第73話 理由

 アントビーナイトの出現で戦いの均衡が破られそうになってから数時間後。冒険者側の作戦が功を奏し、何とか立て直すことに成功していた。


 各広場は魔法使いたちが作った壁が乱立し、アントビーたちの行動を阻害するように狭くなっていた。土魔法で作られた壁や、階層の特性を生かして植物で出来た壁を、奥側から入り口側に向かって段々と狭めるように配置し、アントビーが一斉に侵攻してくるのを防いでいた。


 広場が狭くなったことで固まらざるを得ないアントビーたちに貫通力の高いスキルを使い一気にダメージを与えていく。効果の薄いアントビーナイトに対しては戦闘力に長けた冒険者を当てて対応した。現在は戦局も安定し、次の事態の変化に備えているところだ。


 冒険者たちに疲労はあるが冷静さも戻り、コツを掴んだをおかげで最小限の力で切り抜けられていた。


「おーらよっとッ!」


 ガトーの一撃がアントビーナイトの固い頭部を叩き割る。ガトーはアテンの訓練の成果をまざまざと実感していた。


「これはいいな。前と違って力の調整が利く。スキルだと必要以上に魔力を食うからな。ありがたいぜ」


 一度発動すると決められた魔力を消費してしまうスキルと違い、『オーラ纏い』は使う量を自分でコントロールできる。長期戦にもってこいの戦闘技能だった。


「しかし、いくらなんでも数が多すぎねーか? 今のでアントビーナイト何体目だよ」


 いつまでも続く戦闘に辟易する。まるで階層全てのアントビーが集まって来ているような感じがした。それに、相変わらず戦おうとせずに第三階層に向かう個体がいるせいで気が抜けない。それが余計に精神を疲れさせた。


 ガトーは休憩がてら一度最終防衛ラインに戻る。すると、そこにはゼルロンドやエルゼクス、『魔導の盾』のリーダーが集まっていた。


「お疲れ様ですガトー。作戦は上手くいっているようですね」


「ああ、今んところな」


 戻って来たガトーをゲーリィが出迎える。丁度良いので情報の整理を兼ねて簡単な話し合いを行うことにした。


「各広場の状況はどうだ?」


「相変わらずといったところですね。右側の上下二つの広場に集中しています。左側の上の広場は多少すくなめで、下の広場に至っては……平和ですね」


「ああ……」


 ガトーの問いに情報を統括しているゲーリィが答える。


 いつもと変わらぬ第四階層の風景を保っている左側下の広場は『魔導の盾』が戻ってきた場所だ。つまるところ、アテンが残っている方向だった。その事実に、もはや何とも言えない雰囲気がこの場に集まっているメンバーたちの間に流れる。


「噂に違わぬ、いいえ、それ以上のお方ですね。実際に見たわけではありませんが、見ると聞くとは大違いとは正にこの事でしょう」


「冒険者貴族の力を過小評価していたか……。でも、少し前から戦闘音が聞こえないぞ?」


 人伝てにしかアテンの実力を聞いていないゼルロンドとエルゼクスは、疑いようのない結果を見せつけられていた。


 アントビーナイトに加えて勢いを増すモンスターの波。魔法使いたちが壁を作り、入れ替わり立ち代わり冒険者たちが力を尽くすことで何とか防いでいるものを、長時間、たった一人で殲滅していると思われるのだ。その凄まじさは、もはや下手な言葉で表すことはできなかった。


 だが、エルゼクスの言うようにアテンの戦っている音がしばらく前から聞こえなくなっていた。その事に一抹の不安を覚える。


「あいつのことだから心配は要らねぇと思うが、さすがに時間がかかりすぎか……」


「如何に並外れた戦闘能力を持っていても持久力ともなれば話も違ってくるかもしれません。万が一を考えて、誰かに様子を見に行かせますか?」


「左側からならば進みやすいでしょう。行くなら数が少ない今のうちです。私が行ってきましょうか?」


「動けない状態になっていれば戻る時に護衛も必要だ。僕たちも行くぞ」


「お前ら……」


 ガトーやゲーリィが懸念を口にすれば、すぐさま助けを申し出るゼルロンドとエルゼクス。いつの間にかアテンの存在は誰にとっても大きなものになっていた。特にエルゼクスの貴族嫌いはヘルカンの街の冒険者ならば誰でも知っていることだ。それが、自分から助けに行くと言い出すとはガトーには予想外で、嬉しくなった。


 ゼルロンドの言うように様子を見に行くなら今しかない。ガトーが人を送る決断を下そうとした時だった。


 突如、周囲が白い光に包まれ、それと同時に爆裂音が響き渡る。


 振動と共に、ガトーたちがいる最終防衛ラインまで飛んできたのはアントビーたちの残骸。それを理解したガトーたちが、ゴミと化したアントビーの破片が飛んできた方向を反射的に見ると、それは左側上方の広場からだった。


