第47話 悪巧み

 コアのダンジョンでゴブリンストーカーが顔を真っ青にしている頃。アテンは紅蓮の洞の第三階層で初の睡眠を終え、第四階層へと進もうとしていた。


 モンスターが蔓延るダンジョン内で、何の対策も無く、しかも一人で眠っていたアテンには度々モンスターたちが襲い掛かろうとしたが、いちいち相手にするのも煩わしいので、気配で察知する毎に<威圧>で追い払った。


 合間合間に起こされたので十分な睡眠が取れたとは言えないが、活動に支障はないと判断して行動を開始する。アテンは第四階層までの短い距離を歩きながら、自分の内にわだかまっているモヤモヤに困惑していた。空腹、睡眠不足、慣れない環境、御方がいないこと。ダンジョンから出て初めて感じる様々なストレスが、アテンの感情を刺激し、アテン本来の、一個人としての自分がさらけ出されようとしていた。これがアテンに何をもたらすか。釈然としない気持ちのまま、アテンは第四階層へと向かった。


 第四階層へと降り立ったアテンは思わず「おお」と声を漏らす。そこには、ようやく味気ない洞窟階層が終わったことに対する小さな喜びが表れていた。紅蓮の洞第四階層は、幾重にも織り重なる植物の壁で構成された、蟻の巣のような造りだった。蟻の巣とはいっても下から上に広がっていて、見上げればいくつもある空間の先が暗闇に閉ざされていた。


 アテンは周囲を見る。すると壁を構成する植物の内の一つ。その種類の花から淡い光が放たれているのがわかった。


「ふむ。広場に入るとそれを感知して光が灯る仕組みか。だが、モンスターの場合は反応しないようだな」


 アテンは上層を見る。常人には知覚できないだろうが、アテンの目と<気配察知>は、暗闇に蠢くモンスターの姿を捉えていた。


「まあ良い。ひとまず進むか」


 上に登って行く道は見当たらないのでアテンは真っ直ぐ進んでいく。上から感じるの気配を気にしつつ、アテンは第四階層の探索を開始したのだった。




(上の階層と比べると冒険者共の数が減ったな)


 変わらず第四階層の下層を移動してしばらく。両手に持った獲物を頬張りながらアテンはそんな感想を抱いていた。アテンの右手には引きずるように蛇のモンスター。左手には蜂のモンスターが握られている。第三階層では食事ができなかったからか、余計に美味しく感じられた。


 周りの壁と同じような体の色をしている蛇のモンスターは、変な臭みもなく筋繊維に沿って割きながら弾力のある肉を味わうと、楽しく美味しく食べられる。緑と黒のボーダーに、アクセントの黄色の模様が所々にある蜂のモンスターの方は、頭と胴体は論外で、尻の方には甘みがあり花の香りが感じられた。


(しかし妙だな。一番遠くにいる冒険者でも上には向かっていないようだ。登って行くのではないのか? 上にはモンスターがいるだけで、第五階層への入り口はこのまま下層にあるのか?)


 十分な量を食べたアテンは、食べ残しを投げ捨てクリーンを掛けてから腕を組む。


「このまま進むのも構わんが、上に行ってみるか。少し遠回りになってしまうかもしれんが、冒険者共が探索していないのであれば、何かしら発見できるかもしれん」


 アテンの目的の一つにはマジックバッグの確保がある。そう都合良くはいかないだろうが、行動してみなければ手に入るものも入らない。


「そうと決まれば後は上に行くための道だが、ここまでは見かけなかったな。冒険者共のことも考えると、この先も道は無いのかもしれん。壁をよじ登っていくこともできるが……美しくないな。御方の配下として相応しくない真似はできん。と、すれば……」


 アテンは明晰な頭脳で解決手段を模索する。そして気配察知で一回り大きいモンスターの反応を捉えると、口角を上げ笑みを浮かべた。アテンはそのモンスターの元へと駆け出した。


