第10話 泉

 コアの気分は最高に高まっていた。


「キタ! キタぞッ!! 何が原因かわからんが、明確なダンジョンのレベルアップだ! これほど嬉しいことはありません!」


 変化が起きる前のことを考えれば、侵入者たちのゴミ捨てが切っ掛けのように思えるが、コアはそうは考えない。


 クズ共のお陰でレベルアップできたなど認められないというコアの個人的な感情も少しだけ含まれているが、それよりも総合的な積み重ねの結果、レベルアップに至ったと考えた方が納得がいく。


「例えばダンジョンエネルギーの総吸収量、モンスターのスポーン数・召喚数、モンスターの進化回数、ダンジョンの経過日数。考えられることは幾らでもある。断じて奴らの成果ではない。断じて! ……それにしても『泉』かぁ。水に関係することなんかやってないよな? というか泉の罠?」


 疑問が浮かび上がりかけるが、コアはすぐさまスルーした。ダンジョンが罠だと言ったらそれは罠なのだ。それ以上でもそれ以下でもないのだ!


 そして、このダンジョンに泉が設置できるとなると、当然コアの妄想が加速していく。『水』が手に入るのだ。やはりダンジョンを愛する者として、ダンジョンの見た目にはこだわっていきたい。


「ふふふ。わかるかね諸君? 水が与える彩の変化がどれほどなのかが。しかしだね、ただ水があればよいというわけではないのだよ。魅せ方を知らなければ! その魅力はたちまち半減してしまうだろう! 普通の泉だってそりゃあ悪くないさ。ただそこに泉がある。それだけでもある程度の癒しを我々にもたらしてくれるよ。だがしかし! ここに! 水の魅せ方を知っている人がいます! え!? そんな人がこのダンジョンにいるのですか!? いる! そう、私だ」


 ドヤ顔を決めて非常に満足げなコア。ちなみに話を聞いているのはゴブリンたちだ。試合中だったが、コアがフワフワと部屋の中を行ったり来たりして語り出した時点でゴブ座衛門が準備を整えていた。


「おっと、焦ってはいけないぞ? 今回、水が手に入るとはいってもそれは泉の話だ。その水を自由に扱えると考えるのはね、流石に期待が過ぎるというものだよ。ん? ガッカリしてしまったかね? ハッハッハそれもまた早計さ! 安心したまえ! 泉はね、良いぞ~。一口に泉と言っても様々さ。シチュエーションでガラッと印象を変える。深い森の奥で静謐さを保つ神秘の泉も良いし、草原の中でたくさんの生き物たちを育む母なる泉も良い。良いんだが、ここで言いたいのは、だ。このダンジョンを飾るに最も相応しい泉とは何かということだよ! はい! ホブゴブリン君!」


「フゴ!?」


「このダンジョンに相応しい泉とは何だと思う!?」


「ゴ……」


「そう! 『地底湖』だ!! 嗚呼、地底湖。めくるめく地底湖よ。それはロマン。実にたまらん。是非とも欲しいものだ。地下を進んで行くと忽然と現れる大きな泉。その水は青とも緑とも言えない神秘さを感じさせるグラデージョンをしていて筆舌に尽くしがたい」


 会話を振っておきながら全く答えを聞く気がないという暴挙に出始めるコア。巻き込まれたホブゴブリンが可哀想であった。そして尚もコアは止まらない。


「誰しもがその美しさに見惚れ、足を止めてしまうだろう。間抜け面を晒す侵入者たち。しかしその地底湖があるのはダンジョンだ。ダンジョン地底湖。そこには必ず強大なモンスターが存在する!! 地底湖の主だ! 最早お約束だな! 雄大な景色に強力なモンスター。こんなにも心躍る光景があるだろうか!? いや無いッ! いやあるかも。とにかくそういうことだ!!」


