第16話 覚悟無き意思
「明らかに冒険者たちの来訪頻度が増えている。これは……何かあったな」
冒険者たちがダンジョンからいなくなり、モンスターたちが持てる力を十二分に発揮して試合をしている時間帯。コアは最近の冒険者たちの動向について考えていた。
「新人冒険者たちを殺しても大した動きは無いだろうと予想していたが、まさかここまで何も動きが無いとはなあ。逆に何故か冒険者たちが増えてこちらとしては嬉しい限りだ」
当然、当初は少々大げさな規模の調査隊のような面々が来て色々と調べていた。しかしそれもすぐに終わり、またいつものように冒険者たちが来るようになったのだ。
変更点があるとすれば、中堅冒険者がずっと新人たちについて回るようになったことぐらい。これまでは特に決まりはなかったのか、中間地点から動かない者もいれば今のようについて回りアドバイスを送っている者もいた。
「まああれは冒険者ギルドからすれば不味かったんだろうな。こうなるのも納得か。さて」
考えても答えが出ないことから、目の前のことに意識を戻す。
ダンジョン初のハンティングを終えてから十日以上経っていた。それだけの時間があればダンジョンでも動きがある。
まず生け捕りにした新人冒険者から外の情報を聞き出した。しかし話を聞いてみれば成人したばかりで、今までほとんどを村で生活しており、期待したほどの情報量はなかった。コアはこの世界の人間の知識の少なさを改めて痛感した。
村の生活模様など欠片も興味なかったので、すっ飛ばしたところ残ったのは冒険者になってから得た僅かな知識ばかり。肩を落とさずにはいられなかった。コアがそんな様子を見せると何故かゴブ座衛門がコナーを殴りつけていた。
しかし僅かと言っても情報は情報。貴重なものだ。その中でコアが気になったことがいくつかある。
ダンジョンの出入口には領主の兵が立っていること。冒険者が持ついくつかのスキル。冒険者の階級――最寄りの街には最高でも上から二番目のミスリル級までしかいないらしい。そして他のダンジョンの話。
「詳しく」
「へっ?」
「……ダンジョンの話を、詳しく言えって言ってんだよおおおおおおおおおおォォォォォ!!!!」
「うわあああああああッッ!!?」
ダンジョンの話になった瞬間、豹変したコアにコナーはついていけない。猛スピードで自分に突っ込んで来ようとするコアにただただ恐怖した。
その後コナーから聞いた話に新しいダンジョン情報はなかった。どうやらコナーは元々冒険者になるつもりはなく、無理やり連れて来られてから冒険者について学び始めた程度らしい。またゴブ座衛門に殴られていた。
「あ、あとは、その、ゴブリンの……」
なにやらおどおどして進行スピードが遅いコナー。完全に委縮していた。
「ゴブリンの、進化先、とか」
コナーがその言葉を言った途端、コアが機敏な反応を見せる。
「おーいおいおいおいおい少年よ。そういうのは初めに言ってくれよ、初めにさあ。オジサンてっきり少年のこと役立たずだと思っちゃったじゃーん」
「え、えっ?」
またしても急な展開にあたふたするコナー。ゴブ座衛門は頷いて満足げな表情だ!
