第17話 予想外

『お話し、できて、光栄でした。また、何かあれば、呼んでください』


「あ、ああ。わかった」


 コアの前からダンジョンワームが離れていく。どうやら泉がある部屋に移動するようだ。


 途中、ゴブ座衛門の横を通り過ぎる時に一声掛け、それによってゴブ座衛門が苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


(意外だった。まさかワームが喋るなんて。初めての我が子との会話の相手がワームなんて。そんな、知能ある系モンスターだとは思わないじゃん!? 絶叫しちゃったじゃん!!)


 未だに驚きが消えないコアだった。


(しかし、予想以上に強いぞ。ダンジョンワームは。既に十分な戦力になった)


 仮にも精鋭のホブゴブリンを下したという点でもそうだが、話を聞くにどうやら全力ではなかったようだ。


 まず、毒の強度はもっと上げられるらしい。これだけで脅威だ。そして、ダンジョンワームには驚くべき秘密があった。


 コアも意表を突かれた頭上からの攻撃。あれは地面に潜ってから天井まで移動する時間を考えると明らかにおかしいスピードだったが、そうではなかったのだ。


 ダンジョンワームが移動したのはダンジョンの外側に広がる『異空間』。つまり、地面に潜って異空間に入り込んだ次の瞬間には天井に移動することが可能なのだという。


 コアは説明を聞きながらなんじゃそりゃ、としか考えられなかった。誰が聞いても、何かとんでもない力を使っているとわかる類のものだ。しかも興味深い話も教えてくれた。


 ダンジョンの壁は一メートルまでなら誰でも物理的に破壊することができるが、そこより奥側は異空間との境なので破壊することはできないというのだ。


 コアはこの説明に心当たりがあった。確かに『拡充』能力を使った時は一メートル先からエネルギーを消費する必要があったはずだ。あれは異空間を拡げるという凄まじいことをやっていたことになる。コアは思わずその事実にニヤニヤしてしまった。


 そして、ダンジョンワームの移動に若干のタイムラグが生じるのは一メートルの壁を自力で削る必要があるからだ。ちなみに削った壁は時間と共に元に戻るが、コアが直接壁を削った時は例外でそのままになるらしい。


(空間系の力に通ずるダンジョンワームか。……やばくね? これ進化していったら何になるの? ボクわかりません!!)


 ドキドキとワクワクがごちゃ混ぜになった気持ちのままダンジョンワームを見やる。ダンジョンワームは最早定位置となった泉に到着したところだった。


 泉に浸かろうとするダンジョンワーム。しかし進化して体が大きくなったことで明らかに泉のサイズが合っていない。体が水に浸りきっていないし、穴に無理矢理収まっている姿は、意地でも狭いところに入ろうとする猫のようだ。体の所々が泉の側面に当たっていて痛そうに見える。


「……これはいかんな。よし、少し特別扱いになってしまうが、新しい水場を作ろうではないか!」


 ここで唐突にコアが密かに温めていた秘策が披露される。


 泉の大きさ自体を変えることはできないし、水の容量も変えることはできない。これをダンジョンワームに適した大きさにするためにはどうすればよいか。


 ――約一時間後、その答えが目の前にあった。


 そこには直径二メートル、深さ五十センチの穴に、程良く水が満たされた泉が出来上がっていた。ダンジョンワームが呼吸しやすいよう、地面と側面の一部が斜めに加工された特別仕様だ。更にはここにダンジョンワームが入っても水が溢れないように計算されている。


 如何にしてこのコア・ザ・マジックを可能にしたか。その秘密は泉の近くにある、壁にできた窪みだ。その窪みからはこんこんと水が湧き出ており、その水は導かれるように泉の中に流れ込んでいた。


「フッハッハ! そう、謎の窪みの正体は泉だ! 罠が設置できるのは地面だけではないのだよ!! これぞ、コア・ザ・マジックッ!」


 泉は無くなった分の水を常に補充する。つまり壁に設置することにより、湧き水のような使い方が可能になるのだ。これを拡充で掘った穴に流すことで、疑似的な泉を作り出すことに成功した。


 しかもこれは泉が生み出す水量と、ダンジョンが水を吸収するまでの時間、ダンジョンワームが穴に入っても水が溢れないように計算された力作だ。コアが渾身の決め顔をするのも致し方ないと言えるだろう。


