第110話 心臓に悪い
「御方。どうやら人間共が来たようです」
「うむ。そうか」
メイハマーレからの報告に、コアは堂々と答えた。
ここ最近、メイハマーレの様子をビクビクしながら窺っていたコアだったが、その姿が以前と何ら変わっていないことに確信が持てると、いそいそと神メッキで塗装し直し、威厳ある主に戻っていた。
「人間共がこのダンジョンに来るのも久しぶりだな……」
コアは独り言つ。
前回大量の侵入者たちを吸収してからと言うものの、人間たちはめっきり来なくなってしまった。厳密に言えば来なくなったわけではなく、物凄く警戒しながら少しだけダンジョンに入って来るのだが、全員そこで引き返してしまうのだ。
ダンジョンの中にいるので時間の感覚が曖昧なのだが月単位でそんなことが続いている。コアはこのダンジョンを危険視した人間たちが更に押し寄せてくることも考慮していたのだが、その心配は杞憂に終わることになった。
宝箱作戦が上手く影響しているのか、それともやりすぎたが故に来ないのか。その理由は分からないが、想定外の手段で攻められるようなこともなくコアは一安心していた。
そんな状況の中でメイハマーレがわざわざ報告してきたと言うことは、このダンジョンに侵入する気満々の人間たちが来たと言うことなのだろう。そのメイハマーレはコアの声に律儀に反応した。
「はい。鈍間な人間共に合わせて二ヶ月の猶予を与えましたが少し甘かったかもしれません。しかし機は塾しました。こちらの準備も万全です。これより『理想郷計画』第二章第三節を始めます。これが終わればいよいよ計画は第三章へ。ふふ、人間共の阿鼻叫喚が聞こえるようです。そして第四章。歴史を裏返し、間違った世界を正しましょう。御方、どうぞアタシたちにお任せを。必ずや貴方様に理想郷を捧げます」
「………………そか……」
暴走がエスカレートする我が子たち。コアにはもう、それを止めることはできない。どうぞ第五章でも第六章でもやってくださいと言う感じだ。
これまでコアだって精一杯頑張ってきた。理想の主像を壊さないようにしながら理解に努めてきた。
コアだって馬鹿じゃない。ことダンジョンにおいては僅かな欠片をつなぎ合わせて鋭い考察ができる程度の頭脳は持っている。
ただ、縦も横も長さが分からない正方形の面積を求めよと言われても、コアには答えが出せないだけなのだ。
コアはメイハマーレを見つめる。愛しい我が子は相も変わらず意味の分からないことを言ってくるが、それでも楽しそうにしている。
楽しいならそれで良くない? 自分もそれに乗っかって楽しくダンジョンライフ送っちゃえば良くない? と、最近はそういう考えに舵を切ったコアであった。
今後の方針を再確認しているとメイハマーレの報告通り人間たちがダンジョンに侵入してくる。
それまでおバカなことを考えていたコアだったがその侵入者たちを見た瞬間、変貌した。
意識が急激に切り替わり、子煩悩なコアから冷徹なるダンジョンコアのそれへと変化する。
(……強い)
吸収できるダンジョンエネルギーの量が今までの侵入者たちとは明らかに違う。加えてその表情や仕草からはこのダンジョンを侮るどころか攻略してやるとでも言うかのような気迫が伝わってきた。
実力。精神。
その質の高さに、コアは思わずゾクリとした。
もしもコアに顔があったなら、その口は今、盛大に吊り上がっていただろう。
久しぶりに覚悟ある者たちがやって来た。その事実に、コアの中のダンジョニストが目を覚ます。思考速度が跳ね上がり、瞬く間に今の状況を整理した。
(二ヶ月の猶予を与えた、と言っていたか。成る程な。どうやらメイハマーレは外で何かをやっていたらしい。今まで冒険者共が来なかったのはこの時のためか。……良い。良いぞ。今までのゴミ共とは一線を画す冒険者たちだ。己の命を懸けて目的を達成すると言う気概が伝わってくる)
「クククク」
コアの口から喜びと昂ぶりがこぼれる。
(もしや少し前の教えを聞いて、メイハマーレが俺のために骨のある冒険者たちを用意したのか? それともやはり前回のことで俺の実力に疑問を持ったから、今一度それを証明しろと言うことか? ククク、ハッハッハ! まぁいい。どちらでも良い。俺のやることは変わらん。せっかくこうして『冒険者』たちがやってきたのだ。お前たちの覚悟に、俺の覚悟をもって応えようっ!!)
