第66話 珍獣

「んーーーーーー、どうしたものかな、アレは」


 コアは半笑いしながら、最近新たにダンジョンに棲みついた珍獣をどう扱うか悩んでいた。


 研究員を伴い本格的に行われた調査の後、何を思ったのか、その調査を率いていた研究者のドリックが万全の準備を整えダンジョンに舞い戻って来たのだ。


 その意気込みたるや凄まじいもので、全く戦えないわけではないが、冒険者には大きく劣る戦闘能力で第二階層まで一人で到達してしまった。何やら入り口付近でドリックを引き止めていた研究員もいたのだが、モンスターが近づいていくと説得を諦め、結局帰って行った。


 そんなドリックは、勿論バカ正直に真正面からモンスターと戦って進んで来たわけではない。そこは研究者らしくマジックアイテムを使い切り抜けてきた。


 かつてはコアもダンジョンに発生した宝箱から入手したモンスター除け。あれを強力にしたものをドリックは持ってきており、モンスターと出会う度にそのマジックアイテムをかざしていた。その効果は百発百中でモンスターを遠ざけるほどで、ついには彼自身が戦うこと無く第一階層を踏破したのだ。


「強いモンスターがいたわけじゃないけど、さすがダンジョンに携わっているだけあってなかなか良いもの持ってるよなぁ」


 第二階層に到達したドリックは前回と同じ遺跡群まで来ると、そこに拠点を作り出した。そう。ダンジョン内に拠点を作ったのだ。


 これも何らかのマジックアイテムだと思われるが、三角錐の形をしたテントが地面から三十センチほど浮いており、ダンジョンに吸収される事を防いでいた。更にはテントの下側、三角形の頂点には横に伸びるワイヤーが付いており、最大で五十メートルほど伸びるそのワイヤーを、三本ともそれぞれの長さに設置し終えると、そのワイヤーの先を起点として微かに視認できるフィールドを形成した。おそらくモンスター除けの類だと思われる。なんと、ドリックは第二階層に一種のセーフティーエリアを作り出したのだった。


「アテンから他のダンジョンの話を聞いてもセーフティーエリアの話は出なかったから、この世界のダンジョンには無いのかと思ってたけど、まさか自分たちで設置するものだったとは。それにしたって結構貴重なものだと思うけどな」


 前回、大勢の冒険者に護衛されていた事からそれなりの地位にいるとは考えていたが、その予想は当たっているのかもしれない。


 それ以降もドリックのマジックバッグからは次々と驚きの物が出てきた。白色をした壺からは水が湧き出てきたし、手のひらサイズの茶色い種を上下に振ったと思ったら、段々シャカシャカと音が鳴り出し、その種をパカッと開くと中には木の実が入っていた。仕舞いには理科の実験で使うようなペトリ皿を大きくしたものに水と一滴の血を垂らし、そのまま一晩寝かせると肉まで出来ていたのだ。


 このダンジョン内で暮らす上で、困難だと思われた食料の問題をいとも簡単に解決したドリック。そうして生活の基盤を整えた彼は現在、満足げにダンジョンライフを送っていた。


 彼の一日は祈りから始まる。遺跡群の広場に設置してある壁画の前に行くと座り込み、一心に何かを祈っている。祈りを済ませると次は研究だ。気になるものを見つけては手当たり次第に調べている。午後になると周囲の探索をする。モンスター除けを片手に少しずつその範囲を拡げ、主に地形やこの階層の構造を重点的に見て回っているようだ。そして夕方になるとまた広場の壁画の前に赴き、祈りを捧げ、ご飯を食べて眠るのだ。


 ちなみに彼は結構な時間を祈りに捧げているのだが、その間はモンスター除けの類を使用していない。このダンジョンに魂を捧げると言ってはいたが、どうやらその心意気は本物らしい。ここで死ねるのなら本望だと本気で思っているようで、それを行動で示すドリックにコアは感心した。


 テントにセーフティーエリアを設定しているのは、おそらく寝ている間に殺されるのは嫌だからだろう。自分の最期を自分の目でしっかりと見届けたいと言う、その辺の気持ちはコアもわからないではなかった。


 ドリックはダンジョンを侮っていない。それは最初にこのダンジョンにやって来た時から変わらない。その内心はダンジョン愛と言うよりも考古学的な側面に重きを置いてはいるが、積極的に殺そうと言う気持ちにはならない。


 自分で拠点や食料を用意し、ダンジョンで暮らすための準備を整え、こちらに迷惑をかけないというのであれば、正直このままでもいいかなとコアは思っている。


 ドリックがいる事で、僅かながらダンジョンエネルギーも常に増えているし、もしかしたらダンジョン内に人間がいる事で、それがダンジョン成長のためのトリガーになるかもしれない。


