第103話 邂逅

 ヘクターが街に帰還してから更に一週間後。冒険者ギルドをとある人物が訪れていた。


 冒険者たちの平均を少し上回る程度の身長と細身の体格に、煌めくサラサラとした銀髪。上半身には身体に張り付くようなレザー製のバンデットメイルのようなものを着て、所々ほつれている黒いストールを肩まで巻いている。


 下半身には七分丈ほどの動きやすそうなズボンと、ハーネスが特徴的な赤いブーツを履いており、腰の後ろには二本の反りがある片刃剣を交差するように佩刀していた。


 男はスイングドアを押し開けて中に入ると感慨深そうに呟く。


「ここに来るのも久しぶりだなぁ……」


 実年齢よりも若く見えるその男は懐かしむように建物の中を見渡す。


 十年ほどぶりに訪れた街並みは記憶にあるものよりもだいぶ変わっていたが、冒険者ギルド自体はさほど変化がない。それが当時の自分を想起させ、しばし過去の思い出に浸るのだった。


(あの時は……そう、紅蓮の洞の調査に来たんだっけ。いやー懐かしいね。あれからもう十年ぐらい経つのか。ダンジョンが発見された当初も慌ただしかったけど、今も別の意味で慌ただしいね! まったく、この街はいつ来ても忙しないんだから……。それにしても……ふふふ、なんだか面白いことになってるな!)


 男の感覚がギルドの地下訓練場に集まる強い気配を捉える。とても興味をそそられるが、ひとまずは用件を済ませるために受付に向かった。


 その途中、酒場にいたベテラン風の冒険者たちが男を見てガタッと音を立てて立ち上がっていたが、今更気にならない。そのまま何事も無かったかのように受付に到着すると、若い受付嬢が挨拶してきた。


「こんにちは。冒険者ギルドにようこそ。本日のご用件は何でしょうか?」


 男が向かったのは入り口から一番手前にある総合案内所のようなところだ。普段ならそれなりに外部の人間が訪れる場所なのだが、今は非常事態とあって閑散としている。そんな場所に、勝手知ったるはずの冒険者の格好をした者が来たものだから、男は職員たちの注目を集めた。


 そんな中、男の姿を見た年配の職員の一人が慌てたように二階への階段を駆け上っていく。その様子を見て、用件を告げる必要もないかな、と思いつつも、せっかくだから若い子との会話を楽しむことにした。


「うん、こんにちは。こんな時にも関わらずきっちりと仕事してて偉いね! そんな君の名前は何て言うのかな?」


 爽やかな笑みを浮かべながらナンパ紛いのことを言い出した男。そんな男に受付嬢は不思議そうな顔をして返した。


「はあ。ありがとうございます……? アルシェと言いますが……あの、ご用件は?」


 その反応を見て男は「おや?」と思う。もう若いとは言えないが、その代わり異性を惹きつけるような色気を漂わせる男の顔はお世辞抜きに整っている。


 その男が、爽やかな笑みを浮かべながら『あなたに興味を持っています』と唆せば相手は何かしらの反応をするものだった。


(趣味じゃなかったかな?)


 期待したような初々しい反応が見られず残念に思う男。せっかくパーティーメンバーたちを置いてきたのだからこの機会に目一杯楽しもうという魂胆が上手くいかずにいると、階段からドタバタとした音が聞こえてくる。


 そこから現れた人物に向き直ると、今度は純粋な笑顔を浮かべて声を掛けた。


「やあ。久しぶりだね、我が友よ。助っ人に来てあげたよ」


「メ、メルグリット!?」


 冒険者ギルドに突如として現れた男。


 この男こそ、何を隠そう現役のオリハルコン級冒険者、「赤道」のメルグリット。その首下には、赤みを帯びた金色のプレートが輝いていた。






 ギルド長室に場所を移して話の続きを行う。久しぶりの再会を分かち合った後、ガトーはアルシェの非礼を詫びた。


「それにしてもウチの若いもんが悪かったな。おそらくただのゴールド級冒険者だとでも思ったんだろうが……」


「ああ、このプレートね! イイってイイって、そんなの気にしなくても。少し紛らわしいのは確かだけど、よく見ればすぐに分かるから証明したい時に手間取ることもないし、逆に知らない所ではあんまり注目を集めなくて楽だしね!」


