第11話 餌

 コアが待ちに待ったエネルギー源が来たのはそれからすぐだった。親鳥に連れられているかのように後ろを歩く三匹の雛鳥たち。明らかにまだ若い。見た目は十五か十六といったところか。物珍し気に周りをキョロキョロと見ている。


 臆してはいないのか、その顔は若干の緊張を浮かべていたり、勝ち気だったりしている。今回の三人は全員近接職のようで、金銭の問題なのか充分な装備とは言えないが、まだ真新しい装備品に身を包んでいる。


 逆に引率役であろう中堅らしき冒険者は軽装だ。マップらしき物を片手に腰に吊り下げた袋の中をガサゴソしている。


 ここに来るまでに大半の説明が終わっていたのか、道中あまり会話はなかった。とりあえず、丁度冒険者たちの近くにゴブリンがスポーンしたところだったので向かわせる。


 おそらくモンスター戦は初めてだったのか、新人たちは妙に興奮しながら戦闘に入った。しかし勢い余ったのかその内の一人があっさりとゴブリンを切り殺してしまい、他二名にブーイングをくらっていた。


 やがて一同はダンジョンの半分の位置まで来ると二手に分かれた。中堅冒険者はそこに居座り、新人たちはダンジョン前半の輪っか部分を徘徊するようだ。


「成程な。中堅冒険者がいるのはダンジョンの奥に進むためには必ず通らなければならない場所だ。そこに陣取ることで、新人たちが間違っても奥に進むことがないようにするわけか。ご苦労なことだ」


 冒険者たちの行動と目的を考察し始めるコア。彼らの行動パターンはコアにとって良い点、悪い点のどちらをも含んだものだった。


「まず良いのは、中堅冒険者以上の者が必ずダンジョンにいること。やはりベテランと新人では吸収できるエネルギー量に違いがある。奴らが何時間ダンジョンに居座るのかわからんが、何をするわけでもないのに養分として貢献してくれるわけだ。これはデカい」


 少しでもエネルギーが欲しいコアとしては歓迎すべきことだった。


「だが問題もあるな。中間地点に居続けられると迂闊な行動が取れない。常人よりも身体能力が高いだろう冒険者なら、ゴブリンたちの戦闘音に気付く可能性が高い。モンスターの強化を継続するなら対策は必須だ。それにモンスターの数だ。今後のことを見据えれば、これは非常に繊細な作業になるぞ」


 コアは先の展開を予想する。コアのダンジョンのモンスターは全て奥の部屋に集合している。なので、連中の相手をするゴブリンは、時間を見てダンジョンの前半部分に召喚すればよいだろう。少しの間ならこれで問題ない。しかし長時間となると話が変わってくる。


 コアは調査隊が来る度に数体のゴブリンを送り込んでいた。数体、大体三体から五体ほどだ。今回引率している中堅冒険者はこの情報を知らされていると考えてよい。通常であれば、それらの数を目安に奴らは帰っていくと思われる。しかし何らかの調査目的も兼ねていて、時間経過で帰っていく予定ならば、召喚数を考えなければならない。


 コアとしては毎日でも冒険者たちに来て欲しい。しかし冒険者側からしてみれば、今のスポーン数では毎日ダンジョンに来たところで、十分な数のゴブリンは生まれていないだろうということになる。従って、スポーン数のアピールをしていかなければならないが、ここで急激に増やしてしまうのは愚の骨頂。警戒されて更なる詳しい調査としてダンジョンの奥まで侵入されかねない。


 不自然さを感じさせずにスポーン数の増加を錯覚させる。いきなり効果を出すのは難しいと言わざるを得ないが、徐々にやっていくしかないだろう。


「まあ討伐数にしろ時間経過にしろ、とりあえず五体を目安に計画を考えるか。中堅冒険者が一点に居座り、新人たちが徘徊している。新人たちのダンジョンの周り方にもよるが、前半部分を一周して打ち漏らしがあったしても一体か多くても二体。ついでに奴らの滞在時間も長くしたいからここら辺の調整がいるな。ダンジョンの奥からもゴブリン一体送って中堅冒険者に当てておけば丁度良いアピールにもなるか」


