第44話 ダンジョニスト
アテンが旅立ってから数日が経過したダンジョンにて、コアは一人考えていた。
まだアテンがダンジョンにいた頃から、『意図的な変化』を人間たちに見せるために工作を開始していた。その一つ目がプチワームを発見させることだった。未発見だったモンスターの出現に、プチワームを見つけた冒険者は面白いぐらいの反応を示し、その後、案の定調査隊を送ってきた。
ダンジョンの半分を越えての調査をしてきたので、ついでにホブゴブリンをお披露目した。その際に人間一人を仕留めることができたのは嬉しい誤算だった。非戦闘員のギルド職員だと思われるが、それでもやはり人間を吸収できるのはダンジョンエネルギー的に旨い。
ゴブリンやプチワームたちにギルド職員たちを狙わせ、冒険者たちが戦闘に集中できないように仕向けたのはコア自身だが、それでも精鋭の内の一体とは言え、ホブゴブリンがここまで善戦するとは思わなかった。妨害とホブゴブリンの頑張りが噛み合った、見事な成果と言って良いだろう。
しかしこれで、人間たちもこのダンジョンに明確な異常が発生していることに気付いたはずだ。これまで以上に行動を起こしてくるのは間違いない。差し当たって考えられるのはホブゴブリンの討伐あたりだろうか。
ダンジョンに変化が生じたとはいえ、元々は新人冒険者たちの訓練に使っていたのだ。ホブゴブリンさえ排除してしまえば、残るのはゴブリンとプチワーム。プチワームならば、引き続き新人冒険者の訓練に使用するのに問題はないと判断するのではないだろうか。調査もまだ十分にはできていないのだし、いずれにしても危険なモンスターは間引いておこうと考えるはずだ。
送られてくる戦力はおそらく先の冒険者たちと同等レベルか、それより少し上といったところになるはず。コアの目から見ても、冒険者たちが戦闘に集中できていたならば、勝っていたのは冒険者側だったと思われる。その場合はもっと早くもう一体の精鋭ホブゴブリンを送り込んでいたので結局勝敗は変わらなかったが、そんなことは冒険者たちにはわからない。したがって、今までの傾向を踏まえて、ギルド職員を連れてこないとすれば、来る確率が一番高いのは同等レベルの冒険者たちのはずだ。
しかしここで考えなければならないことがある。それは、どこかしらのタイミングで奴らに戦果を上げさせてやらねばならないということだ。
ダンジョンにやって来る冒険者たちを返り討ちにし続けていれば、来る冒険者たちのランクはどんどん上がっていく。やりすぎて冒険者ギルドの、このダンジョンに対する危険度認定が高まり過ぎると、第二階層での『古代遺跡を研究させてダンジョン攻略を遅らせよう大作戦』が意味を成さなくなる恐れがある。
そんな状況だけは避けねばならないため、最低でも冒険者たちの討伐目標になるであろうホブゴブリン二体は狩らせてやらねばならないのだ。
他に選択肢は無かったとコアは考えている。ホブゴブリンを向かわせていなかったら、冒険者たちは泉にいるサハギンを見つけていたはずだ。ダンジョンの半分を過ぎて調査していたことを鑑みればその可能性は非常に高かった。プチワームを発見した時の冒険者は大分慌てた様子を見せていた。その上で更に新しいモンスターが出現したとなれば、いきなり大事に発展しかねない。そこで大人しく引き返せばまだいいが、それより先に進めば今度は第二階層への階段がある。不味いのは言うまでもない。
コアは未来のことも考慮して最善の選択をしたつもりだ。その選択の結果、ホブゴブリンが犠牲になるだろうこともわかっていて選んだ。しかし、あまりにも惜しい。
このホブゴブリンたちはコアが手塩にかけて育て上げた精鋭の二体だ。他に代わりとなるホブゴブリンがいれば、まだ、まだマシだったが、現在ゴブリンたちは武器を使用しての試合しかさせていない。おそらくホブゴブリンには進化しない上に、なかなか新しく進化する個体が出てこない状況だ。
ダンジョンエネルギーの観点からスポーン分だけでの強化になっているのだが、ある程度強くなったゴブリンがいたとしても、武器を使っている都合上、運悪く一発逆転が起きてしまい、進化まで漕ぎ着けられるものがいないのだ。
そんな状態なので精鋭ホブゴブリンは貴重な存在となっている。それに、ファンタジーが現実の世界となったコアにとって、モンスターに対する愛着はひとしおだった。心理的な苦しさがコアを苛む。