「足場の確保だ!」




 その広場には一際大きい蛇のモンスターがいた。アテンは気配を殺して近付く。第四階層にいる一般的な蛇のモンスターは全長5メートル程だが、その大きい蛇のモンスターは全長10メートル程もあった。進化個体なのであろう、体の色は変わらないが、頭の後ろに付いている大きな三つの花がエリマキのように咲いているのが特徴的だった。アテンは上層の着地ポイントを確認すると広場に入っていく。


 蛇はすぐにアテンに気が付き襲い掛かってきた。アテンを丸呑みしようと言うのか、大口を開けて突っ込んできた蛇に対し、アテンは瞬間的に強めの<威圧>を放ち蛇の動きを制止させる。金縛りにかかったかのように動かない蛇に近寄り、その頭を蹴り上げると素早く反転。三角跳びの要領で壁を蹴ると、体が伸びあがった蛇の口先に着地した。


 膝を曲げ、着地した姿勢のまま脚に力を込めると、上に向かって更に跳躍する。跳躍に込められた凄まじい力に蛇の顔面は潰れ、アテンは一気に上層へと到達した。


「うむ、まあこんなところか」


 流れるように離れ業を決めた後、アテンは一連の行動を軽く評価すると、さっさと上層探索を開始するのだった。


 上層に上ったアテンはすぐにもう一つ上の層へと移動した。今更冒険者共の戦闘を高見の見物しても得られるものはないし、気配を消そうとも広場が光ってしまいこちらの存在がばれてしまうからだ。


 上層が穴場の可能性がある以上は冒険者共の意識を上に向けたくはない。一層も挟めば光が下に漏れることはほとんどないので、上に向かう道をすぐに見つけたこともあってアテンは即断即決した。


 下層から一つ上がれば造りが変わるのか、上に移動できる道が散見された。


 アテンは特にあてもなく進んでみる。するとすぐにこの階層が異常であることを確信した。


 アテンの、広範囲をカバーする<気配察知>が無数のモンスターの反応を捉えていた。第一階層から第三階層までのモンスター数と比べても段違いに多い。更に上、更に奥に行くほどその数が増えていっているので、何かしら原因があるのだろう。だが、ダンジョンに異常が起きていようと夥しい数のモンスターがいようと、別にアテンが困るわけではないので、引き続き<威圧>を放ちながら宝箱を探した。やはり冒険者は下層にしかおらず、このモンスターの数からして上層はあまり探索されていないようだ。宝箱が見つかる可能性は十分に考えられた。


 アテンの読み通り、その後二つの宝箱を発見できた。中に入っていたのはポーションとマジックアイテムのピアスで、マジックバッグではなかったものの、嵩張らずに持ち帰れるものだったので上々だろう。


「このピアスがマジックアイテムであることはわかるが、流石にその効果まではわからんな。確かゴブリンストーカーにアイテムを目利きするスキルがあったはずだ。帰った時にでも聞いておくか」


 一先ずピアスを袋に仕舞うアテン。宝箱を探すのに随分奥まで進んできていた。


「この辺まで来ると進化個体もそこそこいるようだな」


 アテンは宙を縦横無尽に飛び回る蜂のモンスターを見やる。その中には周りの個体よりも一回り大きく、全体的にごつくなった蜂がちらほら交じるようになっていた。


「このモンスターの異常発生の元となっている何かにも大分近付いたようだな。どれ、折角だ。何が起きているのか見てくるか」


 アテンは<気配察知>ではっきりと捉えられるようになったその場所。一つの箇所に無数のモンスターが群がっている地点に向かい出した。異常地点に近付くごとにモンスターが増えていく。<威圧>を放っているアテンが襲われることはないのだが、その中でアテンはあることに気付いた。


 アテンに襲い掛かろうとして<威圧>に気圧され逃げる個体と、そもそも仕掛けようともせずに逃げていく個体がいるのだ。ダンジョンのモンスターとしては同じであるアテンには、これもまた異常なことであるのがはっきりわかる。ダンジョンモンスターの役目はダンジョンを守ることだ。それは己の命よりも優先される。故に、彼我の戦力差がどれだけあろうが襲い掛かるものなのだ。敵わないからといって背中を向けて逃げ出すことなど有り得ない。


