第45話 銀の翼
通常、ダンジョンに潜っている時でも一度にここまでのモンスターたちを相手取ることはない。余程のアクシデントに見舞われた運の悪い冒険者なら話は別だが、少なくとも銀の翼にとってはこれが初めてだった。ゴブリンやプチワームがほとんどとは言え、油断できる数ではない。
「そして、あれが例のホブゴブリンですか。成る程、納得です。迫力が違いますね」
カイトはそのホブゴブリンが放つ異様さに吞まれそうになる。今まで半信半疑だったが、一目見てその強さが伝わってくる。
「ギル、どうしますか」
モンスターたちが動く気配を見せないので、一旦距離を取って相談を始める銀の翼。ギルは頭を悩ませる。
「一先ず、これで前の調査隊がしくじった理由にも一応納得できたな。もし魔法使いがいないパーティーで、それもギルド職員たちを守りながらとなると確かに厳しかっただろう。何で突っ込んで行ったのかはわからんが、まあご愁傷様だな。だが俺たちで考えれば……」
ギルはカイトに視線を向けて続ける。
「カイトの範囲魔法で雑魚を一掃して、あのおかしいホブゴブリンに専念できる。警護対象もいない。後は、如何に早く倒せるか、だな」
「増援、ですね?」
「そうだ。副ギルド長も言ってたが、戦闘が長引けばまず間違いなく奥からモンスターの増援が来るだろう。ここまでモンスターと遭ってねえことを考えれば、その分、奥に溜まってる可能性が高いからな。ただ、唯一の救いって言っちゃ何だが、挟み撃ちされることはたぶん
ギルは自分の考えを伝え終わると少し間を置く。今の考えに誤りは無いか。実行する気があるのか決めてもらうためだ。銀の翼は主にギルを中心に意思決定をしているが、決してギルのワンマンチームというわけではない。三人揃って銀の翼なのだ。
「で、どうする。やるか?」
ギルの確認にまずカイトが答えた。
「やれると思います。話を聞く限り、優位性はこちらにあるかと」
依頼継続に一票が入る。続けてベックに問う。
「ベックは?」
「あんま、イイ感じがしねえんだよなぁ」
歯切れ悪くそう答えるベックに、面倒なことになったなとギルは考え込む。
ベックは馬鹿だが、直感スキル故の言葉だったら何よりも優先しなければならないからだ。だがベックの直感スキルが発動する確率は正直低い。安全策を取って大損したことだってある。
しかし、そういった慎重な姿勢のおかげでここまでやってこれたのは事実だ。実績が示す結果は重い。
(今回は引いておくか? 雑魚の間引きもしてねえから依頼は失敗になっちまうだろうが、そこまで固執する必要があるわけじゃねえしな。金に目が眩んで死んじまったら元も子もねえってな)
ギルの結論が撤退に傾きかけていた時だった。ベックがついでのように言う。
「でもちゃんと撤退すれば大丈夫な気もするな」
ギルの額に青筋が浮かび顔の筋肉がピクピクし出す。
(この阿呆がッ! 迷わせるようなことを適当に言いやがって!!)
内心で盛大に罵倒しながら顔をしかめて見せるギル。ベックに振り回されるギルという、銀の翼ではよく見られる構図だった。
感情を落ち着かせて今一度考え、ややあってギルは結論を下した。
「よし、やるぞ。まずカイトは範囲魔法で雑魚を一掃してくれ。打ち漏らしがいたら俺が処理する。ベックはホブゴブリンに当たってくれ。雑魚処理が終わったら俺もすぐに加勢する。カイトはモンスターの増援に気を付けつつ、やれそうなら援護を頼む」
ギルの作戦に二人は了解の意を示す。
「スピード勝負だ。だが、常に撤退のことは頭に入れておけ。指示を聞き逃すなよ」
ギルはそう言いながら毒消しポーションを二人に配る。プチワームの毒対策だ。三人は揃ってポーションを飲み干した。苦いえぐみ
が口の中に広がり、味に対する抗議が顔に表れていた。
ポーションにも色々種類があり、即効性のものもあればしばらく効果が持続するものもある。基本的に持続タイプのポーションは即効性のポーションより効果が落ちるが、プチワームの毒はそこまで強くないらしいのでこのタイプにした。戦いの途中で毒をくらってもポーションを飲むのが難しいということもある。都合が良かった。
(抜かりはない。大丈夫だ)
ギルはいつものように自分に言い聞かせる。
「行くぞ」
そうして万全の準備を整えた銀の翼は、モンスターたちが待ち構える広場へと向かっていったのだった。
モンスターたちに変わらず動きがないことを確認すると、ギルはカイトに合図を出した。カイトは合図を受けると魔法の詠唱に入る。
カイトは範囲魔法を即座に発動できるほど習熟はしていないので、精神を集中して言葉を紡ぐ。カイトの目の前に神秘的な光を放つ魔法陣が構築されていく。その、ダンジョンの光とは異なる輝きに気付いたモンスターたちが続々と動き出すが、カイトの魔法が完成する方が早かった。
「<アイスストーム>!!」
ゴウッという音と共に広場を埋め尽くす氷の嵐が吹き荒んだ。一気に低下する温度がモンスターたちの体の自由を奪い、鋭利な氷の礫がその身を切り裂いていく。広場の様子を一変させた死の嵐が収まった時、そこに立っていたのはホブゴブリンだけだった。
狙い通りの結果だったが、計算外の光景が目に入ってきたことでギルは思わず舌打ちを漏らした。ホブゴブリンは両手にゴブリンの死体を持ち、その身を嵐から守っていたのだ。多少のダメージは見られるが想定より遥かに少なかった。
素早く状況を把握するとベックとギルが飛び出す。ベックはホブゴブリンの正面に突っ込み、ギルは回り込むように接近する。
それを確認したホブゴブリンは凄まじい咆哮を上げると、手に持ったゴブリンたちをギルとベックにぶん投げた。かなりのスピードで飛んできたゴブリンに意表を突かれて勢いを失った二人をよそに、ホブゴブリンはベックに向けて突撃した。
自分より遥かに小さい身ながら、脅威足り得ると本能が警鐘を鳴らすホブゴブリンに対し、ベックはカイトシールドを構え防御態勢を取った。そんなベックに小細工無しのぶちかましが炸裂する。
(ッ、重てえ!!)
