第62話 裏話

「よし! よしきた! やってやったぜ、新しい広場開発の成功だ!」


 第二階層の聖域にコアの歓喜の声が響いた。再びアテンを送り出してからというものの、コアは過去最高の貯蔵量を誇るダンジョンエネルギーを感じながら、ニマニマと様々な実験に勤しんでいた。


 アテンを外の世界に送り出した恩恵はとても大きなものになった。情報を得た事でどこまでやっていいのか、ある程度見極められるようになったし、一時的とは言えダンジョンエネルギーの悩みから解放され、今まで停滞していたダンジョン活動を再開できるようになった。何よりも、今回の大量のエネルギーはコアに新たな力を与えた。それらの事を考えるとウキウキが止まらない。


 しかし、如何にコアといえども様々なことを同時にこなすことはできない。一つずつ味わうようにじっくりとやっていこうと決めたのだった。


 手初めに始めたのが罠の有効活用と新しい広場開拓だった。今、コアの視界に写っているのは広場のほとんどが水で埋め尽くされている部屋だ。試行錯誤の末に見つけ出したその新しい広場『湖』を満足げに眺める。


 この『湖』を造る過程で色々と発見することもできた。


「広場造りのミソは割合と罠の組み合わせ。あとは規模とクオリティってところかな。大きさ的にギリギリだったけど、何とか造れてよかった」


 ダンジョンの制限にかかるまで水の範囲を拡げ、落とし穴で深さを出し、木で彩りを与えることで『湖』の条件を満たしたようだ。


「でも多分、『湖』の造り方ってこれだけじゃない気がするんだよな。深さが必要って言う意味では落とし穴は『拡充』でも代用可能か? これからも検証が必要だな」


 そろそろ水系以外の新しい広場が欲しいなぁとコアが思っていると、ダンジョンに侵入者がやって来る。最近は冒険者が来る頻度が減ったが、そのぶん質は上がった。今は潤沢にエネルギーがあるとは言え、貴重な収入源に違いはなかった。


 さて、今回はどんな奴らかなと気軽にコアが考えていると、ぞろぞろと侵入者たちが入ってくる。コアは今までにないその数に、意識を切り替え警戒度を高めた。


「……凄いな、二十人ぐらいいるか? ゴールド級とシルバー級、後は何だ、見た事ないな」


 冒険者でもギルド職員でもない、白衣をまとった六人組。探検家のような上下の服の上に白衣という、相反するような服装をしていた。そしてやかましかった。


 ダンジョン内をキョロキョロと見渡すその六人組の正体を考えていたコアだったが、壁を掘り出したことでそれもすぐに氷塊する。


「ダンジョンに関する正式な研究員ってところか? 成る程な、本格的に調査することにしたのか」


 それと同時に最近ゴールド級冒険者たちがダンジョンに来ていた意味も理解した。この研究員たちの安全を確保するために進化個体の間引きに来ていたのだろう。研究員と言うのはこの世界では一定の地位にいるのかもしれない。


「第二階層を発見されたのも関係してるか? そこまで時間は経ってないか。おそらく前々から調査の予定があったんだろうな」


 この間、一組の冒険者パーティーに第二階層が見つかってからそこまで時間は経っていない。近くの街に研究員がいたのならとっくに調査に来ているだろうし、普段は王都などに住んでいるのだろう。


「それにしても……あの冒険者たちには第二階層は不評だったな」


 コアは失礼極まりない冒険者たちの事を思い出す。呆然とした後、情緒不安定になり逃げ出すようにダンジョンから出て行った。


「ダンジョンに認められたあの階層の良さがわからんとは。やはり脳筋は駄目だな。その点、この研究員たちはどういう反応示すか、少し楽しみだ」


 会話や行動から冒険者よりも圧倒的にダンジョンに精通しているのがわかる。彼らの判断次第で第二階層での時間稼ぎの度合いが決まるだろう。できる事はやった。来るなら来いと、コアは自信を見せていた。


 しかしその前に、予想外のところで研究員たちが釣れる。


『ドリック氏、ドリック氏! 早くこちらへ! 興味深いものがありますぞ!』


「いや、そこかいッ!」


 研究員たちは先ほどコアが造ったばかりの『湖』を見て騒いでいた。造ったものに良い反応をしてもらえるのは気分が良いが、肩透かし感は否めなかった。


 はしゃぎまわる研究員たちを見て、このタイミングで『湖』から新しいモンスターがスポーンしないかなと、悪戯心を覗かせていたコアだったが、ドリックと呼ばれていた男が突然野営すると言い出して驚いた。


