第12話 過ち
「よーし、まずはダンジョンの半分地点まで行くぞ。ちゃんとついてこいよ」
「わかったっす!」
オットーたちは無事ゴブリンダンジョンに到着した。街からダンジョンまでの道中は馬車での移動だ。どうやら監督役の冒険者は話好きだったようで、これまでの冒険譚や冒険者をやる上での注意事項などをオットーたちに語って聞かせてくれた。
冒険者は話すのが上手く、オットーは胸躍る冒険譚に目を輝かせすぐに意気投合した。監督役の冒険者の中には殆ど喋らない者もいるし、監督役と馬が合わず道中ずっと息が詰まる新人もいたりするので、金色の剣は運がよかったと言えるだろう。
「おっ、幸先がいいな。早速お出ましだぞ」
監督役の冒険者は、ダンジョンでゴブリンとの大体の遭遇数を教えられている。その情報からすれば、ダンジョンに入っていくらも経たないうちに遭遇できるのは運が良いように思えた。
「俺がやるぜ!!」
オットーが勇んで前に出てくる。手にしているのは破壊力を重視した、幅広で重量があるバスタードソードだ。オットーは成人したばかりの十五歳だが、バスタードソードを振れるだけの体格を有していた。
オットーがやるなら手間が省けて楽でいいなと言わんばかりのダンと、初めて見るゴブリンというモンスターをビクつきながら警戒しているコナーが見守る中、金色の剣の初めての戦闘が行われた。
「でりゃあああああああ!!」
走りながら繰り出したオットーの真っ直ぐな剣筋がゴブリンを袈裟切りにする。剣はオットーの力と自重によりゴブリンの身体に深く食い込み骨を砕き内臓を破壊して、一撃で絶命させた。
「ッしゃあああ!」
初めてのモンスター討伐に興奮を隠せないオットーは感情のままに叫ぶ。
「初戦闘ご苦労さん。どうだ? 実際に戦った感じは」
「ラクショーっす! 物足りないぐらいっすよ!」
「ハッハッハ。そいつはよかったな。だが、勝利の雄たけびは程ほどにしとけよ。ギルドで習っただろ?」
中堅冒険者の言葉にハッとするオットー。確かにそのようなことを習った気がする。
「あ、大きい音はモンスターを集めるってやつっすか?」
「そうだ。戦う上で音が出るのはしょうがねえが、必要以上に音を立てるべきじゃない。ここはゴブリンしかいねえし数もそんないねえから大丈夫だが、今のうちに癖をつけとけ」
「うっす」
今までの調査でもゴブリンしか発見されていないため、このダンジョンはゴブリン特化型ダンジョンだと断定されていた。そんなダンジョンを話しながら歩いていると半分地点に到達する。
「じゃあ俺はここにいるから、お前らは好きにダンジョン回ってこい。なんかあったら呼びに来んだぞ」
「わかったっす!」
中堅冒険者と別れて行動を開始するオットーたち。その後もゴブリンを見つけては殺していったが、オットーは拍子抜けしていた。
「なんか、こんなもんかよって感じだな。全然物足りねーし。こりゃまじで紅蓮の洞行ってた方がマシだったんじゃねーか?」
全く手応えがないゴブリンたちに不満が溜まってくる。コナーでさえビビりながらも無傷で倒せるのを見ていると、ここに来るまでに掛かった時間が無駄に思えてきたのだ。
とにかく早く強くなりたいオットーとしては、時間を無駄にしたくなかった。輝かしい未来が自分を待っているし、ぼやぼやしていると受付のお姉さんが誰かに取られてしまうかもしれない。そう思うとイライラと焦りが募っていくオットー。
「で、でも最初だし、安全にいった方がいいよ、きっと」
自分でもゴブリンを倒せたことで、どこか清々しい顔をしているコナーを見ると余計にイライラが溜まっていく。自分たちはいずれ高位冒険者として名を上げるというのに、ゴブリンを倒した程度で満足しているし、何時まで経っても弱気な発言のままだ。それにコナーのせいで全体的にスローペースになってしまっている気がする。
今までだって自分が引っ張ってやってきたようなもんだ。しかしオットーは街に本格的に腰を据えたことでたくさんの人がいることを知った。今後活躍を望むなら、自分に釣り合う人間とパーティーを組むべきなのかもしれない。
(そん時は恨むなよコナー。鈍間なお前が悪いんだからな。それにダンだ。こいつは昔からやる気がない奴だった。幼馴染だからって村から連れ出してやったけど、今後俺との実力は開いていくだろう。こいつもいらないかもな)