 言葉も無くただそちらの方向を見ていると、やがて一つの人影が上から飛び降りる。一般人であれば最低でも骨折は免れない高さを、膝を曲げるだけで難なく着地したその人物は悠々とガトーたちの元へ歩いて来た。


 逞しい肉体に異国情緒あふれる服装を纏う人物は、この辺りの地域では一人しかいない。


 近頃冒険者たちから『白光』とか、『覇王』などと囁かれ始めている、アテンその人だった。


「アテン!」


 ガトーたちは歓喜に湧く。


 帰還を待ち望んでいた。聞きたいことが山程あった。しかし、何といっても無事に戻って来てくれたことに安堵する気持ちが一番だった。


「そろそろ貴様らがいらん真似をし始める頃かと思ってな。戻って来た」


「こんのヤロウ! その通りだよ! 心配かけさせやがって!」


「アテン殿、無事で何よりです。お怪我は……してないようですね」


「当然だ。この程度で負傷していたら我が王に合わせる顔がないからな」


 相変わらず涼しい顔して言ってのけるアテンに、エルゼクスはついいつもの癖が出る。


「……ふん。どうせ、戻って来る前にポーションで回復しておいたんだろ」


 ぼそっと言った声にアテンが反応し、エルゼクスの方を向く。聞かれると思っていなかったエルゼクスは身体をビクリと揺らした。


 そんなエルゼクスにアテンはマジックバッグから取り出した物を投げ寄越した。それを落とさないように慌てて受け取ったエルゼクスが、手にあるアイテムを見下ろすとそれは見覚えのあるポーションだった。


「使わなかったから返しておくぞ。自分が毒を食らった時のために取っておくんだな」


「……くぅぅッ!」


 勝ち誇ったような顔で言われてエルゼクスは顔を真っ赤に染める。あの時のやりとりが思い出されて無性に恥ずかしくなった。


 余計なことするんじゃなかったとエルゼクスが羞恥心と戦っていると、早速アテンに質問が集中し始める。


「アテン殿。戻って来て早々申し訳ないのですが、お聞きしたいことがございまして」


「うむ。進化個体の多さや違った動きをする個体のことであろう? 予測にはなるが、それでもいいなら話してやるぞ」


「はい、ありがとうございます。是非ともお願いします」


 全てを言わずとも欲しい情報をくれるアテンの存在はゲーリィに絶大なる安心感を与えた。これまで遭遇したことのない事態の連続に、ゲーリィの肩には荷が積み上がっていたのだ。


 崩れ落ちる前に、取り返しのつかないことになる前に、相談できるアテンが戻って来てくれて本当によかったと思う。荷が減る代わりに、アテンへの信頼が積み上がるゲーリィだった。


「まず進化個体の多さだ。既に貴様らも感づいているだろうが、このスタンピードは当初考えられていたものとは形態が違う。その最たる要因はアントビークイーンの意思によるものだろう」


「アントビークイーンの意思……やはり最初のゴールド級冒険者たちが悪影響を齎したのでしょうか?」


 ガトーから事のあらましを聞いていたゲーリィとしては、アントビークイーンに関係することはそれしか無かったのでそのように考えた。しかし、事態は想像以上に悪い方向に向かっていた。


「それも無関係とは言えんだろうな。いつもと違う冒険者の行動がアントビークイーンに警戒感を抱かせた。そしてアントビーを介した情報収集で階層入り口付近に集まる大量の冒険者たちを見つけたわけだ。最初の冒険者たちのことも相まって、アントビークイーンは冒険者たちの狙いが自分にあることに気づいてしまった。今回の進化個体の多さは、アントビークイーンの本気の抵抗の表れというわけだ」


「……通りでな。進化個体が多いと思ったぜ。向こうもこっちを本気で殺しにきてるってわけか。だけどよ、アテン。それとは逆に全く戦おうとしないアントビーもいるぜ? そいつらは何なんだ?」


 冒険者側の敗北条件がダンジョンの外にモンスターを出すことである以上、ある意味そちらのアントビーの方が厄介だったりするのだ。


 進化個体が逃げに徹するとなかなか仕留めることができず焦る場面もあった。ガトーは余計な手間をかけさせるそれらのアントビーをどうにかしたいと思っていた。


「貴様ら、たかが一匹のモンスターがスキルで生み出したにしては、数が多すぎるとは思わなかったか?」


 ふと、アテンはそんなことを言う。ガトーの問いには無関係に思えるが、確かにアテンの言う通り疑問には思っていたので素直に頷く。


「貴様らの疑問は正しい。我々が今相手にしているのはアントビークイーンの手勢だけではない。この階層にいる全てのアントビーを相手にしているのだから、そう感じるのも当然だろう」