 ダンジョンワームも感激した面持ちで泉に浸かっている。どうやら気に入ってくれたようだ。


「ふ~、いい仕事したぜ! じゃあ武闘会観戦に戻ろうかな」


 泉を作りながらも武闘会はしっかり続けさせていた。最初のプチワームが抜けたため、熾烈な生き残りが行われている。


「またダンジョンワームに進化するのかな? 楽しみだなあ。ゴブリンの新しい進化先のこともあるし、全く、ダンジョンは最高だぜ!!」


 コアはワクワクが止まらない。


 プチワームはゴブリンよりも召喚コストが少しだけ重い。いくら新人冒険者を吸収して余裕ができたと言っても限度はある。召喚できる時間が少ないこともあってバランス調整が難しいが、召喚モンスターがゴブリンに戻る前になるべくプチワームを召喚しておく。


 幼虫のようなモンスターが部屋の中に溢れかえるという、人によっては地獄に見えるかもしれない光景の中、プチワームたちとゴブリンたちの試合が続いていく。進化個体が増えた関係もあって再びエネルギーが不足気味に陥るが、丁度良いタイミングで冒険者の数が増えたので試合を継続できた。


 その結果、ゴブリン一体、プチワーム二体が新たな進化を果たした。


 ゴブリンはナイフを使っていた個体が進化した。ショートソードや杖はバスタードソード程とは言わずともゴブリンには大きく、扱いきれていなかった印象を受けた。その点ナイフを使っていた個体は、素早く相手の懐の飛び込んで一突き決め、試合を優位に進めていた。


 進化した種族名はゴブリンストーカー。全長はホブゴブリンと同じ百二十センチ程。ゴブリンの時と比べると全体的に体つきがしっかりしているが、特に発達したのは脚だ。移動力を重視しているのか、太くなった太ももが目を引く。手にはナイフではなく鎌のような物を持ち、戦っていた時に持っていたナイフは地面に落ちていた。コアはナイフが吸収されないうちに他のゴブリンに拾わせておく。


 コアとしてはもっと能力がわかりやすいような種族になると思っていただけに、その未知なる力には期待している。


 ワーム二体はそれぞれ別の進化を果たしてコアを喜ばせた。その内一体は完全に予想外の進化の仕方だったが、それも進化の醍醐味だ。


 まず一体目はスモールワーム。全長は一メートル五十センチ程、高さは三十センチ程で、プチワームを正統進化した感じと言えばわかりやすい。「スモールか、スモールね。ふぅん……」とつぶやきながら、ダンジョンの広さを頻りに確認するコアがいたとかいなかったとか。


 もう一体は場外乱闘でいつの間にか進化していた。コアが三度見して驚愕したのは言うまでもない。


 ダンジョンワームが新しい泉に引っ越したことで、今まで使っていた泉が空くことになった。そこに泉を好むタイプのプチワームたちが群がったのだが、数が多すぎてあぶれる個体が続出したのだ。


 泉に浸っている個体も押し潰されてしまい全然気持ち良くない。やがて不満が爆発しバトルロワイヤルに発展するまでに時間は掛からなかった。


 そんな壮絶な戦いの果てに誕生したのが、ウォーターワーム。こちらはプチワームの時からは大分様変わりした。


 全長は八十センチ程で高さは二十センチ程。今まで丸かった体は縦に細くなり魚のようなフォルムになった。口周りと体の下側半分程が青い鱗に覆われ、上側は四本の少し太くて長い触手のようなものが尻尾に向かって伸びている。


 水中に完全に適応できるのか口を水面に上げる気配がない。ただ満足気に泉を独占しているようだ。


「フフ、フフ。もう、何て言ったらいいかわからないよ。いやさ? ワームって、生息する場所で種族名変わるって感じでしょ? サンドワームとかフォレストワームとかさ。だから、ダンジョンに生息するワームはダンジョンワームになるのかなって。そう思ってたのよ。そしたらふっつうにスモールワームいるし? ウォーターワームとか予想できないし? てか進化するところ見逃したし! 悔しすぎるうぅ! 何か数減っていってんな、とは思ってたけどさ! おわーやってるわーって好きにさせてたけどさ! 見届けたかったでしょこんなんどう考えても! 変わりすぎだし感動を味わいたかったよ! このコア、一生の不覚ッ!!」


 そばにいたゴブ座衛門に愚痴ってるコアがいた。ちなみにそのゴブ座衛門は満身創痍状態だ。


 最近になってゴブ座衛門はホブゴブリンの攻撃をあえて受けるようになった。強烈な初代ホブゴブリンの攻撃をコントロールしながらダメージを蓄積させていくその技術は相変わらず素晴らしいが、そこまでする必要ある? というところまでボロボロになるのでコアはハラハラしながら訓練を見ている。


 しかしゴブ座衛門のこと、何かしらの狙いがあってのことだろうと好きにさせている。そして訓練していない時はこうして痛ましい身体をおしてコアのそばに待機していることが多い。


