第74話 余裕

「ここのアントビークイーンは賢明な判断ができるようだ。自分が逃げおおせるために、がむしゃらにこちらの戦力を削るよりも注意すべき人物の特定に力を注いだようだな。突飛な行動を見せるアントビーに対し、迅速に動いた冒険者は既にアントビークイーンにマークされていると見てよい」


 驚愕の連続だった。ダンジョンのモンスターが自分の意思でダンジョンの外に出ようとすることも。そのような高度な判断ができることも。


 これまで考えられてきたダンジョンのモンスターとはあまりにもかけ離れた行動に、話を聞いているメンバーたちは戸惑いを隠せない。


「……異常です。いくらなんでも。ダンジョンの外に自ら出て行くなど、これまでは魔人にしか見られなかった行動です。今回のアントビークイーンは、どうしてそこまでの自由と判断力を有しているのですか……?」


 呆然とした、独り言にも近いゲーリィの呟き。だがそれはここに集まっている者たちの総意でもあった。


 こんな事が今後も起きる恐れがあるならば、その原因は知っておかねばならない。だが、重要な情報ほどその価値は高い。アテンはその答えを教えてはくれなかった。


「……かつて、あの事について話した時はゲーリィと『約束の旗』しかいなかったか。ダンジョンモンスターが、その特性に縛られなくなる条件のことだ」


「え、ええ。そうですね。きっと、他者には教えられない重要な機密事項が含まれているのだろうと、あの時は思っていましたが」


 アテンから初めてスタンピードのことを聞かされた際の話。その時も知りたいとは思っていた。しかしアテンはその事に触れなかったので、聞いてはいけないことなのだと判断したのだ。


「そうだ。残念だがこれについては教えてやることはできない。その理由は今の状況を考えれば分かるであろう?」


「……成る程。はい、よく分かりました。賢明なご判断だと思います」


 アテンが教えることを拒むほどの『ある条件』。これは、あまりにも危険だった。いくらでも悪用できてしまうからだ。


 例えここにいる者たちがどれだけ信用できようとも、秘密と言うものは高い確率でどこからか漏れてしまう。そんなことになるぐらいだったら、多少手間暇がかかろうとも地道にモンスターを間引きした方がよっぽど良い。


 簡単な説明で理解し、腑に落ちたと納得するゲーリィ。しかし、今の話では理解しきれずモヤモヤする男もいた。


 なんだかこのまま話が終わってしまいそうなので、エルゼクスは慌てて口を挟んだ。


「おい、話が見えないぞ。そちらでばかり納得していないで、僕たちにもわかるように説明してくれ」


 エルゼクスたちはスタンピードの発生原因がアントビークイーンだと言う話は聞いているが、そもそも何故アントビークイーンが発生したかについては聞いていない。目の前で意味深な話をされたら気になって仕方なかった。


「まぁある程度は話の流れで理解してる。条件を満たすと特殊なモンスターになることや、今回のアントビークイーンがそのモンスターに当たることなんかはな。でも、どうしてその条件を教えない? 聞く限りでは、国の機密事項とかじゃなくて冒険者貴族の判断次第なんだろ? 知っていた方が未然に防げるじゃないか」


(相変わらずエルゼクス君は真っ直ぐですね。本来は優しい子ですから、悪用すると言う考えがないのでしょう)


 ゲーリィはアテンと視線を交わし、一つ頷くと説明を引き受けた。


「エルゼクス君。確かに君が言うように、その条件を知っていた方がヘルカンの街としては助かります。しかしそれはダンジョンを管理する上で正しい使い方をした場合であって、そうでない場合は厄災を招きます。今回のようにね」


 それだけ言えばエルゼクスは理解を示した。エルゼクスは人生経験がまだ足りないだけで頭が悪いわけではないのだ。


 バツの悪そうな顔をするエルゼクスに人生の先輩としてゲーリィは諭すように続ける。


「この情報が広まれば各国はこぞって特殊なモンスターの量産に入るでしょう。その活用法を探るためにね。それだけの知恵があるのです。もしかしたら使役することも可能かもしれない。もしくは敵国のダンジョンにそのモンスターを生み出せばスタンピードで滅ぼすことも可能かもしれませんね。スタンピードの人為的な発生の防止は、かつて大陸同盟が作られた理由でもあります。そんな情報、手に余るとは思いませんか?」