 少しも気を悪くした風に見えないメルグリットはカラカラと笑って返す。


 冒険者ギルド全体の決まりとして仕方のないことではあるのだが、オリハルコンのプレートとゴールドのプレートは似通っているため気を付けていないと間違いやすい。


 冒険者としての頂点を極めた者として、たかがゴールド級冒険者と一緒にされるのは侮辱にも近いはずなのにその事を全く気にする素ぶりが無いメルグリット。昔と変わらないその性格に、ガトーは安堵の笑みを浮かべた。


「ふ、そうかよ。しかし本当によく来てくれたな。助かるぜ」


「そりゃあ友のピンチともなれば駆けつけるでしょ。ちょっと隣の国まで行ってたから来るのが遅くなったけどね。いやー、間に合ってよかったよ」


 オリハルコン級ともなるとほんの一握りしかいない。そんな彼らには、彼らにしかできない仕事が舞い込む。それは時に国の垣根を越えることもあるので、彼らは非常に忙しいはずだった。


 このタイミングでメルグリットが来れたのはめぐり逢わせの良さもあっただろうが、メルグリット自身が来てくれようとしなければ来られるものではない。ガトーは三十年来の親友に感謝を述べる。


「恩に切る。しかしお前、パーティーメンバーはどうした。宿にでも置いてきたのか?」


 メルグリットの実力は他とは隔絶しているが、それでもソロで活動しているわけではない。ガトーの記憶では優秀なメンバーとパーティーを組んでいるはずだったが、姿が見えないので何気なく聞いてみた。


 だがメルグリットから返ってきた答えを聞いてずっこける。


「そ! 別の街の宿にね! ほら、なんて言っても今回は相手が相手でしょ? 僕以外では危ないと思ってね。置いて来ちゃった! ハッハッハ!」


「ハハハじゃねえよ……」


 自由奔放なのは昔からだが、よりひどくなっている。メルグリットに振り回されているパーティーメンバーたちの姿が思い浮かぶようで、ガトーは心の中で同情した。


「それよりもさ、ガトー! 随分強くなってるじゃん! 訓練場にも使い手がたくさんいるみたいだし、一体どうなってるんだよ!」


 メルグリットが目を輝かせながらガトーに詰め寄る。


 久しぶりに会った戦友ガトーは全盛期の頃の強さを超えていた。それがオーラの波動で分かってしまう。


 訓練場にも通常では有り得ない数の使い手たちが集まっていたので、これは絶対に何か秘密があるとメルグリットは確信していた。


 メルグリットは生粋の求道者だ。オリハルコン級に昇り詰めたと言えど、今の自分の強さに満足できない。だからこそずっと冒険者を続けてきた。本当に僅かながら成長はしているが、最近は頭打ち感が強かったのだ。


 そんな時、魔人出現と言う親友のピンチに駆けつけてみれば、そこにいたのは猛者の群れ。どうしたってワクワクしてしまう。


 自分がもっと強くなれるヒントがあるかもしれない。絶対にガトーから秘密を聞き出す、と鼻息荒く迫る、見た目詐欺の中年の圧力に押され気味でいると、そのメルグリットが急にソファーに座り直した。


 どうしたんだと不思議に思うガトーにニヤリとした笑みを浮かべると、メルグリットは親指で自分の後ろ、部屋の出入り口を指し示した。


「君たちの強さの秘密は、彼だね?」


 メルグリットの指差す先。


 そこには、いつも向こうから話しかけられるまで存在に気づけないはずのアテンがいた。


「うおっ!? いたのかよ、アテン!」


 他の者なら大事な資料が置いてあるギルド長室に勝手に入ってくるなと言いたいところだが、これも気配に気づくための訓練の一環だと説明されているので別に何も言わない。今更アテンに知られて困るようなことも無いので尚更だった。


