第29話 主の苦労

 第二階層造りは順調に進んで行った。作業が楽しすぎて時間を忘れてしまうことが多々あったが、気付いた時にはちゃんと第一階層に戻り様子を見た。


 基本的にはモンスターたちが訓練に励んでいる光景が続いているだけなのだが、その中でコアが意外に思ったのはアテンとダンジョンワームが一緒にいることが多かったことだ。


 別に戦っていたという雰囲気ではない。ここまで二体が揃っているところを見かけるのは今までなかったのでコアは不思議がった。


(そんなに仲良かったっけ? まあ、ウチのダンジョンでも賢い者同士、話したいことでもあるんだろう。そっとしといてやるか)


 何やら話し合っているようなのでその会話の内容をこっそり聞くこともできたのだが、それは無粋というものだろう。コアのダンジョンでは我が子らのプライバシーはしっかり確保されているのだ!


 そのような感じで冒険者たちがダンジョン内に居座る日中の時間帯は階層造りを自重気味にしながら作業を進めること数日。コアがノリノリで古代遺跡建設に励んでいると異常を感知した。不自然なダンジョンエネルギーの上昇を確認したのだ。


 ダンジョンエネルギーの獲得はコアにとってメリットでしかないためいつもなら喜んでいるところだが、今回は状況が異なる。そのダンジョンエネルギーの上り幅は、かつて新人冒険者たちを吸収した時を思い出させるものだった。要は、人間の死体がダンジョンに吸収されたのだ。


(今度こそ冒険者たちが奥まで進んできたか!?)


 コアは急いで第一階層のいつもの場所に転移する。すると目の前には既に、跪き臣下の礼をとるアテンと畏まるダンジョンワームが待機しており、コアは驚きから思わず声が出そうになるがなんとか我慢した。


(うお!?)


 しかしよく見るとダンジョンワームの横に人間の女の、少々グロテスクな生首が置いてあり、コアに容赦のない追撃を仕掛けてきた。


(隙を生じさせぬ二段構えだと!? ……崩しにきているッ。俺の、主としての尊厳を崩しにきている!! 流石は我がダンジョンが誇る賢者二体よ。アテン、ダンジョンワーム。恐ろしい子!)


「お待ちしておりました。御方」


「ぅ、うむ。俺がいない間に、変化があったようだな?」


 コアの心が落ち着く前にアテンが先制攻撃をしてきたせいで、若干イントネーションがおかしくなってしまったが強引に話を進める。


「はっ、少し前に人間の死体が二人分、このダンジョンに運び込まれました。既に身に着けていた物は回収し、死体はダンジョンに吸収済みです」


(また肩透かしのパターンかよ! って、そうも言えないか。人間の死体が運び込まれただと? いよいよもって何かが起こるか。第二階層の完成を急がねば)


 アテンの報告に、ようやく真剣に聞く体勢が整う。


「そうか。完璧な対応だ。よくやったな、お前たち」


『「ハッ! ありがたき幸せ!」』


 見事にシンクロする二体に、やっぱり仲が良いんだなぁと頭の片隅で考えながら、コアはさっきから視界にチラチラ入ってくるブツについて聞いてみる。テレビなら確実にモザイクものの映像だ。というか、そもそも放映されない。


「取りあえず問題はないようだな。それで、ソレは何なのだ? 今回の死体の首だということはわかるが……」


「はっ。これについてはダンジョンワームがご説明いたします」


 アテンの言葉にコアがダンジョンワームに視線を向けると、ダンジョンワームは一度お辞儀のような動作をしてからコアにあることを願い出る。


『恐れ多くも、この度は、御方に、お願いしたいことが、ございます』


「何だ? 言ってみよ」


『はい。この人間の首を、アタシに頂きたいのです。ダンジョンに吸収させれば、貴重なエネルギーに、なるのはわかっていますが、誠に勝手ながら、こうして、取り置きさせて、頂いております』


「ふむ」


 我が子らがコアに対して何らかのお願いをしてくるのはこれが初めてだった。いつもコアのために頑張ってくれているのだから、その程度の願いならばむしろ許可すらいらないと思える。頭だけ吸収しても今のダンジョンには然したる影響もないだろうという予想もあった。


 だが、こうしてわざわざ聞いてきたのだから理由ぐらいは聞いてもよいだろう。ダンジョンワームのことだからそれはきっとダンジョンのためになることだ。そう信頼を込めてダンジョンワームに優しく問い掛ける。


「いいだろう。ダンジョンワームよ、お前はいつもダンジョンや俺のために力を尽くしてくれている。その程度の願いは何でもない。だが、その首をお前が何に使うのかは興味がある。聞いてもよいか?」


『食べます』


(ブフォッ!?)


