第28話 想い

 第二階層。真っ白な空間で一個、コアは万感の思いを抱いていた。この真っ新な空間が自分の理想通りの世界に変わるのだと思うと、様々な感情が溢れ出す。


 コアは前の世界にいた時、それなりに満足できるダンジョンライフを送っていた。ダンジョンが出てくるゲームは数え切れないほど存在したし、ネット上では尊敬し合える同志たちにも巡り合えた。楽しかった。


 幼少時は家庭環境の関係でゲームの類をすることが一切なかった。そのまま大人になり仕事に生きるような人生を送っていたが、どこか満たされない思いをずっと抱えながら生きてきたのだ。


 転機が訪れたのは三十代、両親との死別。多額の遺産が転がり込んだ。仕事以外は特にすることがなかったから元々貯金はそれなりにあった。今まで縛り付けられていた人生から解放されるように、気が付けば仕事を辞めていた。


 仕事を辞めたらすることがなかった。何て空っぽな人生なんだと、可笑しくなって笑った。一周回って気持ちのいい笑いだった。そんな時目に入ったのがゲームだ。ロールプレイングゲームだった。気まぐれで本体と共にソフトを購入。そしてそのゲームの中で、コアはダンジョンとの出会いを果たす……。


 それからはとにかくダンジョンゲームにのめり込んだ。どうしてここまでダンジョンに夢中になっているのか自分でもわからなかったが、多種多様なダンジョンに触れることでその理由に気付く。


 それは――無限の可能性。ダンジョンの中には生活するモンスターがいて、たくさんの自然があって、その中に罠が紛れ込んでいて。そんなのはもう、一つの世界だ。ダンジョンには、階層分だけ、その一つひとつに、世界が詰まっているのだ。


 こんなとんでもない話があるだろうか! 世界なんてものは一つしかないと思っていた。そして自分という存在は、その世界に生きるちっぽけなものでしかないと。


 しかしダンジョンならばそんな自分を変えてくれる! 無数に広がる、どこまでも続くダンジョンの世界が、ちっぽけな自分を引っ張ってくれる。導いてくれる! 可能性なんてものは、どうにでもなるのだと教えてくれる!!


 ダンジョンはコアにとって希望となった。時に自分の考えを優しく受け止め、時に自分の小さな常識を打ち砕いてくれた。


 子供が自分だけの秘密基地をワクワクしながら作っていくように。コアもまた、失われた童心を取り戻して理想のダンジョンについて模索していった。





 そんな日々が続いていくと、当然ながらコアの中にはダンジョンへのこだわりが出来てくる。この時点でコアのダンジョンに対する愛は相当深いものだ。愛ゆえに、自分のこだわりとは反するダンジョンが出てくるゲームであろうとも、それを優しく許容しプレイすることができる。できるのだが、満足度という点ではどうしても物足りなさを感じてしまった。それに、コアはダンジョンを造る側のゲームが好きだったのだ。


 コアが住んでいた国では、ダンジョンを攻略するゲームは数あれど、ダンジョンを造っていくゲームは少なかった。その少ないゲームの中に、コアが理想とするゲームが存在するような都合が良いことなどなく、コアは海外産のゲームにまで手を伸ばしていった。


 結論から言うならば、コアは理想に近いゲームに巡り合うことができた。その海外産のゲームは発売から随分と時間が経っていたが未だに高い評価を維持し、根強い人気によって支えられていた。実際にプレイしてみればその人気ぶりにも納得できる面白さだったし、コアも久しぶりに時間を忘れて楽しむことができた。


 しかし、ゲーム故に、いつか終わりは訪れる。物語の終焉、ゲームに対する慣れ。新鮮味はどうしたって薄れていく。


 それに、だ。そのゲームはコアの理想に近いものではあったが、理想とまではいかなかった。国の違いのせいだろうか、細かなところで残念に思うことがあった。


 妙にデフォルメされているモンスター。折角のダンジョンだというのに工場のようなマップ。全体的なクオリティ。コアのフィーリングとは合わない点が多々あったのだ。


 世界中のゲームの中から苦労して見つけ出したものでも不満を覚えてしまう。そのゲームがこれまでで一番面白かったのは間違いなかったが、それと同時にこの世には自分が心から満足できるダンジョンビルドゲームは存在しないのかと悲しくもなった。


