第122話 差

 メイハマーレによって移動させられたブゴー、ガトー、ゼルロンドは周囲を岩に囲まれた場所で相対していた。


 ガトーがメイスで、ゼルロンドが義手でブゴーを殴りつける度に辺りに金属音が反響する。二人がブゴーの堅い守りを突破できずに仕方なく一度距離をとると、ブゴーも黒い靄に包まれたメタリックな拳を元に戻した。


 まだ攻撃らしい攻撃をしておらず明らかに本気ではないブゴー。なのに、まだ一発も有効打を与えられていないことに二人は焦っていた。


「おいおい、どうするよゼルロンド。あいつ、あそこからほとんど動いてねーぞ」


「さて、困りましたね。まさかこんな武闘派で、なおかつ肉体の性質を変えられるゴブリンがいるとは思いませんでしたよ」


 ゼルロンドがスピードで攪乱し、ガトーがパワーで押し込める。第二階層のモンスターたちにもやっていたようにこれまで通りの連携で戦ってみたのだが、ブゴーというゴブリンに対しては全く通用しなかった。


 ゼルロンドのハイスピードで繰り出される連打とフェイントに完全に対応し、ガトーの強烈な一撃は信じられないことに拳と相殺され相手の体勢を崩すことすらできない。


 たとえ防御されようがいくらかのダメージを与えられるはずだった計算は、相手の金属化する能力によって完全に崩れていた。その上、ブゴーには更に厄介な能力があった。


(いや、能力ってよりもオーラの性質って奴か? とんでもねぇ種類のオーラがあったもんだぜ……)


 ガトーは自分のメイスをチラリと見る。ブゴーの拳と打ち合った部分が黒ずみ、はっきりと劣化が進んでいるのが分かった。


 腐食だ。


 最初、不気味だとは感じつつもその黒い靄の正体に気づかずメイスをブゴーに打ち込んだところ、拳とぶつかったところに靄が纏わりつき蝕んでいったのだ。


 闇に侵されてしまったような武器を、整備する要領でオーラを一気に流したところ払拭できたので被害は軽微で済んだが、一々こんなことをやっていたらあっという間にオーラが尽きてしまう。


 靄が纏わりつかないようにするには、ある程度自分のオーラで武器を包む必要があった。しかし、攻撃する度に一定量のオーラを強要されるのはきつい。


 オーラを用いることで得られる最大のメリットはその量を調整することによって無駄なく戦闘できる点にある。だが、こうなってしまってはスキルを使っての戦いと何も変わらない。それどころか、いざ仕掛けるためにスキルを使うとなれば更に消費することになるので余計に質が悪い。


 オーラが尽きれば太刀打ちできなくなる。それは短期決戦にて決着をつけないとゲームオーバーになることを意味していた。


(あいつが全然攻めてこないのはそれを狙ってるからか? それにしても戦うための最低条件が『オーラ纏い』を覚えていることって……敷居高すぎんだろ、コイツ! 贅沢な野郎だぜっ!)


 そもそも『オーラ纏い』を習得している冒険者なんて一握りだ。こんなモンスターがいるなら確かに大勢で押し掛けても命の無駄遣いにしかならねーなと、アテンの選択に納得するしかないガトーだった。


 もし『オーラ纏い』を使えない奴がこのゴブリンと戦えばどうなるか。それはゼルロンドの手足を見れば容易く想像できた。


 ガトーの例に漏れず、まずは少ない量のオーラで攻撃を仕掛けていたのだろう。義手やグリーブは黒ずみ、裾も一部ボロボロになっている。


 左手だけは『穢れなき白』の特性で純白を保っているが、それも向こうが本気を出してきたらどうなるか分からない。格闘で戦わなければならないゼルロンドはガトー以上に精神的な負担もかかっているだろう。現状を変える突破口が早くほしかった。


 せめて相手の情報が分かった今の状態でゼルロンドと話し合えたら何か見つかるかもしれない。そんな無駄なことを考えてしまうガトーだった。


 そんな時だ。ゼルロンドが急に奇天烈なことを言い出したのは。


「……ブゴー様。あちらの方と少々作戦を立てたいのですが、よろしいでしょうか?」


「好きにしろ」


「ありがとうございます。すぐに済ませますので」


(……………………は?)


