第100話 準備 二
クリステルは騎士であることに誇りを持っていたように思う。それをこの若さでぐちゃぐちゃにされる苦しみは、適当な言葉で慰められるものではない。
下手な言葉をかけるくらいならと二人が口を噤んでいると、クリステルが勢いよく顔を上げる。そしてガトーを力強く見つめると懇願した。
「お願いがあります。私を貴方たちの戦力に加えてください。魔人と戦うのですよね? それに私を加えて欲しいのです」
その言葉に、ガトーもゲーリィも畏怖した。
あわや魔人に殺される寸前までいって深く恐怖を刻まれた者が、再び剣を手に取って戦おうと言うのだ。それはもはや意志が強いなんてものではない。そうしなければならないと、何かに突き動かされているようだ。だがそれも次のクリステルの言葉で納得する。
「その代わりと言ってはなんですが、私に貴方たちの強さの秘密を教えていただきたい」
「あぁ、成る程な……」
オーラを扱えるクリステルならば、自分たちがこの短期間で実力を上げているのが分かるはずだ。ようは、そちらの戦力に加わるから自分も強くしろと、そう言っているわけだ。
「つまりは、交換条件てわけだな? 俺たちは『オーラ纏い』を使える戦力を確保できる。そっちは強くなって自信と誇りを取り戻すことができる。確かに、ここで尻尾巻いて逃げちまったら、嬢ちゃんは一生この事を後悔するかもしれねーからな。いや、しかしその決断。大したもんだぜ!」
ガトーは獰猛な笑みを浮かべる。ガトーはこういう、ガッツ溢れる奴が大好きだった。
「気に入ったぜ。俺としては是非とも戦力に加わってほしいところだ。だがこれは俺の一存で決められることじゃねーからな。少し待ってほしい」
「……光の柱の冒険者。アテン殿、ですか?」
「ああ。そうだ」
ガトーは少しも隠すことなく即答する。
短期間で『オーラ纏い』の練度を向上させる。こんな異常なことができるとしたら一人しかいない。適当にはぐらかすだけ無駄だった。
「多分大丈夫だとは思うけどな。戦力になるのは間違いねーし、俺も口添えするし。まぁとにかくあいつがギルドに来るまでちょっと待っててくれ」
「分りました。よろしくお願いします」
話が一段落し、一息つく。ゲーリィが紅茶を淹れなおしている間、ガトーが誰ともなしに話を振った。
「さて、心強い味方が増えたのはいいが、まだまだ分かんないことだらけだな。謎の竜人のこととか、魔人が崇拝してる御方とやらのこととかよ」
背筋を伸ばして肩をゴキリと鳴らすガトーに、ゲーリィが相槌を打つ。
「騎士たちを助けたという謎のモンスターですか。確かに気になりますね。別の意味で異常なモンスターも発生していると言うことですか」
「人間に味方するモンスターなんて聞いたことねえけどな。アテンなら何か知ってるか。結局はあいつ頼りになっちまうんだよなあ」
その言葉にゲーリィは苦笑するしかない。頼りすぎているのは自覚している。しかし見栄を張って取り返しのつかない事態になるのだけは避けなければならなかった。
「えぇ。ですが、魔人の親玉なら何となく正体が分かるのでは? おそらくダンジョンボスのことでしょうからね」
「ゴブリンか……。まさか、あの時の冗談が現実になろうとはな。魔人が崇拝してるってことはそのゴブリンも魔人だろう?」
ゲーリィに昔話をした時、ガトーを気遣ったゲーリィがそんな事を言っていたのを思い出す。
「そうでしょうね。それも、ただの魔人ではありませんよ。魔人が崇拝する王。すなわち、魔王、ですね。縁起でもないことは冗談でも言うものではないということですか……。あのダンジョンはいつの間にかゴブリンダンジョンで通っていましたが、これ以上ないぐらい似合う名前になってしまいましたね」
「魔王、か。少なくとも領主館を襲った魔人よりも強いって考えると嫌になっちまうな。まぁダンジョンボスだから今回戦うことはねえっつーのが救いだけどよ」
思わず身体中の空気が抜けるほどの溜息が出る。一旦頭の中を空っぽにしたいガトーだったが、そこにクリステルがおずおずと話しかけてきた。
「ガトー殿。実は折り入ってご相談がありまして……」
「ん? 相談? ……俺に?」
ガトーはついゲーリィと目を合わせる。相談事のような頭を働かせることは大抵ゲーリィの方に行くからだ。ガトー自身が誰かの相談を受けることは少なかった。
だが端から見ればガトーは冒険者ギルドのトップ。このギルドの役割分担を理解していない者が相談する相手としては当然と言えた。