 悲観に暮れる自分の心をどうしてくれようかと悩んでいた折、コアは唐突に一つの方法を思いつく。


 そうだ。自分で作ればいいじゃないかと。


 理想のゲームを自分で作る。言うほど簡単ではない。しかし当時のコアには時間があった。お金があった。自慢ではないが新たな学びを習得するだけの能力はあると自負していた。


 やれる。そう決心しながら俺は理想のゲームを作るぞと息巻いて立ち上がった時、またしても唐突にあることに気付く。


「自分で作ったら全部ネタバレ状態じゃねーか!」


 ダンジョン造りは未知だからこそ面白いのだ。未知だからこそワクワクするのだ。それなのに事前にモンスターもその進化先も罠の種類もマップの全てもわかっていたら台無しどころの話ではない。当時のコアは頭を抱えた。


 お金に物を言わせてゲーム開発を委託することもできたかもしれない。しかしコアには絶対に口出ししてしまうという確信があった。それでは結局のところネタバレと同じだ。コアのダンジョンに対しての理想はかなり高い。生半可なものでは納得できないと自分のことを理解していたので、この方法も諦めざるを得なかった。


 それから時間が経ち、モヤモヤするような不満もやがて少しずつ薄れていった。明確な解消法があったわけではないが、ダンジョンに関するゲームはどんどん発売される。あの海外産のゲームを超える作品は出てきていないが、新しいダンジョンとの出会いがコアの満たされない不満を紛らわせてくれた。


 コアにとって、悪くない日々だった。常に頭の中にはダンジョンがあった。ダンジョンと共に生きてきた。そして今、コアは……。




「最高だ……」


 少々昔のことを思い出していたコアは回想を終えてその一言で締め括った。予想すらできないことではあったが、偶然か必然か、コアは理想的な立場を手に入れた。そう、この世界こそがコアが求めていたもの、いや、それすらも超える正にユートピアだ。


 きっとこのダンジョンには限界がない。ゲームの時のような容量の限界による終わりがない。このダンジョンが終わる時、それはコアが下手をこいて死んだ時しかないだろう。


 自分が死ぬその時までダンジョンを楽しむことができる。死んだとしても、ダンジョンと共に逝くことができる。


 ――嗚呼、こんなに幸せなことはない。


「……ははっ、死んだ時のことなんて、湿っぽくなっちゃったかな? まあ、そんな時は来ないんだけどねッ!!」


 コアは目の前の、真っ白ながらも移ろいゆく、不思議な空間を強く見つめる。


「楽しんでやる! 目一杯な! 絶対に手放さない。楽しんで、楽しんで、楽しんで! それでも果てが見えなくて! ハハハッ! 楽しんでやるぞ!!」


 本当に好きなものを手にした時。人はその感情を言葉で言い表すことはできないのだと、この時初めてコアは知った。


「もう人じゃないけどな! フハハハハ! それではダンジョンへの感謝を胸に。第二階層造りを開始する!!」


 少しでもダンジョンの深淵に近づくため、大切な第二階層造りが始まる。


「まずはざっくばらんに地面に土を撒いて~と。ふむ、土の良い香りがする。しっとりとしていて、これは良い土に違いない。流石ダンジョン!」


 今コアがいる真っ白な空間はどこまでも続いているかのように見えて、地面があれば天井もあり、側面には壁もある。コアがいじれるところまでいじり終わり、いざ完成した時に『その先』がどうなるのかはまだわからないが、とにかく侵入者が来れるようにするために地面を作らなければならないことはわかる。


 罠設置の検証時もそうだったが、物理的に攻略不可能な作りにすることはできないようだ。コアには元々そんな手を使う予定はなかったので何も問題ない。飽くまでも実力で生き延びていく所存だ。


 広大な土地に土を敷き詰め終わると今度は大雑把に草を植えていく。ここまでの作業は絵の下地を描くような感覚に近い。コアの頭の中にある完成予定図を何となく意識しながら、色を塗るようにスピーディーに作業を進める。