「それでもそんなことがあるとするならば、それはダンジョンのくびきに縛られていないということ。ふっ、そういうことか。見えてきたぞ、この異常発生の原因が」


 冒険者にばれないままここまで数を増やしたカラクリが段々とわかってきたアテンが一人納得しながら歩いていると、広場の光を反射する金属の輝きがあることに気付いた。


「むっ! あれは!」


 アテンが珍しく興奮を示すその視線の先には、まるでその身にあつらえたかのような装備品を身に付けた一匹の蜂モンスターがいた。頭には棘々した金属の被り物をし、口のハサミには沿うように小さく鋭利な刃が付いている。頭と胴体、そして尻を繋ぐ細い関節は金属のリングで覆われ、比較的柔らかい尻の部分は動きが阻害されないよう、細く薄い金属が折り重なるように全面を覆っていた。


「いいぞ! ようやく見つけたぞ装備付き! 人間共はヴァリアント種と呼ぶんだったか、個体数が極端に少ないようだが運が良い。これで御方に一つ良い報告ができるな。しかし……」


 アテンは悩む。その目はアテンの<威圧>に気圧されて逃げていく蜂モンスターの姿を追っていた。


「まだ弱いな。今狩ってしまうのは惜しい。だが放置している間に冒険者共に横取りされる危険もある。どうするか」


 アテンは腕を組みながらしばし考える。確実性を取るなら今狩るべきだ。リターンは少なくなるが希少品を確定で手に入れることができる。放置すればいずれリターンは大きくなるがリスクも発生する。冒険者共が第四階層のこの現状を把握すれば討伐に踏み切るのは間違いない。その際にヴァリアント種が見つかれば率先して狩られるだろう。アレが強くなるまでにどの程度時間が掛かるかという問題もある。


「少々決め手に欠けるか。冒険者共がこの事態を発見・報告し、討伐隊が組まれるまでにはまだ時間がある。この異常発生について確かめたいこともあるし、今はまだ捨ておくか。冒険者共の戦力を考えればここまですぐに来ることはできんだろうしな」


 アテンがいる場所は上層でもかなり奥の方だ。アテンは<威圧>を使ってここまでさっさと来れたが、討伐が目的の冒険者ではそうもいかない。ヴァリアント種を発見するまでには時間を要するだろう。


 取りあえず蜂モンスターを放置することにしたアテンは先を急いだ。そして上層でも奥の奥。一番最後の広場に、それはあった。


「ふん、やはりか」


 アテンが笑いながら見つめる先には広場の天井と壁にへばりつくように作られた大きな巣があった。


 幅三十メートル程もあるその巣には、外にも内にも大量の蜂モンスターがひしめいており、その中には巣の守護者然とした進化個体も存在した。


「ダンジョンより産まれ出でしモンスターではなく、進化を重ねた個体のスキルによる増殖。スキルによって生まれた個体はダンジョンによる縛りを受けない。だからこそ襲撃に違いが出る。生存本能により強者との戦闘を避け、着実にその数を増やしていったわけか」


 アテンは視点を巣の下にずらす。そこにも地面に落ちている何かに群がっている蜂モンスターたちがいた。よく見ればそれは残骸。バラバラになった、元は蜂モンスターだったであろうものを、蜂モンスターたちが食い漁っていた。


「ダンジョンの縛りを受けないと言うことは生きるためのエネルギーも受けられないと言うこと。同族を食らって命を永らえているのだな」


 アテンはその光景を見ても何も思わない。外の世界ではゴブリンもまた同族喰らいによって生き延びることがあるのを知っているからだ。


「くっくっく。しかし、面白いことになってきたな。紅蓮の洞、大した価値などないと思っていたが、とんでもない隠し球を持っていたものだ。これを……いや、流石にそれは御方へのご相談が必要か……」


 アテンは今後の段取りを考えて行動を選択する。


「まだ幾ばくかの時間的猶予はあるか。第五階層を少し覗いてから御方にご報告に参ることにしよう」


 今いる場所から下に降りていけば、比較的近くに第五階層への入り口があることはわかっていた。降りていく最中に運良く一つずつ消えていく冒険者たちの反応を捉えながら、アテンは森の洞窟を駆け抜けるのだった。

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