第90話 惨劇

 コアとメイハマーレが長話をしている間に、お調子騎士と堅物騎士が率いる私兵団は順調に歩みを進めていた。


 プライド騎士が第二階層に突入してからしばらく経つ。お調子騎士はまだ諦めきれていなかったが、おそらく目ぼしいものは取られているだろうという結論に至り、彼らは二手に分かれることなく探索していた。


 途中で大きめの遺跡群に立ち寄り、調査と採取を行った後、入り口から離れるように奥に歩み続ける。その方向はこの階層でも一際高い岩山の方向に向かっていた。


 道すがら遭遇した白いゴブリンやアントビーはその都度殺し、マジックバッグに仕舞っていく。珍しい白いゴブリンと何回目かの戦闘を終えた後、お調子騎士は感嘆するように口を開いた。


「……すげーな、このゴブリン。本当にゴブリンなのかって感じ」


「うむ」


 その発言に堅物騎士も同意する。


 白いゴブリンは戦う度に違う戦法を取ってきた。魔法を使えて近接戦闘もこなす白いゴブリンは、こちらの弱点を見定めた上で戦闘スタイルを変えてきたのだ。その手数の多さは騎士である二人が舌を巻くほど。


 実際、最初の白いゴブリンとの戦闘では、手柄に逸り、ゴブリンを侮った私兵が返り討ちに遭っている。それからは三人一組で戦わせているが、それでも粘ってくるのだ。この白いゴブリンは、ゴブリンは雑魚と言う常識を覆すのに十分な強さを持っていた。


「まだダンジョンができたばかりで単体でしか出てこないのが救いだな。これで一度に複数体出てきたら結構苦戦したんじゃねーか?」


「うむ。最初に見た時はまたゴブリンかと思ったものだが、案外クリステルの進言も間違っていなかったのかもしれん」


「だな。さすがは常に護衛を任される人は違うわ。んー、そうすっと、もしかしてあいつらってそんなに奥まで進んでないかもな。こんだけモンスターが強ければそれなりに警戒するだろ?」


