第114話 予感

 第二階層に降り立ったガトーたちはその異様な光景に息を飲んだ。話には聞いていたが実際に見てみると大きく印象が異なる。ガトーは率直な感想を口にした。


「なんか、作りかけの世界って感じがするぜ。もっと不気味な感じのやつを想像してたんだがな……。いや、これはこれで違和感ありまくりだけどよ」


 この階層は極端だった。


 中心から離れて行くほどまるで絵本の中に描かれているような場所になり、逆に中心側はしっかりとした現実味を感じさせた。現実味を感じさせるとは言っても、そこにある建物などは全く見たことがなく古めかしい感じがするので過去に囚われてしまったような錯覚に陥るが、少なくとも絵本の中に入ってしまうよりはマシだ。


 そしてそんな感想を抱いていたのはガトーだけではない。ゲーリィは自分の予想を口にする。


「おそらくダンジョンが急激な成長を遂げていると言うことではないでしょうか。これまで報告されていた第二階層の様子とは随分違いますからね。少なくとも二ヶ月は期間が空いてしまいましたから」


 そう言うゲーリィの顔には苦笑いが浮かんでいる。その気持ちを代弁するかのようにゼルロンドが思案気に呟いた。


「たった二ヶ月でそこまでダンジョンが変わるものでしょうか……」


「そうなんだよなぁ……」


 これまで長年に渡ってダンジョンの常識と言うものを頭に刷り込んできた三人にとって、この破天荒なダンジョンはなかなか受け入れがたいものがあった。


 新しいものが頭に入りづらくなっていることに三人が歳をとったことを実感していると、不意に空気の振動を感じた。遥か遠くから伝わってくるのは爆発の余波。


 それを鋭敏に感じ取った三人は、一様に正面方向に聳える一際高い岩山に目を向けた。


 それは三人がこれから向かおうとしていた場所。魔人がふんぞり返っているであろう岩山だった。


「おっぱじめてるな。この距離で衝撃が伝わってくるとなると、メルグリットあたりか? まさか魔人とやり合ってるわけじゃねーよな?」


「山の頂上でしょうか。ここからでは見えないのがもどかしいですね」


「む……あちらではクリステル様が戦っていらっしゃいますね」


「何っ!?」


 正面から左方向、ゼルロンドの視線を追うと、岩山の隙間を縫うように豆粒よりも小さいクリステルの姿が見えた。


 一般人ではその詳細を掴むことはできなかっただろうが、戦う者として身体機能が上昇している三人にとってはそれだけ見えていれば充分だ。


 クリステルが相手にしているモンスター、馬鹿でかい剣を携えている白いゴブリンの姿もしっかりと見えていた。


「ありゃあ不味いな。他の奴らが相手にしてるモンスターもあれクラスか……?」


 ガトーの横顔に一筋の冷や汗が流れる。戦闘を少し見ただけでその力量の高さが垣間見えた。


 クリステルもあまり長くは持たないかもしれない。自分たちの担っている役目がどれだけ重要なのかを再認識する。


 今も状況は目まぐるしく変化している。ガトーたちは目配りするとクリステルへの視線を断ち切り、一路、正面の岩山へと向かった。




 進む三人の前には当然のことながら邪魔が入る。しかしながら即席のパーティーとは言え、これほどの実力と経験を持つ者たちが揃っているパーティーは国中を探してもほぼ無い。


 特異なモンスターでもない限りその足を止めることはできないだろう。それはパーティーを組む白いゴブリン然り、ヤギのような悪魔然りだ。


 しかしながらゲーリィはそのモンスターたちの厄介さに、これまでたくさんの犠牲者が出た理由を悟った。


「恐ろしい話です。第二階層にしてこれほどのモンスターたちが出るとは。これもダンジョンが異常に発達したせいでしょうか。それとも切り取った時代ゆえですかね。このダンジョンは魔人抜きに危険なんだとハッキリ分かりましたよ」


「徒党を組むオールラウンダーの白いゴブリンに、常時『恐慌』の状態異常と高い耐性、睡眠、混乱、呪いの攻撃までしてくる悪魔。一体どこの高難易度ダンジョンの深層でございましょうか、と言う話ですね」


「ゴブリン、プチワームとの差がひでーな。こりゃ生きて帰って来れねぇのも納得だ。まあ、俺的に一番驚いたのはこいつだけど、なっ!」


 ガトーは言いながらメイスを振るう。その攻撃は見事アントビーを捉え一撃でバラバラにした。


「もはや当然のように二系統の法則を破りやがって。つーか何でここにもアントビーがいるんだよ、嫌なこと思い出させんなっつーの! トコトン最悪だな、このダンジョンは!!」