「さあさ、遠慮しなくていいからね。知ってることぜーんぶ言ってごらん? ほれほれさあさあ!」
「あ、あの! そんなには知らなくて、最初の方だけなんですけど……」
「あー、わかってるよ。それでいいから教えてちょーだい」
「は、はい……」
それからコナーにより進化先が語られたが、ゴブリンの進化先は実に多種多様だと判明した。
一言で言えば、冒険者の職業とほぼ同等の種類が存在していた。しかしコアのダンジョンでは進化した先はホブゴブリンだけ。何かしらの条件があると思われた。
コナーに聞いても当然わからないので予想するしかない。
(面白い。こういうの探すの大好きです! まあ、おそらくは剣を使って敵を倒すとかそんなんだろうけど)
大方の予想はできるので、他に気になっていることを質問する。
「このゴブ座衛門も一応ホブゴブリンなんだけど、何か知ってる?」
「え、ゴブリン、なんですか……?」
「あーわかった、もういいわ」
ゴブ座衛門の体型は人に近い。何も知らない者に聞いてもゴブリンとはわからないだろう。
粗方聞きたいことは聞き終わったので、コアは気の向くままに話を振ってみることにした。
「しかし君も何で大人しく村人なんかやってたんだい? ダンジョンがあったらダンジョンに夢中になるのが普通だろう。ほら、あれだ。ダンジョンコアに触れて自分がダンジョンマスターになったり? そういう奴いないの?」
「ッ、だ、だめですよ!!」
「あ?」
「ひっ……あ、あの。ひ、人がダンジョンボスになるのは、大陸同盟の禁忌って言って、禁止されてるんです。これを破ると周りの国に攻められて滅ぼされるって聞いてます」
「ほう。つまり、ダンジョンボスになった奴が羨ましくて、妬んで戦争に発展すると」
「ち、違いますけど。……昔は、犯罪者や奴隷を無理矢理ダンジョンボスにして、色々ひどい実験をしてたそうです。その中に、自由にスタンピードを起こして戦争に利用しようとした国があったらしくて。それで禁止されたって聞いてます」
「へえ、成る程ね。それが横行するようになれば人間なんかあっと言う間に絶滅するわな。禁止されるのも納得だわ。俺ならそれでもダンジョンボスになるけどな!」
胸を張って言い切るコアだった。
(く、狂ってる……)
人間のように顔があるわけではないのではっきりとはわからないが、このダンジョンコアは本気でそう言ってるように見えた。
(殺されるって言ってるんだよ? こんな、何も無い場所でずっと暮らすってことなんだよ? どうなったらそんな考えになるんだよぉ……)
ただの人間に過ぎないコナーにとって、目の前のダンジョンコアは理解不能の異形の化物にしか見えなかった。
「ところで君、ダンジョンボスって何だい? いや、意味はわかるんだけどね。このダンジョンにはダンジョンボスっていないからさ。そんな簡単になれるもんなの?」
これはコアがこの世界に来てから思っていたことだ。大体のダンジョンゲームではダンジョンボスという、ダンジョンコアを守護する強力な個体がいるものだ。しかし、中にはダンジョンボスがいないものもあったので、この世界のダンジョンもそういうものだと思っていたが、どうやらそうではないらしいことがわかってしまった。
「え、ボスがいないって……あのホブゴブリンじゃ。いえ、あの、ダンジョンボスになる方法はわからないです。すみません」
「まあそうだよね。でもこういうのって大体、コアに触ればなれるもんだよ。ゴブ座衛門、試しにちょっと触ってみ?」
あまりにも軽く言うコアとは対照的に、ゴブ座衛門の反応は劇的だった。
身体が跳ねたかと思うと挙動不審になり苦悩し始め、決意したのか顔をバッと上げると両手を腰蓑の綺麗な部分で念入りに擦り、ようやくプルプルと震える手を伸ばしてきた。そしたら次はコアのどこに触ればいいかわからないのか、額に汗を浮かべながら細かく両手を上下左右に動かしながら必死に何かを考えていた。
(何か最近、ゴブ座衛門の反応が面白い件。最初はクールキャラだと思ったんだが……)
コアの中で段々とゴブ座衛門のイメージが変わりつつあった。
