第50話 ツッコミ

 ゴールドのプレートをつけた冒険者たちがホブゴブリンを切り捨てる。難無く依頼を達成していく彼らだったが、その表情は一様に納得のいかないようなものだった。


 その顔はまるで、聞いていた話とは違うとでも言いたげだった。彼らは首を傾げながらダンジョン探索を再開する。のホブゴブリンを苦労することもなく倒し、ダンジョンの奥までやってきた彼らは、そこで泉を発見する。洞窟階層に突如として現れた泉に驚く彼らだったが、そこにいたゴブリンでもワームでもないモンスターを見つけたことで、その驚きはピークに達する。


 冒険者ギルドから何の報告も受けていないその新たなモンスター、サハギンを前にしてどうするか、喧々諤々と話し合う彼らだったが、サハギンが泉からその艶めかしい脚をにゅっと彼らに向けて一歩踏み出すと、彼らは慌ただしく踵を返し、ダンジョンから出て行った。


「はっはっは。そんなゆっくりとしていていいのかな? ダンジョンはどんどん成長していくぞ!」


 慌てふためいてゴールド級冒険者たちがダンジョンから出ていくのを、コアは笑いながら見ていた。


 予定通り以上に事が上手く運んでいることに、コアはとても上機嫌だった。ダンジョニストとして因縁の相手に引導を渡してから数日。コアは今日のことを想定して色々と行動を起こしていた。


 シルバー級冒険者たちを全滅させた際、ホブゴブリンの一体がゴブリンジェネラルに進化してしまって、嬉しいやら焦ったりやらしていたコアだったが、彼らを全滅させた恩恵はとても大きかった。さっきまでダンジョンにいたゴールド級冒険者たちが四体ものホブゴブリンを倒したのにも、そこに秘密がある。


 コアの能力の一つ、『召喚』に進化後モンスターが追加されたのだ。追加されたと言っても、それはホブゴブリンとスモールワームだけだが、これのおかげでコアは精鋭ホブゴブリンを失わずに済んでいた。


(いつか追加されるとは思っていたが、このタイミングでくるとはやはりダンジョン様はわかっていらっしゃる。クックック、奴らはさぞかし不思議がっているだろうな。シルバー級冒険者たちを倒したと思われるホブゴブリンが、何の手応えもないのだから)


 召喚したホブゴブリンは通常個体、つまり、何の強化もされていない個体だった。コアも再度認識したことだが、やはり精鋭モンスターと通常モンスターではその強さに大きな差がある。ゴールド級冒険者たちには、ホブゴブリンにシルバー級冒険者がやられたことが到底納得いかないだろう。しかし、それが問題になることはない。


「奴らはゴールド級冒険者で、やられたのはシルバー級冒険者。そもそも強さが違う。ダンジョンエネルギーの吸収具合でもそれは確認済みだ。奴らが冒険者ギルドで、聞いていたよりもホブゴブリンは弱かった、と報告しても、さすがゴールド級冒険者だと処理されて終わりだ。しかも、ホブゴブリンを四体用意したことで、そちらに意識も流れやすい。いずれにしろ、標的であった『ホブゴブリン』を想定数よりも多く倒したと言う事実に変わりは無いのだから、何の問題もなく依頼達成になるだろうさ」


 冒険者たちに成果を上げさせてやることに関しては万全の対策ができていたので、コアがその次に考えていたのは精鋭モンスターを第二階層へ移動させる方法だ。


 今回、ゴールド級冒険者たちはサハギンを見て撤退していったが、サハギンを倒して奥まで進んで来ることも考えられた。それまでに第一階層に残っている精鋭モンスター、ホブゴブリンとスモールワームを移動させておきたかったのだ。


 ダンジョンワームにもどうにかできないか確認してみたが、彼女がウォーターワームを移動させた方法は、体内に異空間のゲートを作り出し、ウォーターワームを飲み込むと言う、ちょっと引いてしまうような特殊なもので、さらにやはり最低限、自我を持っていることが必要だと言うことがわかった。


(階層を移動するには『移動するという意思』が必要という話だったな。なかなか興味深かった)


 そのため、ここ数日はホブゴブリンとスモールワームで試合をさせ、自我の獲得に邁進してもらった。その結果、無事にゴブリンジェネラルとミドルワームに進化し、それと同時に自我を得た彼らは第二階層に移動済みだった。