「じっくりやってもいいんだけど、第一階層も心配だからなあ。大まかに進められるところはちゃっちゃかいこう! ちゃっちゃか!」


 こまめに第一階層の様子を見に戻らなくてはならないし、もしもに備えて早めに第二階層を完成させなければならない。時間は限られている。しかしコアにそれを苦にしている様子はない。むしろ鼻歌でも歌い出しそうなほどにリラックスしながら作業していた。


 コアほどダンジョンに精通している者ならば、敵や時間に追われながら防衛体制を整えることなど日常茶飯事なのだ。これまで積み重ねた経験が、コアにいつも通りの力を発揮させていた。


 草もおおよそ植え終わり、白しかなかった空間に色が生まれた。一面に広がる土の黒と草の緑がよいバランスで調和し、これだけで一仕事したような気になる。だが大切なのはここからだ。コアは気合を入れなおす。


 コアが第二階層のテーマにしたもの。それは――古代遺跡。


 贅沢を言うのであれば、超古代文明を想起させるようなフィールドにしたかったのだが、使える素材の関係上そこまでもっていくことはできない。欲を出して中途半端なものを作り上げ、ダンジョンに古代遺跡認定を受けられなかったら元も子もないので、そこは割り切っていく。


 だが古代遺跡にしたって難しい話だ。コアが使える素材はあと岩のみ。これだけでダンジョンを納得させなければならない。大抵の者が挑戦することに躊躇するであろうこの難題を前に、しかしてコアは不敵に笑う。


「ククク。難しいからこそやりがいがあるってもんだろ。ここで飛び込んでいけない奴はダンジョンを愛してるとは言えない! 常に上を目指し続け、未知を開拓させていくのがダンジョンの望みであり、俺の喜び! 必ず成し遂げてみせる!」


 高いテンションを維持したまま最大サイズの岩を出現させる。自分の思った通りに岩を変形できることを再度確認しながらコアは今後の計画に思いを馳せた。


 コアが第二階層を古代遺跡フィールドに決めたのは、ただ単に作りたかったということもあるが、冒険者たちのダンジョン攻略の抑止とするためだ。


 ダンジョンの外にある人間の街並みがどんなものかはわからないが、大体の予想はつく。ある程度の文明を持つ人間という生き物である以上、機能性や構造などを考えていくと、それはコアが前にいた世界のものとあまり変わらないものとなる。そこに時代を加味していけばより正解に近づいていくこともできる。


 では、そんな街に住む人間たちが、ダンジョンに突然現れた見慣れぬ文明を感じさせる遺跡を発見したらどうなるか。十中八九、研究対象になる。つまり、このダンジョンを維持するために、間違ってもコアが破壊されるようなことは無くなるというわけだ。


 懸念材料としては、コアが作り上げる古代遺跡がこの世界の者たちにとって別に珍しいものではなかった場合などが考えられるが、その心配はほぼないだろう。


「前の世界とこの世界の大きな違いといったら魔法の有無だろうけど。どうせあれだろ? 魔法あるっていってもさ、なんか浮いてたり労働力の確保に便利に使われてたり、その程度で街並み自体に大きな変わりはないんだろ? 大丈夫大丈夫!」


 びっくりするほどファンタジー世界の住人たちを小ばかにするコア。コアにとってダンジョンに関係すること以外はどうでもいいのだとよくわかる発言だった。加えて、それはコアの自信の裏付けでもある。


 コアにはこれまで蓄えたたくさんの知識がある。ファンタジーゲームで見た独創的な建築物や近未来的な世界観。はたまた現実世界に実際にあった遺跡群など、その情報量はこの世界の人間たちとは比較にならない。侵入者たちを驚かせることなど造作もないのだ。


 あとは理想を形にするだけ。コアが楽しくダンジョン造りをすればいいだけだ。


「クックック。外で何が起ころうとしているのかは知らないが、時間を稼がせてもらうぞ。貴様らが古代遺跡に目を奪われている間に盤石の体制を整えてやる! 気付いた時にはもう手遅れだ! そして思う存分ダンジョン堪能ライフを送ってやるぞー!! ハーッハッハッハッハッハー!」


 興が乗りすぎてコアが自分でも驚くほどの出来に仕上がる第二階層が、この先コアの予想とは少し違った展開を招くことになるとは、この時は知る由もなかったのだった。

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