第13話 収穫

「先輩か!?」


 最初、オットーはそう思った。体格や走り方などから、明らかにゴブリンではないと判断できたからだ。


 先輩ならダンジョンボスでも何とかしてくれる。取り敢えず助かったと安心した。しかし、その思いはすぐに消え去った。


 遠くてわからなかったが、近づくほどに違和感が大きくなる。先輩にしては小さいし、装備品は付けてないし、その肌は人間には有り得ない黄色味がかったものだ。オットーには訳がわからなかった。


 なんでこんなのがゴブリンダンジョンにいるのか。モンスターなのか。倒していいのか。頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 考えが纏まらない内に接近する。ここにきて謎の人影の目に敵意を感じ取ったオットーは、ギリギリで剣を振るうことができた。


「オォラアアアアアッ!!」


 何者だか知らないが時間を掛けている余裕なんてない。後ろからは今もダンジョンボスが迫っているのだ。


 今までと同じように一撃で倒すつもりで横薙ぎの攻撃を繰り出した。しかしオットーの一撃は空を切る。謎のモンスターは素早い身のこなしでオットーの攻撃をかがんで回避すると、オットーを無視してそのまま疾走。そして次の瞬間、跳躍した。


 金色の剣の三人があっけにとられる中、身を丸くした謎のモンスターが柔らかく着地したのは最後尾を走るコナーの腹部だった。謎のモンスター以外の者たちの時間がスローになってしまったかのような感覚の中で、謎のモンスターの力が解放される。


「ッッ!!?」


 声にならないとてつもない衝撃がコナーを襲う。一気に腹から押し出されたコナーは、その力に抗うこともできずに大きく後方に吹き飛ばされた。


「コナーッ!!」


 ダンの驚愕する叫びがダンジョンに木霊する。


「んのヤロッ!!」


 謎のモンスターはコナーを蹴り出した反動を利用してそのまま宙返りを決めると見事に着地していた。その猫のような身軽さは、このような場面でなければ驚嘆に値するものだったが、そんな余裕がある者はこの場にいない。まだコナーが吹き飛んだ方向を向いており、それを隙と見たオットーが背後から謎のモンスターに切りかかる。今度の一撃は振り向きざまのモンスターの胸を浅く切り裂き、そこから鮮血が流れ出した。


「ギィッ」


「! いけるッ!! ダンッ! コナーを!」


「あ、ああ!!」


 今の一撃で手応えを感じたオットーはダンにコナーの救助を指示した。コナーはかなり吹き飛ばされていて、このままではすぐにホブゴブリンに追いつかれてしまう。コナーだけではもたついてホブゴブリンと戦闘になってしまうのは明白だ。それをダンに何とかしろと言ったのだ。


 正直無茶振りもよいところだが、オットーはオットーでやることがある。オットーは目の前のモンスターに対して正眼に剣を構えた。


(こいつは、たぶん強いな。俺の戦士の勘がそう言ってるぜ)


 オットーは謎のモンスターと対峙しながらやりづらさを感じていた。今までゴブリンたちはただ突っ込んでくるだけだったので、タイミングを合わせて剣を振ればそれで終わっていたのだ。


 だが、このモンスターは安易に突っ込んでこない。こちらの隙を伺うようにジリジリと位置を変えながら距離を詰めている。


 ふと、モンスターの視線がそれた。オットーの身体はその隙を逃すまいと勝手に動く。


 気付けば最短最速の突きを放っていた。これなら確実に当たると確信したオットーだったが、敵もさるもの。避けきれずとも、肩を切り裂かれながら前に出てオットーにボディブローを放った。


「ガハッ」


 体の要所を守るレザーアーマーの隙間を搔い潜った攻撃にオットーがひるんだ。続けて攻撃を繰り出そうとしたモンスターだったが、今度はオットーがそれを許さない。力任せに剣を振り回して再び距離を取った。


(いってーな、クソ! やっぱり強い! ホントなんなんだよコイツ! ゴブリンダンジョンにいていいレベルじゃねーだろ!)


 内心愚痴を吐きながら相手を観察する。するとまた相手の視線がそれていることに気付いた。そのタイミングでオットーの後ろから恐ろしい咆哮が轟く。


 オットーはハッとして後ろを向いた。そこではダンとコナーがホブゴブリンに追いつかれ、既に戦闘が始まっていた。コナーは腰が抜けているのか座り込んだままで、ダンが一人でホブゴブリンと戦っているが明らかに劣勢だ。ダンが防御に専念しながら頻りにコナーを鼓舞しているようだが効果は無いようで、このままだと不味いのは火を見るよりも明らかだ。


「どうやら、出し惜しみしてる場合じゃねーみてーだな」


 ここでオットーは切り札を出すことにした。オットーには使えるスキルが二つある。


 一つは<スラッシュ>。一撃の威力を上げる技だ。元々一撃が重いオットーが使えばその威力は凄まじいものになるが、今は攻撃を当てることを優先したいので目的にそぐわない。