「ああ、よくわかったよ。僕の頭がお花畑だってこともな。そんなことも思いつかないとは、嫌になる」


 悪い考えが頭をよぎると昔の光景が引きずり出されて邪魔をする。過去の幻影に苦しめられて顔をしかめるエルゼクスをゲーリィは慮った。


「エルゼクス君はまだ若い。至らない点があるのは当然なのです。それを支えるために私たちのような年寄りがいるのですから。まあ、最近は支えるどころか、逆に助けられてばかりの頼りない年寄りですけどね!」


 ちらっとアテンのほうに視線を向けて茶目っ気を出したゲーリィ。自虐が功を奏して場を和ませることに成功する。


 エルゼクスは息を深く吐き出すと、自虐に走ったゲーリィに同情した。


「……相手が冒険者貴族ではしょうがないだろう」


 その言葉に、程度の度合いはあれど頷きを返し同意を示す面々。満場一致の思いだった。


「その力も、持っている知識もおかしいんだ。どうしてそんなやばい情報まで把握してるんだ、お前は。南の出身って聞いたけど、この国から南でそんな情報持ってそうな国なんて……」


 そこまで言ったところでエルゼクスは何かに気づいたように身体をワナワナと震わせ始める。


「……冒険者貴族、お前、まさか、南の盟主国家『ザラズヘイム』の人間なのか……?」


 『ザラズヘイム』――その言葉に『魔導の盾』のリーダーとガトーが驚愕に目を見開く。ゲーリィとゼルロンドはあらかじめ予想していたのか、その顔に驚きは無かった。


 視線が集中する中、アテンは何事もなく言う。


「どうでも良かろうそんなこと」


「否定しろぉ! どうでも良くないぞ!! な、何が狙いだ!? いつ攻めてくる気なんだ!!」


 錯乱して収拾がつかなくなっているエルゼクスを、アテンは凍てつくような視線だけで黙らせる。


「ヒェ……」


「今考えるべきことはなんだ? 私の出自か? 違うであろう。余計なことに思考を割くな。優先順位を間違える者に明日は無いぞ」


「ご、ごめんなさい……」


 取り乱した結果、素の自分が出てしまったエルゼクスは口調が変わってしまったことに気づき、ワタワタと手を振っていた。


 アテンはそれを無視すると、打って変わって表情を笑みに変え、今度は執事に顔を向ける。


「炙り出しはできたか? 執事」


「……はい、おかげさまで」


「そうか。今は周りの目もある。始末するわけにはいかんが、万難を排するため目を光らせておけ」


「承りました……」


 二人の会話で冒険者たちの中に裏切り者が混じっていることを知る。だがアテンにとっては既に終わったことのようで、周囲を警戒するゲーリィたちに構うことなく話を進める。


「話が逸れたな。我々の情報を集めたアントビークイーンが今後どのように動いてくるかだ。冒険者たちの壁を突破するために、少しでも戦力の薄いところに狙いをつけてくるだろう」


 アテンが仕切り直すために厳かな声を出すと全員の空気が切り替わった。アテンから残念な評価をされたくないゲーリィはいち早く意見を出す。


「そうなりますと、どのように戦力を分配するかが重要になってきますね。いっそ最終防衛ラインに全ての戦力を集めてしまうのも手でしょうか?」


 考えられるだけで侵攻ルートは四つもあるのだ。その全てに均等に戦力を分けていてはアントビークイーンの侵攻を止めることはできない。


「それじゃ冒険者たちを配置しきれねえだろ? そうだなぁ、相手がこっちの戦力を把握してるってんなら、それを逆手に取るのはどうだ? あえて戦力の低い場所を作って、アントビークイーンがそこに来ることを<気配察知>で掴んだら一気に俺たちが駆けつける。自分で言っといてなんだが、悪くねえと思うぜ」