戦意が増大していくコア。そんなコアを見てメイハマーレは嬉しそうに声をかける。
「お気に召したでしょうか、御方」
「うむ。メイハマーレ、褒めて遣わす」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
輝きに満ち溢れるような顔をするメイハマーレ。その喜びように、コアは己が余計な疑りをしていたことを再認識した。
「これほどの人間共を用意するのは苦労したであろう。よくやってくれた。おかげで楽しい時間を過ごせそうだぞ」
「勿体なきお言葉にございます。御方のお役に立てたのでしたら全ての事は苦労などではなくなります。どうぞ心行くまでお楽しみ下さい」
「うむ」
コアは忠臣を労うと早速対策を練り始める。
本当に粒揃いだ。誰に誰をどのようにぶつけるのか迷ってしまう。
ある程度の構想は練りながらもしかし、相手の全容が掴めなければ最終決定は下せないと、侵入者たちが全員ダンジョンに入ってくるのを待つ。
だが、そうして侵入者たちを眺めているうちに、コアは信じられないものを目撃することになる。
(ん? …………ホアッ!??)
あまりの驚愕にコアは声が出そうになってしまう。
その目には、冒険者たちに交じってダンジョンに侵入してくるアテンの姿が映っていた。
ソックリさんかと思ったが、その特徴的な服装と人外じみた美しい容姿は本人以外に有り得ない。ここのところアテンがダンジョンに帰ってきていないな、とは思っていたが、まさかこんな形で帰還を果たすとは予想できるはずもなかった。
とんでもない事態に動揺するコア。この状況に、目を覚ましたコアの中のダンジョニストは再び眠りについてしまった。
(どういうことだよ! 誰か説明して!? え、やっぱり俺に不満があったのか? も、もしかして、謀反!? メイハマーレぇぇ! お前そんな可愛らしい笑顔をしといて、裏では腹黒いこと考えてるのか!? 心行くまでお楽しみくださいって、精々足掻いてみせろって意味じゃないだろうな!?)
信じては疑うことを繰り返すコアは完全にメイハマーレに弄ばれていた。知らないうちに親すら翻弄する悪女になってしまったことにコアは心から嘆く。
どこで教育を間違ってしまったのかとコアが黄昏ていると、そのアンニュイな気持ちがメイハマーレに伝わってしまったのだろう。なんだか申し訳なさそうな感じで声をかけてくる。
「……気に入らないでしょうか……?」
その質問にコアはどきっとする。
今のメイハマーレのことが気に入らないかどうか、と言う意味だ。その問いにコアは葛藤する。
できることならばありのままのメイハマーレを受け止めてあげたい。しかし今後もおもちゃのようにマイハートをコロコロされるのは精神的にキツイ。
もしかしたら今の申し訳なさそうな感じも計算の上での事かもしれないのだ。こうしてコアを悩ませ、いやそのままでいいよ、と言う言質を取ろうとしているのかもしれない。メイハマーレの頭脳ならばその可能性も充分に考えられた。
正直これ以上の悪女っぷりを発揮されるのは困る。あぁ、だがしかし……。
あまり返事が遅くなってもいけない。コアは間に合わせのように曖昧な答えを口にする。
「気に入らないと言うわけではないが……」
歯切れ悪く答えるコアにメイハマーレも感じるところがあったのだろう。自分の非を認め、反省の弁のようなものを述べだした。
「御方。どうかそのようにお気遣いをなさらぬようお願いいたします。分かっていたことではあったのです。御方がお気に召さないであろうことは」
コアはそれを静かに聞いた。たとえ受け止めることができなくとも、その考えは聞いておかなければならないと思ったのだ。
どうして悪女プレイなんか始めたのか、コアは茶化すことなく真剣に聞き届ける。
「ですが、この国を満遍なく回って裏工作を仕掛けるのはアタシ一人では限界がございまして……。かといってあれ以上の数合わせの存在も見つからず、あのような出来損ないの集団をこのダンジョンに招き入れることになってしまいました。申し訳ございません、御方」
「うむ」
重々しく答えるコア。しかしこの時コアはこう思った。
気のせいだろうか、と。
会話が全く噛み合っていない気がするのは自分だけだろうか、と。
まさか、その悪女力をもって何やら悪いことをしようとしていたと言う話ではあるまい。コアはメイハマーレの言葉からダンジョンの入り口へと目を向ける。
するとそこには清廉さを表すような白や銀の同じ装備を見にまとった者たちがぞろぞろとダンジョンに侵入してきていた。騎士のような格好をしているその者たちを見てコアは察する。
先に侵入してきた冒険者たちに比べるとかなり質が落ちる。確かにその様はメイハマーレの言う通り、出来損ないと言う言葉が似合っていた。
騎士団の先頭の方には何人かそれなりの者がいるが、大半はこれまでの侵入者たちと同様、ゴミだ。それが分かったコアは、いつの間にか自分がメイハマーレの努力を否定してしまっていたことに気づく。
