第51話 触手

 ――アテンが戻った。コアはそう報告してきた少女を改めて見やる。


 ブラウンよりの金髪を肩まで流したその顔は、どこかで見たことがあるような気がしつつも、非常に整っていた。しかしその表情には変化が乏しく、まるで人形のような作り物めいた印象を受ける。上半身には何も身に付けておらず、華奢な身体があらわになっている。


 下半身には赤と紫の中間のような色をした肉感的なドレスをまとっていた。そのドレスには黒色で、所狭しと術式のようなものが描き込まれ、腰周りには無数の白いとげとげしたものを生やしている。円すい状になっているドレスの先は、更に小さな円すいで括られ、尖った先端には鮮やかな赤色の魔法陣が展開されていた。


「そうか、報告ご苦労。それでは異空間のゲートを開き、アテンを迎えてやれ」


「畏まりました」


 コアの指示を聞いてゲートを開く準備をする少女。


 そう、ダンジョンの外にいるはずのアテンの接近を感じ取っていることからもわかるように、この少女はダンジョンワームが進化した姿だった。


 最近は危機迫るといった様子で訓練に打ち込んでいた甲斐あって、ダンジョンワームは数日前についに進化を果たしていた。


(あの時はびっくりしたなぁ……)


 コアはその時のことを思い出し、少し遠い目をする。ダンジョンワームの進化は嬉しいことだったが、同時にとても衝撃的なものだったのだ。


 ブゴーとの激しい訓練を終えたある日、ダンジョンワームの周囲に紫色の霧が発生した。期待に胸が膨らむコアだったが、霧が晴れた時そこにいたのは、ダンジョンワームの色を変えて全体的に少々大きくしたようなワームだった。これまで進化してきたモンスターたちと比べると、変化の度合いが少し大人しめだな、というのがコアの率直な感想だったのだが、そんな考えは直後に吹き飛ばされた。


 そのワームは体をプルプルとさせると、口をベロンと裏返しにして、無数にあるとげとげとした歯をむき出しにした。


 ギョッとしながらも、何が起きるんだとコアが注視していると、ワームは口からおびただしい数の触手をズリュっと吐き出したのだ。ウネウネと蠢く触手に、名状し難き何かを感じてぶっちゃけ引いていたコアだったが、触手はやがてまとまり出すと人の形を模って行った。そして何の能力によるものかはわからないが、見た目には人間にしか見えないほどの擬態が完成したのだ。


(真実を知っていても未だにあの少女の身体が触手だとは思えん。さしずめ、か弱い少女を装った擬似餌といったところか。恐ろしいことだ)


 もしダンジョンワームの頭脳であの擬似餌をフル活用するとしたらどうなるのか。コアは期待半分怖さ半分といったところだった。


(そういえば進化したんだから、もうダンジョンワームと言う名前で呼ぶのはおかしいよな。何か名前をつけてやるべきか……)


 ダンジョンワームが進化した種族名は『ウィルムクロノス』だった。名前からして強そうな感じがするが、実際強い。元の強さを考えれば、進化した時にどれほどの強さになるだろうかと思っていたが、空間能力と相まってその強さは底が知れなかった。全力時には如何ほどの力を見せてくれるのか、それを考えるだけでコアはワクワクした。


 その代償に消費されるダンジョンエネルギーには全くワクワクできないが、それに見合うだけの強さと言えるだろう。


(さて、そんな強さに相応しい名前をつけてやりたいが、女の子だからな。その点は考慮しないといけないだろう。うーむ、何となくだが、魔女っぽい名前がいいか? そうだなぁ……。よし、決めた!)


 コアが直感でウィルムクロノスの名前を決定していると、異空間のゲートを潜ってアテンが久しぶりにダンジョンに戻ってきた。アテンは進化したウィルムクロノスを見て目を見開く。


「よくぞ戻ったなアテン。フフ、驚いたか? ダンジョンワームが数日前に進化したのだ」


 ウィルムクロノスをダンジョンワームと呼んだ時に、なんだか顔がしょんぼりしたような気がしたが、触手なんだからそんなはずないよな、とコアはスルーした。


 コアに声をかけられたアテンはすぐに跪き、帰還の報告を行う。その声は久方ぶりにコアに会えたことに対する喜びに満ちていた。


「ハッ、このアテン、無事任務を達成し戻って参りました! ダンジョンワームに関しては、そうですね。確かに驚きました。以前と比べて、だいぶ強くなっているようです」


「ふっふっふ、そうかそうか。まぁひとまずは、此度の計画が上手くいったようでよかった。それで、早速外の世界の話といきたいところだが、俺もうっかりしていてな。その前にやるべきことがあるのだ」


 頭に疑問符を浮かべるアテンとウィルムクロノスを前にコアを続ける。


「ウィルムクロノス、ダンジョンワームが進化した姿だが、名前を授けようかと思ってな。進化と此度の計画の成功と、良いことが続いた。それを祝すのに丁度良い機会だと思うんだが、どうだ? ウィルムクロノス」


「ありがたき幸せ! 是非、お願いしたく思います!!」


「お、おう」


(意外とガッついてきたな……)


 テンパっているのか、いつもより冷静さを欠いている様子のウィルムクロノスはどことなく嬉しそうで、その顔はキラキラしているように見えた。


(触手だよな……?)


