第101話 準備 三
「そんな面倒なものを私に押し付けるな。と言うよりも、すぐに私よりも適任な者がこの街に来る。そいつにでも渡してやれ」
待ちに待ったアテンが冒険者ギルドに訪れた情報を掴んだガトーは、すぐさまアテンを執務室に連行し、事の経緯を説明した。そしてポーションを預かってくれるよう頼んだところ、先程のようなことを言われたのだ。
「お前より適任な奴がこの街に来る? 誰だ、そりゃ」
魔人騒動の後、冒険者ギルドは速やかに各地に応援要請を送っていた。その中にアテンよりも凄腕の奴がいるのだろうかとガトーは思ったのだが、どうやら違ったようだ。
「私が何のためにあの醜い豚を排除するよう動いたと思っているのだ。全てはこの時のため。魔人との決戦において、愚かな馬鹿共に足を引っ張られないようにするためだ」
どうやらアテンはまたしてもその優れた頭脳を発揮していたらしいが、そう言われてもガトーにはピンとこない。しかし頭脳担当であるゲーリィはその説明で何かに感づいたらしく驚きの表情を浮かべていた。
「その仰りようでは、適任者とは新領主様のことですか。このタイミングで就任してくる貴族など……。いや、まさかっ……!?」
「お、おいゲーリィ。誰なんだ、その領主ってのは」
ガトーの問いかけにゲーリィはゴクリと唾を飲み込んで確認を取る。
「……ヘクター・ヘルカン様、ですね?」
「な、なんだと!?」
予想外の人物の名にガトーは仰天する。驚きの表情のままアテンに視線を向けると、アテンは静かに頷いた。
「そうだ。辺境の地からの移動となるため多少の時間は掛かるだろうが、間違いなく奴は戻ってくる」
アテンはそのように断言する。しかしそれがいくらアテンの発言だろうと、ガトーはすぐには信じられなかった。
「い、いや、有り得ねえだろ!? ヘルカン様はスタンピードとか色々責任を取らされて、王様の命令で更迭されたんだろう!? それがどうしてそんな事になるんだ!?」
ガトーの脳裏にはヘルカンに後を託された時の顔が思い浮かぶ。戻ってきてくれるならそれは嬉しいし心強い。だが突然言われても実感が湧かなかった。
ゲーリィの顔を見ても、感づきはしたが詳しい理由までは分かっていなさそうだ。それを知ってか知らずか、アテンが口を開く。
「今回の魔人出現の件で一番追い込まれているのは誰かと言えば、それは実の所、この国の王だ。王にはあのダンジョンの危険性は再三報告されていた。しかし欲に目がくらみ、危険を無視してこのような事態になるまで放置し続けてきたのは王自身。今頃は自分の派閥を含めた全ての貴族共から非難されているだろうな。そのため、王はこの問題解決のために全力を尽くさねばならん」
自分たちのことしか考えていなかったガトーは問題がそこまで波及しているとは思ってなかった。しかしそこまで説明されてもまだ肝心なことが分かっていない。
「……貴族たちの動きは分かった。だが、どうしてそこで一度更迭されたヘルカン様が選ばれる? この街を狙ってる貴族共がいるじゃねえか。そいつらが選ばれる可能性の方が高いと思うんだが」
ガトーの疑問にゲーリィが口を挟んでこない。つまり間違ったことは言っていないと言うことだ。僅かな自信を滲ませてアテンからの返答を待つ。
「今回はただ魔人が出現したわけではない。領主が殺された上での出現だ。そんな危険極まる街に、命を懸けてまで来る貴族がどこにいる。王が問題解決を頼みたいような、力ある貴族ならば当然保身に入る。今更一か八かの際立った成果などいらんからな。かと言って、こんな状況にも関わらず立候補してくるような奴に任せることもできん。追い詰められる王だが、そんな中、たった一人だけ自分の命運を任せられそうな奴が頭に思い浮かぶわけだ」
アテンの詳しい説明に情報が整理され、ガトーの脳裏に閃きが浮かぶ。分かったことを興奮のままに口にしようとした。
「そうかっ、そ……」
「それが、ヘルカン様と言うわけですねっ! 元々この街はヘルカン様が治めてきた街です。愛着もあるでしょうし、きっと命を懸けて魔人と戦うでしょう! それに何より、ヘルカン様の貴族としての手腕は広く知れ渡っております。国王陛下がご自身の命運を託すとしたら、それはヘルカン様しかいない! と、言うことですね!?」
一番良いところを横から搔っ攫われてジト目になるガトーを無視するゲーリィ。
だがゲーリィもまた、そんな事は気にならないほど興奮していた。
(凄まじい! 相変わらずの頭脳の冴えです! アテン殿は一体いつからここまでの事を読んでいたのでしょうか!? まさか、スタンピードが終わった時から……? あの時の私たちの失敗を取り返すために……!? 嗚呼、ああぁ、貴方こそ救世主……。貴族の中の貴族。高貴なる者です!!)