そしてそう言った機会が少ないからこそ、頼りにされたことが嬉しいガトーは普通に相談に乗る。すぐ後悔するとも知らずに。
「はい。今回私がここを訪れた理由は、情報共有と戦線に加えていただく件の他に、もう一つございまして、その話をしたいのですが」
「ああ、いいぞ。俺で力になれるかは分かんねえけどな」
一応保険はかけておくが、その内心はウキウキだ。
主を失い、愛用の剣も無くした少女。志は高いが、やはり心の中は将来の不安で一杯だろう。人生経験という点ではそれなりのものを積んできたと自負するガトーは、ドッシリとソファに座り直した。
「あぁ、良かった。私一人ではどうしたらいいのか分からず悩んでいたのです」
胸に手を当てながら心底安心したという様子を見せるクリステル。
ガトーはそれに余裕のある態度で頷き返してやる。
ゲーリィはそんな調子に乗ってるガトーを白けた目で見つめる。
「実は扱いに悩んでいるものがありまして。ダンジョンに潜った騎士たちが持ち帰った物なのですが、私は、これが魔人をこの街に引き寄せることになった一つの要因だと考えています」
「……ん?」
雲行きが怪しくなってきた。
表情が固まるガトーに気づかずクリステルはマジックバッグから例のブツを取り出す。
「これなのですが」
クリステルがテーブルの上に置いたのは、なんとも見事なガラスのモンスターが護る一本のポーション。その彫刻と透き通るような青いポーションの美しさにガトーが気を取られていると、クリステルがとても重要なことをベラベラと喋り出す。
「これは魔人が言っていたことなのですが、前回の探索で超古代文明の遺物を人間たちに奪われたらしいのです。そして騎士たちが持ち帰ってきたものはこれしかありません。つまり、このポーションは超古代文明時代の代物。これをどうすべきなのか、私には分からないのです」
(俺にも分かんねえよそんなもん!!?)
人生相談だとばかり思っていたガトーはすぐに白旗を上げる。そして助けを求めるべく横に立っていたゲーリィの方に顔を向けた。
(居ねえッ!?)
だがさっきまでそこにいたはずのゲーリィはいつの間にか移動しており、姿が見えなくなっていた。
改めて周囲を探ると、後ろの方で何食わぬ顔をしてティーポットをいじっているゲーリィを発見する。しかし、ガトーには分かった。実のところ、ゲーリィはティーポットをいじっているフリをして、何もしていないことに。
(野郎ッ! 時間を潰してやがる!?)
それはガトーもよく使う手だった。難しい案件を前にして悩む職員に話を振られないよう、書類を片手に険しい顔をし、考えている素振りを見せてやり過ごすのだ。
自分の常套手段だからこそ、ガトーは瞬時に見抜くことができた。だがそれが分かったところで状況は変わらない。急に挙動不審になったガトーにクリステルが訝しむように声を掛ける。
「ガトー殿……?」
「あ、ああ。なんでもない。そりゃあ、悩むよな」
(覚えてろよ、ゲーリィ……ッ!!)
適当に相槌を打ちながらガトーは覚悟を決めた。
覚悟を決めて、世間話を始める。
「しかし分かんねぇって言ってもよ、嬢ちゃんは上の貴族様とやらに送ればいいだけじゃねーのか? そういう指示を受けてるんだろ?」
ガトーはアテンから聞きかじっていた情報をまんまパクった。それを聞いたクリステルは一瞬苦い顔をするも、すぐに毅然と言い放つ。
「確かに、そうです。しかし、冒険者側に手を貸すと決めた以上は、私の居場所はそちらにはありません。実家には多少迷惑を掛けることになるでしょうが、もともと中立に近い立場を取っているのでおそらく大丈夫でしょう。私は、私の好きなようにやります。ですから、このポーションを渡す義理はありません」
「ほー、中立ねぇ。じゃぁ実家に送るのはどうだ?」
「それではクリステル殿のご実家が権力闘争に巻き込まれてしまいますよ」
ガトーがあまりにも考えなしの発言をしだしたので、ゲーリィは仕方なく会話に入る。ゲーリィが助けに入ったことで、そんなの知らねーし、と不貞腐れながら一安心するという、なんとも器用なことをするガトーだった。
「扱いに困っていると言うよりも、処分の仕方に困っていると言ったところでしょうか。とてつもない価値を秘めていそうですからね。下手をすれば我が身を滅ぼしそうです」
「はい。とてもではありませんが個人の手には余ります。ですので、信頼できる方に預かってほしいのです。もしくは、魔人の怒りを収めるために、このポーションを返却するのもありかと」