 地底湖の魅力を語り切り、フー、と一息入れるコア。その顔は非常にツヤツヤしているように見えた。


「さて、話は戻るが、泉の罠だ。とにかく設置だ。どこに置こうかな~。……そういえば、ダンジョンのモンスターに飲食は必要ないにしても飲み水ぐらいはあってもいいのでは? うむ。休憩がてら飲めるように近くに、この部屋の前の部屋にでも設置してみるか。よし、やるぞ! 今日は初めての泉記念日だ!! ドーン!」


 ノリと勢いで部屋の真ん中に能力を行使したコア。すると即座に変化が訪れた。


 能力を行使した場所が白く輝き出したかと思うと、ボゴッっと勢いのある音が響いた。コアが期待に胸を膨らませていると、次の瞬間、そこには直径一メートル、深さ二十センチ程の円形状の穴に、なみなみと水が入った泉が存在していた!


「水溜まりやんッ!! これ、いやッ落とし穴に水入ってるだけじゃねーか!! サイズまんま! どうして見栄はっちゃったの!? 俺じゃなかったらクレーム入ってるよ!」


 ハァハァと息を切らしながらツッコミを終えるコア。例によってダンジョンは絶対だ。ダンジョンを愛する者としての責務を完遂したコアは当然、誇らしい顔をしていた。しかし後にゴブ座衛門は語る。その顔には確かに、一筋の涙が見えた、と。


「ふ。まあ予想していたさ。落とし穴の前例があるからな。これはやはり、罠設置はダンジョンと共に成長していくということなのか。それともこのまま……いやいや。まさかそんなことは。……つか消費エネルギー多いな! 落とし穴の三倍ぐらい使ったぞ。迂闊に設置できんな」


 ネガティブな考えが頭をよぎりそうになったので強引に問題視点を切り替えるコア。罠が増えたことで検証すべきことができたので、余計な事を考えている暇なんてないのだ。


「エネルギー消費は抑えたいが、それでもやることはやらんとな」


 落とし穴の時のように順番に検証を重ねていくコア。その中で見つけたのは、流石は泉と言うだけはあるのか、中の水が減るとどこからか湧いてきていた。この時、エネルギーを消費するといったこともなく、そこは嬉しい誤算だった。他は特に新しい発見は見つからず、まあこんなところかと考えていたが、落とし穴と泉の重ね掛け実験の時に変化が生じた。


 同じ種類の罠の時はうんともすんとも言わなかったが、落とし穴と泉は同じ場所に設置できたのだ。これまでなかった変化にコアは喜んだが、正直、微妙な顔をしていた。


「うん。まあ、ね……」


 罠の重ね掛けの結果出来上がったのは、直径一メートル程、深さ四十センチ程の円形状の穴に、半分まで水が入った、その、泉だった!


「…………これから罠の種類が増えていけば重宝しそうだな! 良し! 実に有意義!」


 あくまでコアはポジティブだ。うんうんと自分を納得させていると、早速泉に近付いていくモンスターの姿が。


 一生懸命体をくねらせて移動しているのはプチワームだ。このプチワームは最初にスポーンした個体で、最早新しい個体と試合をしても勝ちは揺るがないレベルに成長していた。コアがそろそろ進化しないかな、と心待ちにしているダンジョンのマスコットモンスターだ。


 そんなプチワームは水に反応したのか真っ直ぐ泉に向かって行く。


「お。水飲むのかな?」


 その姿を見ようと微笑ましく見守っていると、泉に辿り着いたプチワームが口を水につけようと体を伸ばして、落っこちた。


「プギュア!?」


「プチワーム君!?」


 重ね掛けした泉は水面まで二十センチ、プチワームの全長は三十センチだ。こうなることは必然だった。


 慌てて罠を消そうとしたコアだったが、何も反応を示さない。どうやら罠の中に何かが入っていると罠を消すことはできないようだ。ここにきて新発見だった。


「言ってる場合か!」


 ちなみにプチワームはゴブ座衛門が拾い上げ、事なきを得た。








 泉が新しく設置できるようになってから数日間、特に大きな変化はなかった。調査目的の侵入者が来たり、統一された装備品を身に着けた男たちが物珍しそうにダンジョンの出入口付近に入ってきただけだ。コアとしては後者は街の兵かなんかだと考えている。