魔人の出現で絶望に包まれそうになる中、気づけば全てが元通りになろうとしていた。
スタンピードで崩れかけた、あの日常が。
トルマリンをけしかけ大量の兵をダンジョンに送り込み、魔人を怒らせることによって自然と領主を入れ替え、ヘルカン様を呼び戻すと同時に大量の援軍を呼び込み、ゴブリンダンジョンの問題を解決する。
正に神算鬼謀。
この奇跡を目の当たりにして興奮するなというのが土台無理な話だ。
(アテン殿が魔人の発生を予期していたのは酒場での発言から明らかです! ならば、魔人がアテン殿を警戒して準備期間を設けることも計算通りだったはず! ハッ!? そうか……。アテン殿が魔人出現の当日、冒険者ギルドに来なかったのはそのため……!? 魔人がアテン殿に気づいて退いたんじゃない。アテン殿が、魔人を牽制して退かせたのです!! 全ては偶然ではなく必然! そしてその空いた時間を利用することでヘルカン様や援軍が到着するまでの算段をつけた! 次いでに言えば、ヘルカン様が戻ってくることで、クリステル殿もこれ以上ない奉公先を見つけることができるでしょう! 完璧です……。完璧すぎる!! 神は、私たちを見捨てていなかった! もしかするとアテン殿は、神が遣わせてくださった使徒なのかもしれませんね……!!)
ゲーリィの目が潤む。
アテンには感謝してもし切れなかった。そんなゲーリィに当人から冷静な声が掛けられる。
「感動するのはまだ早いぞ。全ては、魔人を倒して初めて意味を成すのだ。余計なことなど考えていないで、目の前のことに集中しろ」
「は、はい。申し訳ありません、アテン殿」
これだけの事をしておきながら普段の様子と全く変わらないアテン。その頼もしさに、この先の不安など消し飛ぶのだった。
二人の間に自分には理解できない思惑が流れていると薄々察して口を挟めなかったガトーは、話が一段落した隙を突いてようやく発言できた。
「ポーションをヘルカン様にお渡しするのは分かった。となると、やっぱり問題なのはアテンも言った通り、どうやって魔人を倒すかだよな。布陣とかはもう考えてあんのか?」
街全体を含めた戦略規模の防衛戦ともなると複雑な思考を要するためガトーには荷が重い。
残っている冒険者たちや、援軍でやって来るであろう冒険者や騎士団。どの程度のモンスターがどうやって攻めてきて、それに対し限られた戦力をどこにどう配置するのか。
最終決定は全ての戦力が集まってからになるだろうが、時間は限られている。今の内にできる準備はしておきたかった。
壮大な計画を予想するガトーだったが、アテンから伝えられた計画はまさかのまさか。度肝を抜くものだった。
「何を勘違いしている」
「……おん?」
「この街で迎え撃つのではない。準備が整い次第、こちらから乗り込む」
「…………はあ!!?」
アテンの言葉にガトーは目玉が飛び出そうなほど驚愕し、ゲーリィは言葉が出ずに絶句している。
「お、お前っ! 敵の本拠地に殴り込むってのか!? 危険すぎるだろ!! どれほどの敵がいるか分からんねぇんだぞ!?」
そのあまりにも無謀な作戦に、さすがのガトーも猛反発する。どう考えてもその作戦が上手くいくとは思えなかった。
しかしその反論を受けてもアテンに揺らぎは無い。どこまでも冷静さを保つ。
「どの道それしか方法は無い」
「……何?」
自分とアテンの間にある温度差に、ガトーの熱も一気に下がる。話を聞く準備が整うと、アテンは続きを語りだした。
「魔人率いるモンスターたちが全てこの街に攻めてくる保証がどこにある。スタンピードの二の舞いを踏む気か」
