第18話 俗物

 ヘルカンの街冒険者ギルド。日に日に新人冒険者が増え続け、過去にないほどの活気に満ちている。冒険者ギルドの盛り上がりにつられるように街全体でも人が増えていた。安価な武具やアイテム、宿屋なども増えて新人冒険者が活動しやすい環境が整っていき、今やヘルカンの街はダンジョンを中心にして経済が回っていると言ってもよいほどだ。


 そんなヘルカンの街にまた一人、新人冒険者が訪れる。少し遠くの街からやって来た彼女はローブ姿からもわかるように魔法職の冒険者だ。彼女は魔法使いとしての才能を示したが元いた街にはダンジョンが無く、どこに行こうか迷っていたのだが、安全にモンスターとの経験が積めるとの噂を聞いたのが決め手になった。


 誰だって最初はモンスターと戦うのは怖いものだ。怪我をしないで冒険者を始められるなら、もっと近い街にダンジョンがあろうともこちらにくるものだろうというのが彼女、エマの考えだった。


 エマはヘルカンの街の光景に驚く。自分がいた街とは道行く人々の格好が大分違ったからだ。今や冒険者の街とも言われることもあるヘルカンの街は当然、冒険者の数が多い。前からヘルカンの街を拠点にしている中堅どころ以上の冒険者たちは、ゴツかったり立派な装備に身を包んでいることが多い。ガチャガチャと音を立てながら堂々と歩いて行く人の姿は冒険者がいる街特有のものだ。


 そしてエマと同じく新人冒険者だろうと思われる人々も多く見受けられた。街の風景が物珍しいのか辺りを見回したり、買い物に勤しんでいるようだ。


(これだけいるなら、きっと大丈夫だよね……)


 内に秘めた想いを胸に、一路冒険者ギルドに向かって行く。




 新人冒険者の数からしてゴブリンダンジョンに向かうまでには日数が掛かるだろうというエマの予想とは裏腹に、そこまで時間は掛からなかった。冒険者ギルドからの講義、訓練。そしてパーティーの斡旋などをしてもらっている内にエマの順番がやって来た。


 エマのパーティーは男二人女二人の四人パーティーに、監督役の冒険者一名というメンバーになるようだ。それぞれが一人でヘルカンの街にやって来た境遇だったが、気軽に会話を交わしている。


 人見知りせずに会話をするというのは冒険者にとっては大切なことだ。積極的な情報収集で安全性を高めたり、仲良くなった冒険者に助けてもらえることもある。エマも自分から会話を振ったりはしなかったが、無難に会話には応じた。


 当日、ゴブリンダンジョンに向かう前には冒険者ギルドで身体検査が行われている。大体の新人はこれをやる理由がわからず首を傾げているが、大方の予想がつくエマとしては想定の範囲内だ。


 女性しかいない部屋の中で、若干緊張しながら待機しているエマの前に女性のギルド職員が訪れた。


「これから身体検査を行うわね。悪いけど協力してね」


「はい。大丈夫です」


「じゃあまずはローブを脱ぎましょうか」


 ギルド職員の言うことに従ってどんどん着ていたものを脱いでいく。服のポケットは勿論のこと、ローブの中に持っていた小さなバッグや下着の中も確認するほど厳重だった。思っていたよりもしっかりと検査するんだな、と考えていたエマにギルド職員が声を掛ける。