「! 成る程、その手もありますか……」
ゲーリィはクリステルの柔軟な発想に感心する。魔人の出現が確認された以上、いずれ討伐しなければならないのは決まっているが、その準備のための時間を稼げるならば一考の価値がある手段だ。
問題は魔人がこのポーションにどれだけ固執しているかと言うこと。ゲーリィはその確認をする。
「先ほど、魔人を引き寄せる要因の一つになったと仰っていましたね。クリステル殿は、このポーションを魔人が取り返しに来たとお考えですか?」
「はい。しかし、そのポーションはこうしてここにあります。あるいは、ただ単にダンジョンから奪われてしまったことが腹に据えかねただけかもしれませんが」
何とも判断に迷うところだ。
確かなことが言えない以上、時間をかけても仕方ないと思い、ゲーリィは次の懸念事項を聞いてみる。
「むぅ、真相は魔人だけが知るところですか……。ちなみにですが、このポーションを手に入れたことを、貴族の方々は……?」
たとえこのポーションが魔人の抑止力に使えたとしても、それはこの街の都合だ。喉から手が出るほど超古代文明の遺物を欲しがっている貴族たちがそんな事を黙って見過ごすはずがない。
「……おそらく、既に知っているかと。だいぶ大きな声での報告でしたから。使用人から情報は渡っていると思います」
ゲーリィは思っていたよりもずっと状況が悪いことを把握した。顔が渋いものになることを抑えられない。
魔人の対応に集中しなければならないのに、もはや貴族の策謀に巻き込まれることは確定だ。面倒事を嫌ってさっさと手放そうにも、安易に行動すればポーションを渡されなかった派閥から恨みを買う。いつの間にか、かなり際どい立場に立たされていた。
「これは、早くポーションの使い道を決めないと不味そうですね。一番良いのは上位貴族たちすら文句が言えないほどの、信頼できる人物にポーションを預かってもらうことですが……。そもそも貴族様などに伝手などありませんし、一体どうしたものか」
これはクリステルがお手上げ状態になるのも理解できる話だ。
おそらく自分一人でどうこうするよりも、組織である冒険者ギルドの方がやりようがあると踏んで持ち込んできたのだろうが、正直なところギルドでは力不足と言わざるを得ない。
答えの出ない難題にゲーリィとクリステルが頭を悩ませていると横からガトーが口を出した。
「要するに、誰かに何を言われようが何をされようがびくともしない奴に持っててもらえばいいんだろう? じゃあひとまずアテンに預けたらどうだ? ぴったりじゃねーか」
あっけらかんと言うガトー。それは確かに現状ゲーリィたちに取れる最善の手に思えた。しかしそれを聞いてもゲーリィの表情は優れない。
何故ならば、それはゲーリィも考えていたことではあるからだ。だがそこには心理的な問題が絡む。
「確かにアテン殿なら何も問題は無いのでしょうが……。そこまで頼りになるわけには……」
他国での話にはなるが、これ以上ないほどの権力を持ち、その強さは肉体も精神も万夫不当。頼りにできるなら頼りにしたい。だが今更なことではあるが、何でもかんでも頼りすぎだ。
今後を左右するような重要な情報などは聞いておかなければならないが、自分たちでどうにかできることなら頼らずに解決したい。最近は一つお願いごとをする度に、その倍近い申し訳なさが積もっていくのだ。ゲーリィは葛藤に悩んでいた。
しかし良くも悪くも深く考えないガトーの意見は変わらない。そしてそんな考え方が、ゲーリィを前に推し進めることがままあるのだ。
「そんなの言ってみないと分かんねえじゃねーか。どの道、今は結論が出ないんだろ? じゃあこの話はアテンが来るまでお預けだ。それからでも遅くはねえだろ。つーわけで、茶淹れてくれ、茶。喉乾いちまった」
その思いっきり開き直っているガトーの態度に、付き合いの長いゲーリィも困ったものを見るような目をしてしまう。しかし気づいてみればその心は軽くなり、頭はすっきりしていた。
(開き直りと言うよりも、これは人を使うのが上手いと言うことなんでしょうかね? そういうところ、貴方には敵いませんよ。ガトー)
もうこれ以上難しい話をするのは嫌だと全身で物語るガトーに、ゲーリィはその要望に応えるため、肩を竦めて立ち上がるのだった。
後日、その話をアテンにした時、驚きの情報が齎されることをこの時のゲーリィたちはまだ知らない。
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