「どうだかな。俺たちが来る前に多くの成果を上げたいと思っていたなら無理矢理にでも進むだろう。……冷静な判断ができていればいいが」


 ここまで進んできたのに未だにプライド騎士たちの姿は発見できない。私利私欲と自分たちの数の多さに目が曇っていないか堅物騎士は心配していた。


「戦ってる音も聞こえねぇからなあ。ま、とりあえず進むしかねーか」


 二人の心には僅かに不安の芽が生えていた。ただ、それを口にしてしまえば現実になってしまうような気がして、目を逸らし続けた。


 岩山に向かって歩き続けるとやがて今まで見たことがない建造物が現れる。


 その朽ちた円柱はまるで門のように聳え立っており、それが幾つも等間隔に奥まで続いていた。如何にも何かがありそうなその柱を前に騎士たちは立ち止まる。


「あー、取りあえずここまで適当に歩いて来たけど、なんか如何にもって感じのもんが見えてきたな。もしかしなくても当たりか?」


「かもしれんな。あの柱にはどこか教会や神殿にも似た雰囲気を感じる。この門の先、あの岩山の頂上に何かしらがある可能性は高いだろう」


「うへー、この山登るのかよ。俺、待っててもいい?」


「……俺はあるがままをトルマリン様に報告するだけだ」


「わかった。わかったよ。そんなマジになるなって。あーあ。何かしら見つかってればもう帰れたのによ。しゃーねぇ、行くかぁ」


 お調子騎士が諦めて前に進もうとした時だった。


「「ッ!?」」


 騎士二人はいち早くその気配を察する。


 突如、門の間を切り裂いて、一条の雷が一行を襲った。


「「<ディバインシールド>!!」」


 咄嗟に唱えた守りのスキルと雷がぶつかり合う。行く手を阻まれた雷が周囲に飛び散り、激しい光と音を放った。


 共に削り合った魔法とスキルはほぼ同時にその効力を無くし、消える。パチパチと雷の名残りが辺りに響いていた。


「おいおい嘘だろ!? 二重の<ディバインシールド>がたったの一発で相殺そうさつだと!?」


「ぬぅ……!」


 騎士たちはその結果に驚いていた。<ディバインシールド>は騎士が覚える代表的な防御スキルだがその性能は折り紙付きだ。


 一人で発動するものでも、相手がシルバー級冒険者程度ならかなりの時間、攻撃を防げる代物だ。それが二重であれば『オーラ纏い』を使わないミスリル級冒険者の猛攻だって凌ぐことができる。それがたったの一撃で相殺されるなど未だかつてない経験だった。


 今まで私兵団に流れていた弛緩した雰囲気は一気に吹き飛び臨戦態勢に突入する。かなり強力なモンスターがいると思われた。


「旦那方! 奴ら、急に現れやがった! 数およそ二十! こっちに向かって来やす!」


 私兵の斥候が遅れて知らせてくる。その報告にお調子騎士は顔を顰めた。


「待ち伏せかよ……。こりゃ、本格的に当たりだったみたいだな」


「ガーディアンか。騎士として負けられんな」


 身構える騎士たちの前にそのモンスターの集団は姿を現す。それは、ここに来るまでに何度か戦った白いゴブリンの戦隊だった。


 この時点で二人の騎士たちは何人かの犠牲が出ることを覚悟する。単体でさえ何をしてくるか分からない怖さがあるのだ。それが集団戦となればどのような手を打ってくるか想像がつかない。


 この時、堅物騎士は先手有利と判断し、攻撃スキルを打ち込もうとした。だが、集団の後ろから遅れて現れた最後の個体を見て瞠目し、踏みとどまる。


 騎士たちを睥睨しながら悠々と現れたのは白いゴブリンより一回りも二回りも大きい老ゴブリン。全長は百七十センチほどでその体型は身体を鍛えている人間とほとんど変わらない。


 植物で作られたアクセサリーが全身を飾り、独自の文化を持っていることが窺えた。ゴブリンらしさが色濃く残る顔をしているが、その目には確かな知性の光が宿り人間たちを観察している。


 肩に担ぐは巨大なグレートソード。その大きさは人間の大人ほどの身長がある老ゴブリンでさえ持て余しそうなぐらいだが、一方で細かな装飾がなされ、一目で業物だとわかる一品だった。


 白いゴブリンの集団が二つに割れ、その真ん中を通って進化個体だと思われる老ゴブリンが進み出てくる。そして先頭に立つと、グレートソードを自身の前に突き立て腕を組み、騎士たちを見据えた。その顔はモンスターのものではあるが、不機嫌であることがはっきりとわかるものだった。


 老ゴブリンは厳めしい顔を更に険しくして心の内を吐露する。


「よもや、ここまで薄汚い劣等種族共の侵入を許すとはの。メイハマーレめ、一体何を考えている? やはり奴の指示に従ったのが間違いだったか」


 わざと相手に聞こえる程度の大きさでの発言に、お調子騎士が反応する。


「……薄汚い劣等種族ね。まさか、それをゴブリンに言われるとは思わなかったぜ。さっきの魔法と言い、随分な挨拶じゃねーか。えぇ?」


 騎士は何よりも誇りを大切にする。それは騎士たちの中でもフランクなお調子騎士も変わらない。たとえその誇りが自分の下らないプライドと勘違いしていたものだったとしても、彼らに侮蔑の言葉はご法度だった。