「相変わらず心臓にわりーな……。それにしても、メルグリット。お前よく気づいたな。こいつが部屋に入って来て反応できたのはお前が初めてだぞ。『直感』か?」


 ガトーは改めて親友の凄さを実感する。


 ガトーやゲーリィ、ゼルロンドと言った実力者たちが誰も気づけなかったものを、このメルグリットはたった一回で気づいたのだ。それがどれだけ難しいことなのかをよく分かっているため、ガトーは素直に驚いていた。


「うーん、『直感』ではないかな? 何となく? って、僕のスキルをバラしてないで紹介してくれよ! 彼なんだろう? 君たちの成長の秘密は!」


「ああ、そうだな。アテン、こいつはオリハルコン級冒険者のメルグリットだ。今回の魔人討伐戦に協力してくれるらしい。で、メルグリット。こいつがアテンだ。お前の言う通り、俺たちの成長の鍵を握っている奴だな。しばらく前にこの街に来てから色々と世話になってる。あーっと、アテン。メルグリットの強さは俺が保証するが……いいよな?」


 メルグリットがせっついてくるので仲介人となって紹介してやる。ついでに決戦のメンバーに加えていいかどうかガトーは聞いてみるが、そのアテンはメルグリットをじっと見たまま動かない。そんなアテンに釣られるようにメルグリットも相手を観察するように動かなくなってしまった。


 妙に緊張感のある空間で微妙な時間が過ぎる中、メルグリットが口を開く。


「……つかぬ事を聞くんだけど。君、前に僕と会ったことがあるかな?」


 その問いを近くで聞いていたガトーは目を見開いた。


「メルグリット、お前……。確かにアテンはとんでもねぇ美形だが、そっちにも手を出し始めたのか……!?」


 ガトーは戦慄から後ずさる。メルグリットが女に対してチャライところがあるのは知っていたが、アテンに対してもナンパの常套句を言い出したことで『ある疑い』が持ち上がった。


 ジリジリと自分から距離を取るガトーに、何の事を言っているのか察したメルグリットは慌てて否定する。


「は? ……ち、違うよ!? 何を言ってるんだガトー!! 変な事を言わないでくれ! ただ本当に、どこかで会った気がしただけなんだって!」


「……メルグリット。お前の好みについてどうこう言うつもりはないんだが、こいつはな、実は貴族なんだ。いくらお前がオリハルコン級冒険者だとは言え、生きる世界が……」


「違うって言ってるだろ!!」


「あだっ!?」


 ガトーの止まらない勘違いを脳天チョップで強制的に止めるメルグリット。これ以上あらぬ誤解が広まらないように、もう一人にも早口で説明する。


「あはは、ガトーのせいで変な空気になっちゃったね。それにしても貴族様だったんだね! 今からでも畏まった方がいいかな?」


 ガトーが大分砕けた口調で話していたのでおそらく必要ないとは思うが、一応の確認は取っておく。その明確な問いかけにアテンが初めて口を開いた。


「いらん。今はただの冒険者だ。それと、私と貴様が会ったことは無い。私の出身は、貴様の活動範囲の中には無いからな」


 その言葉にメルグリットの中でアテンに対する親近感が湧く。貴族と言う身分に構うことなく強さを追い求めるような気概を感じたからだ。


 それは冒険者としての地位を極めながら、尚も強さを追い求めている自分と姿が重なって見えた。初めて見た時からなんだか仲良くなれそうだと思っていたが、その理由が分かった気がしてテンションが上がる。


「そっか! だいぶ遠いところの出身なんだね! こうして出会えたことになんだか運命的なものを感じるよ! って、こんな事を言ってるとまたガトーが勘違いしちゃうか。……そういえばガトー。何か確認を取っていたけどあれはなんだい? 強さは保証するとか何とかって」


 メルグリットはこの短い時間でこのギルドの力関係をおおよそ見抜いていた。まるでガトーの方が部下のような扱いになっているので、何かを説明させるならこっちに聞くべきかとガトーに軽い調子で質問する。