(だが、大局を見誤ってはいけない……)
避けられない犠牲ならば、せめて少しでも人間共からエネルギーを回収してやろう。コアはそう心に決める。
(読みが正しければ先の調査隊の冒険者たちと同じく、シルバープレートをした冒険者が来るはずだ。シルバー級。シルバーと言ったら、大体中間ぐらいのランクだな。こいつらにホブゴブリンはくれてやらん。ゲームと違って冒険者の数にも限りがあるだろうが、シルバー級程度なら多少減っても大丈夫だろ。それより上だとちょっと考えないといけないけどな。高位冒険者ほど絶対数は少ないだろうし)
高位冒険者を仕留められるからといって、考え無しに殺していてはいずれダンジョンに来る冒険者がいなくなってしまう。ダンジョンエネルギーが無ければダンジョンを楽しみ尽くすことができないのだから、最低限のバランスは考慮しなければならない。
(とにかく、向こうとしてもいきなり全ての異常を発見するよりは、『送り込んだシルバー級冒険者たちが依頼に失敗した』『次に送り込んだゴールド級? 冒険者たちは見事依頼を達成した』『しかし新たにサハギンを発見した』といった具合に少しずつクッションを挟んだ方が衝撃が和らぐはすだ。あまり効果はないかもしれないが、それでほんの少しでも警戒度が下がれば御の字だ)
そう思いながらコアはダンジョンの出入口を見つめる。最近めっきり侵入者を通すことがない出入口を。
プチワームを冒険者に発見させてからというものの、新人冒険者たちは一度もダンジョンに来ていない。あれはあれで貴重なダンジョンエネルギーになっていたのだ。
(今のダンジョンはエネルギーに飢えている。今度来る冒険者たちはきっと碌な死に方はできないだろう……)
くっくっく、とコアが適当にヒールを演じていると、丁度その憐れな冒険者たちがやって来た。コアの狙い通り、シルバーのプレートを付けた三人組の冒険者たちは、必要以上に警戒した様子でダンジョンに入ってくる。
「お! 来たな。さあて、君たちには良質な養分になってもらう…………あ?」
コアはその時、脳裏に掠めるものがあった。身に纏う装備品に多少の違いはあれど、コアは今入って来た冒険者たちを知っている。
「そうだ……覚えてるぞ。こいつら、一番最初にこのダンジョンに来て、一番最初にこのダンジョンを虚仮にしてくれた奴らだったな。そうか。戻って来たか……」
コアはあの時の屈辱を忘れていない。忘れるわけがない。再びこのダンジョンに戻ることがあれば、その時は必ず息の根を止めてやると思っていた奴らだ。このタイミングで舞い戻って来たことに運命すら感じてしまう。
だが。
――ダンジョンを侮辱したことを必ず後悔させてやる。コアが個人的な感情でそう思う一方で、反対に、ダンジョンを愛する者として遵守しなければならないことがあった。
コアはダンジョンに入って来た因縁の冒険者たちを見る。その装いはあの時に見たものとは違い、正に経験を積んできた冒険者として相応しいフル装備だった。頭はしっかり守られているし、武器だって貧相な物ではない。ポーションや何らかのアイテムを身に付けているのも確認できる。全員の顔には緊張が走っており、隊列を崩さず油断なく慎重に進むその姿は、まるで高難易度ダンジョンにでも挑んでいるかのようだ。そこにはダンジョンを決して侮らない、ダンジョンに挑む者としての正しい姿があった。
ダンジョンに正しく挑む者を、私的な理由で貶すような真似は許されない。それは『ダンジョン道』に反するからだ。ダンジョンが偉大であることを知らしめるために、正しい者たちに対しては真正面から受けて立つ必要がある。
己の命を懸けて、死ぬ覚悟を持って、正しくダンジョンの財を得んとする者には、ダンジョンは高位存在としてその挑戦を受け止めてやる義務があるのだ。それは例え、過去にダンジョンを侮辱した者だとしても変わらない。
コアは深呼吸する。かつてこの人間共を見逃したのはコア自身だ。当時の状況を考えれば仕方なかったとはいえ、それはもう私的な感情で殺してよい言い訳にはならない。ダンジョンを侮辱されて許せないのは飽くまでもコア個人であって、崇高たるダンジョン理念には関係ない。ここから先は、いと高きダンジョンとしての対応が求められる。