 ダンジョン内ではゴブリンが新たに二体、進化を果たした。いずれもホブゴブリンだ。この二体の力量はほぼ同等で、最初のホブゴブリンには敵わないぐらいの戦闘力だった。やはり進化したのが早く、訓練を続けていた分だけ最初のホブゴブリンが一歩先をいってる感じを受けた。


 その中でゴブ座衛門は抜きん出て強い。敗北する姿が想像できないほどだ。そもそもこれまでダメージらしいダメージを負ったことがない。正に驚愕の一言だ。


 今も最初のホブゴブリンと試合をしているが、あしらっている印象すら受ける。ホブゴブリンの攻撃は暴虐性を増し、はち切れんばかりに力を込めた苛烈な連続攻撃を仕掛けるが、それらを確実に見切って捌き、まるでダメ出しでもするかのように反撃を繰り出している。


 基本的に新しく進化したホブゴブリン同士で試合を行い、最初のホブゴブリンとゴブ座衛門がペアになってる感じだ。新しいホブゴブリン同士の試合はダメージが大きいので回数をこなすことは出来ないが、耐久力などの点でこれから先、何か変化が生じるかもしれないのでこのような感じで訓練を続けていこうと考えている。そして偶にゴブ座衛門が稽古をつけるのも悪くないだろう。


 ちなみにゴブ座衛門の種族名だが、なんと『ホブゴブリン』だった。これだけ他のホブゴブリンと姿も戦闘力も違うのに、同じ種族名なのだ。ただこれでは区別がつきにくいので、コアの中では勝手に『ホブゴブリンアナザー』と呼んでいる。


「さて、ここまで順調にモンスターの強化を進めてきたが、そろそろエネルギーが心許ない。偶に来る侵入者のエネルギーで誤魔化しながらやってこれたが、進化個体が四体になったことで常時消費するエネルギーも無視できなくなった。対策が必要だ」


 元のサイズに戻った泉でのほほんと水に浸かっているプチワームを見ながら、とても大事なことを考える。


「とは言え、そろそろ勝手に向こうからエネルギーがやってくるはずなんだがな。最初の冒険者共の会話を思い出せば、その可能性は高いだろう」


 ダンジョンエネルギーの確保という、優先度が非常に高い事柄に対してコアがこれまで静観していたのは、先を見越してのことだった。


 あの時、冒険者たちは確かにこう言っていた。『新人たちの訓練に使える。しかし新人たちだけで来させることはできない』と。あれからしばらく経つ。様々な取り決めを終えて、定期的に冒険者たちが来てもよいころだ。コアはそれを待っていた。


「それにしても、ここら辺にはモンスターがいないんだろうな。ファンタジー世界にしては珍しいことだ。まあそのお陰で養分共がホイホイ来るんだが。有難いことだ」


 冒険者たちの会話を思い出し、外の世界がどうなっているのかを想像する。街の外は徹底的にモンスターが排除されているか、元々モンスターが発生しないのか。中世のヨーロッパ風の時代だと仮定して、街の外で危険なのは盗賊を始めとする犯罪者集団で、対モンスター戦を経験するにはダンジョンに行くしかない。


 もしモンスターが闊歩する世界ならば、野良モンスターがこのダンジョンに侵入して養分にすることもできただろうが、そうなっていたら同時にリスクもあった。エネルギー量は少ないが、多少の時間的余裕がある現状は悪くない。


「早く来い。このままだとエネルギー不足で武闘会が滞るからな。あぁでも、結局奴らが来ると試合できないんだよなぁ。面倒な連中だ」


 この世界の人間に何ができて何ができないのか。未だ情報量は圧倒的に少ないが、コアは虎視眈々と牙を突き立てる隙を伺っていた。


 もうじきここに来るのは経験無き雛鳥たちだ。狡猾で獰猛な絶対者による魔の手が、まだ見ぬ彼らの背後に迫っていた。

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