「ダンジョンの防衛と言う意味でも、後々委任を付与して新しい世界を見せてもらうと言う意味でも、強い個体は必要だからな。誰一人精鋭が欠けることなく、ここまでこれたのは良かった」


 色々な世界を見るためにはたくさんの種類のモンスターが必要不可欠だ。精鋭モンスターをどのように強化し、どのように生き残らせていくかは、コアにとって優先度の高い課題だった。


「できればサハギンも進化させたかったが、間に合わなかったんだよなあ。そろそろだと思うんだが……」


 コアが把握している限りではサハギンは精鋭と言うレベルにはならないだろうが、それでも最初の個体からコツコツと経験値を溜めてきている。ここまできたら進化させてあげたかった。


「サハギンが終わったら次は第二階層のモンスターたちに移りたいからな。頑張って進化してもらおう。しかし、第二階層のスポーンモンスターには意表をつかれたなぁ。まさかあんなことになるとは……。なんだか最近、驚きすぎて疲れてきたかも。あの問題も再燃してきたし……。いや、今はいい。ひとまずサハギンの進化に集中しよう」


 現在コアを悩ませている恒例の問題を棚に上げ、なるべく早く進化してくれよと、コアが祈りながらサハギンを召喚すると、いつもの白い粒子ではなく、黄金に輝く粒子が降り注いだ。


「何事!?」


 突然のことに驚くコアをよそに、黄金の粒子はサハギンの形をとると、キラキラとした残滓を残しながら一気に散っていった。黄金のベールから出てきたのは装備品をまとった凛々しいサハギン。通常のサハギンも最初から黒い三叉の槍は持っているが、このサハギンはその槍からして違った。


 巨大な角から削り出したかのような高級さと力強さを感じさせる真っ白な槍は、どこか神聖な雰囲気を醸し出している。体には薄い水色の羽衣を被っていて、両の腕には青と白のコントラストが美しいブレスレット、両脚にはトライデントの装飾が描かれた、煌めくシルバーグリーブをはめていた。


「レア演出かよ!? え、待って。これって、もしかしてアテンと同じやつ……? 生きてる装備品!?」


 コアの理解が及ばないうちに二体のサハギンは相対し始める。相変わらずぬぼーっとしている最初のサハギンと、心なしか目つきがキリッとしている装備付きのサハギンは、互いに目と目で通じ合うと唐突に戦い始めた。


「あれ……? これってどうすればいいんだ? 装備品付きのモンスターは装備品を持ってるってだけで、個体として優秀ってわけじゃ……ないよな? それとも、それとは関係なしに装備付きってだけで別にもう一体確保しておくべき? でも正直サハギンを二体確保しておく余裕は……」


 コアがもんもんと考えているうちに、試合は殊の外早く終わってしまった。


 ぬぼーっとしたサハギンが手に持つ黒いトライデントを高々と掲げる。勝利宣言を終えると、倒した装備付きサハギンの方に近づいていった。


 何をするつもりなのか、コアが黙って見ていると、いそいそとその装備品を剥ぎ取り始めた。


「……」


 剥ぎ取った装備品を着々と身に付け、両手に黒と白のトライデントを持ったサハギンは、両腕を広げ、一声甲高い声を上げる。すると泉の水が逆巻き出し始め、段々とサハギンの姿を隠すようにドーム状の形になっていった。


「……ッ、自由かよ!!」


 コアが万感の思いを込めながら心からのツッコミを入れていると、水のドームが崩れ落ち、その中から生まれ変わったサハギンが現れた。


「進化してるぅ……」


 水をしたたせながら現れたのは、『トリトーンウティカ』という種族のモンスターだった。身体のほとんどを鱗で覆った人型のモンスターで、尖った頭頂部からは長い髪の毛のように、上ビレがついた尻尾のようなものが膝裏まで垂れ下がっている。


 がっしりとした肩には菱形の青く美しい宝石が埋め込まれており、その肩からは四本の腕が生えていた。左右の腕一本ずつに漆黒の槍と純白の槍を携えており、それを水底に真っ直ぐ突き立てている。残る二本の下腕で腕を組む姿は実に堂々としており、強者の風格を漂わせていた。


 腰には薄い水色の羽衣を巻き付け、それが水面に揺らめく。両の脚には太ももから脚の先までを覆う銀色のサバトンを装着し、太ももの部分にはメタリックブルーの雷とトライデントが刻印されていた。