予想を倍する衝撃に、カイトシールドを持つ左腕が悲鳴を上げる。そのまま盾を引き剥がそうと掴み掛かってくるホブゴブリンにロングソードを振るい距離を取らせると、そこをすかさずギルの投げナイフが襲い掛かった。
「チッ、浅い!」
しっかり当たったはずなのに、刺さるどころか僅かに血が滲む程度の傷しか付けられない。分厚い筋肉が鎧のようにホブゴブリンを守っていた。
ギルの攻撃を意に介さないホブゴブリンは再びベックに向けて突撃の態勢を取る。ベックはその様子を見て取ると、衝撃を受け流せるように半身に構えた。シルバー級冒険者として戦い続けてきた経験が瞬時にこの場の最適解を導き出す。しかし次の瞬間、目を剥いた。
「<ハードタックル>」
濁声でスキルを唱えたホブゴブリンの体が一回り以上膨れ上がる。それを見たベックの顔に冷や汗が一気に噴き出した。
暴虐性を増したホブゴブリンが突っ込んでくる。素の状態では受け流すことすらできないと思ったベックは堪らずスキルを行使した。
「<フォートレス>!」
防御スキルにより堅固さを増したベックに構わず、力で無理やりなぎ倒さんとホブゴブリンが突っ込む。一時的に理を突破するスキル同士のぶつかり合いは激しい衝突音を響かせた。ベックはホブゴブリンに押し込まれ、地面に二本の軌跡を残しながらも何とか突進を止めることに成功した。
動きが止まった好機を逃さず仕掛ける。スキルが終わり体が元のサイズに戻ったホブゴブリンに、ギルとベックが同時に<スラッシュ>を繰り出した。
威力を増したギルのショートソードとベックのロングソードがホブゴブリンの前後から迫る。パーティーを組んでから幾度となく共に死線を潜り抜けてきただけあって、そのタイミングは完璧だった。さしものホブゴブリンもスキルによる一撃をまともに受ければ致命傷は免れない。ここから回避は不可能。ギルは勝利を確信した。しかし――。
「<剛体>」
再びスキルを唱えたホブゴブリンは、自分の腕を盾代わりにして二つの剣戟を受ける。頑強さを増したその腕は、骨まで達する傷を負いながらも二人の攻撃を食い止めてみせた。
ギルとベックの顔が驚愕に染まる。流血が滴る腕をぶん回して攻撃するホブゴブリンだったが、二人は後ろに引いてこれを躱した。ホブゴブリンの血が舞いギルとベックに付着する。
「腕の一本も切り飛ばせねえとかふざけんなよ! おかしいにも程があるだろ!?」
ギルの怒号が広場に響く。折角の好機に仕留められなかったことに歯軋りする。目の前のモンスターがホブゴブリンの皮を被った別のモンスターに思えて仕方なかった。
これまでで一番のダメージを与えたことは間違いないが、その目には未だ強い戦意が残っていた。ホブゴブリンの負った傷は人間であれば痛みで転げ回ってもおかしくないものだ。よほど痛みに対する耐性があるのか麻薬にでも脳がやられているのか。全くと言っていいほど怯みを見せないホブゴブリンは戦いづらくて仕様が無かった。
再度距離ができ、互いに隙を窺いながら睨み合う。だがギルは時間が経つごとに少しずつ焦ってきていた。
(時間が経ちすぎてる。それにベックの奴、どっか痛めたな……左腕か?)