 よって、使用するスキルはもう一つのスキル<ラッシュ>だ。<ラッシュ>は連続攻撃を可能にする技だ。オットーはバスタードソードという、取り回しが利きづらい剣を使用していながら、冒険者ギルドの短い訓練期間でこのスキルを習得していた。


 これには冒険者ギルドの教官も、戦士として見込みがあると太鼓判を押すほどで、これがオットーの自信にも繋がっていた。


 同格相手に使えば確実に戦いの流れを引き寄せられる強力な技だ。オットーは精神を集中してスキルを発動させる。


 オットーの剣が薄く発光し始めた。スキルの準備が完了する。しかし、これから恐ろしい技を向けられるはずのモンスターはというと、チラッとオットーを一瞥しただけで、再び視線をオットーの後ろに向けてしまった。


「な、舐めやがって~ッ! 死んで後悔しやがれ!! <ラッシュ>!!」


 怒りのままにオットーのスキルが解放される。息をつく間もない重い三連撃。通常では考えられない速度で攻撃が繰り出される!


 しかして、<ラッシュ>が終わった後の光景はオットーが思っていたものではなかった。


「……かわ、された……? 全部?」


 そこには何事もなかったかのように平然と立つモンスターの姿があった。オットーの理解が追いつかない。


 一瞬の空白を突くように、自然と歩み寄るように。気付けばオットーの目の前までモンスターが近づいていた。


 隙だらけのオットーに再び放たれるボディブロー。最初の攻撃と寸分違わぬ場所に突き刺さるが、今度は威力が違った。


「カッハ!!?」


 オットーの身体がくの字に曲がり、僅かに浮き上がる。目の前が一瞬真っ白になり、いつの間にか地面に倒れ伏していた。


 大きいダメージを負って動けないオットーの首根っこをモンスターが掴む。そのままズルズルと引きずりながらもう一つの戦闘の場に歩いていった。


 いや、最早戦闘の場ではなかった。意識が朦朧としながらもオットーが見たものは、血まみれの身体に剣を深々と突き刺されて倒れているダンだった。


 近くにはコナーもいるが既に失神している。コナーが座っている地面付近は液体で濡れており、アンモニア臭が立ち込めていた。


「あ、ああ……」


 意味をなさない言葉がオットーの口から零れ落ちる。




 いつまでそうしていただろうか。数秒か数分か、やがてオットーの耳に力強い声が届いた。


「オットー!!」


「!? せ、先輩! 先輩、助けぎゃあああああああああ!!」


 助けを呼ぼうとしたオットーの背後から剣が突き刺された。あまりにも勢いよく刺された剣は、容易にオットーの体を貫通した。


 一度ならず何度も突き刺される。ホブゴブリンの筋力が遺憾なく発揮されたその一撃一撃は致命傷に相当するものだ。もうオットーの命は風前の灯火だが、中堅冒険者はそれを見ているだけで動かない。


「なん、せん、ぱ……」


 一際高く振り上げられた剣が無慈悲に振り下ろされる。ホブゴブリンの獰猛な雄たけびがダンジョンに響き渡った。


 それを見た中堅冒険者はすぐに踵を返す。その頭の中にあるものは目の前で死んだ新人冒険者たちのことではなく、別のことで埋め尽くされていた。


 違和感に気付くのが遅れてしまった。ゴブリンを新人たちに譲ってやろうと、誘導しながら新人たちを探した。しかし何時まで経っても見つからなかった。


 おかしい、まさかと思い始めていたころ、ダンジョンの奥から雄たけびが聞こえた。ゴブリンでは到底出せないような大声量に、中堅冒険者は最悪の予想が当たったことを確信した。


 ダンジョンの奥に進むことに抵抗はあったが、出来立てで罠の発見報告はまだ無かったし、自分には新人たちの面倒を見る義務がある。行かないわけにはいかなかった。


 新人たちの後を追うのは簡単だった。元々そこまで入り組んでいないし、奴らが通った後はゴブリンの死体が転がっていたからだ。


 ようやく追いついた時には、もう全てが終わっていた。一目で既に助からないとわかるダン、気を失っているのであろうコナー、戦意喪失しているオットー。その背後には剣を振り上げているホブゴブリン。最早どうしようもなかった。


 中堅冒険者は一瞬で状況を理解した。調子に乗った金色の剣がダンジョンの奥に進み、ダンジョンボスまで到達。軽い気持ちで腕試しをしようとしたが敢え無く敗北。逃げ切れずに今に至ると。


 冒険者の行動の結果は全て自己責任だ。それは自分もオットーたちも変わらない。明らかにダンジョンボスだとわかっている個体に攻撃を仕掛けるわけにはいかないのだ。


 金色の剣はその辺を理解してなかった。ダンジョンの奥半分に進むことも厳罰ものだが、ダンジョンボスに挑むなんて最大のタブーだ。冒険者ギルドからの追放で済めばまだよい方だろう。領主の怒りを買えば死刑だって十分にあり得る。


 中堅冒険者はここまでの距離を冷静に分析し、もう最奥に近い場所だと見抜いていた。更に進化個体ということであのホブゴブリンがダンジョンボスであることは明白。それに何より、


(あれがホブゴブリンだと!? 嘘だろ、ダンジョンボスってのはそこまで強化されんのか!?)