 小走りで駆け寄ってくるゼルロンドを阿呆みたいな顔で見つめるガトー。様々な考えが高速でよぎっては消えていく。


(お前ら友達だったの? 今、殺し合いしてるんだよな? え、俺がおかしいのか?)


 考えがまとまらないうちに普通にこちらまで来てしまったゼルロンドに、ガトーは端的に今の気持ちを伝えた。


「は?」


「……そのような顔をなさらないでください、ガトー様。おそらく大丈夫だろうと、そう判断したまでです」


「いや、それにしたってよ……」


 普通は考えつかない。ゼルロンドは今、「あなたを倒すために作戦会議がしたいです」と言ったのだ。常識を疑う発言だし、ましてやそれが即了承されるなんて夢にも思わない。


 やはり自分は間違っていないとガトーは確信できた。だがゼルロンドからすればそれは柔軟性に欠ける考え方だ。たとえモンスターであろうとも相手に知性があるならばどのような考え方をしているかで攻め方は変わる。


 執事として、護衛として、相手の行動を読み臨機応変に対応することを常としてきたゼルロンドならではの考え方だった。そんなゼルロンドはまだ判然としない顔をしているガトーに自分の推論を述べる。


「これまでの戦いから、あのゴブリンは私たちの本気を見たがっているように感じました。それで何を狙っているのかは分かりませんが、もしかするとメルグリット様のように強者との戦いを望んでいるだけなのかもしれません」


「まじかよ……。確かに殺気を感じねーし、武人然とした印象もあるから説得力はある気がするが……」


「だからと言って生かして帰す気は無いでしょうが。ともかく、こうして時間はいただけたのです。今は作戦を立てることに集中しましょう」


「……あぁ、そうだな」


 さすがに何度も時間をくれると考えるのは都合が良すぎるだろう。この機会を逃せばもう次は無い。余計なことを考えている場合ではないとガトーは気を切り替えた。


「結論から申し上げますと、破壊力による突破。これしかないと思います。悔しいですが私の格闘術ではあのゴブリンの防御を抜くことはできませんし、連打していてはオーラも保ちません。一撃にかけましょう」


「やっぱそうなるか……。だが、このまま全力でブッ飛ばしたところで大したダメージになるとは思えねえ。あの金属みたいな身体をどうにかしないと勝ち目はねぇぞ?」


「ええ。ですが……一瞬だけなら、私がどうにかできるかもしれません」


 ゼルロンドはそう言ってマジックウェポンである義手を見つめる。その義手は、他の装備品よりも腐食が進み黒ずんでいた。それはこの義手にとある効果が秘められているからだ。


 このマジックウェポンには強力な追加効果があった。それは、攻撃する度にギザギザした鱗でこそぎ落とすかのように相手の魔力を削り、なおかつそれを吸収し力に変えると言うもの。


 これを授かった時はその強すぎる能力に驚いたものだ。雑に殴りつけているだけでそのうち勝ててしまうのだから。


 格闘術を否定するかのようなその能力に、今までの鍛え上げてきた努力は何だったのかと、一瞬だけ暗い気持ちを抱いてしまったことを覚えている。しかしそれでも勝てない相手が現れた。その事にゼルロンドは心のどこかで奇妙な喜びを感じていた。


