第115話 迂闊
「今向いている方を北として、ここから北東、北北西、西……いや西北西か。少しずつ移動しているな。そちらに人間の気配がある。助けに行かなくていいのか?」
「はい、ドラゴニュート殿。今は正面に聳える山に向かい、モンスターの数を減らしておくことが先決です。そして後で合流するはずのアテン殿が魔人を抑えている間に、我々は仲間の救出に向かう手筈となっています。その際、魔人と戦うか、他のモンスターと戦うかはドラゴニュート殿がお選びになってください。その選択に私たちが口を挟むことはありません」
「そうか……」
何とも面妖なことになった。心の中でドラゴニュートはそう思う。
あの日、御方から試練を与えられてからというものの、ドリックとその内容について話し合い、自分たちが成すべきことを考えた。
話し合ったとは言ってもドラゴニュートはほとんど聞く側だったが、ともかく結論は出たのだ。若干不安は残っているがドラゴニュートは予定通りに行動した。
(それがまさか、こうして人間共に協力することだとはな……。本当にそれで合っているのかと、直前まで疑っていたものだが……)
先ほどまでの人間とのやりとりを思い返しながらも歩み続ける。今となってはどうやらこれで合っているらしいことが分かったので幾らか気持ちが軽い。
こんなにも頭を悩ませることになったのは試練のこともあるが、それもこれも現在進行中の計画について何も知らされていないせいだ。
突如、第二階層の各所に人間たちが現れ、自分たちの考えていたタイミングが来たのだと決断し慌てて出てきた。振り回されるようにしか行動できない自分が不甲斐ない。
自分で考えても分からない以上はドリックの言うことに従うしかなく、あまり出来の良くない自分の頭が恨めしかった。
一人飛び出してきたはいいがどの戦いに介入すればいいのか分からないドラゴニュート。しかし考えている内にもう一組、人間共が現れる。情報収集も兼ねてその三人組の元へ向かった。
ドリックからは自分が人間共から攻撃を加えられることはないと教えられていたが、そんな言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。一応警戒しながら近づいていった。
だがドリックの言う通り、結局何もされないどころか敵意すら感じない人間共と会話を始めたところ、一つ安心材料を得るに至る。それはアテンが向こう側にいると言う情報だ。
おかしなことをしているのは自分だけではないと分かっただけでも救われた気持ちになった。内心ではダンジョンに敵対するような真似をしている自分に、御方がお怒りになるのではないかと戦々恐々としていたのだ。
だがアテンが絡んでいるのならばこれも何かの計画の一環なのだと納得できる。ドラゴニュートは自分にこの指示を出したドリックの評価を改めた。
(ドリック。元人間、か。俺が思っているよりも侮れない存在なのかもしれんな。自分の中にある知識はあくまでも参考程度に止めなければならないと言うことか……)
最初に相手にしたのが取るに足りない雑魚ばかりだっただけに乖離が大きい。だがドリック、そして人間にしては珍しいと思われる魔闘術士の恰好をした者と話す内にその認識も変わった。
なかなか鋭い指摘をしてくる人間だった。適当に話をした後にそれとなく協力してやるかと軽く考えていたドラゴニュートに、それまでの態度とは一変して突然核心を突いてきた。
まさか竜種の本能を理解しているわけではないだろうが、その言葉はドラゴニュートの心を揺らすには充分だった。聖域であれだけコケにされたにもかかわらず、ドラゴニュートは未だに本能に掻き乱されていたのだ。
メイハマーレに対する怒りは当然ある。雑魚だと貶され、御方に対する忠誠心すら否定されたのだ。許せないに決まっている。だがあと一歩と言うところでどうしても手が出なかったのだ。
その葛藤に苛まれ続けていたドラゴニュート。しかし、そんな自分とも今日で別れを告げる。
(……人間にすら覚悟を問われる無様を晒したまま、黙っていられるかッ!! 良い機会だ。首を洗って持っていろ、メイハマーレ!!)