 ダンジョンの淡い光に照らされた水面に、目を伏せて静かに佇むその姿は、なんか悔しいが、文句なしにかっこよかった。


「……なんか悔しいとか、腑に落ちないとか、姿が変わりすぎとかツッコミどころが多いけど、いや、待て。剥ぎ取った装備品を自分のものにした……? 装備付きの個体として生まれ変わったのか!?」


 コアはアテンから、生きている装備品は持ち主が死んだらそこで成長が止まると聞いている。故に、それ以上の活用法は考えていなかったのだが、今回の件で今一度見直してみる必要があるようだ。


「そんなのありかよ……いや、すごいな。正直、考えてもみなかった。装備の引継ぎとでも言うのか。これを知れたのは大きいぞ! まだまだ知らないことがたくさんあるな!」


 新しい発見を逃さないように、一つひとつのことにもっと想像力を働かせる必要性を感じた。


「それを教えてくれたサハギンには感謝しなければな。それで、当のサハギン、トリトーンウティカだが、これ、絶対に普通の進化じゃないよな? 装備の事は別として、何か特殊な進化をする条件を満たしていたんだろうか? ……まぁ取りあえず移動させるか」


 わからないことも多いが、トリトーンウティカの様子からおそらく自我も獲得しているだろうし、第二階層への移動を優先させる。


 本人に聞けばいくつかの疑問も解消できるだろうと、コアはトリトーンウティカに思念のようなもので指示を送った。すると、トリトーンウティカは四本の腕をゆっくり大きく開く。


「おお、感じる。尊き御意思を。すぐに参ります。そして、待っていてくれ我が雷の君。また共にあろう!」


 トリトーンウティカはそう言葉を残し、第二階層へと下りて行った。


「何なんだ……?」


 進化しても独特なのは変わりないようだ。何はともあれ、第一階層の目ぼしいモンスターの進化は終わった。コアは次のことに取り掛かる。


「第二階層のモンスターたちの進化は……後回しだな、残念ながら。じゃあ新しく増えた罠にいってみようか!」


 シルバー級冒険者たちを吸収したことで増えた能力は一つではなかった。コアは『罠設置』に新しく追加された『木』に意識を向ける。


 『木』――それがどんなものであるかは、このダンジョンとの付き合いもそこそこになってきたコアには薄々わかってはいたが、あえてそこには目を向けず、新鮮な気持ちで『罠設置』を発動した。


 コアの目の前に光が集まると、次の瞬間、そこには石畳の上に生える、長さ五十センチ程の茶色い細い棒が立っていた!


「はい、棒!! 小学校低学年ぐらいの男の子が好んで拾って振り回しそうな丁度良い棒です! 枝ですらない! わかってましたぁ!!」


 慣れた様子でお約束を済ませると検証に移る。


「うん、どうしようか。落とし穴の下に設置してダメージでも狙ってみるか? 落とし穴の深さより棒の方が長いけどな! まあ工夫次第でできなくもないけど、むしろクッションにしかならなそう……。それとも広場変更の方向で模索してみるか?  委任のことも視野に入れれば成長していくだろうし。泉の中に棒を沈めて、ゆくゆくはマングローブみたいになったら嬉しいな!」


 自然と水の共演。コアの妄想がはかどる。


「そういえば落とし穴に関しても活用法を探していかないとなあ。装備付きのことで新しい発見があったばかりだ。見落としがないか注意しなければ。……落とし穴だけに」


 コアがこれまで落とし穴を使ってこなかった理由は色々ある。ダンジョンエネルギーの節約だったり冒険者たちを油断させるためだったり、精鋭モンスターたちの戦闘に水を差さないようにだったりだ。しかし、今のダンジョンはそのステージにはない。能力を持て余しているのはよくないし、これからは積極的に使用法を考えるべきだろう。


「そのためには、潤沢なエネルギーがいるんだが……あぁ悩ましい」


 ダンジョンではコアが何をするにしてもダンジョンエネルギーを要求されるが、最近のコアは再び浮上してきたエネルギー問題に頭を抱えていたのだ。


 シルバー級冒険者たちを吸収したことで一時的に余裕ができたのだが、この先を考えれば芳しくない。なぜならば――。


「御方、ご報告がございます」


 コアは自分に声をかけてきた者――エネルギー問題の筆頭――を見る。そこには、コアが使う言語をしっかりと操り、宙に浮く、まだ少女と言える年代の一人の女の子がいた。その少女は告げる。


「アテンが戻って参りました」

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