「それも確認させてもらえるかしら? その袋の中身は何?」


 エマは首から小さな袋を吊り下げ、それを服の中にしまっていた。エマは少しどもりながら答える。


「こ、これは母との思い出が詰まったコインを入れてあるんです。お守り代わりにしようと思って」


 エマの受け答えに若干の乱れを感じ取ったギルド職員が目を光らせる。これは例の当たりを引いたかと、内心気を引き締めた。


「そうなの。お守りじゃあ、あまり見せたくない気持ちもわかるんだけど、これもギルドの規則でね? 確認しないわけにはいかないのよ。悪いんだけど見せてくれるかしら?」


 その袋はコインを入れるだけにはしては大きかった。不審感を強めるギルド職員に対して、エマが思ってもいないことをわざと質問する。


「あ、あの、どうしてこんなに厳重に色々確認するんですか? 何か危ないことでもあるんですか?」


 この身体検査に関してはギルドの規則だからという理由だけで詳しいことは聞かされていない。エマの質問は別におかしいことではなかった。


 エマの質問に安心させるように笑みを浮かべて答えるギルド職員。しかし決して油断はしない。


「別に危ないことなんかないわ。ただ、ダンジョンには持ち込んじゃ駄目な物があってね? それを持っていないか確認しないといけないのよ。ほら、聞いただけじゃ間違いがあることだってあるでしょ? だからこうして私たちがしっかり確認しているのよ」


「そ、そうなんですか。わかりました……」


 ギルド職員に観念したのか袋を渡すエマ。ギルド職員が慎重に中を確かめると、そこにあったのは古ぼけた銀色のコイン一枚だけだった。


「……はい、確かに。大事にしてね」


 本当にコインしか入っていなくて拍子抜けしたが持ち主の前でそんな顔をするわけにはいかない。軽く微笑みながらお守りをエマに返すのだった。


 こうして身体検査は無事に終わった。とうとうエマたちパーティーはゴブリンダンジョンに出発して行くのだった。




 道中何事もなくダンジョンに着き、ダンジョン探索が始まった。既に罠が無いことはわかっているので中堅冒険者は最初から後ろに陣取り、エマがその前。そして前衛の他の三人が順番に先頭になりながら進んで行った。


 発見当初よりゴブリンの数が増えたことは確認されているが相変わらず一度に一体、武器無しの状態なので良い訓練の的だった。数が増えたことで、より多くの新人冒険者たちを短い期間でダンジョンに送り出せるようになったので、冒険者ギルドとしても有り難かった。


 探索を開始してしばらく経った頃。何度目かの戦闘を終えて休憩の時間になった時にエマは言った。


「すいません。私ちょっとトイレに……」


 ゴブリン相手と言えど、新人にとっては初めて相手するモンスターだ。緊張するのは当然と言える。それが何度か戦闘をこなすことで慣れたのだろう。尿意が我慢できなくなってきたと思われるエマが、少し恥ずかしげに申し出た。


「おう、大だか小だか知らねえが行ってこい。終わったらちゃんと<クリーン>掛けろよ」


 中堅冒険者のあまりにもデリカシーの無い言葉に、エマは内心舌打ちする。もう一人いる女性の冒険者もよい顔はしていなかった。


 <クリーン>とは浄化の魔法のことだ。魔法とはいっても戦闘に使用されるような専門的な技能を要するものではなく、広く一般的に使われているもので別名『生活魔法』とも呼ばれる。


 ダンジョン内で用を足す時はこの<クリーン>を使うのが鉄則となっている。何もせずともダンジョンが勝手に処理するのだが、その昔、排泄物を始めとした、処理に困った物をまとめて大量に投棄されたダンジョンがあった。やがてそのダンジョンは状態異常攻撃を多用するモンスター、豊富な罠、ろくでもない物しか入っていない宝箱と、とんでもないダンジョンになってしまい、攻略にはたくさんの犠牲者が出ることになってしまった。


 ダンジョンがそのように変わってしまった詳しい原因は突き止められていないが、そのダンジョンの二の舞にならぬよう、時の権力者は不要な物をダンジョンに吸収させないように各所に命じ、冒険者ギルドもこれに倣っているという訳だ。


 パーティーの元を離れたエマは通路の行き止まり地点まで進んで行く。後ろから誰も付いてきていないことを確認するとローブを脱いでその場にしゃがみ込んだ。エマはローブを裏返すと、見えづらいように加工された小さな内ポケットに手を突っ込む。エマが手を引き抜いた時、その手にはポケットには収まりきらないはずの大きさのアイテムが握られていた。


 エマのローブは人工マジックバッグが取り付けられた特殊なローブだった。しかしエマは正真正銘、ただの街娘。親が金持ちなわけでもないし、幸運によって大金を得たりもしていない。