(トータルでも連続でも、何かしら時間関係の、そういう条件ってありそうだからな。しばらく様子見でもいいか……)


 メリットはあれどデメリットは無い。ドリックがここにいることでいくつか想定される事態の変化もあるが、問題と呼ぶ程の事ではなかった。


(よし、そうと決まれば……どうする? このまま放置か? それとも誰か接触でもさせた方がいいか? うろちょろされると邪魔になる場所もあるけど。うーん、自我のある個体を接触させるのもなぁ。もし他の人間がドリックを連れ戻しに来た時に、情報が漏れるのは避けたいんだけど……)


 コアは自分の横をチラッと伺う。そこには、コアが「アレどうするかなぁ」と発言してから妙にソワソワしているメイハマーレがいた。


 最近メイハマーレはこうしてコアの近くにいることが多い。訓練だのなんだの、やる事はやっているのだが、少し時間を持て余し気味だった。ひょっとすると、こうしている間にも階層の成長を行っているのかもしれないが、傍目から見ればそうは見えない。


 アテンがいない現状、ウィルムクロノスになったメイハマーレの相手を務められるのがブゴーしかおらず、そのブゴーをしても、メイハマーレには押され気味だった。その上、ブゴーはブゴーで他のゴブリンたちの相手をしたりと忙しく、なかなかメイハマーレの相手をしている時間が無い。


 本来、メイハマーレの相手として期待されていたウォーターワームもまだ進化しておらず、今は専らトリトーンウティカがその訓練を引き受けていた。喜び勇んで訓練の相手を務めているトリトーンウティカが言うには、進化する時も近いらしいので期待して待っていよう。


 メイハマーレを再度窺う。コアの手前、あまり不作法にならないよう我慢しているようだが、時間が経つ毎に少しずつソワソワの度合いが大きくなってきていた。その様子は自分に話が振られるのを今か今かと待っているように見える。


(メイハマーレの情報は特に流れてほしくないんだけど、その辺どう考えているんだろうか……)


 とにかく自分の横でソワソワされると落ち着かないので、とりあえず話しかけてみようと思ったのだが。


「メイハマー……」


「はい、アタシにお任せください御方」


(めっちゃ食いついてきた!?)


 どうやらメイハマーレの準備は万端だったようで、コアが名前を言い切る前に即答された。そこまでやる気があるならと、コアはドリックの対応をメイハマーレに任せる。


 まだ要件を何も伝えていないが、頭の良いメイハマーレであれば、まぁ悪いようにはならないだろうというコアの信頼を背負い、メイハマーレは異空間のゲートを開いた。






 御方がまた迷っているフリをされていた。


 ふと、もう自分を相手にそんなフリはしなくて良いのでは、と言う考えがよぎったが慢心はいけない。


 この姿になってから思考力も知識も桁違いに増えたが、それが何だと言うのか。御方からしてみれば五十歩百歩。過去のような失敗を繰り返さないため、メイハマーレは慎重にいく。


 (それにしても、今回は妙に焦らしてきているような……。あの人間は今後の計画を大いに加速させる一つのピース。利用しない手は無い。それはわかり切っているのに……)


 自分が適任である事も明白だった。これは自分から言い出すべきか、それとも待つべきか。二択で揺れているとついにご指名が入った。準備は万端だったので即答し、御方のご期待に応えるため、メイハマーレは早速ゲートを開き人間の元に向かった。


 人間は日課となっている朝の祈りを捧げているところだった。自分が作った壁画を前に、毎日欠かさず一心に祈る人間に対して、珍しく悪い気はしない。モンスター除けすら排して集中して祈る姿は、メイハマーレをして「へぇ……」と言わしめた程だ。


 ゲートを通り、真後ろ方向に現れたメイハマーレに人間が気づいた様子はなかった。仕方ないのでその辺に落ちていた小石を空間転移で移動させて音を出す。静かな空間にコロコロと鳴り響く音に、人間が振り返った。


「っ、き、君は……?」


 おそらくゴブリンあたりが自分を殺しに来たと思ったのだろう。振り返った時の顔は、全ての運命を受け入れるかのような、穏やかなものだった。しかし予想に反して、人間の女の子供にしか見えない人物がいた事で驚いたといったところか。


