第15話 外の防衛

「フフ。考え事は終わったかね?」


 ヘクターに言われてハッとするガトー。どうやら少し黙りすぎていたらしい。


「これは、失礼しました」


「構わんよ。それで、どう対処していく?」


 ヘクターの声は非常に落ち着いたものだった。優雅に脚を組み高級シガーをくわえると、間髪入れずに控えていた執事が火を灯す。


「はい。まずはギルド職員と冒険者たちに警告と、警告を破り相手に組した場合の厳罰を周知しようかと」


「うむ。それはこちらも徹底しよう。何せダンジョンの出入り口を管理しているのはウチの兵だからな。取り込まれたら終わりだ」


「……相手はどのような手を打ってくるでしょうか」


「そうだな。おそらく、奴らもダンジョンの恩恵に与りたいだろうから潰すようなことはしないだろう。しかし、それ以外なら何をやってきてもおかしくない。ならず者たちをけしかけてダンジョン内で暴れさせるだけでも効果はあるだろう。管理不足により貴重な、正しいダンジョンの情報を得る機会を不意にした、と言ってな」


「それは……しかし、今回のこちらの不手際で、その程度では問題にならないだろうことはわかっていますが」


「言い方と、ものの見方によるのだ。冒険者とならず者では違う。とにかく管理不足を徹底的に指摘してくるだろう。貴族というのはな、相手の弱みに付け込み、貶めるのが大好きなのだよ。陛下の肝いりともなれば幾らでも話は盛れる。君も、貴族には気を付けたまえよ?」


 笑えない冗談に頬を引きつらせるガトー。


「管理不足では材料が弱いと感じたならば、ボスを倒してしまってもよい。むしろ、奴らにとってはこちらの方が都合がよいだろう。今後、詳細な情報収集をする必要がなくなり、利益を享受することができるからな。ボスを倒したならず者が余程の大馬鹿なら『成り代わり』だ。私も君も、間違いなく首が飛ぶ」


「まさかッ! 今更大陸同盟の禁忌を知らない者などいませんよ! 流石に考えすぎではっ」


 大陸同盟の禁忌――――ヘルカンの街があるベルンガル王国、そしてベルンガル王国があるマルス大陸にある、全ての国に、強制的に決められた絶対のルール。これを破ることは国の破滅を意味するため、全国民に徹底的に周知される。国の破滅とは、それを破ることによる災いで滅ぶという意味であったり、周辺国に滅ぼされるという意味でもある。


 ヘクターが言った『成り代わり』とはダンジョンに関する禁忌であり、これをやっていることが周辺国に漏れると宣戦布告と捉えられ、問答無用で攻め滅ぼされる。


「だから大馬鹿と言ったのだよ。そして、馬鹿を大馬鹿にするのはさほど難しいことじゃない。無知な者を操り人形にするのは貴族の得意技だ。可能性がある以上、対策を考えておく必要はあるだろう」


「……はい」


 短い返事をしたきり、また黙ってしまうガトー。今、彼の脳内は過去にないぐらいのスピードで回転していた。何とか良い対策案を出さねば文字通り自分の首が飛ぶかもしれないのだ。その表情に余裕はなく真剣そのものだった。


 しかしそんなガトーに追撃がかかる。


「……あー、真剣に考えているところ悪いんだがね。貴族として、考えられる方法がまだあるのだよ」


「…………もういっそのこと、先に相手を潰せませんか?」


 これ以上爆弾を投下されたくないガトーは咄嗟に物騒なことを言ってしまう。


「そちらはもう手を打っている。芳しくないがね」


「………………そうですか」


「『愚者』の再現だ」


「……は?」


 唐突に放たれたヘクターの言葉に反応することができない。ヘクターも、ガトーがそういう反応をすることがわかっていたのか、ガトーの頭に言葉が染み渡るまで黙っていた。ヘクターの吐いた白煙が宙を舞う。


