第61話 歴史の真実 三

「ドリック氏! こちらをご覧ください! これは……竜、でしょうか?」


「竜と人型の何かが戦っているのかね? そして竜の後ろにあるのは……光る玉? この壁画は歴史を記したものか、あるいは何かの暗示か。ふむ」


「ドリック氏! こちらの壁画は、まるで人型の何かが竜を崇めているように見えます!」


「何? そちらは竜信仰かね? 現代でも強い生物を崇める部族は存在するが、この時代からあったのか……興味深い!」


 遺跡に辿り着いた研究者たちは早々にはしゃぎ回っていた。遺跡群の周りに朽ちかけながらも残っていた、壁に描かれた壁画に目を奪われ、早速検証に入っている。


 どうやらここに住んでいた人々は、おそらく竜だと思われる生物と深い関わりがあったようだ。現代でも、竜はその強さから特別視されているが、それは当時も同じだったらしい。


「この時代では、竜が普通に存在する世界だったのでしょうか? 竜と日常的に争わなければいけない世界など過酷すぎます」


「いやいや、それは早計だろう。竜が跋扈する世界など竜しか生きていけないだろうさ。やはり、単にこの部族の歴史を記したものじゃないか?」


「竜の後ろにあるものは宝でしょうか。龍が宝物を集めると言う話は有名です。それとも竜を倒した証、名誉を比喩したもの?」


 研究員たちが自分の考えを語り、熱く論戦を交わし合う。探索は止まり、当然のように野営の準備に入ることになった。


 しかしすぐ近くに屋根付きの建物があるのだ。使わない手は無い。冒険者の感覚ではそう思うものの、冒険者のリーダーは少し前のドリックを思い出す。もしあれらの建物がとても貴重で、ドリックの怒りを買った場合を考えると恐ろしい。冒険者のリーダーは用心を重ねて、使う前にドリックに確認を取ることにした。それが功を奏する。


「論外だ!!」


 即否定され、説教されるも、それ以上のお咎めは無かった。そしてリーダーの発言がきっかけで研究員たちの興味が建物に移り、全員でそちらに移動することになった。


 茶色を基調とするこじんまりとした家が立ち並ぶ。円形の外壁に円錐の屋根と、統一された家にはそれぞれ特徴的な刻印が掘られていた。


「あれは何を意味するものなのでしょうか、ドリック氏?」


「うむ、一つひとつが違う形をしていることから、表札のようなものか? 何かしら意味があるのは間違いないだろうが……ん?」


 ドリックは研究員と一緒に刻印を眺めていると、その刻印に一瞬だが光が走ったような気がした。陽の光によって大分わかりづらかったが、ドリックは妙にそれが気になってふらふらと建物の前に移動していく。


 そして建物の出入口だと思われる、四角い枠に囲われた扉の前に立った時だった。扉の周囲に掘られていた刻印に緑色の光が走り抜け、その直後『ブゥン』と言う、虫モンスターの羽ばたきに似た音を残し、扉が独りでに開いたのだ。


「ドリック様っ!」


 それを見た冒険者のリーダーはトラップが発動したのかと、とっさにドリックの前に出る。しかし扉が開いてるだけで建物の中から何かが出てくるような事は無かった。


「どきたまえ!」


 身構えながら訝しむリーダーがいつまでも前にいて、中を見る事ができないので強引に押しのける。先ほど起きた現象を理解できるのは、おそらくこの中でドリックしかいない。ドリックは感動と興奮で打ち震えていた。


 ダンジョンのトラップなどを除いて、独りでに動くその仕組みを人工的に生み出すことが可能だと推測される時代。そんなものは空想に過ぎないと、多くの研究員たちが切って捨てるその考え。


 ――超古代文明。


 今では再現不可能な凄まじい技術力で繁栄を誇り、そして何らかの原因で滅びたとされる過去の遺物。その存在の名残が、今、ドリックの前にあった。


「お、おお、おおおお……」


 ドリックの目から滂沱の涙が流れる。自分が長年追いかけていたものの欠片を、ついに見つける事ができたからだ。


 ドリックとて、最初はダンジョンを研究したいと言う想いだけで研究員になった。しかしダンジョンを研究するにつれ、様々な事が気になるようになったのだ。その中で見えてきたのが過去の超文明。いつしかその謎を解き明かす事に夢中になり、ドリックはこれまで走り抜いてきた。


 目の前の建物はおそらく岩だけで出来ているだろうに、今も刻印に光を走らせながら訪問者を招き入れるために扉を開け続けている。いかなる仕組みによるものか、全く理解できなかった。