 青筋を立てる人間たちに、それでも老ゴブリンはお構いなしに言い放つ。


「何を勝手に喋っておる? そんな許可を出した覚えはないの。全く、これだから劣等種族は。おいカスども。五秒やる。自害しろ」


 老ゴブリンのあまりの物言いに二人の騎士たちは言葉も出ない。


 傲慢な者が多い貴族の中でも、ここまで言う者はなかなかいなかった。ましてや騎士たちは身分が保障されている身だ。他人が言われるのを見ることはあっても、自分が言われることなどほぼ無い。それをモンスター如きに言われたとあっては我慢などできようはずがなかった。


 相手がどれほど強力なモンスターだろうが関係ないと、お調子騎士が開戦の狼煙を上げる。


「よほど自分の力に自信があるようだな。それがどれほどのもんか、俺たちが見てやるよ! 遠距離班! やっちまえッ!」


 老ゴブリンの言葉に怒りを溜めていたのは騎士たちだけではない。お調子騎士の号令に私兵団が素早く反応した。


 それぞれ射線を確保できる場所に散開すると、白ゴブリンたちに向かって攻撃を開始する。


「「<ファイアボール>、<アイスランス>、<パワーアロー>、<ストーンバレット>、<レインアロー>、<ウィンドカッター>!!」」


 怒涛の攻撃が白ゴブリンたちを飲み込まんと襲い掛かった。


「ふん」


 しかし、その壁のような攻撃を見ても白ゴブリンたちに焦りは無い。役割分担が決まっているかのように、五体の白ゴブリンが<シールド>で障壁を作り出す。


 だがそれは自分一人しか守ることができないスキルだ。何がしたいのか分からない白ゴブリンたちの行動に、それでも油断することなく様子を伺っていた堅物騎士は我が目を疑うことになる。


「<連唱>」


 老ゴブリンが何事かのスキルを唱えたかと思えば、五つの<シールド>が混ざり合い、巨大な障壁となって老ゴブリンの前に展開されたのだ。その障壁に遠距離班の無数の攻撃が殺到する。


 物理も、魔法も、属性も、バラバラな多種多様な攻撃が障壁を破壊しようと迫るが、その障壁は揺るぎもしない。全ての攻撃を受け止めた後、役割を終えた障壁は姿を消していった。


「馬鹿な……」


(あれだけの攻撃を余裕を持って受けきった……だと? それに何だ、あれは。スキルを合成した? そんなスキル、聞いたことがない!)


 この瞬間、堅物騎士は確信した。この老ゴブリンは口だけの存在ではないと。そしてこの大人数を前に、僅かな数で姿を現した理由も察する。


(俺たちに、勝つ算段があると言うのか!?)


 つまりはそういうこと。数に惑わされて戦力分析を誤れば後悔する未来が待っているかもしれない。その事に気づいた堅物騎士はこの時点で撤退を視野に入れる。しかし、そこまで冷静に考えられるのは堅物騎士だけだった。


「んのヤロウッ!」


 お調子騎士が素早く老ゴブリンに突撃していく。


「!? 待て!!」


 お調子騎士の狙いはともすれば正しいのかもしれない。あの摩訶不思議な現象を引き起こしたのは確実にあの老ゴブリンだ。あれさえ封じてしまえば敵の戦力を大きく下げることも可能だろう。


 アレの相手ができるとしたら、お調子騎士か堅物騎士しかいないと思える。迅速に判断し行動に移したことは間違いとは言えない。しかし、あまりにも相手の実力が不透明すぎた。それに加え、老ゴブリンと騎士の間には距離が残っていたのだ。


 相手がスキルを発動し、攻撃を与えられるぐらいには。


 老ゴブリンの後方で白いゴブリン十体が<ファイアボール>を唱える。それを見て堅物騎士はぎょっとした。


「<連唱>」


 老ゴブリンがスキルを唱えると、その頭上に特大の豪火球が現れる。


 ただそこにあるだけで、肌を焼くような熱を放つ火球が出現したことでお調子騎士の足は止まらざるを得ない。


「うっそだろ!?」


 お調子騎士の動揺が収まらない中、この世に地獄を顕現させるべく死の太陽が放たれた。


「くッ、ディバイン、<ホーリーサンクチュアリ>!!」


 <ディバインシールド>では焼き殺されると判断したお調子騎士は、自分に使える最大の防御スキルを発動する。


 三百六十度をカバーする、正六角形の円錐の障壁がお調子騎士を包み込んだ。更に身体強化スキルを掛け、カイトシールドを身構えて衝撃に備える。しかし、お調子騎士はすぐに気づく。その恐ろしい豪火球が自分には向かっていないことに。