「え、泊まるの? ダンジョン内で? マジか。初めてだな」


 人間がダンジョン内で一晩を過ごすのは初めてのパターンだった。しかも今回は二十人近い大所帯。ダンジョンエネルギー的に非常に美味しかった。


「ボーナスタイムかよ。エネルギーはいくらあったっていいからな。何ならもう一泊ぐらいしてもいいぞ?」


 ふざけ半分の言葉だったが、それが現実となりコアを更に驚かせる。


「マジか。いや、マジか。そんなに調べる事ある? 研究員、旨すぎるわ」


 第二階層も手前といったところ。サハギンがスポーンする水場でもう一泊決め込む侵入者たち。出血大サービスのお返しに何かしてやるべきかと一瞬考えたコアだったが、やっぱりやめた。


 結局、三日目に第二階層に到達するという超スローペースになった。研究員たちは碌に休んでいない癖に今日も元気だ。人の身でよくやるもんだと少し感心する。


 第二階層の見晴らしの良い、始まりの地点に到達すると、侵入者たちは一様に呆然としていた。研究員たちまでもが言葉を失い反応が薄い。コアはそれが不満だった。


 研究員たちにはそれなりの考え方があっての事らしいが、凄いものを見た時は『スゲー!』で良いと思うのだ。追い求める者として、大切にすべきは素直な直感だと考えるコアだった。


 行動不能の状態異常にかかったように動かない研究員たちだったが、ドリックと呼ばれている男が正気に戻す。


「やっぱりあの男がこの調査隊全体のリーダーか。研究員たちの反応が悪くても、あの男の興味が惹ければ時間稼ぎの目的は達成できそうだな」


 研究員たちの中で、第二階層を見ても唯一動揺を押さえ込んだ男。できれば感動して欲しかったところだがそこまでは望むまい。冒険者たちは馬鹿なので立ち直りは早かった。


 一行は細心の注意を払いながらダンジョンを進んでいく。これまで好き勝手動いていた研究員たちも、好奇心よりも警戒心が勝っているのか第二階層では大人しい。ただ、その中で動きを見せたのはやはりドリックだった。


 遺跡群まであと少しと言うところで脇道に逸れ出す。


「おっ、見つけたか。いいね。そうこなくちゃ」


 ドリックが見つけたシダ植物はコアが作ったものではない。メイハマーレに委任を付与したことで生まれてきた植物だ。能力をアップさせる効果とは違い、階層を成長させる能力は効果が出始めるのが遅いのだが、最近になってようやく変化が出てきた。あの植物もその変化の一つだった。


 コアにとってはこのような自分の予期しないダンジョンの成長を楽しみにしているのだが、そうは考えない者もいる。


「……そういえば、委任の能力で階層を成長させる事について、メイハマーレとは一悶着あったなぁ」


 メイハマーレに委任を付与してしばらく経ってから相談を受けたのだ。階層が変化している気がすると。この時に階層の変化は無意識の内に行われていることがわかった。コアとしては、自分の事を意識せずに自由に手を加えて欲しかったので、あえて説明していなかったのだが、知りたがっていたようなのでちゃんと教えてやったのだ。


 すると、メイハマーレから『御方がお造りになったものに、自分が手を加えるなどとんでもない!』と猛反発を受けてしまった。普段は素直なメイハマーレもこの時ばかりはなかなか譲らず、説得するのに難儀した。


(自分のせいで第二階層を台無しにしてしまうのが怖かったんだろうなあ)


 メイハマーレに任せている委任の範囲は広い。慕っている主が丹精込めて造り上げたこの階層を、その意に沿わぬ形に変えてしまったら、と考えてしまったのだろう。


 一生懸命頼み込んでくるので、折衷案として成長の方向性だけは示すと言うことで話をつけた。普段は無意識で行われている階層の成長も、意識すればある程度コントロールすることもできるだろうと言う考えのもとでだ。


 この際の説明にも手間取るだろうとコアは思っていた。超古代文明などという、コアにしかわからないロマンを語るのは難しいからだ。だが、意外なことにメイハマーレは理解を示し、その結果を実際に作ってみせた。


 コアは遺跡群にある建物を見やる。


(ベースを作ったのは俺だけど、メイハマーレが手を加えたことで大分それっぽくなったよな……)


 コアが刻んだ大きな刻印以外にも何とも意味ありげな刻印が施され、そこに時折不思議な光が走っていた。この世界の年代に照らし合わせれば、およそ似つかわしくない正に遺物。コアはメイハマーレの理解力に脱帽していた。


 この素晴らしき完成度を誇る作品を早く侵入者たちに見せびらかしたいと思っていると、どうやらその侵入者たちは遺跡群にある壁に到着したようだ。これは外壁ではなく、遺跡の広場に置かれている壁だ。その壁には壁画が描かれており、見る者に何かを伝えていた。


 ちなみにこの壁はコアが指示したものではないが、遺跡の雰囲気をよりそれっぽくしていた。何を意味するものかは知らないが、実に良い仕事をしていると言えるだろう。


(……俺が描いた壁画よりも出来がいいんだよなぁ。いや、でも俺は使えるものが限られてるし。別に負けたわけじゃないし)