 膝をつき、建物を見上げながら涙を流して動かないドリックを見かねて研究員の一人が声をかける。


「ド、ドリック氏。どうしたのですか。この建物がそれだけ凄いものだと?」


 超古代文明説を支持するのは研究員の中でも少数派だ。声をかけてきた研究員は超古代文明説の中立派か否定派なのだろう。ドリックはその事を残念に思いながら答えた。


「……存在したのだ。超古代文明は。この階層は、超古代文明の時代に限りなく近い場所にある。この建物がその証拠だ」


「超古代文明……? 聞いた事はありますが、眉唾物の話だと思っておりました」


「まあそうだろうな。今まで証拠らしい証拠が無かったのだから当然だ。人間は自分の理解できないものを否定したがるものだからね。だが……それも今日までだ! 世界に激震が走るぞ! これは、歴史的な大発見だ!!」


 この建物だけではない。これまで見つけたモンスターや植物がその可能性を後押しする。異常な景色についても、超古代文明が滅びた原因を探るのに大きな手がかりとなるだろう。


 研究者たるドリックの喜びように、どうやら本当に超古代文明は存在したらしいと、浮き足立つ研究員たち。これが実証できれば学会に名を残すどころの話ではない。今後の人生は約束され、偉大なる発見に従事した者として、歴史に名を残すことになるだろう。


 今回の調査に随行している研究員の中には超古代文明否定派の者もいたが、今後の事を考えれば身の振り方を考えなければいけない。このチャンスを台無しにし、人生を棒に振らないため、早速ドリックにゴマをすっておく。


「ドリック氏、此度の発見おめでとうございます! 私も超古代文明は存在するのではと考えていたので本当に嬉しいです! ちなみに、ドリック氏はいつ頃から超古代文明の存在を疑っておられたのですか?」


 満面の笑みでドリックに近づく小太りの研究員。これまで超古代文明の事など全く調べていなかったので、後でボロを出さないよう、この機会に少しでも情報集めておこうとさりげなくドリックから聞き出す。


「おお、そうなのかね! それは知らなかった。いや、何、肯定派は肩身が狭いのが現状だ。例えそうは思っていても口では否定派だと言ってしまう気持ちもわからんでもないのだよ! これからは安心して肯定派と名乗りたまえ!」


「ハ、ハハ。そうですな。そういたします」


 これまた満面の笑みで言い返されて研究員の男は少したじろぐ。言葉の捉えようによっては釘を刺されたと考えられなくもない。これからは慎重に行動しようと心に決めるのだった。


「それで、私が超古代文明を考えるようになった時期についてだったね。それは、私が研究員になって数年経った頃。きっかけはマジックアイテムだったのだよ」


「マジックアイテム……ああ、マジックアイテムはどこからきたのか、と言う議論の事ですな?」


「そうだ。肯定派の多くが理由を挙げている根拠の一つだね。その例に漏れず、私も超古代文明の入り口はそこだったのだよ」


 現代の技術力では再現不可能なマジックアイテムの数々。それらがどうしてダンジョンから発掘されるのか。マジックアイテムの起源は何なのか。これまで多くの議論が交わされてきた。しかし、結局はいつも『ダンジョンの不思議な力によって作られている』と言う結論で終わってしまう。


 彼らは自分たちを知に優れていると自負している。そんな自分たちが及びもつかない超文明があったなどとは認められないのだろう。否定派の中には、肯定派を、『研究員の癖に現実を直視しない愚か者』と馬鹿にする者もいるぐらいだ。肯定派からしてみればその言葉をそっくりそのまま返したいところなのだが、如何せん、はっきりとした証拠が出せないため、肯定派の勢力は弱いままだった。


「いつまでも変わらない状況に忸怩たる想いを抱いていたのだが、ある日、とあるマジックアイテムの開発成功が、私の中の想いを確信に変えてくれた」


「それは?」


「君も持っているだろう? マジックバッグだよ」


「ああ……」


 そういえばそうだなと研究員は思う。不完全ではあったが需要の高いマジックバッグと言うことで、当時はかなり話題になったものだ。


「しかし、何故その事がドリック氏にそこまで強い想いを抱かせたのですか?」


 マジックアイテムならば他にもモンスター除けや音を遮断するものなど、開発に成功しているものはある。それらとマジックバッグの違いがわからなかった。


「マジックバッグの開発には最先端のものが揃えられた。人、物、環境、天然のマジックバッグまで全てだ。その開発に携わった者の一人に知り合いがいてね。興味深い事を教えてもらったのだよ」