ややあってゴブ座衛門の両手がコアの下側に慎重に添えられる。しばらく待ってみたが何の変化も生じなかった。
「駄目か。結構簡単にいけると思ったんだが。ゴブ座衛門、もういいよ」
ゴブ座衛門の両手がゆっくり離れていく。そのまま流れるように両手を自分の胸元に引き寄せると、両手を二つの拳に変えて天に高々と掲げ出した。
「…………さてさて、コナー君? だっけ? 貴重な情報をありがとう。実に有意義な時間だったよ」
「は、はい!」
話の流れが変わり緊張に包まれるコナー。ここからの会話次第で自分の運命が決まると察していた。
「これからなんだけどさ、端的に言うともう用済みだから、死んでもらうね?」
「……え…………」
コナーの顔から表情が抜ける。予想はしていても本当にそうなるとは思っていなかったのか、頭が理解することを拒んでいるのか。反応が薄いようだが時間が勿体ないのでコアは話を先に進める。
「いや、そうなるでしょ? もう聞きたいこともないし、外に出すわけにもいかない。このダンジョンの情報色々知っちゃったからね。でもってこのダンジョン内で生きて行くこともできない。水しかないし。理想を言えばずっとこのダンジョン内で、エネルギー発生装置になってて欲しいけどね。非常に残念だけど、そんな訳で死ぬしかないわけ」
「い、言いません!! 誰にも言ったりしませんから!!」
「はっはっは、そんなわけないでしょ。ていうかさ、お前らさあ……」
コアの纏う雰囲気が見る見るうちに変わっていく。
「……蹴ったよな? 俺のために、ダンジョンのために、己の使命を精一杯全うした、誇るべき、愛する我が子の頭を、蹴ったよなあ!? 殺すばかりでは飽き足らず、誠意を持って弔うべきその遺骸を冒涜したよなッ!! ふざけるなよクソがッ!! そんな真似をしておいて自分は生きたいだと……? 生かして帰すわけねえだろうがッ!!」
「え、け、蹴ったのは僕じゃッ!」
「同じなんだよ!! その行為を諫めてない時点でお前も同罪なんだッ!! そしてお前も我が子を手に掛けてるだろう! それで助かりたい? 初めからお前の死は決まってたんだよ!!」
「そ、そんな、待ってください!! 何でも、何でもしますからッ!?」
「ゴミ屑がッ! それならば己の罪を甘んじて受け入れ、ダンジョンにその身を捧げろ! それが愚か者たるお前ができる唯一の事だ」
「そ、そんな!! や、やだッ、嫌だ!! 待っ……!」
「覚悟無き意思のままダンジョンに挑んだ報いだ。ゴブ座衛門!」
「ギッ!!」
コアの言葉に瞬時に反応しコナーを速やかに拘束する。ゴブ座衛門はいつもペアを組んでいるホブゴブリンを呼び寄せると、未だ泣き叫ぶコナーをズルズル引き摺りながら部屋を後にした。
「……本当は、しばらく生かしてからの方がいいんだけどなあ」
コアの独り言が零れる。コアはその方がより多くのエネルギーを得られると考えていた。
ぎりぎりまでダンジョン内で生き残らせ、死ぬ寸前で止めを刺すのが理想だと思われる。しかしコナーは精神的に強くない。いつ気が触れて自殺に走ったりモンスターに襲い掛かったりするかわからない。
そうなるぐらいなら今のうちに経験値とエネルギーになってもらった方がいい。コア個人の感情もその決定を後押しした。
「よし、じゃあ次はどうするかな。ゴブリンの進化先の検証でもするか。ええと、武器はっと」
現在ダンジョンには新人冒険者から鹵獲した武器があった。バスタードソード、ショートソード、ナイフ、杖だ。これらを使って試合を行い、進化すれば新たなゴブリンが生まれると予測する。
「バスタードソードは、無理だな。他の三つでやっていくか。うーん、どう回していくか。ずっと同じ武器じゃないと駄目かな? いける? ……よし、ゴブリンたちに好きなのを選ばせよう!」
こうしてゴブリン武闘会に武器が持ち込まれたのだった。
剣を持っても『切る』ということがわからず、剣の平で殴ったりといった戦いになったが、直実に試合は進んでいった。
実はコアは、そろそろゴブリンの強化に一区切りつけようと考えていた。