 普通のマジックバッグでも一般人には手が出せないほどの値段がするのに、それをローブに取り付けた特別製なんて買えるはずがない。これらからもわかるように、このローブはエマの私物ではない。


 エマは街を出る時、とある人物から依頼を受けていた。今まで会ったこともない人物の、怪しげな依頼をエマが引き受けたのは報酬が魅力的だったからだ。結局、何のために冒険者になるのかと言ったらそれは金のためだ。エマは冒険者としての名声よりも金が欲しかった。


 話を聞いてみれば相手は落ち着いていて言葉遣いが丁寧であり、エマはすぐに印象が良くなった。しかもやること自体は単純であり、問題になりそうなところは解決策を全て教えてくれた。話を聞けば聞くほど問題などどこにもなく、美味しい話にしか思えなくなった。


 そしてエマは破格の前金を手に入れ、ヘルカンの街までやって来た。ここまで順調に計画は進んでいる。身体検査の時は流石に緊張したが何とかなった。そもそもローブはポケットを取り付けるものではないし、ましてやそれがマジックバッグだなどとはギルド職員も思わなかったのだろう。


 不思議なことに、人工マジックバッグを服のポケットなどに加工しようとすると容量がガクンと少なくなるのだ。これはダンジョン産のマジックバッグがそれ単品でしか存在していないように、他の用途に使おうとするとマジックバッグに込められた魔法陣に狂いが生じるせいではないかと言われている。


 そんな非効率に過ぎるものを使ってくるとは誰も思わない。相手の意図を知っているならば尚更だ。更にエマは首から吊り下げている袋でギルド職員の注意をそらした。お守りうんぬんの話は真っ赤な嘘で、挙動不審になったのも演技。これでローブの細工に気付けというのは酷な話だろう。


 エマはどんどんマジックバッグからアイテムを取り出しては地面に置いていく。それらのアイテムは一見、何の変哲もないように見えるが全てがマジックアイテムだった。サイズがそれほど大きくなく、安価で、使い道がよくわからないようなアイテムも多かったが、とにかく数を揃えた。地面に置いた物をダンジョンが吸収するまでにはしばらく時間が掛かることを教えられていたエマは、無心でアイテムを取り出していく。もしかしたら誰かが様子を見に来るのではと思うと、気が気でなかった。


 しかしたくさんのマジックアイテムに触れている間にフッとある考えがよぎる。ここにあるアイテムはサイズが小さな物ばかり。中には指輪なんて物もある。


 一つぐらい無くなってもバレないのでは? 誰が見ているわけでもない。そもそもダンジョンに吸収されて無くなる前提なのだから盗んだとか言われても言い訳できる。腐ってもマジックアイテム、売ればいくらかの金になるはず。


 魔が差したとはこのことか。エマは地味な色合いをした指輪を見つけるとスッとズボンのポケットに仕舞ってしまった。ドクドクと自分の心臓の音が大きく聞こえる。エマは気分が落ち着くまでその場から動けなかった。


 エマが戻るころには十分な時間が経っていた。女として、大きい方をしていたと思われるのは嫌だが、人間なんだから仕方ないでしょ、と開き直る。だが直接言われるのはやはり心にくるものがあった。


「お! 遅かったなあ。快便だったか? 結構結構、ハハハ」


「……遅くなってしまい、すいませんでした」


「大丈夫大丈夫。それじゃ探索続けっぞー」


 意識的に無表情を作り答えるエマ。そうでもしないと思いっ切り顔をしかめていただろう。今回非があるのは自分だとわかっているので無難な返答に止めた。


(こいつホントにデリカシーない。有り得ないでしょ! 初め見た時から何かチャラチャラしてて感じ悪かったんだよね。はぁー最悪。ゴブリンに殺されればいいのに!)


 中堅冒険者ほどの者が単独のゴブリンに殺されることなど有り得ない。エマの望みは叶えられることなくやがてダンジョン探索は終了した。探索が終わる頃には、マジックアイテムを盗んだことにより芽生えた罪悪感や興奮といった感情は消えていた。そういった点では、中堅冒険者のデリカシーの無い発言は役に立ったのかもしれない。

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