「ッ!?」
自分たちの身の安全やこの街のことで目一杯だったガトーたちに、そこまでの考えは無かった。だが、言われてみればその通りだ。
魔人はこの街を滅ぼして終わりにするつもりはないようなことを言っていた。先んじて、溢れんばかりのモンスターたちを周囲に解き放つことも充分に考えられる。
アテンに指摘されて、初めてその事に気づいた。
(……いや、違う。そうじゃねえ。本当は、分かってたはずだ。そんな事は……!)
だが、そんな考えをガトーは自分で否定する。
(本当は、恐かったんだ。目を逸していただけなんだ。俺は、自分の弱い心に負けていたんだッ!)
突然降りかかった厄災。
魔人襲来などと言う、自然災害にも似たどうしようもない出来事。誰もが恐れをなし、どう対処するのが正しいのかすら分からない状況。
そんな状況ならば、わざわざ自分の身を危険に犯してまで、自分が本当は正しいと思っている方法を取らなくたっていいじゃないか。
街で迎え撃って、勇敢だと褒められることはあれど、誰かから責められることは無いし、責められる謂れなんか無い。
そう、自分に言い訳していた。それを、アテンに言われたのだ。
(畜生ッ!! なに、いっつも余所者のアテンに正しいこと言われてんだよ!! ここは、俺の住む街だろうがッ!! ヘルカン様にも後を託されたじゃねえか! この街が残ってればそれでいいのか!? そうじゃねーだろ!! しっかりしろよ、ガトーッ!!)
ヘクターがこの街を去っていった日。あの日から、ガトーの守るべきものは冒険者たちだけではなくなったのだ。
ヘクターが守ってきたもの全て。
この街。
街の人々。
そして、そんな人々が今まで通りの生活を送れるように、脅威となるものを冒険者として取り除くこと。それが、ガトーの務めになったのだ。
ガトーの握り拳の中で、爪が肌を突き破り血が流れ出る。
しかしガトーは力を緩めない。血と一緒に愚かな恐怖心を全て吐き出すつもりで、力を込め続けた。
「<ヒール>」
そんなガトーを見かねたゲーリィが回復魔法を掛ける。ゲーリィもまた、アテンに言われるまで言い出せなかった自分に悔しさを覚えていた。
「申し訳ありませんアテン殿。どうやら私たちは覚悟が足りなかったようです。元より、少数精鋭で特異なモンスターたちに対応するために鍛えていたと言うのに、魔人の出現で浮き足立ち、本来の目的を見失っていました。しかしもう迷いません。話の続きをお願いします」
アテンを見つめる二人の目はとても強いものになっていた。
覚悟とは、気持ちとは、ここまで人を変えるものなのかと、驚きを与えるほどの変化だった。それを見てアテンは鼻を鳴らす。
「ふん。ようやくマシな目になってきたな。決戦の前に一度
「はっ、それはおっかねーな。魔人よりもよっぽどおっかねーぜ。なあ? ゲーリィ」
「フフ、そうですね。あの特訓に比べたら魔人など恐るるに足りません」
軽口を叩き合い、すっかり元の調子を取り戻す二人。そこに不安の色は欠片も残っていなかった。
「では今後の動きを軽く説明しておく。この街からダンジョンに突入し決戦に挑むのはガトー、ゲーリィ、『魔導の盾』、『約束の旗』、私、そして例の女騎士だな。クリステルと言ったか、特訓の参加を認めてやる。そこに派遣されてくる騎士団、高位冒険者、あとは、あの執事も入ってくるかもしれんな」
「執事って……ゼルロンドか!? いやいや、それこそあり得ねーよ! あいつはこの間のスタンピードで片腕を失ったんだぞ!?」
相変わらずアテンの話は突拍子もないことをいきなり伝えてくるから心臓に悪い。だが口では否定しながらガトーの顔は決して悪いものではなかった。