状況は、もう変わった。コアはしっかりと意識を切り替える。
そこにはこの世界に来てから初めて見せる、『ダンジョニスト』としてのコアの姿があった。
ダンジョニスト――コアがいた前の世界で、少ない内輪で決められた名誉称号だ。その称号を得るための条件は主にゲームに関するものが多かったが、どれも達成が困難なものばかりで当時は笑ってしまったものだ。
別にその称号を得たところで何かがあるわけでもない。しかしコアはその称号獲得を目指した。ダンジョンに関して他の人に負けたくなかったのかもしれない。先駆者たちと肩を並べてダンジョンについて語りたかったのかもしれない。その時の想いはもう朧気なものになっているが、結果、その称号はコアにとって特別なものになった。
かつての同士たちに認められたダンジョニストの称号はコアにとって誇りだ。例え圧倒的大多数の人たちがそのこだわりに首を傾げようとも、コアの信念は変わらない。
ダンジョニストの看板を背負った以上は、ダンジョニストとして恥じない生き様を目せつける。世界が変わったとしてもだ。
そこには正も無く負も無く。凪のように泰然と存在する、一つの壁を超えし、超越者の姿があった。
「いいだろう。貴様らがその全てを懸けてダンジョンに挑むというのなら。ダンジョニストが一人、このコアが相手になってやる」
静かに言葉が紡がれる。コアの変化に呼応するように、ダンジョン全体が俄かに騒めく。
ダンジョンが、一つのダンジョンコアに過ぎないはずのコアに、引っ張られていた――。
「さあ、始めようか。冒険者たちよ」
このダンジョンで初めての『戦い』が、今、始まる。
二度目の調査となるゴブリンダンジョンを、銀の翼は慎重に進んでいた。以前と変わらず罠の類は一切なく、順調に依頼を遂行できているのだが、ここに至るまでに既に明確な変化も起きていた。
今まで一度もモンスターと遭遇していない。
最近はダンジョン内を徘徊するモンスターの数が増えている、という報告を聞いていただけに、異様な静けさを保つダンジョンに薄気味悪さを感じずにはいられない。ただの洞窟に戻ってしまったかのようなダンジョンに困惑しながらも、銀の翼は黙々と調査を行っていった。
すると途中でベックが口を開く。
「ギル、カイト。何かやべー気がする」
鎧によって見えなかったが、ベックの肌には原因不明の鳥肌が立っていた。
「奇遇だな。俺もだよ」
ベックの言葉にギルは軽く返す。しかしその口調とは異なり、表情は真剣そのものだった。
「この肌がざわつくような空気は、紅蓮の洞の第五階層に降り立った時のものに似ていますね。いえ、むしろそれよりも……」
カイトの言葉は続かない。自分で言っていてあまりにも有り得ないことだとわかっていたからだ。異常が発生しているとはいえ、出来立てダンジョンの第一階層が、長年存在する紅蓮の洞の第五階層より危険なわけがない。
しかし、カイトは口を閉ざしたが、それはギルも感じていたことだった。これを曖昧なままにしておくのは危ない気がしたので、ここでパーティーの考えをはっきりさせておくことにした。
「急激な空気の変化。モンスターが出てこねえのも異常極まりねえ。予め言っとくぞ。やべえと思ったら即撤退する。この際依頼は失敗でも構わねえ。まさかここまできな臭いダンジョンになってるとは思わなかったからな。俺らの命が最優先だ、いいな?」
引き際を誤らない。冒険者をやる上での鉄則だ。ギルの確認にカイトとベックは黙って頷いた。
やがてダンジョンの半分を過ぎて進むことしばらく。ようやくギルの気配察知に反応があった。しかしその反応の仕方に思わず顔をしかめる。
「……何だこりゃ。一つの広場にモンスター共が集まってやがる。前の調査隊はこれにやられたのか……?」
モンスターたちに気付かれないように慎重にその広場へと近づいていく。カイトとベックにもわかりやすいように広場の入り口からこっそり覗かせた。
「ここまでの集団戦って、初めてじゃね……?」
ごくりと喉を鳴らしながらベックがそんなことを呟く。
その広場の中は、十体を越えるモンスターたちでひしめき合っていた。
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