「ほほぅ」


 重要な情報は聞き逃さないと研究員の身体が前のめりになる。


「開発の終わり際、魔法使いが言ったそうだ。『マジックバッグは私より数段上の魔法使いが魔術を付与している。その魔術式には確かに、何者かの意思を感じた』とね」


「なっ!? その場に集められるほどの一流の魔法使いがそう言ったのですか!?」


「そうだとも。そこに、元からある世界の記憶の断片説を合わせるのだよ。つまり、マジックアイテムとはダンジョンが一から作り出したものではなく、過去にあったものを再現しているに過ぎないのだとね。マジックアイテムが我々人間に使えるような形状をしているのも、それを作ったのが過去の人間だったからと考えれば納得もいく。後は実際に超古代文明に繋がるような何かを発見するだけだったのだが、それもこうして見つかったと言うわけだよ」


「ははぁ。成る程……」


 これは否定派の立場が悪くなりそうだと思う研究員の男。しかし同時に懸念もあった。だがそれを見透かしているようにドリックの話は続く。


「どこまでいっても自分の考えを変えない否定派の連中はいるだろう。今回見つかったのも、超古代文明そのものというわけではないからね。だが、圧倒的大多数が肯定派になり変わるのは間違いない。我々は探求者。求めているのは真実だ。ただ色を示せば理解を示すのが我々と言う生き物だ。だから心配する事は無いのだよ」


「……それもそうですか。いや、ドリック氏の話を聞いて安心いたしました。ハハハ」


 否定派との縁を少しずつ切っていこうと胸に決める研究員の男だった。


 ドリックの話が終わるとこの遺跡が途端に宝の山に見えてくる。研究員たちは己の名誉のため。知的好奇心のため。早速調査に取り掛かろうとする。しかしそのタイミングで邪魔が入った。


「モンスター接近!」


 第二階層に入ってからほとんど姿を現さなかったモンスターが出現したらしい。斥候役の冒険者から警戒を促す声が発せられた。


「ここで戦って遺跡を壊すわけにはいかないのだよ! 大丈夫な所まで移動しよう!」


 ドリックの判断は迅速だった。ダンジョンなので壊れてもまた元に戻るかもしれないが、万が一の事は考えなければならない。後ろ髪を引かれる想いで研究員たちも遺跡から離れていった。


(さて、モンスターは何かね?)


 モンスターが来たら来たでドリックには気になる事がある。既に見つかっている一系統目のモンスターがこの階層に相応しい、太古のモンスターであるかもしれないのだ。今こちらに近づいているモンスターがあの山羊モンスターであろうと二系統目のモンスターであろうと、ドリックに新しい発見を齎してくれる可能性は高い。


 冒険者たちは岩山から離れている、開けた草地に陣取るとモンスターを待ち構えた。そこに現れたモンスターは――。


「白い……ゴブリン?」


 冒険者の一人がその見た事のないゴブリンに困惑した声を出す。


 身長は百三十センチ程と、ホブゴブリンより少し大きいぐらいだが、肌の色が白い。体格はよく引き締まっていて、良いバランスをしていた。腰蓑をしているのはお馴染みの姿で、頭に花かんむりを被ったりと多少装飾しているのが見受けられる。そんなゴブリンが五体、調査隊の前に現れていた。だが、そのゴブリンたちの一番驚くべきところは他にあった。


「まるで冒険者みたいだな……」


 誰かが呟いたその言葉が全てを表していた。ゴブリンたちは各々手に剣や盾、杖などを持ち、その役割に従い前衛と後衛に分かれていたのだ。知性の宿った目で冒険者たちの動向を伺い、迂闊に攻めては来ない。ゴブリンと言えど、その実力がわからない未知のモンスターだった。


(ほうほう! これが遥か昔のゴブリンかね!? 今とは全然違う! 実に興味深い!!)


 冒険者たちの集中を乱さないように内心で興奮するドリック。永い年月を経て辿って来たその進化の過程に心をくすぐられる。


(いや、これはどちらかというと退化かね? この白いゴブリンたちの方が種として優れているように見えるのだよ。時を経て逆に劣っていくなど、生き物としてモンスターは不思議なものだね。そういえば、モンスターの劇的な変化を進化、生き物の時の歩みを進化の過程と、同じ言葉を使ったりするがこれもなかなか……ん? ……進化の、過程?)


