第89話 ツケ

 ダンジョンで道を塞いではいけない理由を何かそれっぽくメイハマーレに言っていたところ、そのメイハマーレから突然力強い宣言をされてしまった。


 確かにその前の発言は主として良いものではなかったかもしれないが、思いがけずその強い想いを聞くことができて嬉しくもあった。その想いに応える為にも自分自身も成長していかなければならないな、とコアは身が引き締まる。


 それにしても危なかったと先ほどのやりとりを思い返す。


 メイハマーレに道を塞いではいけない理由を即興で説明するのは困難を極めた。頭の良いメイハマーレに、ダンジョン防衛ってそういうものだから、と説明したところで到底納得できないだろう。


 感情のままに邪道だと断言してしまったからには主としての威厳を保つためにも、何とかしてメイハマーレを説き伏せる必要があったのだ。途中で自分でも何を言っているのか分からなくなりかけていたが、終わってみればメイハマーレは深く感銘を受けているようでホッとする。これでもう、メイハマーレが道を塞ぐなどと言うチート行為をすることはなくなるだろう。


 チート。不正行為。それは、愛と誇りを持って真剣にダンジョニストをやっているコアにとって許しがたい蛮行だった。その忌むべき行為を、あろうことか我が子がやっていたのだから感情的になってしまうのも仕方ないだろう。


 コアは最初の自身の能力確認時、道は塞げないことを把握していた。これはつまり、それはやってはいけませんよとダンジョンに言われているのと同じだ。


 ダンジョンを満喫させてもらっている身として、ダンジョンの意に反することをしていい訳がない。そんな方法に頼らないとダンジョンを守っていけないようならば、その者にダンジョンコアをやる資格など無いのだ。力及ばずゲームオーバーになってしまうのならそれを甘んじて受け入れる。それがダンジョンで遊ばせて頂く者としての正しいあり方だとコアは信じている。


 それはそれとして、あまり長くお説教していると今回のダンジョン防衛に差し触ってしまう。メイハマーレにも段取りがあるのだろうから、コアはこの辺で切り上げることにした。


「そうか。既にそこまでの覚悟と誇りがあるのなら、この先お前が道を誤ることはないだろう。この話はこれで終わりだ。さて、説教も終わったところで引き続きダンジョン防衛の指揮はメイハマーレに任せるが、何か問題はあるか?」


 第二階層内を見渡してみれば侵入者共は中ほどまで進んでいるようだ。迎撃の邪魔をしてしまったなら申し訳ないと思いつつそのように聞いてみる。


 しかしさすがはメイハマーレ。この程度は何ともないらしい。


「いいえ、何も問題はございません御方。そして引き続きダンジョン防衛の指揮を預けていただけますこと、感謝申し上げます。御方のご期待に添えられるよう、残り二隊も速やかに排除いたします」


「うむ。その様子なら安心して指揮を任せられるな。それでは残り二隊も……残り二隊も?」


 コアはその言い方に疑問を覚えた。まるで、今ダンジョン内にいる者たち以外にも侵入者がいたかのような発言だ。


 コアは何か重大な思い違いをしていたかもしれないと冷や汗を流す。しかし、コアがつい聞き返したことでメイハマーレも同様に冷や汗を流す。何か、見落としがあるのかもしれないと思ったからだ。


「? はい。欲に駆られて先走った七十弱のゴミの集まりを綺麗に掃除し、後は第二階層に溜まっている分を片付けるのみですが……。はっ!? まさか他にも侵入者がいるのでしょうか!? アタシはまたしても失態を!?」


 お互いに焦って自分の考えに没頭していく。変な空間ができていた。


(七十弱を綺麗に掃除した……? 今いる侵入者の他にもそんなにいたの!? もしかして階段を塞いでいたのって、通せんぼするためじゃなくて、閉じ込めるためか? ……ぐおおおおおお、マジか。これは恥ずかしい。まぁ道を塞いではいけないことに変わりはないから別にいいけど。その辺のことを言及しないでよかった……。アホだと思われるところだったよ)


 一安心するのも束の間、コアには別の懸念が生まれていた。


(しかし、七十人弱も殺したって、それ不味くないか? 人間たちに確実に警戒されるだろう。しかも第二階層に今いる侵入者たちも殺すつもりのように感じる。そうするとおよそ二百人……。やりすぎだ。メイハマーレは何を考えているんだ? 第三階層が出来つつあるとは言え、これでは時間稼ぎ作戦が終わってしまうぞ)