 中堅冒険者はこれまでホブゴブリンと戦ったことがあったが全くの別物としか思えなかった。身に纏う暴力の気配が違い過ぎる。自分でも油断できない相手だと、見た瞬間に理解させられた。


 到底、新人冒険者なんぞが敵う相手ではない。あいつらは相手の力量を見間違え軽い気持ちでちょっかいを出した。その結果がこれだ。


「はぁー。厄日だなぁクソ。俺も何かしら罰則くらうだろうなぁ。これまで堅実に冒険者やってきたのによお。あのダンジョンボスの情報とかで罰則軽くなったりしねえかな。帰りの馬車で言い訳でも考えるか」


 冒険者稼業は昔と比べれば随分死者は減ったが、今でもその数は少なくない。中堅冒険者と言われるまで冒険者をやっていれば自然と他人の死には慣れてしまう。


 早くも自分の保身について考えながら、中堅冒険者は足早にダンジョンから脱出していった。









 中堅冒険者がダンジョンから出て行ったのを見届けるとコアは快哉を叫んだ。


「よっし! ミッションコンプリートー!!」


 完璧な展開だった。計画が上手くいったことにコアの気分が高まる。


 今回のコアの目的は二つ。人間の死体吸収時のエネルギー量を知ることと、人間の死体を吸収することで何かしらの影響が出ないかを調べることだ。


 エネルギーについては言わずもがな、少しでも多く得るために常に手段を模索していかなければならない。人間一人から効率良くエネルギーを搾り取るためにはどうすれば有効なのか、それを知る第一歩になるだろう。


 人間の死体吸収時による変化に関しては、これまでの検証結果から、それがダンジョンのレベルアップに繋がるのではと考えたからだ。前回は大量の物体を吸収した後に罠が増えた。ダンジョンに様々な変化を加えることで、それが成長のためのトリガーになる可能性は充分にある。


 コアは早々にこの実験に取り掛かりたかったが、如何せんハードルが高かった。冒険者が出来たてダンジョンで死亡するのは問題になるおそれがあったのだ。これを解消するためにコアは情報を精査、予測し、計画を打ち立てた。


 冒険者たちがこのダンジョンに何らかの気を遣っているのは明らかだった。冒険者たちは余程のことでもない限り、このダンジョンを破壊したりはしない。


 更に、今回殺したのは馬鹿で無知な新人冒険者だ。この世界の冒険者たちの死亡率は知らないが、たかが二、三人死んだところで大騒ぎしたりはしないだろうと予測できる。しかも今回は死んだ原因が明らかだ。それを証言する者もしっかり用意した。


 故に、コアは心置きなく計画を実行できた。今後しばらくは経過を観察する必要はあるが、大きな問題は起こらないだろう。


「クックック。検証が捗るなぁ。それと、感謝しろよカス共。貴様らのようなゴミでも吸収してくださるダンジョン様にな。散々侮辱しやがって。大いなるダンジョンの一部になれる栄誉を嚙み締めろ」


 さて、と一息つくコア。


「これからまた忙しくなるぞ! 一先ず冒険者共の使える装備品はダンジョンに吸収させずに取っておくか。ホブゴブリンたちに装備させるのもいいかもな。あぁ、あとまだ生きてる冒険者が一人いたな。ゴブ座衛門でも横につけて情報根こそぎ吐かせるか。……ゴブ座衛門、ゴブ座衛門なあ。ほんと頭良いよなぁ、あいつ」


 今回のゴブ座衛門の戦いを思い返す。相手の剣が掠った時は驚いたが、終わってみれば全てゴブ座衛門の掌の上だった。


 コアがゴブ座衛門に指示したのは一つだけ。「一人も逃すな」だ。ゴブ座衛門はそれを忠実に守るだけでなく、情報源すらも確保してみせた。


「なんか他にも狙いがあったような気がするし、先が楽しみだよホント。こんなにもワクワクさせてくれるなんて、親孝行な子に育ったなぁ」


 しみじみとそう呟くコアの姿に、自らの指示で人間を殺したという罪悪感は欠片も見当たらなかった。これは、これからコアが巻き起こす惨劇の始まりに過ぎないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る