 それはともかく、このマジックウェポンの能力を駆使すれば隙を作り出せる可能性があった。魔力を削って金属化を強制的に解除し、そこにすかさず強力な一撃を加えるのだ。


 連携が大事になる。オーラの残量的にも武器の耐久度的にも、何度も試せることではない。それをガトーに説明する。


「つーことは、まずはあいつの腕を使い物にならなくして本命をぶち込むって感じか。……腕以外も金属にできたらどうすんだ?」


「同じことを繰り返すしかないかと。ひとまず腕だけでも壊せればやりようも出てくると思います」


「まあ、そうだけどよ。……そこまで保つのか? それ」


 劣化が進行している義手を指してガトーが言う。接触による劣化はゼルロンドがオーラで包むことで防ぐことができるが、吸収する過程でどうしたって劣化は進む。


 内部にまであの黒い靄が浸透してくるのだ。外見からは分からないが内側はもっと劣化していると思われた。


 目的を達成する前に壊れてしまえば詰みだ。しかしゼルロンドは冗談を交えて希望を口にする。


「腐っても国王陛下からお預かりしてきたものですからね。その威光に懸けて、きっと耐えてくれますよ」


「国王陛下の威光ねぇ……」


 そう聞くと上手くいくようなイメージが湧いてこないガトー。ガトーの、王や貴族に対して抱く印象はかなり悪いものになっていた。


 しばらく胡散臭いものでも見るような目で義手を見つめていたガトーだったが首を振って雑念を払拭する。手段はこれしかないのだ。ならば後は自分たちの力で道を切り開くのみ。


 ガトーとゼルロンドは視線を合わせると一つ頷き覚悟を決めた。再びブゴーと相対する。


「お待たせしましたブゴー様。お時間をいただき、感謝申し上げます」


「ああ」


 ゼルロンドの礼に腕を組んだまま短く答えるブゴー。相変わらず余裕を見せているブゴーにガトーが強がりを言うが、碌にダメージを与えられていない現状では何を言っても効果は無い。


「随分と優しいじゃねーか。いいのかよ、そこまで敵に余裕見せてもよ? 後悔することになるかもしれねーぜ?」


「後悔か……。させてみろ」


「……チッ、言ってくれるじゃねーかッ」


 お前たち如きに何ができるとでも言いたそうなブゴーのセリフに、ガトーは歯を剥き出しにして睨め付ける。だが、ブゴーからして見ればそれはどこまでも本心だった。


 後悔するぐらいの力を隠し持っているならさっさと見せろと言ったのだ。本音を言えばどこまでやれる奴らなのか少し期待していた。アテンが時間をかけて鍛えていたと言う人間たちだ。見た瞬間に大したことがないと分かっても、もしかしたら何か自分を驚かすようなものを持っているかもしれないと思った。


 門の前のやり取りで覚悟もそれなりに有していると分かったのでこれまで好きなようにやらせていたが、そこにはブゴーが期待していたようなものは何もなかった。


 ただ防御しているだけで勝手に追い込まれていく人間たち。この者たちと戦うことに一体何の価値があると言うのか。段々と時間の無駄だと思うようになってきていた。


 御方の指示も兼ねていると言うのでメイハマーレの遊びに付き合っているが、本当にこの程度の人間を御方が所望しているのか正直疑わしいところだ。


 まぁどちらにせよ、伸びしろを感じなければ殺しても構わないと言われている。ここからは自分も攻めるとあらかじめ宣戦布告しておいてやることにした。


「時間はくれてやった。これで何も変わらないようなら、殺す。オデは別に優しいわけじゃない。オデが強くなるためにお前たちが使えるかどうか試していただけだ。本気を出せ。死ぬ気で本気を出せ。少しでも手を抜いていると判断すれば、その瞬間に消し飛ばすッ」


 途端にブゴーの全身を禍々しい黒いオーラが包んでいく。先ほどまでの靄とは全く異なり、はっきりとオーラだと分かるものに身を包むことでブゴーはより黒く染まった。


 それはまるで、人の形をした闇だ。


 その闇に触れた草は枯れ、地面はひび割れ、空気が死んでいく。


 存在自体が災害。そこから感じる圧力たるや、抗えない滅びが迫ってきているように錯覚してしまうほど。ようやく力を出し始めたブゴーを前に、ガトーとゼルロンドは計画の変更を余儀なくされた。


