第30話 計画
(看破されているッ! やはり全てお見通しだったか!!)
崇拝して止まない、御方の冷たさを感じさせる声を聞いて、アテンは何もかもを理解していた。
(無駄だったのだ。自分の強さをアピールすることも、人間たちの弱さを示し、私の思考力に問題ないことをわかって頂く試みも! 御方は全てをご理解した上で、戯れに話に付き合ってくださっていたのだ!)
アテンの戦いはとっくに始まっていた。自分が外に出る計画を御方に承認してもらうために、会話の要所要所に自らの存在をアピールしてきた。この日この時のためにダンジョンワームと綿密な話し合いを進め、様々なシミュレーションを重ね、考えうる事態に対応できるように準備してきたのだ。
しかし今、その計画がもろくも崩れ去ろうとしている。
(先程の声音は明確な拒絶の表れ。これ以上、自分を失望させるなと言外に仰っている。更に進言しようものならお怒りを買ってしまうかもしれん! どうすればよいのだっ)
絶対的な存在からの怒り。それを向けられるアテンの恐怖は想像するに余りある。いくらダンジョンワームと話し合いを重ねようとも、このプレッシャーに耐える訓練になる訳ではない。
本番ならではの想定外。それがアテンを苦しめていた。
(諦めるしかないのか……。しかし、この計画には様々な利点があるのだ。何か、何か手はないのか!)
焦りが募るアテン。その目の前にはアテンの言葉以降、静かにその続きを待っている御方がいた。
(お待たせ過ぎている! 何か言わなければならんというのに! クソッ、口が動かんッ!)
アテンは既に混乱状態に陥っていた。焦りと恐怖で八方塞がりになりかけているアテンだったが、その窮地を救うべく手を差し伸べる者がいた。
『御方。これからアタシたちが申し上げる内容は、御方にとって、取るに足らないものかも、しれません。ですが、僭越ながら、聞くだけ聞いて頂きたいのです』
「……勿論だ。俺が、お前たちの話を無下にしたことがあったか? 何でも話してみるがいい」
『はい。感謝、申し上げます』
そう言うダンジョンワームの体は微かに震えていた。プレッシャーに曝されていたのはダンジョンワームとて同じことだ。しかし甘えを捨て、アテンを超える存在になると決めた時からその心は強くなっていた。目の前でそのアテンが身動きできない状態を見て、ここで発言できれば一つアテンを超えることができるという、欲望にも似た情動に身を任せることで行動することを可能にしていた。
(ッ感謝するぞ!! ダンジョンワームよ!!)
その思惑はどうであれ道が開けたのは確かだった。ダンジョンワームとの短い会話で、御方から発せられるプレッシャーは減少したように思える。今なら、いや、今しか、行動できるタイミングはない!
アテンは意を決して会話を引き継ぐ。
「それでは提言いたします! ダンジョンを取り巻く環境が大きく変化しようとしている昨今、その変化に正しく迅速に対応するため、私とダンジョンワームはより情報を集める必要があるという結論に達しました。御方にそんなものは必要ないことは重々承知しておりますが、全てを御方に任せ、甘えるのは配下として言語道断であります。私たちは私たちなりの努力を怠ってはならないと、その手段を模索しました」
「……良い心掛けだ」
しばらく口を出す気はないのか言葉少なめに答えるコア。それでもアテンが話しやすいように合いの手を入れてくれるその心遣いに深く感謝する。
「ありがとうございます! そして、その結果出た答えが、私が外に出て情報を集めるというものです。御方のご忠告を忘れたわけではございません! そのご懸念は理解しております。未だ未熟な私が外に出ることで、何らかの問題を起こすことをご心配なされているのでしょうが決して無理はいたしません! 今回、人間共の実力をある程度把握したことで、私はこの計画の更なる成功を確信しております。どうか、ご一考くださいませ!」
アテンはここまで話す中で気付いたことがあった。人間たちの弱さ、それに対するアテンの実力。そして判断力と思考力。それらは少し前の会話で御方が認めているところだ。従って、御方はこれらに関する説得に反論することができない。つまり、最初から説得のためのわかりやすい道が示されていた。
アテンとしてもそうなるように狙っていた部分はある。しかしここまで都合よくいったのは御方がアテンの話に合わせてくれたからこそだ。
(妙にとんとん拍子に話が進むと思っていた。この計画に反対するつもりならば、御方ならいくらでも話の転がし方があったはず。それなのにこうして説得の道筋が見えているのは。…………嗚呼……そうだったのだな)
アテンは勘違いしていた。御方は、最初から反対などしていなかった。あのプレッシャーはアテンの覚悟を試すためのものに過ぎず、冷たく突き放すために放たれたものではなかったのだ。
(御方のお立場からすれば当然のことではないか。幾ら高い確率で問題ないとはいっても想定外の事態はあり得る。お前はその想定外を乗り越えられるのかと、何があってもこのダンジョンに戻ってくる覚悟はあるのかとお試しになるのは至極もっとも。本当に御方を失望させたのは、あそこでプレッシャーに負けて提案を取り下げることだったのだ!)