「つかウォーターワーム、これどうしよ。え、洞窟だよここ。何か私もう水中から出ませんみたいな感じだけど、水場ほとんどないんですけど!? 水場用の部屋作れってか!」


 コアとしては正直作ってしまいたい気持ちはある。こっちの世界に来てからは主にモンスターの強化しかしてこなかったため、ダンジョンをいじりたい欲求が日に日に高まっていたのだ。


「……やっちゃうか? 進化個体も増えてきたし? 自分へのご褒美的な? いやいや今の状況だけで常にご褒美状態だけど、たぶんそこまでエネルギー使わないだろうし。ほら、色んなことやったほうがダンジョンの成長に繋がるかもしれないし! そうだ! よし! やろう!」


 欲望に負けやすいコアだった。このダンジョンにはストッパーが必要なのかもしれない。頼りの副官は、楽しそうなコアを見て顔をほころばせるばかりだった……。


「ダンジョンいじりの時間だ! まず部屋だなー。あまり前の部屋にするわけにもいかないから、やっぱり泉がある部屋になるか。全面的にやっちゃうとエネルギー的にもダンジョンワーム用に作った泉も潰さないといけなくなるから、そこら辺は考えてだな。ふふふ、楽しくなってきたぜえ!」


 コアとしては至福の時間だった。ずっと頭の中で考えて、考えて、考えて続けて。それでもそれが叶うことはなくて。夢に見ることしかできなかったことが、今はできるのだ。こんなに幸せなことはなかった。


「テーマは水の流れだな。まるで自然界にある川のように。山の湧き水が水の通り道を作り、流れ流れて少しずつ太くなっていく。起伏で流れが変わり、崖で滝のように落ちながら進み、やがて大きな泉を形成する……。よし、良いイメージだ。この部屋に自然界の川を再現するぞ! 土壁と水だけでの挑戦だ。ククク、腕が鳴るぜ!」


 これまでの願望を形作るために没頭するコア。土壁だけで自然界の趣を再現するのは困難を極めた。何度も植物が、緑が欲しいと思ったが意地とプライドで押し通していく。


 時間を忘れて作業を進め、やっとの想いで完成まで漕ぎ着ける。ここに、自然の成り立ちまで考えたコアの汗と涙の力作が誕生した。


 それはまるで世界の一部を切り取ったかのよう。ダンジョンワーム用の泉を迂回するように、川と大きな泉ができていた。水量を確保するためにいくつか設置された壁の泉から流れ出た水は、緩やかに下っていき土壁を艶やかに濡らしている。清らかな水はダンジョンに元々備わっている仄かな光によって照らされ、それだけでどこか幻想的なものを感じさせる。


 エネルギーを節約するために、一メートルという制限の中で作り出した起伏の間を流れ行く水が辿り着くのが、最後の大きな泉だ。水深こそ最大で一メートル二十センチ程だが、いびつな円状をした泉の直径は部屋全体の五分の一も取られている。


 一メートル二十センチという水深を可能にしたのはコアが見つけたテクニックによるものだ。まず一メートルだけ掘った後、色が変わった地面に罠設置で泉を作るとその分、拡充によるエネルギーを抑えることができる。今では、そこがお気に入りなのかウォーターワームが陣取っている。


 思い思いに川や泉の浅い場所でくつろぎ出したプチワームたちを見ながらコアは感無量だった。自分が作り出したレイアウトでモンスターが満足気に過ごしているのを見ると頑張って作ってよかったと思える。自分もモンスターも良い気分を味わえて正にウィンウィンだ。


 元の部屋からガラリと印象が変わった部屋だが、実は変わったのはそれだけではなかった。コアはダンジョンコアとしての感覚でそれを悟る。


 ダンジョンの作りは大まかに部屋と通路で構成されているが、この部屋は『広場』といった方が正しい。ダンジョンコアとして全体を俯瞰した時にぼんやりとそう認識されるのだ。それが、川と泉で彩られた広場に変わった時に認識が書き換えられた。


 ――『水場』。コアの頭の中ではそう表示されていた。


「満足してたら何か変わったんですけど! またサプライズですか! かーっ! 隠し要素多くてたまんねえなあ。重要なことですかな?」


 自分の成果がダンジョンに認められた気がして嬉しくなる。やはりダンジョンは想えば想うほどこちらに応えてくれるものなのだ。


 まだまだ全貌が見えないダンジョンの奥深さに、コアの心は踊りまくって仕様がない。これからもダンジョンを楽しみ尽くすためにしっかりと防衛体制を整えなくては、と決意を新たにするのだった。




 コアがこの『名称変更』の本当の意味を知るのは、もう少し先のお話。

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