けて回復を図る。
早期の発見と適切な回復、そして強靭な生命力が合わさり、二人は何とか一命を取り留めた。ゲーリィが心から安堵しているとガトーが目を開く。
ボケーっとした目でゲーリィを見つけるとうわ言のように呟いた。
「……ゲーリィ、か? あー。つーことは、ここはあの世かぁ。凄え攻撃だったかんなー。しゃーねぇかぁ」
「誰が死人ですか」
「イテッ!?」
寝ぼけているガトーにチョップをかますゲーリィ。痛みで覚醒したガトーは改めてゲーリィを見て目が飛び出さんばかりに驚いた。
「ゲーリィ!? お前、なんで生きてんだ!?」
ガトーの大声に身体がもぞもぞと動きだすゼルロンド。あちらももうすぐ起きそうだと思いながらゲーリィは恩知らずなガトーに白い目を向けた。
「随分ですね、ガトー。瀕死だったところを回復してあげたと言うのに」
「いや、だってよ……魔人はどうしたんだよ? ドラゴニュートは?」
「……色々と説明が必要ですね。それはそうとガトー、そちらこそ黒いゴブリンはどうしたのですか。もう戦闘は終わったと言うことでいいのでしょうか」
「ああ? あー、俺にもどうなってんのか分かんねぇ……。お前がここに来た時にはいなかったのか?」
「ええ。影も形もありませんでしたね。……と言うことは、既に死んだとみなして立ち去ったと言うことでしょうか。確かに相当酷い状態でしたからね。運が良かった、ですか……」
ゼルロンドが身を起こしたのを確認すると、ゲーリィは説明を後回しにして二人をとにかく急がせる。
ドラゴニュートと仲間のうちの誰かが危機的状況だ。のんびりしていられない。そして出発の準備が整った時、三人はある事に気がついた。
「ガトー、ゼルロンド殿。武器はどうしました?」
「あー、ブゴーが厄介なオーラしててよ。ゼルロンドはそのせいでぶっ壊れて、俺のも最後の攻撃を防ごうとしたらぶっ壊れちまった。……ゲーリィ、お前は?」
「……魔人に取られました」
「…………」
国の所有になっている貴重な武器三つ、紛失。
一応予備はあるが能力は目劣りする。
これから先、大丈夫なのか。三つの溜息が見事に重なった。
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