 だんだんと自信が無くなっていくコアだった。


「んん、せっかくだからアテンも一緒に祝ってやってくれ。それでは名づけを行う。ウィルムクロノスよ。お前には『メイハマーレ』の名を与える! これからもより一層精進し、俺のために、ダンジョンのために尽くせ!」


「ハッ! 『メイハマーレ』の名、確かに頂戴いたしました! さらなる、深き忠誠を、貴方様に捧げることをここに誓います!」


 メイハマーレはそういうと下半身を床につけ、コアに向かって丁寧にお辞儀した。


「喜んでくれたようで何よりだ! お前たちが頼もしくなってくれて、俺は嬉しいぞ。アテン、お前も少し見ないうちに成長したんじゃないか?  三日会わざれば刮目して見よと言うが、まさにこのことだな」


「ありがとうございます! 正直なところ、強さと言う点ではあまり収穫が無かったように思いますが、初めてダンジョンを出たことで様々な経験を積むことができました」


「うむ。経験は積み重なっていずれ力となる。それを生かすも殺すもお前次第だが、アテンならばきっと無駄にするような事はないだろう。お前の成長を楽しみにしているぞ」


「ハッ。過分なるお言葉、恐悦至極にございます! 御方のご期待に応えられるよう、精進して参ります!」


 コアとモンスターたちの一連のやりとりが終わると、話は今回の計画の成果に移っていった。


「っと、その前にアテン。エネルギーの再接続を行うぞ」


 そこでコアが思い出したように言う。いくらダンジョンエネルギーが不足気味だからといって、外で頑張って帰ってきた我が子にエネルギーの供給を渋るほどコアはケチではない。アテンにパスを繋げようとするコアだったが、それはなんと、アテンによって断られてしまった。


「いえ、御方。それは非常にありがたいお言葉でありますし、私自身もエネルギーを賜りたいところではございますが、まだ外にやり残したことがございます。ご報告とご相談を終えたら、それを処理しに戻ろうと思っておりますので、御方がお手を煩わせることはございません。そのお心遣いと、こうして御方にお会いできただけで、私は満たされておりますので、どうかお気になさらないでください」


「……」


 コアはその言葉に感動していた。


(アテン、こんなに立派になって……! いや、もともと立派だったけど、なんかこう、大人っぽくなった気がする! たかだか一、二週間程度、外の世界に行っただけでこんなに変わるのか……。子供の成長は早いなぁ。こうして大人になって巣立っていくのか)


 コアはしみじみと感傷に浸る。先程のアテンの言葉の中にあった『ご相談』という不穏な言葉を忘れるためにも、それはもうしみじみと浸った。


「そうか……せっかくの申し出だ。お前の意思を尊重するとしよう」


(もしかして、ダンジョンエネルギーが少なくなっていることも考慮しての発言だったりして。見抜かれてたり……? アテンならあり得るのが怖いな)


 頼もしすぎるが故に、時に困ってしまうこともあるアテンの扱いに悩みながら、コアはアテンに報告を促した。


「では報告いたします。まず人間共ですが、数だけは多いと思いました。しかしその中でも戦える者は限られており、更には冒険者を始めとした戦闘員の中でも、気にかけておくべきはミスリル級以上の冒険者であり、その数は極僅かのようです。今回、オリハルコン級冒険者は見つけることができなかったのでその力の詳細までは分かりませんが、所詮人間。各階級間の冒険者の力の差を考え、かつ、優れた装備品を所持していると仮定しても、御方が治めしこのダンジョンの敵ではないでしょう」


「ほう……。それは良いことを聞いた」


 アテンの報告は、冒険者に物量で責められることさえなければ、どうにか防衛できることを示していた。アテンは過剰にコアをヨイショする癖があるので鵜吞みにすることはできないが、今後の冒険者に対する防衛の仕方や、いくつか気になっていた検証事項を冒険者たちの目を気にすることなく試したりと、色々できることが増えそうで今後の計画が捗る。


「そして紅蓮の洞と言うダンジョンのことですが」


「ほう!!」


 ダンジョンのこととなればコアは強い反応を示す。アテンは予めそのことを理解していたので、第五階層までのモンスター、階層タイプ、広さなどを一つ一つ丁寧に説明していった。


「成る程。一層一層が広いとは聞いていたが、そこまでとはな」


 メイハマーレが取り込んだ女の冒険者の知識から紅蓮の洞が広いことは知っていたが、実際の話を聞くと予想以上だった。そして非常に参考になった。


(日夜冒険者がやってきてモンスターを討伐しているのにその出現数と遭遇率。モンスタースポーンの間隔はダンジョンの広さに比例するのか? ただダンジョンを拡げるだけではなく、それ以外の意味もあるとすると『拡充』の重要度が上がってくるな。うーむ。検証したい!)


 ついでに紅蓮の洞や新しいモンスターも見たい! などとコアが思っていると、アテンは今回の計画の戦果をコアに差し出す準備を始めていた。アテンはコアの前にショートソードやマジックバッグ、緑や青のポーション、赤い宝石のついたピアスを並べ、そして最後にトロールタフから獲得した装備品を恭しくコアの前に置く。


 意識を戻したコアの目に飛び込んでくるのは、やはり装飾、大きさ共に目立つ、一式の上質な装備品だ。


「……アテン、その装備品はどうした?」


「はっ。紅蓮の洞第五階層で、運良くトロールタフの装備付きを見つけることができましたので、殺して奪って参りました」


「そ、そうか」


 コアはアテンの運の良さに驚く。装備付きのモンスターは出現率が極めて稀のはずだ。それをたった一度のダンジョンアタックで発見するとは。そしてコアはその装備品を前に悩む。

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