「なにッ!? 全てだと!?」


 重大なことを変わらぬ口調で淡々と言うアテンは時折心臓に悪い。少しは聞かされる身のことも考えて欲しかった。


「アテン殿。それはもしや、アントビークイーンがスキル<統率>を使っていると仰っているのですか? この階層の全域にいるモンスターたちに影響を与えるほど凄いスキルなのでしょうか」


 アテンの言っていることに心当たりがあったゲーリィがすぐさま反応する。


 スキル<統率>は群れを形成するモンスターのリーダー格が所持していることで知られるものだ。だがこのスキル、覚えられるのはモンスターだけでその詳細は明らかになっていない。


 人間が覚えられるもので、似たようなスキルだと考えられているのが<司令塔>や<指揮>といったスキルだが、この二つにも微妙な違いがあり、名称が違うことも相まって何かしら別の効果があるのだろうと推測されていた。


「そうだ。しかし、<統率>の効果範囲がどの程度のものなのかは私も知らん。だが、アントビークイーンを起点にして、<統率>持ちに命令を伝達していけば、いずれ全体に指示をすることが可能となる」


「そんなカラクリが……。アントビーは思ったよりも高度な指揮系統を持っているのですね」


 それは人間の組織化された指揮系統とほぼ変わりない。ゲーリィはこの時、モンスターの知恵を侮っていたことを知った。


「人間のそれとは違い<統率>は覚えるのが簡単で、アントビーのようなモンスターの進化個体ならば大体は習得している。だからこそ出来る、モンスターならではの方法と言えるだろう」


 アテンが与えた情報にこの場に集まっていたメンバーたちが唸る。それほど組織だった動きができるなら<統率>持ちモンスターは潜在危険度などにも影響を与えうる。見直しが必要だと思われた。


 アントビーの危険性を再認識している間もアテンの話を続く。まだガトーからの問いに答えていない。


「しかし、<統率>による指揮系統が可能とは言っても、アントビークイーンから離れる度にその精度は落ちる。これが妙な動きをするアントビーの正体だ。おそらく、末端には第三階層に向かえと言う命令を伝えるのが精一杯なのだろう。故に、腹を空かせているわけでもないダンジョン由来のアントビーは戦おうともせず、素通りしようとするわけだな」


「そうか、それなら変な動きをするアントビーの数が比較的少ないのも頷ける。あれはダンジョンが発生させた方のアントビーだったのか……」


 ガトーはアテンの説明に感心しきりだった。アテンが戻って来てから疑問がどんどん解消される。情報の大切さを痛感させられるのだった。


「……ん?」


 その時、ここまで話を聞いていたエルゼクスはアテンの説明にある違和感を覚えた。


 別にそこまで大事なことではない気がするが、思ってしまった以上は聞いておかないと気持ちが悪い。前よりは随分と話しかけやすくなったアテンに対し口を開く。


「冒険者貴族。アントビークイーンがアントビーに出している命令は第三階層へ向かえ、なのか? 人間を襲え、ではなく?」


 アントビークイーンが身の危険を感じて冒険者に対抗しようとしているなら、冒険者を素通りするような命令を出すのはおかしいと思ったのだ。


 アテンは事前に予測だと言っているし、ただ単に言い間違えただけなのかもしれない。少し意地悪な質問をしてしまっただろうかと、内心申し訳なく思っていると、エルゼクスの質問にアテンの口角が上がる。


 このエルゼクスの質問こそが、今回のスタンピードの核心を突くものだったからだ。


「ほう、小太り。よく気付いた。褒めてやるぞ」


「なっ!?」


 自分の性格のせいで普段人から言われず、慣れていない称賛の言葉を、よりによってアテンから言われたことで狼狽するエルゼクス。感情が表情に出やすい彼の顔は、いつも通り赤く染まっていた。


 アテンは真剣な表情を作り出すと周りを見渡した。


「戦おうとしないアントビーがおり、且つ、それが第三階層方向に向かっている以上はこの階層から出て行くよう命令が下されていることは間違いない。そして、この事はある重要な意味を持つのだが、それがなんだか貴様らに分かるか?」


 アテンの問いに、この場に集まっているメンバーの頭の中には様々な答えが浮かんだ。


 戦力の分散を狙っている。動揺を誘っている。注意をそらし隙を作ろうとしている。


 どれも間違いではない。しかし、アテンが求める答えではないことも理解していた。


 だからあえて全員が口をつぐむ。アテンの言葉を邪魔しないように。


 その意を汲んでアテンは口を開く。アントビークイーンの狙いをつまびらかにする。


「アントビークイーンは、既に我々に勝つことを放棄している。アントビークイーン自身が、このダンジョンの外に出ようとしていると言うことだ」

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