 考察を進めるドリックの脳裏に何かが引っかかる。探求者としての本能で、ドリックはこれが無視してはいけない類のものだと直感する。その原因を探るべく、さらに深い思考に落ちようとするドリックだったが、戦闘が始まり中断されてしまう。


 杖を持ったゴブリンが上空に向けて炸裂する魔法を放つ。その意味を悟った冒険者のリーダーは、研究員たちの護衛に何人かを残し、素早く決着をつけるため突進した。


「増援が来るぞ! 素早く片付けて移動する! 俺に続け!」


 一気呵成に前に出る冒険者たちであったが、いつの間にかゴブリンたちが隊列を崩し、横一列になっているのに気づく。何をする気だと思ったのも束の間、ゴブリンたちは手や杖を前に突き出すと、個体が魔法を唱え始めた。


「<ファイヤーボール>」


「<アイスランス>」


「<ストーンバレット>」


「<エアロブラスト>」


「<サンダーレイン>」


「ぅいっ!?」


 至近距離で魔法が直撃した何人かの冒険者が早々に脱落する。


 ゴールド級冒険者の面々はそれぞれスキルを用いて何とか耐えたが、シルバー級冒険者は反応が間に合わず大ダメージを負っていた。この戦法が有効と判断したのか、ゴブリンたちは二発目の準備に入っている。ゴールド級冒険者たちはそれを阻止するため素早く突っ込んでいった。


「体制を立て直せ! 俺たちが時間を稼ぐ!」


 いきなり旗色が悪くなった戦闘に冒険者のリーダーは舌打ちする。こんなに負傷者が出ては撤退もできない。かといって残った冒険者だけでは素早く片をつけることもできない。敵の増援が来るまでに体制を立て直せるか。時間との勝負だった。


「ゴブリンが魔法を……? それも、職業に関係なく全てが? もしかして彼らは、ゴブリンソルジャーやゴブリンマジシャンのように違う個体ではなく、全て同じ種類? あの種類だけで、状況に合わせてそれぞれの役割をこなせるのかね!?」


 ドリックは白いゴブリンの能力に驚愕する。現代のゴブリンとはかけ離れすぎていた。


「馬鹿な!? 優秀すぎる! ゴブリンとはここまで力を持った存在だったのか!? 何故、現代のゴブリンはあそこまで能力が低下した! 何故だ!?」


 ゴールド級冒険者三人が白いゴブリンたちと戦っている。前衛役の白いゴブリンはいくらか押され気味だったが、後衛のサポートを受けて何とか対等に戦っていた。


 ゴールド級冒険者と渡り合う小さなゴブリンの姿は、はっきり言って異常だった。


「永い時の果てに、ゴブリンに一体何があったと言うのだね……。昔のゴブリンはこんなに優秀だったと言うのに。……昔? ゴブリンは、時が経る毎に劣化していった……。それでは、もっと昔ならどうなる? それこそ、超古代文明時代のゴブリンは……。いや、いや待つのだよドリック。待て! そんな、こんな……」


 先走る曖昧な結論がドリックの感情をかき乱す。ドリックは今、人間として気づいてはいけない、過去の真実に辿り着こうとしていた。


「待たせた! 加勢する!」


「待て! それより撤退の準備だ! 研究員の方々を連れて先に退け!」


 ゴブリンたちは思ったよりもずっと強かった。このままモンスターの増援が来れば戦いが泥沼化する。そうなれば研究員たちの安全が危ぶまれると判断して、冒険者のリーダーは撤退を選択した。


 回復したシルバー級冒険者たちも状況はわかっているのでその指示に従い、研究員たちを連れて素早く撤退を開始する。宝の山を前にして未練タラタラで駄々をこねる研究員たちだったが、命の危機を前にしてそんな我儘は聞いていられない。罵声を浴びせられながらも強引に連れて行った。


「ドリック様! こちらへ! 早く避難しましょう!」


 冒険者の一人がドリックに声をかけるが、ぶつぶつと何かを呟き、心ここにあらずのドリックは何の反応も示さない。無礼だと後で咎められるのが怖かったが、手を引っぱって無理やり移動させた。


「私は、人類は、間違えていた……モンスター、進化、超古代文明を作り上げたのは……ゴブリンの特性、交配……劣化させた……人類の起源、歴史を奪ったのは……」


 ずっと不穏な事を言い続けているドリックが薄気味悪かったが、その冒険者は聞こえないふりをして、安全な場所まで一心不乱に逃げ出すのだった。

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