 稼げる時間は長ければ長い方が良い。その方が断然、安全性が増す。いざと言う時の覚悟が決まっているのは嘘ではないが、それとこれとは話が別だ。


 ダンジョンに認められた方法ならどんな手を使おうが構わない。その中から自分の好みの手段を見つけて防衛するのがダンジョンなのだ。


 ゲームとは違い人間にも数に限りがあるのだからその動きをコントロールし、じっくり楽しんでダンジョンを成長させていくのがコアの方針だった。その計画が辛くも崩れ去ろうとしている。


(くっ、面倒事を未来の自分に押し付けてきたツケがここで回ってきたか! どうする!? アテンとメイハマーレが計画とやらを推し進めている以上、悪いようにはならないだろうが、もしその計画に俺の行動が組み込まれていたら不味い! 『えっ、自分たちは手はず通りに事を進めたのに、御方は何をしてるの?』ってなるのが目に見えてる!! そのせいでこのダンジョンがピンチに追い込まれるところまでは流石にいかないだろうが、主としての威厳が地に落ちるのは避けられない……ッ! 何とか、何とかせねばッ!!)


 こんなところで絶体絶命に陥るコアだったが、今からメイハマーレたちの狙いを看破し行動を修正していくのは不可能だ。


 だが、もしもの場合でも、ダメージを軽減して主を続けていくことならば、辛うじてできると思われた。コアは秘策を切る。


 こんな時の力強い味方。


 『困った時の言い訳リスト』の出番だ。


 しかもこの『困った時の言い訳リスト』は、あの時からアップデートを繰り返しパワーアップしていた。これを以って、コアはこの難局を乗り切る!


「いや、メイハマーレよ。そうではない。お前はいつもよくやっているさ。そうではなく、残り二隊も……。そう、残り二隊も、同じように始末するつもりか?」


「そうでしたか……。はい御方。一人残らず処分する予定ですが、何か問題でも?」


「うむ。それは少し、よろしくないな」


「!?」


 これぞ必殺・『え? 自分、あの時言ったよね?』作戦だ!


 今、取りあえずでいいから、何かしらの意見を言っておくことで予防線を張るのだ。万が一の時のための保険とも言える。これならば後々問題が発生しても「あの時自分が言いたかったのはそういうことじゃなかったんだよな~」とか、色々と言い訳ができるようになるのだ。


 ゲスでクソの所業だった。


 コアがまだ人間として働いていた頃、会社の上司からこれをやられて責任を押し付けられ、殺意を抱いたものだ。


(ふ、汚い大人になっちまったな。俺も)


 コアは遠くを見ながら時の無常を実感する。


 勿論、コアは可愛い我が子に対して、それをそのまま流用しようなどとは思っていない。


 何か問題が起きた場合には「何? お前たちはそのように考えていたのか。俺の考えはこうだったのだが……。いやお前たちに責任は無い。これは俺の確認不足が招いたことだ。すまなかった」と、いう感じに事を収めようと言う算段だった。


 これも全て理想の主像を貫くため。免罪符を盾にコアは突き進む!


「ああ、少し言い方が悪かったな。何も、お前のやり方に大きく口を出そうと言うわけではない。そう、お前の計画に、少々付け加えてもらいたいことがあるだけだ。そんなに身構えずともよい」


「そ、そうでしたか。しかし御方の意に沿えなかったことは事実。申し訳ありませんでした。それで、アタシは何をすればよろしいのでしょうか?」


(きた、ここだっ!)


 コアは思いの外、上手く事を運べていることに手応えを感じる。


 口を出すことで既に作戦の大半は終了しているようなものだが、コアは自分なりにこうしておいた方がいいだろうと言う案を捻じ込んでおく。


「数名で良い。生き残りを作るのだ。そして、そいつらに宝箱でも持ち帰らせてやれ。それだけだ」


 既に大量に侵入者を殺してしまっているし、今からメイハマーレたちの計画を大きく変えてしまうのも忍びない。そこでコアが考え出した答えがこれだった。


 もはや警戒されることは避けられないだろうが、ダンジョンが魅力的だと思わせるようなものを持ち帰らせることで、ダンジョン攻略すべしと言う機運を下げる狙いだ。


 新しい領主は欲深そうだし、ここからの修正案としては結構良い手じゃないかと思えた。あとは肝心のメイハマーレがこれを容認するかどうかだ。


「数名の生き残り……そして宝箱。御方がそうせよと仰るのならそのようにいたしますが、宝箱の中身は如何致しますか?」


(よし、いいぞ! ここまで想定通りの流れだ! 俺だってやればできるんだ!)