 その姿は間抜けにしか見えないが、御方の計画成就のため、精々役に立ってもらう。メイハマーレは満を持して答えた。


「私はこのダンジョンを司る至高の御方に仕えし下僕にして、この階層の守護者メイハマーレ。今日は、人間にしては多少見るところがあるお前に話があって来た」


 そう伝えると人間は慌てて姿勢を正し、跪いてきた。自分の立場をよく理解し、頭も少しは回るようだ。


 状況次第ではいくつか補足説明が必要かと思ったが、省いても問題なさそうだと判断する。


「喜べ、人間。我らが御方が、お前がこの階層に住む事をご許可なされた。お前が今日までこのダンジョンで生きて来れたのはモンスター除けのおかげでも運がよかったおかげでもない。全ては御方の指示によるもの。お前が過去の過ちに気づきそれを認め、後悔し、罪を償おうとする意思を見せたことで、特別に生きる事を許された。御方の寛大な御心に感謝しろ」


「ハハァ! ありがとうございます、魔人様!」


 魔人。今では本来とは違う意味で使われている言葉。そして、アタシはまだ魔人じゃない。でも、ここでその言葉を使ってくるという事は、この人間はやっぱりある程度理解している。超古代文明を。超古代文明を築いたのが誰だったのかを。


「人間。アタシはまだ魔人じゃない。今の人間たちは魔人の定義が曖昧。間違えるな」


「も、申し訳ございません! と、……」


「恐れ多くて名を呼べない? いい。名を呼ぶ事を許す。私はメイハマーレ。ウィルムクロノスの、メイハマーレ」


「ハハァ! 有り難き幸せ! ……ん? ウィルム……その言葉、どこかで聞いた覚えが…………ッッ」


 記憶を探っていたドリックはその言葉の意味を見事堀り返すことに成功すると、自分の目の前にいる女の子の正体に感づき身体を硬直させた。


「ウィルム……そ、それはかつて、古の竜を指していた言葉では……?」


「ほう、現代に生きる人の子にしてはよく知っている。感心」


「や、やはり……! あなたほどの存在にお目にかかることができて、このドリック。感動に打ち震えております!!」


 どれだけ感動しているかを五体投地で表すドリック。ウィルムの存在、その価値を知っている者ならば当然の反応だった。


 現代の世において、ウィルムが現存する事自体が奇跡なのだ。それをやすやすと可能にしてしまう自分の主。メイハマーレが常に崇めてしまうのはごく自然な事だった。


 地面に身体をベタとくっつけるその姿を見て、メイハマーレは無様だなと思う。考える頭と言葉があるのに、わざわざ過剰な行動で示す様は野生動物のそれ。下等種族にお似合いの姿だった。


 御方の創造物の一つに過ぎない自分に対して、自らにできる最大限の礼を尽くして、いざ御方にお目通りする時にどのような態度を取るつもりなのか。更に頭を低くするなら聖域の石畳を剥がして、その下の地面を掘らなければならないだろう。


 そんな暴挙を許しはしないが。


(いや、そもそも御方とお会いする事が無いか。でも御方はお優しいから、もしかするかも……)


 万が一の時のために、お目通りする方法を考えておかないといけないかと思いながらドリックを見る。その態度を偽りの心でとっている訳ではないのは見ていてわかる。


 おそらくドリックはもう、人間側には戻らない。このダンジョンで得た情報を人間に渡すことは無いだろう。それでも裏切りの可能性を確実に消すため、ドリックには通過儀礼をやってもらう。


 そうすれば、メイハマーレ自身も人間がこのダンジョンに住む事を少しは許せそうだった。


 御方の偉大なる計画の元、必要だから仕方なく住まわせるが、本音を言えば、この選ばれし者だけが住む事を許される神聖な場所に、人間如きがいるのは気に食わないのだ。己の心を納得させるためにもメイハマーレは話を続ける。


「いつまでそうしてる? いい加減、頭を上げる」


「ハッ!」


 機敏な動きで姿勢を正すドリック。あまり研究者には似つかわしくない素早い動きだった。


「本題に入る。お前は我らが御方からここに住む御許可をもらった。御方の決定は絶対。このダンジョンに住む者は全員がそれに従う。でも、アタシたちは心からお前の事を歓迎しているわけじゃない。それはわかる?」


「はい。それも当然かと。私はこの世界を衰退させた愚かな人類の末裔。むしろ、このダンジョンに住む御許可を頂けただけで信じられない想いであります」


「ん、ならいい。けど、周りにそういう気持ちを抱かれながら過ごすのは辛いはず。人間はお前一人。病気とかになられても困る。だから、少しでもお前が周りに認めてもらえるように一つの方法を考えてきた。お前には、それをやってもらう」

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