 万全の準備を整えたお調子騎士を嘲笑うかのように、豪火球はその頭上を通り越し、後方にいた私兵団に襲い掛かった。


 堅物騎士の防御スキルが届かないよう計算された攻撃は、私兵団の中でも、後ろにいることで心理的な油断をしている者たちに着弾する。


 そこに出来上がったのは、火の海。


 まるで騎士たちの逃げ道を塞ぐかのように、愚者を燃料として瞬く間に燃え広がっていった。


 お調子騎士はそれを呆然と見つめる。圧倒的火力をほぼ無防備に受けた私兵たちは即死だった。直撃を避けた私兵でも、爆心地に近かった者たちには火が燃え移り逃げ惑っている。


 生まれて初めて見る残酷な光景に、頭の中が真っ白になるお調子騎士。そんな彼の耳に、老ゴブリンの高笑いが届いた。


「カッハッハ! よう燃えおるわ。これは薪の代わりにいいかもしれんの。劣等種族にこのような使い道があるとは思わなんだ。まあ薪など使わんからやはり価値は無いがの! カーハッハッハ!」


「あれを見て、どうして笑えるんだ……?」


 それは純粋な疑問の言葉だった。人が死ぬところを見て何が楽しいのか。お調子騎士には理解できない。


「ん? 何かと思えば先ほどまで縮こまっていた蟻んこではないか。どうした、何か言ったかの?」


 こちらを見下しながら嗤い、挑発してくる老ゴブリンに、お調子騎士は激昂した。


「ッ! あれの何が! 面白えのかって言ってんだよ!!」


 激情をぶつけられた老ゴブリンだが、その顔は実に涼しいものだ。飄々と言い返す。


「なんと。この面白さが理解できないとは、さすがは劣等種族。害虫が一匹減る毎に世界が平和になっていくのが分からんのか? 世界貢献だ。やり甲斐と面白さに満ちておるだろうに」


 自分の言っていることが正しいと確信しているかのような老ゴブリン。お調子騎士にはどのような考え方をすればそのような答えが出てくるのか微塵も分からないし、分かりたくもない。だが、人間を何とも思っていないことだけはよく分かった。


(こいつは、生かしておけない! こいつはいつか必ず人間に厄災を齎す! 今、ここで仕留める!)


 お調子騎士は崩れかけた心を奮い立たせ剣を構えた。


「ゲス野郎。お前は今ここで、俺が殺す。殺された奴らの分まで痛めつけてだ! 後悔をその身に刻み、あの世に行ってからあいつらに……」


「ふはっ、御託なぞいらんわド阿呆が。ほーれ<合唱>」


 老ゴブリンがそのスキルを唱えると、後ろでスキルを唱えていた白ゴブリンたちの前から<ファイアボール>と<サンダーボール>が消え、老ゴブリンの前に稲妻を纏った火球が現れる。


 それを間髪入れずに私兵団に投げ込むと、惨劇が加速した。


「なっ……」


「あー、どこぞの馬鹿の行動が遅いせいで害虫駆除が捗るのう。もう一発いっておくか」


「クソヤローーッ!!」


 怒りに我を忘れるお調子騎士。後先考えず、ただ我武者羅に突っ込んでいった。




 飛んで火に入る夏の虫。


 鎧の背中に反射するオレンジ色の揺らめきが、彼の運命を暗示していた。

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