内心、既にパーティーに見切りをつけ始めたオットーは、自分が多めにゴブリンを倒し始めた。いくら雑魚のゴブリンといえど、少しは自分を成長させるはずだ。しかし数が全然足りないし満足できないオットーは、あることを思いつく。
「そうだ。おい、ダンジョンの奥に行くぞ!」
「え、えぇ!? だ、駄目だよオットー君! ギルドで奥には行っちゃいけないって」
「馬鹿、聞けよ。いいか? 俺たちは将来スゲー冒険者になるんだ。周りの奴らに差をつけるには最初が肝心なんだよ。強くなるのに手段を選んでたらどんどん置いてかれるぞ。大体、俺たちは奥に進んじゃいけない理由なんて教えられてねーしな。どうせ新人には危ないからとか、そんなんだろ。雑魚ダンジョンだし大した理由なんかねーよ。それに宝箱だってあるかもしんねーぞ! 欲しくねーのかよ!?」
「で、でも……」
「どの道あの冒険者がいるんだから奥に行くことはできないだろ。どうするんだ」
コナーが口ごもると面倒を避けたいダンが加勢する。しかしオットーの勢いは衰えない。
「おいおい、少しは頭使えよ。待つんだよ。奥からゴブリンが来んのをな。そしたら先輩はどうする? 自分でゴブリンを倒しちまうか? 数が少ないんだから俺らのために誘導するだろ。その隙に奥に行くんだよ!」
黙り込むダン。確かにそれなら奥に進むことはできる。
「……後から問題になるのが目に見えてる。面倒は御免だ」
「ハアー。周りを見てみろよ。この変わり映えのしない土壁をよぉ。ここが今どこかなんて詳しくわかんねーだろ。俺たちは今日初めてこのダンジョンに来たんだぞ? 区別なんかつかねーよ。俺たちは先輩の位置を頼りに探索してんだ。その先輩が、偶々、その場所にいなかったら、奥に進んじまうことだってあるだろ? 言い訳なんかいくらでもできんだろーが!」
自分で言いながらオットーは自らの頭の冴えにびっくりする。どこにも欠陥の無い、完璧な作戦だ。やはり自分は上に進むべき人間なのだと確信する。
「……」
「大丈夫だって! 後は俺が全部責任取ってやっからよ! それでいいだろ!?」
後から問題になるのも嫌だが、今のオットーを説得するのも面倒なダンは諦めることにした。これが問題になって最悪冒険者を辞めざるを得なくなったとしてもダンとしては構わなかった。オットーについて村を出て来たのも、村にいるよりは街の方が楽しそうという、それだけの理由だ。かくして作戦は決行される。
残る問題は、そう都合よくダンジョン奥からゴブリンがやってくるかどうかだが、今はオットーに流れがきている。見事なタイミングでゴブリンがやってきた。
「お、こっちにお客さんが来たか。右回りしてたからこっちから行くか」
「今だ!」
中堅冒険者の動きを予想して反対側に陣取っていたオットーが小さく叫ぶ。作戦は難なく成功した。
おそらくここまで来た冒険者は自分が初めてではないだろうか。自分はダンジョンの未踏の地を進んでいる! そう考えると無性に嬉しくなってくる。
少し距離を取るために小走りで移動するが、その間にもゴブリンが現れる。その数はダンジョンの前半部分よりも明らかに多い。
「へへっ、やっぱりか! こっちの方がたくさんいやがる! っといけね、大きい音は立てるなってな!」
興奮して力加減を間違えたオットーは勢いで地面まで叩いてしまう。しかし言葉とは裏腹に反省の色は見られない。
ここまで遭遇したゴブリンは全てオットーが倒していた。最早ダンもコナーも何も言ってこない。何か言ってくるようなら何匹かやらせてやろうかとも思ったが、気を遣う必要もなさそうだ。
(へへ、いいぞ。このまま頭一つ抜けた冒険者になる。ただの小さな村出身だった俺が、たちまち街でも注目される期待の新人だ。そーすりゃ俺とパーティー組みたい奴だって出てくるだろうし、あのお姉さんも……)
オットーの脳内にお姉さんの蠱惑的な顔と、メリハリのある魅惑的な身体が思い浮かぶ。
「ほんっと、たまんねーってなッ!!」
渾身の力を込めてバスタードソードを横に振るう。ゴブリンの胴体を捉え、派手な血しぶきが上がる。また一体倒したオットーの身体はゴブリンの返り血で大分汚れていた。
ゴブリンがいる方向にどんどん進んで行く。前半部分の少なさが嘘みたいだ。気が付けばオットーたちはダンジョンのかなり奥まで到達していた。
今いる部屋は、入って来た通路の他に二つの通路があった。真っ直ぐ奥に続く通路と右側にある通路だ。どっちに進もうか考えてるオットーに、たまらずコナーが声を掛けた。