度重なる怒りの感情がついに本能の束縛を断ち切る。
このままでは再び御方のおそばに侍る機会など一生やってこない。そればかりか、その位置にいるのがアテンならまだしもメイハマーレだと思うと我慢ならなかった。
自分も第一配下の争いに食い込んでやる。そう決意した時、ドラゴニュートに迷いは無かった。
人間たちに協力し、メイハマーレをぶっ飛ばす。
今からでも勝率を多少なりとも上げるためにと、ドラゴニュートは積極的に助言をするようになった。行く手をモンスターたちが阻む度に人間たちに戦わせる。ドラゴンニュートはお前たちの戦い方を見てやると言って後方に下がった。
アントビーの場合は殺すことを躊躇したりしないが、さすがにこのダンジョンで生まれたモンスターたちを自分の手にかけるのは忍びなかったので一石二鳥だ。
アテンが鍛えていたと言うだけあってドラゴニュートが口を挟めることは少なかったが、魔闘術士の人間に関してはまだ荒削り感が目立った。そこを重点的に指摘する。
「接近戦もできるからといって無暗に前に出るな。遠距離攻撃で済ませられるならそれに越したことはない。魔力消費を気にしての行動であれば、前衛を上手く使うことを心掛けろ。お前一人で戦っているわけでは無いのだ。視野を広く持て」
「はい。ありがとうございます、ドラゴニュート殿」
「一流の魔闘術士であれば豊富な魔力と自由自在な戦術で獅子奮迅の活躍ができるのだがな。無い物ねだりをしても仕様がない。身の丈に合った戦い方をするんだな」
「魔闘術士……ドラゴニュート殿もこの戦術スタイルをご存知なのですね。アテン殿も同じ名を口にしておりました。私は寡聞にして知らなかったもので勝手にバトルソーサラーなどと呼んでいましたが……」
「その言いようだとやはり形骸化していたか。まあ他に使い手がいないのならば好きに呼べばいいのではないか? どうせ今の人間には扱いきれずに今後も使い手は現れんのだろうからな」
助言をし始めてからどんどん喋るようになってきたドラゴニュート。
しかし口が軽くなってきたせいでいつの間にかグレーゾーンのことまで口にしていることに気づかない。その自分の迂闊さを思い知らされる。
「お、おいおい、ドラゴニュートさんよ。その言いようじゃ何か? モンスターにも体系化された戦闘術があるってことなのか……?」
これまで黙っていたメイスを担いだ男が口を挟んでくる。その表情はとても驚いているように見えた。
だがドラゴニュートからしてみれば何をそんなに驚いているのか分からない。なぜ力の体系化を図っているのが人間だけだと思っているのか。
人間より力も知能も上回る存在がいるのだから、他に体系化された戦闘術があってもおかしくはないだろうと、そう思った。思ったのだが、現にメイスの男はとても驚いている。いやこの男だけではない。魔闘術士の男と義手の男もとても驚いていた。それが分かるとドラゴニュートに嫌な汗が流れてきた。
何かやってしまったかもしれない。そんな気がしてならなかった。
そもそもだ。この人間たちはアテンから魔闘術士の存在を知らされていた。それなのにこの驚きようだ。つまりアテンには明言を避けた言葉があって、自分はそれを言ってしまったことになる。
ドラゴニュートには未だに何が不味かったのか分からない。だがとにかく、誤魔化しておかないといけない気がした。ドラゴニュートは人間たちに焦った顔を見られないよう背を向けながら必死に考えた。
(なんだ、一体何が不味かった……!? 奴らは一体何に驚いているッ! 考えろ、いや考えても分からんから困っているのだッ!! それよりも思い出せ! メイスの男はなんと言っていた? 体系化された戦闘術……モンスターにも体系化された……。ッ、そうか! 『モンスターにも』、コレだッ!!)
ドラゴニュートはこれまで生きてきた中で一番脳を酷使して何とか正解をひねり出した。
てっきり言った言わないの問題かと思ったが、自分とアテンの立場ではもう一つ明確に違うものがある。それはアテンが人間として振る舞っているのに対し、自分はモンスターだと認識されていることだ。
これではたとえ自分とアテンの発言内容が一緒だとしても相手の解釈に違いが出るだろう。分かってしまえば至極単純なこと。これでどう誤魔化せばいいかも判明した。
つまるところ、奴らにドラゴニュートが人間だと思わせることができれば、この問題は解決するのだ!
(……無理だッ!!)
無理だった。
どう考えても無理だった。ドラゴンニュートは自分の体を見下ろす。
色。鱗。爪。翼。尻尾。骨格。何もかもが違った。
これで自分が人間だと主張し始めればただの頭がおかしい奴だ。解決法が見えているのに解決できないジレンマ。ドラゴニュートは思わず尻尾で地面を叩いた。
バン、という音に人間たちがビクッとしたのが気配で分かるが今はそんなことに構っていられない。ドラゴニュートは深く考え込む。
(人間……。どうすれば奴らに俺のことを人間だと思わせられる? ……ちっ、そもそもなぜ自分のことを人間などと言わなければならないのだ。こんな屈辱、アテンはよく我慢できるものだな。俺などよりもずっと人間からは遠いだろうに。……待てよ? そうだ、アテンはわざわざ自分のことを人間だと言う必要はないじゃないか……。奴らが勝手に人間だと思ってくれるのだからな! くっ、ズルいぞ、アテン! 俺の立場になって人間たちを誤魔化してみろ!! ……ハァ。それでも、奴ならやってのけてしまうのだろうな。どうしてこうも知能が違うのか。できることなら今だけでもアテンと頭を交換したいものだ。……頭? ……ッ!!)
その時、ドラゴニュートの目がクワッと見開かれ、先ほどよりも強く尻尾が叩き付けられる。バチンッ、と地面が砕かれて草と土が舞う中、ドラゴニュートはこの問題を解決に至らしめる自らの奇跡的な閃きに感動していた。
しかしそうとは知らないガトーたちは、その尻尾の威力に余計な詮索をしてしまったのだと焦る。
今ドラゴニュートを怒らせるのは得策ではない。慌ててゲーリィがフォローに回った。
「ド、ドラゴニュート殿。申し訳ありません。詮索はしないと言う話でしたのに、出過ぎた真似をいたしました。どうかお許しください」
謝意を示すゲーリィたちだったがしかし、突破口が見えて興奮するドラゴニュートには聞こえなかった。ゲーリィたちの方に振り返ると、重々しく語りだす。
「……俺には、人間だった時の記憶がある」
「ッ……!?」
突然衝撃的なことを口にし始めたドラゴニュート。
この会話が、アテンやメイハマーレの想定を越えるものであるとも知らず、ドラゴニュートは暴走を続けた。
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