 他にもやりたいことはあるが、欲張りすぎても失敗に繋がってしまう。一先ずは目の前のことに集中するコアだった。


「それにしても……」


 呟いて新人たちを見やるコア。そこには自分たちだけになったことで、はしゃいだり油断したりと隙を晒している馬鹿共の姿があった。


 コアの心に暗い欲望がフツフツと湧いてくる。


(ヤれる……)


 とある計画の成功確信を胸に、粛々と準備を進めていくのだった。






 コアのスポーン数増加錯覚作戦が功を奏したのか、大体三日に一度の割合で新人冒険者たちがダンジョンを訪れるようになった。


 結局、音対策が進んでいないこともあり、ゴブリンの召喚数が減ったことでダンジョンエネルギーの消費量は緩やかになった。それもあって今も何とか武闘会は継続できている。


 コアの名誉のために言うならば、音対策自体は可能なのだ。ただ、そのためには多量のダンジョンエネルギーを必要とするために実行できずにいる。


「冒険者には来て欲しいが、冒険者が来ると何もできなくなる。ジレンマだな。ゴブリンたちも、休憩時間が長いから俺が求める特別な個体になるのは難しいかもしれんし。ゴブ座衛門クラスはもう生まれないかもしれないな」


 チラッとダンジョン内でチャンバラごっこに勤しむ新人冒険者たちを見やる。そこに技術はなく、どう見たってゴブ座衛門の戦い方の方が洗練されている。ここがゲームの世界ならば、迷わず自慢の精鋭たちを送り込みダンジョンエネルギーに変換させているところだ。


 奴らは、自分たちがどこではしゃいでいるのかを理解していない。肉食獣が気まぐれで口を開けたままにしているだけだということを。


 コアはひたすら待っていた。馬鹿の中でも飛び抜けた馬鹿を。必ず現れると確信を抱いて。


 そしてとうとう、その日はやって来た。









 ヘルカンの街の近くに新しくダンジョンができた。そこのモンスターはゴブリンで、新人用にダンジョンを開放するらしい。


 そんな話を聞いた冒険者を志す若い者たちがヘルカンの街に集まって来ていた。いや、冒険者だけではない。そこに商売の気配を敏感に感じ取った優秀な商人などは、既に良い土地を押さえるために動き出していた。


 ダンジョンができてまだ一月ほどだが、ヘルカンの街は徐々に活気づき始めている。当然、その中心となっている冒険者ギルドでは慌ただしく人が動いていた。


「あー! 早くダンジョン行きてーぜ! もう訓練も勉強も十分だっつーの! いつんなったらゴブリンダンジョン行けんだよ!」


 オットーは新しくできたダンジョンを目当てにヘルカンの街までやって来た新人冒険者の一人だ。オットーは実戦できる日が来るのを今か今かと待ち構えていた。ヘルカンの街から比較的近くの村に住んでいたオットーは、村の生活に飽き飽きし、丁度冒険者として一旗揚げてやろうと考えていたところだったのだ。そこに自分に都合がよい情報が飛び込んできたことでオットーは沸き立った。すぐに幼馴染たちを巻き込んでヘルカンの街へとやって来たのだ。


 オットーがヘルカンの街に訪れるのは初めてではない。一昔前までのように、街や村の外にモンスターが蔓延っていた時代ならいざ知らず、今となっては注意すべきは盗賊の類や天候の変化ぐらいだ。盗賊にしたって、オットーの村からヘルカンの街までの道中では待ち伏せできるようなポイントは存在せず、村の仕事が早く片付き時間に余裕がある時は街に用事がある大人にくっついて来ることができた。