「……『愚者』?…………ヘルカン様、まさかそれは、『愚者の迷宮』のことを、おっしゃっているのですか?」


 ガトーの言葉はわずかに震えていた。そこには疑念、恐怖、怒り。様々な感情が含まれていた。


 ガトーの問いにヘクターは答えない。それは無言の肯定だった。


「そこまで、そこまでするのかッ!! それが何をもたらすか、奴らはわからんのですかッ!!?」


 ガトーは思わず座っていたソファから立ち上がり、テーブルを強く叩く。貴族を相手にして、してよいことではないが、ヘクターがそれを咎めることはなかった。


 愚者の迷宮とは、昔、とある国、とある貴族の領地で、実際に発生したダンジョンだ。


 その貴族の領地は特産品の類などがなく、厳しい領地経営を強いられていた。しかしそんなある日、その領地内に新しいダンジョンが見つかる。


 貴族は喜んだ。ダンジョンが富をもたらすことは当時から既知の事実だった。貴族は領地の発展を確信した。


 しかし問題があった。その国でも既にダンジョンに関する研究は積極的に行われており、新しいダンジョンを発見した際には国に対して報告する義務があったのだ。そんなことをすれば研究のためにこのダンジョンが使われることは必至。貴族はすぐにでも富を欲していた。


 故に、その貴族は報告を怠った。後から報告すればそれでよいと考え、独断でダンジョンを成長させるために取り掛かった。


 当時、ダンジョンは一種のモンスターとする考えが主流であった。ダンジョンを成長させるには、単純に物、特に生き物の死体を吸収させればよいと。


 貴族は早速、犯罪者や安い奴隷などを買い集めては、ダンジョン内で殺し、吸収させた。こうしていればいずれはダンジョンも大きくなり、冒険者もモンスターの素材を目当てに集まってくるようになるだろう。


 これでもダンジョンに集まってくる冒険者たちが領地に金を落としていってくれるだろうが、貴族が欲していたのはもっとわかりやすい富。宝箱だった。


 宝箱に関しては面白い研究記述があった。それは、ダンジョンが宝箱を生み出すためには元となる物体が必要、というものだ。


 様々なダンジョンの研究が進む中で、宝箱の発見率は当然調べられた。それによると、人型モンスターなど、予め剣や盾を持っているモンスターがいるダンジョンでは宝箱を発見しやすく、魔獣系など、装備品を身に着けていないモンスターしかいないダンジョンでは宝箱の発見率が大きく下がるという、明確な違いがあったというのだ。


 更には、吸収した物体と同じ種類の物が宝箱から出やすいなどと、まことしやかな研究結果もあった。


 貴族はこれに飛びついた。少ない金をかき集めた。そしてマジックアイテムを買い集めた。とにかく数を重視して様々なマジックアイテムを集めた。


 これをダンジョンに吸収させれば、宝箱から出てくるのは全てマジックアイテムだ。マジックアイテムは非常に値が張るものが多いが、ダンジョンの宝箱から取れる天然のマジックアイテムは更に高額だ。これまでの損失などすぐに取り返せると。


 貴族は全てのマジックアイテムをダンジョンに吸収させた。しかしすぐに変化が起きることはなかった。


 怒り狂い焦り出す貴族。マジックアイテムが足りなかったかと、更に金を集めた。


 屋敷の調度品を売り払い、民たちの税を引き上げ、使用人や兵たちの給与を引き下げ、寄り親の貴族に頭を下げて金を借りた。もう引き返せないところまで来ていた。


 そして待ちに待ったダンジョンからの返礼が届く。貴族の望まぬ形で。


 スタンピード――ダンジョンから異形の怪物たちが溢れ出したのだ。


 このダンジョンのモンスターは幼虫のようなモンスターと蜘蛛のモンスターだったはずだが、それらは影も形も見当たらない。


 全身を鈍い緑色の金属で包まれたゴーレム。宙に浮かぶ様々な色の透き通った水晶が美しいエレメンタル。時折全身を激しく発光させ稲妻が迸るスライム。骨だけの体が水晶に変わったかのような飛行する鳥系モンスター。