「……魔人との戦いには少数精鋭で挑む予定になってる。そのメンバーを決めてんのがアテンだから確認を取ったんだよ」


「へぇ……」


 頭を擦りながら答えるガトーが、アテンのことをどれだけ厚く信頼しているかが伝わってきてメルグリットは感心する。


 ガトーは責任感が強い。この、本来はギルド長の立場として自分が決めなければならないことを、他人に丸投げしていることが信じられないほどに。


 それは決して責任を放棄しているわけではない。自分が決めるよりも、アテンに決めてもらった方が良い結果が出ると確信し、その上で何かあるなら自分が責任を取ると覚悟を決めて決断したのだろう。


 ガトーからそれほどの信用を勝ち取っているアテンに、メルグリットはますます好感を抱いた。


「そうなんだ。それじゃ、僕はどうかな? 合格? 何か試験でもあるのかな?」


 ウズウズしながら聞いてくるメルグリットにアテンは実にうざったそうに答える。


「分かり切ったことを一々聞くな。貴様には他の者たちへの剣術指南もやってもらうぞ。準備が出来たら訓練所まで来い」


 愛想よくニコニコと質問するメルグリットに対し、アテンは言うことを言い終えるとさっさと部屋を出て行ってしまった。


 その無愛想にも映る行動は人によっては悪い感情を抱くだろう。しかしメルグリットにとっては無駄のない小ざっぱりとした性格は実に好ましい。オリハルコンと言う立場にある自分に対して一切媚びない者は珍しく、その姿勢がメルグリットには心地よかった。


「ふふん、合格だってさ。やったね!」


 ガトーに対して朗らかな笑みを浮かべるメルグリット。そこには何の邪気も無かった。


(ああいう性格だからこそガトーも気に入ったんだろうねえ)


 ガトーがアテンのことを信用するに至った過程が見えるかのようだ。共にある程度の地位にいるからこそ、その苦労と好みにするところをメルグリットは理解している。


 口だけの者に好意を抱くことは決してないが、それを体現されてしまえば誰だって相手に対して良い印象を抱くだろう。少し単純なところがあるガトーであればコロッと気に入ってしまうのも納得できる話だった。


 そんなガトーはガトーで、メルグリットに疑問をぶつける。


「……なあ。俺はアテンの強さを知ってるから今更思うところはねえんだけどよ。オリハルコンがミスリルにあんな上からものを言われて腹が立たねーのか? お前の性格は知ってるが、その強さならもしかしたら……」


「無いね。それは無いよ、ガトー」


 セリフを遮って否定してからメルグリットは笑った。


「それに、もしかしたらって、もうガトーだって分かってるじゃないか。僕じゃ彼には勝てないよ。これが『直感』によるものなのか何なのかは知らないけど、分かるんだ。オリハルコン? ミスリル? そんなのただの基準さ。判断材料の一つにするだけならいいかもしれないけど、それで全てを決めるのは論外だ。僕は必ず最後は自分の目で見て決めてきた。そんな僕からしてみれば、彼に冒険者の階級なんて関係ないと思えたね。だから、今回の戦いでも彼に従うことにするよ。そんなに心配しなくてもね」


「……そうか」


 突然来た自分とアテンの関係が上手くいかずに戦線に混乱が及ぶ恐れでも考えていたのだろう。会う機会は少ないがその人柄は分かっているメルグリットは前もって心配無用だと告げておく。


 バツの悪そうな顔をするガトーがおかしくてメルグリットはまた笑った。


「さて! じゃあ僕も早速、その強さの秘密とやらに混ぜてもらおうかな! 魔人は僕が倒しちゃうぞー! ついでに魔人の装備もゲットして超パワーアップだ!」


 そんな、ルンルン気分で訓練場に行こうとするメルグリットの背中に、ガトーは残念な事実を知らせるのだった。


「……今回の魔人の装備は、女物のドレスらしいぞ」


「え……」

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