あれだけの冒険者たちを揃えるのだけでも大変だったろうに、そこに出来損ないが交じってしまったからといってそれを気に入らないなどとは傲慢もいいところだ。
そんなことを言う主にだけはなりたくないと、コアは内心慌てながらフォローに回った。
「メイハマーレよ。やはりお前は何か勘違いしているようだ。これほどの侵入者たちを集めてきたことに私は満足しているし、そこに多少出来損ないが交じったところでそれを私が不快に思うことなどない。お前はよくやっている。そこだけはハッキリ言っておこう。そして私がお前の問いかけに対し返事を濁したのは……頑張り過ぎだと思ったからだ」
「頑張り過ぎ……ですか?」
それを聞いたメイハマーレは心底不思議そうな顔をした。御方のために限界以上の努力をするのは当然だと言う意思が透けて見えるようだ。
「そうだ。先ほどから聞いていれば、メイハマーレは自らのことを顧みなさ過ぎている。無論、時には必死になって努力をする必要もある。しかしお前は常に限界以上のことをこなそうとしているだろう。それではいかん。もっと自分の価値を認め、自分自身のことを褒めてやるのだ。自分を追い詰めすぎては、いつか必ずどこかで失敗をする。私はそれを憂いているのだ」
ダンジョンゲームが楽しいからって徹夜でプレイし続けた挙句、眠気と疲労による判断ミスで取り返しのつかない事態に陥りゲームオーバーになった時の絶望感を思い出す。
のめり込んでいることから距離を取るのは非常に難しいだろうが、ある程度健康に気を配ることも大切なのだ。その方が結果として良くなったりする。
自分と同じ失敗をしてほしくないコアは、割とガチ目に訴えかける。そこにはもっとゆっくり成長してくださいと言う願望が多少含まれてはいたが、そっちには目を向けない。
しかし、コアの想いを聞いたメイハマーレの反応には多分に困惑が含まれていた。
「そう……ですか」
如何に御方のお役に立つか、ということだけが大切なのに自分を省みる意味が分からない。自分に価値があると思えるのは御方を喜ばせることができた時だけだ。
つまりもっと頑張らなければならない。そこに限界は無い。褒める余地なんか無い。失敗なんかいつもしている。いつものように言葉の裏を考えようにも今回は腑に落ちるものがない。
その真意が全く見えない非常に難しい教えだった。
(適度に疲労を取った方が力を発揮できる……と言うことを仰りたいわけではないはず。御方のお言葉がそんな単純なはずない。絶対に別の意味がある。頑張り過ぎない……。追い詰め過ぎている……。ダンジョンで加護を受けている限りは疲労を引きずることなんかないし、アタシが外に出るのは限定的。訓練ではとことん追い込むけどそれは必要措置。肉体面ではない? 精神的なこと? ……それにしたって別に辛くないし、むしろ御方のおそばに居られて幸せ。でもとにかく今のアタシが間違ってることだけは確か。でもそれが分からない……)
答えを導き出せず悩むメイハマーレ。
そんな、頑張り過ぎている自覚が無いメイハマーレをコアは悲哀の目で見つめた。
(可哀想に……。一歳未満で既にワーカホリックとは。自覚が無い者にこれ以上言っても今は無駄か。根気強く伝えていく必要があるだろうな)
侵入者も来ているし、一度に理解させようとして無理をさせるのも良くない。
考えるのは撃退してからでも良いだろうとコアは話を切り上げた。
「今は頭に入れておくだけでよい。頑張り過ぎないと言うことをな。それがいずれお前を助ける道しるべとなるであろう」
「……はっ。肝に銘じます、御方」
全然納得できていないが御方のお言葉は絶対だ。自分の考えはひとまず置いておいて、引き続き頑張り過ぎないと言う言葉に隠された真意を探っていこうと計画するメイハマーレであった。
一方で、微妙な間があったが了解の意を示したメイハマーレに安心するコア。
これはワーカホリック脱出もそれほど時間が掛からないかもな、などと簡単に考えていると、メイハマーレは早速動き出した。
「とは言え、やはりいつまでも出来損ないを御方にお見せし続けるわけにはいきません。お目汚しにならぬよう迅速に処理して参ります」
(あっ。全然分かってねーや、これ)
ワーカホリック舐めてたと、自分の甘い考えを矯正していると、メイハマーレはゲートを開きその中へと消えてしまう。
まだメイハマーレに聞きたいことがあったコアは慌てて声をかけるも間に合わなかった。
「ま! 待って、くださーい、メイハマーレさーん。……まだアテンのこと、聞いてないんですけど。……大丈夫なんだよね? 信じていいんだよね!? 頼むよ、ホントに……」
何をしようとしているのか分からないが、もしアテンが向こう側に回ると言うのならかなり厳しいことになる。
自分は何かした方がいいのか、それとも黙って見ていた方がいいのか。
それが分からず悶々とするコアなのであった。
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