「……ガトー様」


「分かってる。まずは腕から、とか言ってる場合じゃねぇな。一発勝負。腕ごとだ」


 出し惜しみは無しだ。二人は後先を考えない量のオーラを展開すると同時に飛び出した。


「<ハンマーナックル>!」


「<ギガインパクト>!」


「<剛体>、<部分武器化アムズ・ビット>」


 耳をつんざく高音が鳴り響く。両腕だけ金属化させたブゴーにゼルロンドが義手による一撃を叩き込み、流れるようにブゴーの頭上を跳び越えると、その後ろから現れたガトーがすかさず追撃した。


 今更になってお前には剣の才能が無いとアテンに言われ、プライドを捨ててまで持ち替えた武器だ。だがその効果は凄まじく、一撃の威力は確実に上がった。自分の力を最大限伝えられるメイスで、ガトーもたった一度きりのチャンスを作るためにサポートする。


 ガトーの強力な一撃すら強化した金属の拳で相殺したブゴーだったがさすがにその衝撃で一瞬だけ動きが止まる。その隙に後ろに回ったゼルロンドが背後から強襲した。


 ここでスキルは使わない。何故ならば必ず反撃が来ると分かっていたからだ。ゼルロンドの予想通り豪腕による裏拳が繰り出される。


 それを屈んで躱すと、その腕を下から義手で殴りつけた。硬い感触と共に、ブゴーの腕が通り過ぎながら僅かに上に持ち上げられる。


 空いた懐に入り込むべく、力を吸収した代わりにより黒さを増した義手の拳を固めて一歩足を進めるゼルロンドだったが、そう上手くはいかない。


「ヌンッ」


 ブゴーが片足で踏み込むと、黒いオーラによって脆くなっていた岩盤が沈みこみゼルロンドはバランスを崩す。そこに返す刀が如く、裏拳で放たれたブゴーの拳が襲う。


 不十分な体勢のゼルロンド。通常ならば一旦後ろに飛び退るところ。しかしブゴーのそばから離れるわけにはいかない。短時間のうちに義手を連続して叩き込まなければ金属化を解除できないからだ。


 離れなくてもこの攻撃を躱すことはできる。だが、そうするとかなり無理な姿勢になってしまい次の攻撃は確実に躱せない。ゼルロンドは瞬時に決断した。


(お願いしますよ……ッ!!)


 ゼルロンドは思いっきり背中を反らす。その目の前を、黒い死が掠めていった。


 宙を舞う数本の髪の毛が瞬く間に塵に変わっていく中、今度はお前の番だとブゴーが拳を振り上げる。


 動き出す、終わりを告げる一撃。しかしその一撃がゼルロンドに届くことはなかった。


「こっちも忘れんなッ!」


 上から叩き潰さんばかりに振り下ろされるガトーのメイス。さすがに無視できずに、ブゴーはメイスを横から叩いて軌道をずらした。


(信じてましたよ、ガトー様ッ!)


 一回。二回。


 ブゴーの意識がガトーに移っているうちに、ゼルロンドは素早く同じ腕を義手で殴りつける。


 破滅の力を取り込んで暴走する獣の腕は、もっと力を寄越せと貪欲にオーラを喰らった。太陽の光を照り返していた白銀の姿は今や黒に侵され見る影もない。その身に釣り合わない力を手に入れた獣は刻一刻と滅びの道へと進んでいた。


 しかし、その甲斐あって時は来たれり。集中的に殴っていた片腕の金属化が解除される。


 最初で最後のチャンス。ここを逃せば希望が潰える。


 全力全開。ゼルロンドがオーラを義手に集中させ、ガトーもしっかりとそれに続いた。破壊力だけを考えたそれぞれのスキルが炸裂する。


「<チャリオット・ビースト>!!」


「<オーバーデストロイ>!!」


 周囲を岩に囲まれた狭い空間の中で。


 二つの光が闇を埋め尽くした。

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