『食べて、この身に取り込んで、アタシの力で、この人間の脳に接続し、情報を得ます。御方も、お気づきの通り、この人間は以前、マジックアイテムを大量に、運び込んだ者です。最近の、人間たちの、煩わしい変化の原因を知る、一助になるかと』


(あ、あー、そういうことね。やっぱりダンジョンのためになる理由だったね。偉い! っていうか言い方あぁ!! この子たち、ホントに狙ってないだろうな!? 主ぶるのも大変なんだぞ! 気を付けて!?)


 本当は、ダンジョンワームってそんなこともできんの!? とか、全く気付いてませんでした、とか、言いたいことはたくさんあったが、ダンジョンワームの話術により全て吹き飛んでしまった。ダンジョン内のモンスターは飲食する必要がないので完全に裏をかかれた。


 日に日に油断ならなくなってくる我が子らとの会話に、ゴクリとイメージで唾を飲み込む。


「そういう理由であれば是非もない。情報収集は大切だ。俺が不在の中、よく自分で判断して首を取っておいたな。偉いぞ、ダンジョンワーム」


『ありがとうございますっ!』


「うむ、これからも頼りにしてるぞ。そういえば死体はもう一つあったのだったな。そっちはマジックアイテムの件とは関係なかったのか?」


『もう一つの死体は、この人間が、ダンジョンに来た時に、それを率いていた、人間のものでした。マジックアイテムの件と、関係しているかは、判断がつかず、アタシが食べて、無駄に終わるよりも、確実に、エネルギーにした方が、よいと思い、ダンジョンに、吸収させました』


「成る程な……」


 コアはダンジョンワームの判断に舌を巻く。新人冒険者を率いていたとなればそれは中堅の冒険者、初めての獲物だ。ダンジョンエネルギーの面において有益なのは言うまでもないが、ダンジョンに良い影響を与えるかもしれないという点においても無視できない。


 このタイミングで殺されて一緒に運び込まれて来たのだから、マジックアイテムの件に関与している確率は低くはないだろうが所詮は中堅冒険者。謀での役目で言えば末端に過ぎない存在だろう。持っていたとしてもどうせ大した情報はないのだからダンジョンに吸収させておいた方が間違いない。


 今回の件に確実に関わっている新人冒険者からある程度の情報を抜き取ることができればそれで事足りる。あとは予測を立てればよいだけだし、今大事なのは何が起こっているのかを知ることであって、人間たちの下らない争いの詳細を知ることではない。


 きっとダンジョンワームはそこまで考えて行動した。コアにそう思わせるだけの知的さを、これまでダンジョンワームは示してきた。


(凄いな。これが我がダンジョンのモンスターだと自慢して周りたいくらいだ。冒険者たちの顔を覚えているのにも驚かされた。まさか全員の顔を覚えているのか? ……流石にそこまでは考えすぎか。それよりもいつの間に冒険者たちの顔を覚えた? そんな仕草はなかったと思うが……。顔を覚えているわけではない? 空間系の能力の一つか……)


 コアが改めてダンジョンワームの優秀さを考えていると、今度はアテンが話の補足をするべく話しかけてきた。


「御方。その死体に関してなのですが、ご報告したいことがございます」


「ん? 何か気になることでもあったのか?」


「人間たちの死因についてでございます。そこの女に関しては剣などで刺されていただけで、取り立ててご説明することはないのですが、もう一つの死体は装備していた鎧ごと身体を貫かれておりました」


「ほう?」


 これまた貴重な情報になりそうだと興味を引く。同時に、こういった点からも情報を集められる我が子らを誇りに思った。


「それも剣によるものか?」


「いえ。穴の大きさやその損壊度から武器の類ではなく、素手、おそらく手刀による突きの一撃だと思われます」


(詳しいな! そこまでわかっちゃうもんなの? 素手ねぇ。流石ファンタジーというところか。鎧ごと肉体を貫通とは、敵ながらなかなかやるな)