想定では既に決着がついているはずだった。予定をオーバーしている以上、いつモンスターたちの増援の気配を捉えてもおかしくない。
ベックの顔にも苦し気なものが浮かんでいた。回復ポーションでも飲まない限り、あと何回もホブゴブリンの攻撃を受け切ることはできないだろう。
ギルの頭に撤退の文字がちらつき始める。しかし、感触的にはこのまま戦っていれば勝てる。ホブゴブリンの癖にスキルを使ってきたり異常な強さだったりするが、その動き自体はホブゴブリンの域を出てはいない。ダメージも着実に蓄積してきている。ベックがポーションを飲む時間をギルが稼ぎながら戦えば倒し切れる。
続行か撤退か。逡巡するギルだったが、ダンジョンは彼にそんな時間を与えてはくれなかった。ギルの気配察知がついにそれを捉える。
「っカイト! 増援だ! 範囲魔法準備ッ!」
「わかりました!」
魔力回復ポーションを飲んで待機していたカイトは素早く呪文詠唱に入った。こうなっては仕方がないと、ギルは撤退するための舵を切る。
「カイトが魔法を放ったら撤退する! ベック!」
「あいよ!」
二人は強引にホブゴブリンに突っ込んでいった。ホブゴブリンがカイトに向かわないようにするためと、撤退時に追って来れなくするために、せめて脚は潰しておかなければならないからだ。多少の被弾は覚悟の上で果敢に攻め立てる二人の攻撃に、ホブゴブリンの傷はどんどん増えていき血だらけになっていく。
しかしホブゴブリンとてやられてばかりではなかった。攻撃に意識を割き過ぎて大振りになった隙を見逃さず、ギルの腹部にその豪腕を突き立てた。
「ゴハッ!」
皮鎧の上からの攻撃にも関わらず、衝撃が身体を突き抜ける。膝が落ちかけ、動きが鈍くなったギルを畳みかけんとホブゴブリンが追撃しようとするが、すんでのところでベックの攻撃が割り込んだ。
「ギル!」
待ちわびたカイトの声が準備完了を知らせる。モンスターの増援もすぐそこまで来ていた。タイミングを見計らい、ギルはベックに合図を出す。
「ベックッ!」
「おうっ! <シールドバッシュ>!」
阿吽の呼吸でスキルが発動する。ギルとの攻防でできた隙を見逃さず、発動した盾による殴打がホブゴブリンを強く突き飛ばした。ホブゴブリンはそのまま体勢を崩し転倒する。
それを見た二人は急いで後退した。ギルとベックが魔法の範囲から外れ、新たなモンスターたちが広場に雪崩れ込んできたところで再び死の嵐がモンスターたちを襲った。
銀の翼の前に氷嵐の壁が出来上がる。逃げる時間を稼ぐには十分だった。
「ふー、何とかなりましたか。撤退でしたね、行きましょう」
少し安心した顔で言うカイト。
「ああ、そうだな……」
くたびれた顔で愚痴を言いかけていたギルだったが、展開していた気配察知が異変を感知した。
「まだだ!」
広場の方に向き直り身構える。アイスストームの中を猛烈な勢いで進んでくるモンスターの気配があった。
「クソがッ! どんだけしぶといんだアイツは!」
「……違う、地面だ!!」
ベックが咄嗟に叫ぶ。それに間髪おかず、最後尾にいたカイトの目の前の地面が弾け飛んだ。
「え……」
突然のことに反応できないカイトに、地面から飛び出してきた何かが容赦なく襲い掛かる。
「カイトッ!」
気配察知でモンスターの動きを追っていたギルが間一髪でカイトを突き飛ばした。事なきを得ながら地面に転がるカイトは、ソレの正体を見て驚愕する。
「スモールワーム!?」
口から謎の液体を垂れ流し、おぞましい無数の歯を剥き出しにしながら、なおも襲い掛かってくるスモールワームをギルが剣で切り払う。しかし、その傷はあまりにも浅かった。
「ああ!? コイツもかよ! 何なんだよッ!?」
堅いわけではない。柔らかい癖に丈夫で切れない。このスモールワームもまた、ギルたちの常識とはかけ離れた異常個体であった。
そして、スモールワームが空けた穴から次々とプチワームたちが出てくる。いつの間にかその数は増え、気が付けば銀の翼はワームたちによって分断されてしまっていた。
ベックは続々と飛び掛かってくるプチワームたちを蹴散らしていたが、毒持ちという前情報が思い切った攻撃を妨げていた。それでも、少しでも早くギルとカイトに合流してスモールワームを片付けようと目の前のことに全力を尽くす。
この時、ベックは自分が致命的なミスを犯していることに気付かなかった。
ソレに最初に気付いたのは、広場の方を向き、ベックの背後がよく見える位置にいたギルだった。
銀の翼が戦っているのは――ワームたちだけでは、ない。
「ベックッ!!」
「ああ!? なん――ァッ?!」
それは、鎧がひしゃげる音か。肉が潰れる音か。骨が折れる音か。嫌な音を立てながら、ベックが真横に吹き飛んだ。無防備な脇腹にスキル込みの一撃をくらったベックは、派手に転がったあと盛大に血を吐く。
宙に投げ出されたロングソードとカイトシールドが地面に落ち、無情な音を響かせた。
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