 貴族の兵や領地の民たちは瞬く間に殺され、土地は蹂躙された。


 被害は周辺の領地にまで広がり、危険なモンスターが跋扈する、人の住めない地域となった。


 あまりの危険さに国が動き、数多の犠牲を払いながらも再び土地は取り戻したが、そこを人が住めるようにするためには長い年月を要したという。


 それが愚者の迷宮だ。


「あの件については未だ解明されていないこともある。ダンジョンに吸収させるマジックアイテムの数を調整すれば、ゴブリンだけのスタンピードというものも可能かもしれんな」


「それでもッ! たくさんの犠牲者が出ます!! モンスターはダンジョンから出たら本来の生態を取り戻す! ゴブリンが解き放たれたら……!」


 スッと静かに手を上げガトーを制するヘクター。その顔は言外にわかっていると告げていた。


「そうならないために話し合っているのだ。取りあえず、座って茶でも飲みたまえよ」


 貴族に対し礼を失していたとようやく気付き冷静になるガトー。


「……はい。すみません」


「うむ」


 しばし静かな時間が流れた後、おもむろにヘクターが口を開いた。


「いずれにせよ、奴らの手先がダンジョンに侵入するのを防ぐ必要があるな。次善策として、ダンジョンに侵入された後の対策があれば言うことはないが」


 言いながらヘクターに見込みの色はなかった。そんな簡単に良い案が出てくれば苦労はない。


「陛下に申し上げて相手にくぎを刺して頂くというのは」


「ないな。陛下にもお立場がある。何の証拠も無しに申し上げることはできない。それに、ダンジョンの管理は領地の貴族が行うというのが原則だ。これ幸いと、『ダンジョンの管理も満足に行えないとは! どうやら貴公に大事なダンジョンを任せることはできないらしい!』などと、いけしゃあしゃあと非難してくるあやつが頭に浮かんでくるわ」


「……ホント、クソですね……」


 疲れすぎて段々と素が出てきてしまっているガトーだった。


「ただ一つ朗報があるとすれば、ダンジョンボスがこちらの想像以上に強いかもしれない、ということですね。まあ、だから何だという話ですが」


「『成り代わり』が防げるではないか。そのダンジョンボスが、これから増員予定の警備兵たちよりも強い、ならず者共を倒せればだがね。ホブゴブリンとはそこまで強いのかね?」


「……いえ、ないですね」


「うむ。だが、ダンジョンに強くなってもらうという着眼点は悪くなかろう。大した効果はないだろうが、やらないよりはマシだ。多少の投資ならば陛下もお怒りにはなるまい」


「と、言いますと……訪れる冒険者の頻度を増やすのが丁度良い塩梅かと」


「ああ。スタンピードの兆候があればより早く察知できるだろうしな。冒険者ギルドには負担を掛けるが」


「この街の未来が掛かっています。この位のこと、何でもありませんよ」


「感謝しよう。少しだが、こちらからも報酬を出すよう手配しておく。後は増加する新人冒険者に紛れて曲者が入り込むおそれがある。何か対策はあるか?」


「はい。ダンジョンに連れて行く者は出来る限り身元の裏を取ります。ある程度腕が立つ刺客ならばマジックアイテムで弾けますし、全員に身体検査を行い、マジックバッグの有無を確認します」


「……まあそんなところか。しばらく耐える日々になると思うが、奴らの尻尾を掴むまでよろしく頼む」


「はい。ヘルカン様もお気をつけて」


 こうして街の運命を左右する会談が終わりを告げた。この会談の結果、エネルギー量が増えて喜ぶどこぞのコアがいたとかなんとか。

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