「ふむ。モンクやファイターと呼ばれる、格闘スタイルによる者の仕業か。ここに来る冒険者ではまだ見たことがなかったな。鎧ごと、しかも経験を積んだ中堅冒険者の肉体を貫くとは、外には多少やる者もいるようだ」


「はい。下等生物にしては頑張っている個体もいるようです」


(おおっとぉ? これは珍しい)


 いつも謙虚なアテンにしては大胆とも取れる発言だ。その顔には僅かに笑みさえ浮かび、その強気な姿勢は手刀を放った人間を小馬鹿にしているようにも感じられる。


(そういえばアテンの本気の力って知らないんだよなあ。進化したばかりってこともあるけど、ゴブ座衛門の時から止めを刺す時の一撃って見てないし。もしかして、この程度のことは大したことないのか? 簡単にできちゃうレベル?)


 気になると確かめたくなってきてしまう。しかしここで正直に「お前にはどれだけの力があるんだ?」と聞いてしまうとコアの主としての資質を疑われることになりかねない。故に、コアは軽く濁しながら探りを入れてみた。


「フフフ。お前からしてみれば容易なことすぎたか。しかしこれでわかったことがあるな。組織内において末端の処理をするのは実力がものを言う暗部か幹部。これは鉄板だ。殺したのが敵側だったとしても確実に屠るという点でこれが変わることはない。つまり、今回の件に関わっている何らかの組織で実力で上位に位置する者たちは、アテン、お前にとって大した存在ではないということだ。そうだな?」


「正に。私が申し上げたかったのは正にその事なのです。流石は御方。そのご慧眼の前にはいらない報告でございました。余計な時間を割かせてしまい、申し訳ございません」


「そのようなことはない。俺は、お前が死体の死因からそこまで推察し、報告してくれたことが嬉しいのだ。アテン、そしてダンジョンワームよ。お前たちは日頃からよく考えて行動しているのだな。立派に成長してくれて俺はとても誇らしいぞ」


「な! なんと勿体なきお言葉っ! 御方の配下として相応しくあるよう常に全力を尽くすのは当然のことです!」


『我々では、未だ力不足ですが、必ずや、御方の配下として、相応しい存在に、なってみせます!!』


(ほどほどにね!)


 コアはモンスターの進化の凄さをまざまざと実感していた。進化とは、単純な強さだけでなく知恵という点においても爆発的な成長をもたらすのだと。コアとしてはもう一杯一杯だ。これではいつ化けの皮を剝がされるかわかったものではない。


 コアのことを尊敬の眼差しで一心に見つめてくる二体に、内心の冷や汗が流れる。


(しかし俺の尊厳とダンジョンの継続を天秤にかければ、言うまでもなくダンジョンが優先される。やはりモンスターたちには伸び伸びと成長してもらって、時が来れば腹をくくるしかないか。何、成長できるのはモンスターたちだけじゃない。俺もこの子たちと一緒に成長していけばいいのさ!)


 少しだけ前向きになれたコアはそそくさと話をまとめにかかる。一旦第二階層に避難して、頭を空っぽにして作業に夢中になりたい気分だった。


「お前たちの忠誠、嬉しく思うぞ。これからもその働きに期待している。……さて、もう何もないなら俺は第二階層に戻ろうと思うが。人間たちの行動の変化も大きくなってきている。早めに完成させねばならぬからな」


「御方!」


(なに??)


 完全に話が終わった流れだったと思う。もう第二階層に行く気満々で気が抜けていたコアは思わず素で返してしまうところをどうにか意地で堪えてみせた。


 コアはこの時、死角から致命的な一撃を与えんとしてきたアテンを、心の中で警戒度マックスの相手として認定した。


「……どうしたアテン。そのような声を出して」


 どこか焦りを含んだような、いつもより大きな声だった。それに反して、冷静に努めようとするあまり、コアの声はどこか冷たさを感じさせるものになる。


 コアの声を聞き、何故か一瞬にしてアテンの顔に汗が噴き出してくる。ひどく真剣な表情で、緊張しているのが誰から見てもわかるほどだった。


「さ、早速ですが、お、御方のご期待にお応えすべく、私たちから、ご提案したいことがございますっ」


 懸命に紡いだその言葉は、可哀想になってくるほど震えていた。

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