ここまでわかればもう怖いものなど何もなかった。御方の行動は全て自分を後押しするためのものだった。ならば自分は決めたことを突き進むのみ。
アテンに立ち込めていた暗雲が強烈な光によって切り裂かれ視界が広がっていく。御方のバックアップという絶対正義を得たアテンは、もう誰にも止められない。
「むぅ……」
御方が悩んでいるフリをする。そう、フリだ。恐れ多くも、今や御方と自分の思考は一致している。だからこそアテンはここで言うべき正解をスラスラと述べられる。
「ダンジョンの出入り方法、自分がいない間の襲撃、目立つ服装をどうするか、人間ではないとバレないか、万が一バレたらどうするか、他、全て考えがございます。また、私が外に出ることによって得られる別の利点も提示できます!」
「………………具体的な方法について、話を移そうか」
ややあってそう答えた御方は、心なしかいつもより高度が低かった気がした。
(押し切られてしまった……)
アテンが不意に提案してきた内容は、コアからすればすぐに了解できるものではなかったし、とても驚かされた。あまりにも未知な部分が多すぎて、本来なら許可を出す事はなかっただろう。いずれそういう選択をすることがあっても、もっと懸念材料を潰してからだ。それらの時間を稼ぐための第二階層でもある。
しかし、アテンが優秀すぎた。思い返せば冒険者たちの死因の話あたりからこういう流れに持っていくつもりだったのだろう。気が付けば反論しづらい状況になっており、更には不安材料は対策済み、他に利点まであると言われては案を進めないわけにはいかなかった。
コアとて、できるなら少しでも情報が欲しい。アテンやダンジョンワームがここまで自信を持って言うのだから問題なく遂行できるのだろう。どこまでもリスクは付き纏うが、可愛い子には旅をさせよ、という言葉もあるし、悩んだ末に責任を持って決断を下した。
だが困ったことに今のままでは折角アテンが集めてきた情報がコアに伝わらないおそれがある。相変わらず我が子らがコアのことを、情報いらないスーパーマンみたいな扱いをしてくるからだ。否定しようにもコアに対する忠誠度の低下の心配やコア個人の見栄があって言いづらいし、正直、可愛い我が子らに持ち上げられて、ほんのちょっとだけ気持ちいいというのもある。
(まあ、聞き方をあの手この手と変えれば必要な情報は入手できているし、今のところこの問題については保留でいいか。うん、頑張れ、未来の俺!)
コアが華麗に責任転嫁を進めている間も会議は進んでいく。こうしてコアが話半分に聞いていられるのは司会進行をアテンがやっているからだ。
アテンはコアの第二階層造りの時間を削ってしまっているのを気にしてか、その司会進行にはとにかく無駄がない。簡潔にスピーディーに、重要度の低いものから次々と片付けていく。名司会者もびっくりの弁舌だった。最初コアに提案を持ちかけた時の嚙みっぷりはどこにいったのか。子供の成長は早い。
「ダンジョンワームに委任を、か……」
「はっ。大見得を切っておきながら、結局御方頼りのこの体たらく。申し開きのしようもございません」
『申し訳、ございません』
今、議題はどうやって人間に見つからずにダンジョンを出入りするのか、という件に移っていた。ダンジョンの出入り口には常時警備兵が立っていることが判明している。無用な騒動を起こさぬようにこれを躱すのは、地味ながら確かに難題と言えた。
だがしかし、優秀な二体によってその解決策は既に示されていた。残る問題はやはりダンジョンエネルギーだが、アテンが旅立つことを考慮すればそこまで消費量を心配することはない。むしろ軽くなるだろう。
もとより、第二階層には委任を付与したダンジョンワームを置く予定だったのだ。委任中は第二階層から動くことはできなくなるが、ダンジョンワームの体に刻まれた模様と、現在建造中の古代遺跡の雰囲気がベストマッチし過ぎてて、コアの中では既に他に選択肢がなかった。
(強さ的にダンジョンワームなら委任を付与するに不足はないし、しばらく留守にするアテンの分もしっかりカバーできるはずだ。おぉ、何という都合の良い展開! これも日頃のダンジョンへのお祈りのおかげだな!)