精鋭ホブゴブリンも増えてきたし、新人冒険者の吸収で少しはエネルギーに余裕もできた。この隙にプチワームを集中的に強化しようと思ったのだ。
モンスターの種類が多い方が防衛力は高くなるし、ワームはきっと高い戦力になってくれるだろうと期待している部分もある。これからはしばらく宵の間に武闘会をシフトしていく予定だ。
そんなこんなで訪れた初日の武闘会宵の間の部だが、早速大きな変化があった。
――進化だ。
最初のプチワームはそろそろ進化してもおかしくないと思っていたが、予想通りだったようだ。プチワームの初めての進化にコアの胸が否応なしに高鳴る。
プチワームを橙色っぽい霧が包みこみ姿が見えなくなっていく。少し霧の範囲が大きいようだ。それ以外は変わったところはなく進化は進んで行く。
やがて霧が晴れると、新しく生まれ変わったプチワームが姿を見せた。
「お、おお……。こりゃまた、なんとも」
新しいワームの姿はコアを驚かせた。まず大分大きくなっている。
全長は一メートル程で高さは最大で三十センチ程。尻尾に向かうほどに少しずつ細くなっていき、くびれを境に丸みを帯びた円錐のような尻尾をしている。
また特徴的なのが体の文様だ。薄い橙色の体には三角や丸、体をぐるっと一周する直線などが黒っぽい色で所狭しと書き込まれていた。円錐の形をした尻尾の模様は体のものとは違い、こちらは複雑で緻密なものがくすんだ赤色で描かれている。
この如何にも怪しげなワームの名は、ダンジョンワームといった。
「こんなワーム見たことないぜぇ……。流石ダンジョン、俺の想像を軽く超えていきなさる」
しばしその珍しいワームを眺めて満足すると、恒例の戦力チェックに移る。
「プチワームは丸のみだろうし、ゴブリンじゃ与えられるダメージが少なそう。ホブゴブリンでやってみるか」
コアはホブゴブリンになって一番日が浅い個体を呼び出すと両者を向かい合わせた。
「お互いに殺すのは無しな。では善戦を期待する。始め!」
試合開始の合図と共にまずホブゴブリンが突っ込んで行く。基本的に力押しで勝利をもぎ取るのが彼らのやり方だ。この突撃をどういなすのかと、コアがダンジョンワームの様子を注視していると予想外な行動を見せた。
「ギュア!」
ダンジョンワームが咆哮一つ挙げると尻尾の模様が鮮烈な赤光を放ち始める。ダンジョンワームはそのまま地面に顔を向けると、素早く潜り始めた。
殴る相手がいなくなり地面からの奇襲を警戒するホブゴブリンだったが、ダンジョンワームはその意表を突く。
上から落ちてきた土の欠片に気付きホブゴブリンが天井を見上げると、そこには大口を開けて襲い掛かって来るダンジョンワームの姿があった。
(な、移動が早すぎる!!)
コアすら驚愕するその攻撃をホブゴブリンはすんでのところで腕でガードする。構わず腕に噛みつくダンジョンワームを強引に振り払うと、腕の肉が千切れ派手に流血し出した。
その後もホブゴブリンが殴ろうとするとダンジョンワームが潜って隠れるということを繰り返していると、不意にホブゴブリンが膝をついてしまった。
「ありゃ、血を流しすぎたか? そこまで!」
あっさりした決着にはなったが、結局ほぼ無傷で勝利を収めたダンジョンワームに感心しながらホブゴブリンの様態を見てみると、おかしな点に気付く。
血によってわかりづらくなってはいるが、ダンジョンワームに噛まれた左腕が変色していたのだ。
「これ、まさか毒か!? これで倒れたのか……おい! 大丈夫か!?」
慌てふためくコアだったが、まさかのところから声が掛けられる。
『ダイ、ジョブ、です』
「……ん??」
幻聴ではなく確かに言葉が聞こえた。キョロキョロと周囲を見渡すコア。ふと足元を見ると、そこにはコアを見上げているダンジョンワームがいた。
『毒、弱いから、死にません。大丈夫、です』
「…………し、喋ったあああああああああああああ!!?」
コア過去一番の絶叫がダンジョンに響いたのだった。
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