 冒険者ギルドの場所なども把握していたので迷うことなく見つけ出したオットーは手早く冒険者登録を済ませ、早速例のダンジョンに向かおうとしたが、冒険者ギルドで待っていたのは講義と訓練と順番待ちだった。少し考えればわかることだが、情報を聞いてヘルカンの街にやってくるのはオットーたちだけではない。ダンジョンで倒されたモンスターが再びスポーンする時間のことも考慮すれば、順番待ちが発生するのは至極当然と言えた。


 冒険者ギルドとしては、この時間を利用して新人たちに基礎を教えることにしたのだ。特に新人たちが潜るのは貴重なダンジョン。問題を起こされては堪ったものではない。


「もうすぐ順番って話だ。近いうちに呼ばれると思うぞ」


「ぼ、ぼくはまだ訓練でもいいかな。講義も凄い参考になるし」


 オットーに返事をするのはオットーが巻き込んで冒険者になったダンとコナーだ。勝気なオットーとイマイチやる気がないダンが戦士、弱気なコナーが魔法使いという三人パーティーになっている。


「おいおい。なに弱気なこと言ってんだよコナー! ゴブリンぐらいサクッと倒せるに決まってんだろ!? 俺はな、さっさと紅蓮の洞に行きてーんだよ! それをお前がどうしてもって言うからこんなことになってんだぞ!」


「ご、ごめん。で、でも、受付のお姉さんも無理はよくないって言ってたし、オットー君も納得してたんじゃ……」


「う、うるせーな! それとこれとは別だ! 別! とにかく俺は早く強くなりてーんだよ!」


 痛いところを突かれてどもるオットー。元々ゴブリンダンジョンがあるヘルカンの街に行こうと言っていたのはオットーだ。しかし村から街へとやってきて、ギルドの綺麗なお姉さんを見たことでオットーはのぼせ上がってしまった。そこで急に、いきなり紅蓮の洞に行くと言い出して、お姉さんに窘められたということだ。


 これ以上話をぶり返されないために足早にギルドに向かうオットー。ギルドに到着すると憧れのお姉さんが手を振ってオットーたちを呼んできた。


「ごめんねオットー君、いきなり呼び出して。『金色の剣』ってしばらく予定空いてるかしら?」


 金色の剣とはオットーたちのパーティー名だ。ちなみにオットーが勝手に名付けた。


「は、はい! 予定とかないっすね! どうかしたんすか!?」


 顔を少し赤くしながらなんとか答えるオットー。金色の剣は先日、冒険者ギルドからの講義を終えて、今はゴブリンダンジョンの順番待ちをしている状態だ。その順番が回ってくるまで、日銭を稼ぐために簡単な依頼をこなそうとギルドにやってきていた。


「実はゴブリンダンジョンの件でね? 今日出発予定だったパーティーの子が自己訓練中に怪我をしちゃって、しばらく動けそうにないのよ。だからキャンセルするしかないんだけど、次のパーティーが金色の剣の番なの。明日でもいいんだけど、すぐ支度できるなら今日出発してもいいわよって話なんだけど、どうかしら?」


「すぐ支度できます! 今日行くっす!」


「あらあら即答ねぇ。本当に大丈夫?」


「大丈夫っす!!」


 オットーの後ろでダンとコナーがえ……、という顔をしているのを見て少し考える受付嬢。しかし冒険者ならば予定が変わったり予想外のことに見舞われるのはままあることだ。


 それに今回は近くの安全なダンジョンにゴブリンを倒しに行くだけ。監督するベテランの冒険者もいる。重大な問題が起きるとは考えにくかった。


 金色の剣のリーダーであるオットーは少し突っ走るところがあるようだが、それもまたパーティーで乗り越えなければならないもの。それを早めに経験させるのも彼らのためか、と結論を出す。


「わかったわ。それじゃこちらも準備を進めておくから二時間以内に頼めるかしら? それと、ちゃんと食料は忘れず用意しておくのよ?」


「はいっ!」


 こうして準備を整えた金色の剣は、監督役の中堅冒険者と合流してダンジョンに旅立っていった。金色の剣の、輝かしい未来の第一歩だと、微塵も疑っていないオットーだった。

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