 見るだけで強制的に苦い経験を想起させるアントビーに憤るガトー。これが散発的に現れるため、だんだんフラストレーションが溜まっていた。


「白いゴブリンや悪魔と比べると違和感があるのですが……まぁダンジョンのことをとやかく言っても分かりませんね。先に進みましょうか」


 ゲーリィが仕切り直すと再び移動を開始する。ゼルロンドを先頭に、ゲーリィ、ガトーと続く形だ。その道中、これまで戦闘を重ねてきた中で自分の状態を確認したゲーリィは感心したように口を開く。


「それはそうと、やはりこの杖は素晴らしい。魔力効率が段違いです。変換率と強度も文句無しですし、改めて御礼申し上げます。ゼルロンド殿」


「おお、そうだ。このメイスもだ。感謝するぜ、ゼルロンド!」


「いえ、それらの武器を陛下からお借りしてきたのはヘクター様ですから……」


 その言葉が示すように現在ゲーリィとガトーが持っている武器はヘクターが王から一時的に授かってきたものだった。なので自分は何もしていないと遠慮するゼルロンドだったが、メイスはともかく、ゲーリィが使っている杖は特殊なものだ。ゼルロンドの助言無しにこの杖を授かってくることはなかっただろう。


 スタンピードの時のゲーリィの戦い方を見て、機転を効かせてくれなければこの選択はできなかったはずだ。だからゲーリィがゼルロンドに礼を言うのは至極当然のことだった。


 そんな話をしながら進むことしばし。今の建築様式とはまるで異なる建物が立ち並ぶ広場らしきものの付近まで来た時だった。


 ゼルロンドの足が止まり、上空を見上げる。そして小さく警戒を促した。


「……何か来ます。最大限の警戒を」


 ピリピリとした緊張感が伝わってくるその言葉を、ガトーとゲーリィは正しく理解した。


 魔人からの刺客。ここまで順調に進んできている三人のことが目障りになったのだろう。ただの時間稼ぎではなく、潰すために特異なモンスターを送り込んできたに違いない。瞬時に精神を研ぎ澄ませ集中力を高めておく。


 やがて、その姿が詳細に分かるようになり、ゼルロンドの<気配察知>が十全に効果を発揮できる範囲に入ってくるとゼルロンドは自分の言葉を訂正した。


「……いえ、待ってください。敵意を感じません。あれは……」


「あの姿は……。まさか……?」


 ゼルロンドとゲーリィが同じタイミングでとあることを思い出す。


 一応警戒だけは解かないように待つ三人の前に、大きな両翼をはためかせて一体のモンスターが舞い降りてきた。


 その姿はまるで人の形をとった竜の如く。生命力が溢れるような圧倒的存在感を放ちながら、真偽不確かだと思われていた竜人が降臨した。


 竜人はゆっくりと降り立つと、その爬虫類のように縦に長い瞳孔で三人をじろじろと見回す。観察が済むと、意外にも聞き取りやすい低めの声で話しかけてきた。


「……何をしに来た、人間。ここはお前たち程度が生き残れるほど生ぬるい場所ではない。早々に立ち去れ」


 攻撃を仕掛けてくるどころか、こちらの身を案じるような言葉をかけてきたことで、ゲーリィはこの竜人こそが騎士たちを助けたと言う存在であることを確信する。


 何故モンスターが人間である自分たちを助けようとするのかは分からない。けれど、ゲーリィにはこれが千歳一遇のチャンスに思えた。このチャンスをものにするために、ゲーリィは素早く頭を回転させる。


「……いえ、私たちは立ち去るわけにはいきません。魔人を倒し、仲間たちを救うまで、私たちはここから出るわけにはいかないのです」


「何……? 魔人を?」


 竜人の目が細められる。かなり威圧感を感じるが、ゲーリィは一歩も引かない。その反応はゲーリィが期待したものだったからだ。


「無理だ。お前たちでは万に一つも勝ち目はない。仲間とやらのことも諦めろ。お前たちだけでも、ここから出て生き残るのが一番賢い選択だ」


 やれやれと首を振りながら正論をぶつけてくる竜人に、ゲーリィは力強く言葉を差し込む。


「それは、貴方に力をお貸しいただいても、ですか?」


 その発言にゼルロンドとガトーが驚愕する。しかし、もしそれが叶った時のメリットを考え口を挟まずに見守った。


 この竜人は間違いなく強い。それがひしひしと伝わってくる。


 もしこの竜人が敵として立ち塞がっていれば、三人はここから先へは進めなかったか、かなりの時間を消費しただろう。それほどの強さを持つ者が味方につけば仲間たちを救える確率も一気に上がる。


 ガトーとゼルロンドは祈るような気持ちでゲーリィに後を託した。


「……何だと? お前たちに力を貸す? 俺が?」


「そうです。つかぬことをお聞きしますが、貴方は日夜ここのモンスターたちと戦いを繰り広げているのではありませんか? その理由はお聞きしません。ですが、命を捨てる覚悟で魔人を倒しに来た私たち。そして、貴方。目的は一致していると思うのです」