 メイハマーレが作り上げた壁画に対して、聖域の壁に描かれている壁画を比べると見劣りしてしまう。別に、自分より優れた壁を作るなとは言わないが、主としてなんだかなぁと思ってしまう。


 コアが悶々としている間に侵入者たちは移動を開始していた。いよいよ建物のお披露目だ。この時ばかりはコアも少しばかり緊張する。ドリックの反応次第では今後の計画を少し見直す必要があるからだ。だが、何も心配する事は無かった。


「あ、これ大丈夫だわ……」


 建物の扉が開くのを見て、ドリックは打ち震えた様子で膝から崩れ落ち、大量の涙を流し始めたのだ。コアは第二階層での目的達成を確信する。


 しかし、まさかここまでの反応があるとは思っておらず、些か困惑してしまう。


 ドリックの反応は自動扉に驚いたと言うよりも、まるでアレが何だか理解しているような感じに見える。


「涙を流すほど貴重と言うだけで、外の世界に既にあったのかな?」


 でも他の研究員はそこまで反応してないんだよなあ、とコアが考えていると、良いタイミングで質問が飛んだ。


『ド、ドリック氏。どうしたのですか。この建物がそれだけ凄いものだと?』


『……存在したのだ。超古代文明は。この階層は、超古代文明の時代に限りなく近い場所にある。この建物がその証拠だ』


「…………超古代文明存在したの!?」


 まさかの展開に驚愕を顕わにするコア。


 妄想の産物だと思っていた超古代文明がこの世界にあったとは予想外だった。しかし、その後の研究員たちの話を聞いて納得した。


「ああ、成る程。マジックアイテムか。そういう考え方ね。うん、本当にあったのかもしれないな超古代文明。メイハマーレの理解が早かったのも実在したせいか?」


 モンスターが持っている謎の知識は世界から与えられていると言う話だ。進化を重ねたメイハマーレがその知識を持っていてもおかしくはない。


「何にせよ、説明する手間が省けたんだ。知識を持っているならいい感じに成長させてくれるだろうし、言う事ないな」


 順風満帆なダンジョンライフにコアが満足していると、話を終えた研究員たちが早速建物の調査に入ろうとしていた。コアはこれを阻止すべく動く。


「おっと。この階層が大切なものだと言う認識は植え付けられたし、ここは一旦お帰り願おうか。なるべく時間を稼ぎたいんでね。と言うわけで、ゴブリンたち行ってみよう!」


 コアは第二階層でスポーンするモンスター『ゴブリンオールド』たちを向かわせた。最初ゴブリンオールドを見た時は、第二階層でもゴブリンかと笑ったものだが、いざ試合をさせてみるとゴブリンとは思えない戦闘力を見せてくれた。ダンジョンエネルギーにも余裕が出たのでゴブリンオールドの精鋭を作り出すべく武道会を開催しているが その戦術の多彩さに驚かされる。ゴブリンだと思って舐めてかかれば痛い目を見る事になるだろう。


 そして実際、その通りになった。


 ゴブリンオールドの一体が上空に向けて魔法を放つ。冒険者たちはこれを仲間を呼ぶための行動だと思ったようだが、増援を送るのであればコアが指示をすればいいだけなのでそれは違う。


 その魔法が意味するところは、冒険者たちの隊列を崩し、誘い出すための撒き餌。まんまとつられた冒険者たちはいきなり劣勢に追い込まれた。


「相変わらず頭も良いなぁ」


 得意不得意はあるが、何でも武器を使えて、魔法も使えて頭も切れる。体の色も白いし、まるで小さなアテンでも見ている気分だった。


 進化していない状態でこれでは、少し強すぎる気もしたが、そもそもゴブリンとは始まりは精霊だったと言う話を聞いたことがある。それを基に考えれば、この強さも別におかしな事では無いのかもしれない。


 結局調査隊はコアの思惑通り撤退していった。その際ドリックの様子がおかしかったのが少し気がかりだったが、おそらく計画に支障は無いだろうと判断した。




 数日後、コアが新たに獲得した能力『天候変化』で遊んでいると、ダンジョンに騒がしい侵入者が入ってきた。


「離したまえ! もう何度も言っているだろう! 私はここに住むのだ! いい加減諦めたまえ!」


「今あなたにいなくなられると困るんですよ! 肯定派の未来はどうなりますか!? それに、学会や陛下にはなんと説明すれば!」


「そんなものは好きにしたまえ! もう私の知った事ではない! ここに住み、ここで死んで魂を捧げる事が、人類にできる唯一の罪滅ぼしなのだ! これ以上に大切な事など無い!!」


「また訳のわからんことを! 目を覚ましてくださいドリック氏!!」


「………………何なんだ?」


 研究者ドリック・ペイソンが、謎の情熱を漲らせてダンジョンに舞い戻って来たのだった。

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