気分を良くするコアは、未だ深く頭を下げ続けている二体を見て苦笑する。コアにダンジョンエネルギーの消費を強要する要求をしていることが余程気掛かりなのだろう。確かにダンジョンエネルギーは重要だ。しかし、何事も優先順位を間違ってはいけない。
「頭を上げよ。アテン、ダンジョンワーム。お前たちにそこまで頭を下げられては、たとえ俺にその気がなくてもうっかり許可を出してしまうではないか」
「! と、言うことは……?」
「ふふ、ダンジョンワームには元々、第二階層を任せるつもりだった。だから気にする必要はない。いや、これもお前の計算通りだったか? アテン」
「とっ! とんでもないことでございます! 逆です! 私が、御方の掌の上で遊ばせて頂いているのです!」
「ハッハッハ! 面白い表現だ。……ダンジョンワームよ」
『は、はひ!』
ダンジョンワームは第二階層を任せると聞いた時から呼吸も忘れて硬直していた。
「いきなりのことで驚かせてしまったようだが、聞いた通りだ。この大役、お前ならば立派に勤め上げられると思っている。期待してるぞ?」
『あ、あり、がとう、ご、ございますぅぅ』
「ダ、ダンジョンワーム!? な、泣くな……?」
ダンジョンワームの上ずった声に戸惑う。人間のように表情がないのでわかりづらいが、歯をキシキシ言わせながら体を震わせる様子は、コアには泣いているように見えた。
ややあってダンジョンワームが落ち着くと会議が再開された。そこでコアは気になっていることをアテンに質問する。
「ということで、委任については問題ない。それより委任の前段階だ。ダンジョンワームが外の座標を覚える必要があると言ったな? 覚えるまでの時間をどうやって稼ぎ、どこまで外に出ればよいのだ?」
「はい。まずどうやって人間共に見つからずに時間を稼ぐかについてですが、ゴブリンストーカーを使います。ゴブリンストーカーは相手の認識を誤魔化す<ハイド>系スキルを所持しているので、ダンジョンワームの前に配置し共に姿を隠させます」
(そんな能力あったなんて知らなかったよ……。まあ、訓練中に使う場面なんてないからしょうがないけど)
ゴブリンストーカーは武闘会に武器を持ち込んでから誕生した進化個体だ。今までのコアの感想としては、小さい武器ながら一撃が重いな、という程度だったが、アテンが教えてくれた新情報によってその認識が変わる。
(身を隠しながら重い一撃……。なんだか暗殺者っぽいな。コナーだかソナーだか忘れたけど、あいつが言ってたゴブリンの進化先にはなかった種類だし、これから楽しみになってきたな! おっと、説明の途中だった)
コアは一つ頷くと説明の続きを促す。するとダンジョンワームが前に進み出てきた。
『外に出る、範囲ですが、体の三分の一でも出せば、十分です。本当は、全身を出した方が、時間が、掛からないのですが、人間共の、いる場所によっては、ゴブリンストーカーの、スキルでは、カバーできない、おそれが、ありますので』
「あぁ、成る程な。納得できる話だ。相変わらずよく考えているな。しかし肝心のゴブリンストーカーだが、確かまだ自我が無かったと記憶しているぞ。ダンジョンの外に出れば暴走するのではないか?」
「その点も問題ありません。現在集中的に鍛え上げ、自我が生まれる兆候が出てきております。あと何発か頭を叩けば目覚めるでしょう。作戦決行時には必ず間に合わせます」
(力技!? 自我ってそうやって生まれるの!? ……今のアテンの集中特訓かぁ。自分が受けると思うと寒気がしてくるな)
コアはふと気になってゴブリンストーカーを探した。ちょっとした興味本位だった。するとすぐに見つかり、目を逸らした。
今のゴブリンストーカーは、地面に打ち捨てられたボロ雑巾と完全に一致していた。誰からも気にされず、壁際でひっそりと転がっている姿には凄まじいほどの哀愁が漂い、激しく同情を誘った。
「………………ほどほどにな」
(これを乗り越えればきっと明るい未来が待っているから。だから頑張れ、ゴブリンストーカー!)
この計画が終わったらゴブリンストーカーに優しく接してやろうと心に決めるコアだった。
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