「お、オットー君。もう戻らないと不味いよ。かなり奥まで来ちゃってるよ!」
コナーにしては珍しい強い口調にオットーも少し冷静になる。確かに気付けばかなり進んでいたようだ。奥に行くほど後で言い訳も面倒になる。
流石に引き返すかと考えた時、奥に続く通路の先にゴブリンの姿が見えた。オットーはそれを最後の獲物に決める。
「わかったよ。あれで最後だ。そしたら戻る」
「絶対だよ!?」
「うるせーな! わかってるよ!!」
言い合いながら最後の獲物を求めて金色の剣が部屋を出ていく。誰もいなくなった部屋に右側の通路から新たに人影が現れたことは、新人冒険者である三人には知る術がなかった。
今までの通路とは違い、少し長めの通路だった。見かけたゴブリンはどうやらダンジョンの奥へと行ってしまったらしい。オットーを先頭に黙々と歩いて行く。
やがて曲がり角に差し掛かる時、不意にゴブリンが飛び出してきた。
「うおっ!」
虚を突かれながらも距離を取り、やはり一撃で倒すオットー。これで目標は達成だ。
「ふう、驚かせやがって。雑魚の癖によッ!」
八つ当たり気味にゴブリンの頭を蹴り飛ばすオットー。自分がゴブリン如きに驚かされたのが許せないらしい。
「ん?」
イライラしながらゴブリンが出てきた先を見てみると、どうやら曲がり角ではなく部屋に繋がっていたらしい。今までの部屋は通路から中の様子が見れるような作りだったのでオットーの興味を引いた。
興味をそそられるがまま、深く考えず部屋の中を覗き、そして息を呑んだ。
覗き込んだ部屋の中央にいたのは――暴力の体現。身に纏ったはち切れんばかりの筋肉が荒々しい呼吸に合わせて収縮と膨張を繰り返している。自分よりはるかに低い背をしているのに、見ているだけで自然と顔に汗がつたるような迫力が滲み出ていた。
ゴブリンのような弱弱しさが全く感じられないそのモンスターの正体はホブゴブリン。冒険者ギルドの講義で教えられた、ゴブリンの進化形態の一つだった。
部屋を覗き込んだまま動かないオットーにしびれを切らし、コナーが声を上げる。
「オットー君! 何してるんだよ、早く戻ろうよ! 約束でしょ!?」
「ばッ!?」
オットーは焦った。こんなところで大声で話しかけるコナーを怒鳴りつけたかった。しかしコナーも限界だったのだ。安全を第一に考えるコナーには、今回のオットーの暴走は多大なストレスだった。早く帰ることばかりが頭に浮かび、オットーのいつもとは違う様子に気付ける余裕などなかった。
結果、最悪のトリガーを引く。
「……グォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
洞窟全体が震えているかのような振動が伝わってくる。このダンジョンでは起こりえないあまりの咆哮に、全員がうろたえる。事態を全く把握できていなかったダンとコナーに至っては身が竦み立ち尽くすことしかできない。
「な、な、何!? なにが」
「逃げるぞッ!!」
「あ、オットー君!?」
他の二人に構わず一目散に逃げ出すオットーと、わけがわからないながらも本能からくる恐怖で一拍遅れて必死にそれについていくダンとコナー。オットーならもしかしたらアレと戦えるかもしれないが、逃亡を選んだのはギルドの講義で『あること』を教えられていたからだ。
このダンジョンで進化しているゴブリンがいるとしたら、それはダンジョンボスぐらいであろうこと。そしてダンジョンボスとは総じて強力であること。
何より、ボスと戦うことが如何に不味いことかぐらい、オットーにだってわかる。
アレは間違いなくダンジョンボスだ。オットーは見た瞬間に確信した。何故なら、いくらゴブリンが進化した個体だからといって、ゴブリンなんかに自分が気圧されるなんて有り得ないからだ。
(そうだッ。俺が逃げるのはアレがボスだからだ! 戦おうと思えば戦える、いや、勝てるんだ! 今はッ、仕方なく逃げてやってるんだ!)
強気な心とは裏腹に脚は限界まで回る。息を荒げて必死に逃げる三人。後ろからはホブゴブリンが追いかけてきている。一番足が遅いのはコナーだが、それでも辛うじてホブゴブリンよりは速いようだ。
このまま行けば逃げ切れる。長い通路を、ただ前を見ながら走り続けた。
そして、オットーの目は、前から走って近付いてくる人影を捉える。
終わりを告げる人影が、近づいてくる。
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