「それですと、その低い戦力でアントビークイーンが来るまで戦線を維持するのが大変ですね。頭も良いようですし逆に警戒感を与えてしまうのでは?」


 ゲーリィに続くようにガトーとゼルロンドも次々と自分の考えを述べていく。活発化する話し合いだったがどの意見もいまひとつ決め手に欠けていた。


 そんな中、状況を打開したのはやはりアテンだった。


「戦力の配置を考えるのは二カ所だけでいい。右側の上下だけだ」


 その言葉にメンバーたちは四つに枝分かれしている広場の先を見る。右側上下の広場には相変わらず大量のアントビーが押し寄せているが、左側の上下の広場にはほとんどアントビーがいなかった。左側の下にある広場は元々アントビーが少なかったが、その上の広場、アテンが戻って来た広場もいつの間にかアントビーが来ないようになっていた。


 アテンが何かした。メンバーたちは直感する。


「こうなるだろうと思い、戻って来る際にダンジョンを一部を崩壊させ道を塞いでおいた。左側から来る可能性も無くはないが、その時はガトーが言うように戦力を移せばよい。それぐらいの時間は稼げるはずだ」


「どんだけ用意周到なんだよ。お前は……」


 ガトーが呆れと関心を半々にしたような声で言った。ゲーリィは内心で激しく同意する。


(何と言う先見の明ですか……! どれだけ先のことを読み行動しているのか想像もつきません。これは……此度のスタンピード、私たちの勝利で間違いないようです)


 全てがアテンの手のひらの上。行動が筒抜けになっている相手にどう勝てと言うのか。


(純粋な力のみで押し通すしかないわけですが、それはアテン殿よりも強くないと無理なわけで……。今頃きっと、アントビークイーンは絶望しているでしょうね)


 思わず敵に同情してしまう。索敵範囲は向こうの方が勝っているだろう。しかし、どれだけ情報を集めようと、力と知恵で勝っている絶対強者がゴール地点に立ち塞がっているのだ。そんなの、どうやったって勝てるはずがなかった。


 また、そう思っているのはゲーリィだけではないのだろう。アントビークイーンと言う強敵との戦いを前に、暗い顔をしている者は誰もいなかった。


 勝てない戦いを前に、しかして、アントビークイーンには今更撤退すると言う選択肢は無い。巣に閉じ籠ればいずれ討伐されるだけ。侵攻を躊躇してもせっかくダメージを与えた冒険者たちが回復してしまう。


 これまで倒したアントビーの数を考えれば、アントビークイーンが使える手駒はそれほど多くは残っていないだろう。作戦の大詰めを多くの者が予感する中、ついにその時は訪れた。


「ロ、ロイヤルガード! アントビーロイヤルガード発見ッ!!」


「来ましたね……!!」


 とある冒険者の急報にゲーリィが気合を入れなおす。それと同時にガトーから檄が飛んだ。


「ゴールド級二組以上で当たれ! シルバー級はソルジャー以下に専念! 絶対に手を出すなよ!!」


 アントビーロイヤルガード。アントビークイーンを守る最後の砦だ。その強さはシルバー級冒険者では歯が立たないほど。


 全長は大の男ほどあるが、その動きは俊敏。これまでも堅かった甲殻はより硬く発達し、その鎧のような甲殻はミスリルを思わせる光沢を放つ。弱点だった関節や尻の部分まで堅い殻で覆われるようになり、討伐難易度は跳ね上がる。


 左前足はまるで槍のように発達し、その中間地点は幅広になっており盾の役目を担っている。右前足は光を反射するほど鋭利な鎌に変貌を遂げ、力無き者を一撃であの世に送る。『空飛ぶ死神』の異名を持つ難敵だった。


 そんなアントビーロイヤルガードはアントビークイーンと行動を共にすると言う特性を持つ。


 ロイヤルガードあるところにクイーンあり。


 女王に死を献上するスペシャリストの登場は、作戦が最終段階に入ったことを意味していた。

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