 あのメイハマーレを相手に思い通りに会話を進める自分は、本当に神にでもなった気分だった。だが油断してはいけない。ここがミソだ。ここでミスをすれば全てが台無しになる。コアは慎重に、かつ大胆に答えた。


「ふふふ。奴らが有り難がるものを送ってやれ。この先を見越して、な」


 あえて自分から具体的なことを言わないのがポイントだ。もしこれに対し『え? 何ですか?』と言われたら一転ピンチに陥るが、そこは頭の良いメイハマーレのことだ。必ずコアの期待に応えてくれるはず。


「……」


 しばし考え込むメイハマーレ。


(……大丈夫だ。メイハマーレならきっと答えを導き出せる! 頑張れ! 頑張るんだ!)


 コアの切なる願いが届いたのか、メイハマーレの目が見開かれる。そして体を震わせ始めた。


(……触手だよね?)


 最近、実体なのか擬態なのか分からなくなるほど芸が細かいメイハマーレに、何度目になるか分からないツッコミを入れる。


 メイハマーレが何か「これが、真なる絶望……」とか呟いているけど、まあ答えが出たようだから良しだ。コアは一安心する。


「お見逸れ致しました御方。宝箱の中身の選別はお任せください。ご希望の品をしっかりと奴らに持たせて帰らせようと思います」


「うむ。理解したようだな。さすがはメイハマーレだ」


「お戯れを。アタシなどまだまだです。このダンジョンは既にダンジョンエネルギーを確保するために侵入者を必要としません。ですから、此度の一件で人間たちがどのような反応をしようがもはや関係ないとばかり思っておりました。アタシはその程度なのです。先の御教えのことも併せて、宝箱の助言。侵入者にここまで価値を見出し、有効活用する御方には足元にも及びません。自分の甘さを痛感するばかりです」


(あー成る程ね。そういう考えか)


 思いがけず今回の防衛戦の真意を知ることができてコアは納得する。


 過去にコアを散々悩ませたダンジョンエネルギー問題もほぼ解決したし、メイハマーレたちから言わせてみれば脅威となる侵入者もいないらしい。


 ここのモンスターたちはこのダンジョンを神聖なる場所と捉えている節がある。侵入者が来るのを嫌っていることもあって、侵入者が来なくなるならそれに越したことはないのだろう。


 だがそれではダンジョンとは言えない。侵入者のいないダンジョンなんかただの箱庭ゲームだ。それはコアの求めるものではない。


(まあでも、侵入者の必要性もわかってもらえたようだし、心配ないか。このタイミングで口出ししてよかったな。俺、グッジョブ!)


 偶然が重なっただけだがコアは自分の運の良さに心の中でガッツポーズする。そして今ならイケるかもしれないと、無駄な抵抗を試みる。


「買い被りすぎだ。俺こそまだまだだ。かつての俺の仲間、同士には、俺を上回る奴はいくらでもいたぞ」


「古き神々のお話……!」


(はーい、評価下げておこう作戦、失敗でーす。そう上手くはいかないよね。てか、これもう手遅れかな? 手遅れだね! ……腹括るかあ。はぁ)


 どうやらメイハマーレの脳内ではコアが神であることは決定事項らしい。どうせ何を言ったところでその認識を改めることなどできないのだと、これを最後にコアは説得することを諦めるのだった。


「御方と肩を並べるとは、かつての神々は凄まじい存在だったのですね。しかしアタシには、御方より凄い存在がいたなどとは思えませんが」


「フフフ、世辞はよい。いや、身内の贔屓目か? 俺も、お前を始めとした我が子らよりも可愛い存在がいるとは思えないからな。どちらにせよ、これで本当に話は終わりだ。まずは目の前の問題を片付けようではないか。メイハマーレ、頼んだぞ?」


「は、は、ハイッ! お、お任しぇくだしゃい!」


(……大丈夫か?)


 顔を赤くしてめっちゃ噛んでるメイハマーレに、コアは一抹の不安を感じるのだった。

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