 人間を助けると言うことは、もしかしてモンスターと敵対していると言うことではないか。そのように考えたゲーリィは一縷の望みをかけて交渉を持ちかけた。そして、無言になり考えているような表情になった竜人に確かな手ごたえを感じ取る。


 攻め時。


 ゲーリィは果敢に言い募った。


「捨て駒にするつもりで構いません。力を貸す対象が魔人でなくても構いません。このダンジョンにいる強いモンスターを少しでも削れれば、後はアテン殿、私たちの仲間がきっと、魔人を討ち取ってくれます! ですからどうか、お力をお貸しください。竜人殿!」


 頭を下げるゲーリィにガトーは深く、ゼルロンドは浅く続く。


 もしこの竜人が敵なら無防備な姿を晒したゲーリィとガトーは大きなダメージを免れなかっただろう。しかしその時が来ることはなかった。


 顎に手をやり何事かを考え込んでいた竜人は、ややあって口を開く。


「人間。先ほどのお前の言葉に嘘はないな? 本当に命を捨てる覚悟ができているのだな?」


 ゲーリィは顔を上げて竜人を見る。その硬質な声には何か秘められた決意のようなものを感じた。偽りは許さないと、竜人の目は強く物語っている。


 この迫力に負ければ協力は得られないと直感したゲーリィは睨み付けるように竜人を見返した。


「はい。嘘偽りはございません。もし貴方の牙が魔人に届くと言うのであれば、私はそのためにこの命を使ってみせましょう」


 そして、覚悟を示したゲーリィはそこで一度言葉を切ると、一転、不遜に笑った。


「……ですが、むしろ覚悟と言う点では、こちらよりも貴方の方が心配ですけどね」


 その自分の立場を弁えていない言葉に、はっきりと竜人の顔が顰められた。


 この挑発はインパクトを持たせると言う意味もあるが、とある懸念が含まれていることもまた事実だったので揺さぶりをかけたのだ。


 魔人との戦いはこの竜人にとっても大きな賭けになるはず。それは敵対しているにもかかわらず未だに魔人が生きていることからも推測できた。


 竜人はおそらく、魔人が襲い掛かってきた時に逃げ果せることはできるが勝つだけの力は無いのだ。いくら実力でゲーリィたちを上回っていようが、本番で逃げ腰になられては無駄死にしかねない。


 だから逆に問うたのだ。そちらには戦いに挑むだけの覚悟があるのかと。


 これは別に魔人戦に限った話ではない。生き残っていると言う点では他の特異なモンスターたちも同じだ。


 よしんばそれらのモンスターに勝つことができても、ダメージを負った状態では魔人から逃げることはできないだろう。魔人にとっても、いつまでも敵対している者が生き残り続けているのは目障りなはずだ。


 チャンスと見れば必ず消しに来る。


 それらのリスクを負った上で尚、今日初めて顔を合わせた人間たちを信用し、力を合わせられるのかとゲーリィは問いかけた。きっと竜人は気に入らないだろう。自分より劣っている人間にそんなことを言われるのは。


 だが、関係ない。


 今は力ではなく意思の強さを試しているのだから。


 ゲーリィが普段は絶対に言わないようなセリフに、後ろでガトーとゼルロンドが息を飲むのが分かった。会話の流れ的に、こちらに味方してくれそうな雰囲気があった竜人をわざわざ挑発したことに驚いているのかもしれない。


 しかしゲーリィとしては絶対に必要なことだと思った。一方的に力を貸してもらうような関係では真の信頼など生まれるはずがない。


 たとえこちらが相手より明らかに力が劣っていても、肩を並べようとする努力だけは怠ってはいけないのだ。そういう気概を見せ続けてきたからこそ、アテンも自分たちを見捨てずにいてくれているのだと思うし、竜人も自分たちの本気の気持ちを分かってくれると信じている。


 ただの自己満足かもしれない。


 理想論かもしれない。


 しかし貫き通したその想い。ゲーリィはこの一世一代の賭けに、勝った。


「フン、生意気な人間だ。……奴には、煮え湯を飲まされた。ちょうど一矢報いたいと思っていたところだ。使い倒してやるから覚悟しろ」


 それはまごうことなき承諾の言葉。


 明るい未来を手繰り寄せる大きな前進に、ゲーリィは喜びが爆発した。


「竜人殿っ!」


「ドラゴニュートだ。冥土の土産にでも覚えておけ」


「ありがとうございます!!」


「……さっさと行くぞ。仲間とやらを助けたいのだろう?」


 大きな感情の変化を見せるゲーリィに対してドラゴニュートは煩わしそうにした後、さっさと振り返って歩き出す。


 それを後ろから見守っていたゼルロンドはこの荒唐無稽な展開におかしくなって笑みをこぼした。


(モンスターとの共闘ですか。前代未聞ですね……)


 本当に色々なことが起きるダンジョンだ。


 この戦いは伝説として残るかもしれないと、そんな予感を覚えるゼルロンドだった。

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