それは、アテンが冗談の類を『ほぼ』言わないことを分かっているからだ。
「言ったであろう。この国の王は追い詰められていると。この件を解決するためなら普段はしないような破格の協力を申し出てくるだろうよ。例えば、失った腕の代わりとなるような貴重なマジックアイテムとかな」
「そうか……王の立場にあるならば、ヘルカン様の懐刀であるゼルロンド殿の存在は把握しているはず。『オーラ纏い』を使えるほどの者となれば、どうにかして戦いに加えようとする、ですか」
アテンとゲーリィの話を聞いたガトーの顔は、今度はハッキリと曇る。思っていたような話ではなかったからだ。
「なんだ、そういう話かよ。打算ありきっていうか、あんま良い話じゃねーな」
追い詰められた王が藁にも縋る思いで手当たり次第に行動する姿を想像して、その器の小ささを感じてしまうガトーだった。
「王様なんだからよ、もっとこう、失った腕を元に戻してくれるくらいのことをしてくれればいいのにな。まあ、無理なのは分かってるけどよ」
冒険者として長年活動してきたガトーは当然、ポーションや回復魔法の限界を知っている。それでも無駄なことを言ってしまうほど、ガトーはゼルロンドと言う男を惜しいと思っていた。
ゲーリィもその事を残念に思っているのか、歯がゆそうな顔をする中、意外な男が明るい未来を示唆した。
「それも不可能な話ではあるまい。もっとも、それを為してくれるのは力無き王などではなく、過去の遺物だがな。その可能性は既に貴様らの手の中にあるであろう?」
「……超古代文明のポーションのことか? あれは無くなった腕が再生するほど凄えポーションなのか!?」
「あくまでも可能性の話だ。今あるポーションはヘクター・ヘルカンに渡したところで結局は王の元に運ばれるだろうが、あのダンジョンから魔人を排除し、再び探索ができるようになればまた入手する機会もあるだろう」
「それでも充分だ! ますますやる気が出てきたぜ!」
ガトーはずっとゼルロンドに片腕を失わせてしまったことを申し訳ないと思っていた。あの時の失敗を挽回するため、そして自分自身が精神的な苦しみから抜け出すために、このチャンスを絶対にものにしてやると力が入るのだった。
だがここでガトーは一つ不満を覚える。それは今日だけで随分と株が下がった王に関してのことだった。
「しかしよー、王様はどうせポーションを手に入れてもすぐには使ったりしねぇんだろ? だったら今、必要としてる奴に使わせてやればいいのによ」
それは言っても仕方のないこと。貴重なものが権力者に流れていく仕組みは、ほとんどの者が疑問に思わないほど当然になってしまっていることだ。
それはガトーもゲーリィも分かっている。だからつい、ぼやいてしまったのであろう友を宥めるためにゲーリィが口を開こうとすると、それよりもアテンが先に口を開いた。
そしてこう言ったのだ。
「貴様が不満に思う気持ちも分からんでもないが、今回ばかりはそれも悪くはない」
「ん? ……どういうことだ?」
「貴様は王が宝の持ち腐れをするとでも思っているのだろうが、そう遠くないうちに王はポーションに手を出すことになるだろう。だが忘れるな。あれはあくまでも正体不明のポーションに過ぎん。ならば、超古代文明と言う言葉に惑わされた役立たずの王がどのような末路を辿るのか。その身体をもって証明してもらおうではないか」
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